第31話 観光誘致を受けました。
「ふふ。お鍋が新調できてよかったわ!」
ルシアたちに協力するようになってから、あっという間に5日が経過した。
その間、俺たちは毎日彼女の狩りに付き合っている。
やっていることが魔獣大陸に来たばかりの時と変わらねぇな……。
だがいわゆる大国と呼ばれている国の情報など、ルシアたちからはそれなりに情報を得ることができていた。
また彼女たちは今、町の片隅に空き家を借りて暮らしているらしい。
ずいぶんと古い鍋を使っていたそうだが、報酬もたまったので、今日は鍋などの金物を新調しに来ていた。
「大冒険者の孫が、今はボロい家で暮らしているのか……」
「失礼ね!? ボロくないわよ! 家具とかがちょっと傷んでいるけど、家自体はぜんぜんボロくないんだから!」
じつはまとまった金が入ったのだ。ギルドからの依頼で、アルブ種と呼ばれるオオカミ型の魔獣を生かして捕えてきてほしいと言われていた。
最初にルシアたちが狩った魔獣のことだな。俺たちはアルブ種を弱らせ、そこをルシアがどこからともなく取り出した鎖で拘束した。
その鎖は特殊な魔道具だったらしい。ルシアは鎖を引いて、ギルドまで魔獣を運んだのだ。
弱っていたとはいえ魔獣もとくに抵抗していなかったし、魔道具の鎖による拘束効果だったのかもしれない。
「しっかし生きた魔獣なんて、どうすんのかねぇ」
「はっは! いろいろ使い道はあるんだぜ? 生かしておけば血は新鮮なままだし、肉だってそうだろ?」
そういや魔獣の血も魔道具とかに使用されているんだっけか。
ちなみに魔獣の飼育や繁殖に成功した例はないらしい。だが大国の中には、時折生きた魔獣が欲しいとリクエストを出すところもあるそうだ。
「まぁいいや。それで? 今日も魔獣を狩りに行くのか?」
「ええ。わたしたちに必要なのは、実績を地道に積み上げていくことだもの」
「うへぇ……」
まぁいいさ。なんだかんだで楽しくないわけでもないし。
それにルシアファミリーが成長すれば、いずれ船を持つことができるかもしれない。そうなれば大陸南部への遠征などに俺も同行できるだろう。
未発見の遺跡や領域を探索するという行動そのものに、俺は冒険者としてのロマンを感じているからな!
いつかくるかもしれないその日を楽しみに、今しばらくルシアに付き合うつもりだ。
「あ、そこの冒険者さんたち! ちょっといいですかぁ~?」
正面から女性に元気よく話しかけられた。見るといかにも事務員といった雰囲気だ。およそ冒険者には見えない。
「なにかしら?」
俺たちの代表としてルシアが答える。オボロはやや警戒している様子だった。
「わたし、こういう者なんですけどぉ!」
そう言いながら女性は懐からカードを取り出し、それを俺たちに見せてくる。
そこには『ディルバラン観光組合』と記載されていた。名前はイルマさんというらしい。
ちなみに俺の目にはいま、文字の上に帝国で使用されている別の文字が浮き出ているように見えている。
文字解析を終えたリリアベルが、軍用コンタクトレンズに翻訳プログラムをインストールしてくれたのだ。これにより今の俺は、どんな文字も問題なく読むことができる。
「ディルバラン……」
「はい! 魔獣大陸にいる方々に、観光誘致をさせてもらっていまぁす!」
その名……ルシアに教えてもらったな。大国の一つ、ディルバラン聖竜国だ。
たしか唯一竜魔族が住む国であり、王族もずっと竜魔族だとか言っていた。
オボロはますます警戒したような目で問いかける。
「外大陸の人間か。俺たちのような冒険者になんの用だ?」
「ですから観光誘致なんですって! ディルバラン聖竜国は今、観光業に力を入れているんです!」
魔獣大陸に来る前、ギルンも言っていたことだが。魔獣大陸は行くのはいいが、出るにはすこし制限がある。
それは身元不明な者を無制限に入国させないための処置が行われているからだ。
逆に言えば身元さえしっかりしていれば問題ない。許可を得た上で船のチケットを買えば、この大陸から出ることができる。
しかし冒険者はそれが難しい。とくにここで生まれた者ならなおさらだ。そもそも出ていきたがる者がすくないというのもあるが。
ディルバラン聖竜国は近年、観光業に力を入れているらしい。そして魔獣大陸という、かなりの人口を有する市場に目をつけた。
一方で身元があやしい者を、簡単に入れるわけにはいかない。そこで。
「ディルバラン聖竜国の港町限定で、ツアーを組んでいる……?」
「はい! 港町から出ることはできませんが、それでもいろいろ見どころはあります! なにせ大国の中で一番歴史もある国ですから!」
魔獣大陸からディルバラン聖竜国の港まで船で3日。特殊な動力が組まれた高速魔力船であれば、1日で着くらしい。
ノウルクレート王国の港町から魔獣大陸へは、普通の船で8日だった。そう考えると結構近いな。
「高速リッチコースでしたら、なんと1泊2日からのプランもございます! どうですか? 温泉もありますよ? 冒険者稼業で疲れた身体をリフレッシュしに来ませんかぁ?」
要するにツアーの売り込みか。イルマさんも大変だねぇ……。
………………………ん? まてよ……。
「わたしたちは遊んでいる暇はないの。そういうのは他をあたってくれる?」
「えぇ!? そんなぁ……」
「あぁ、待ってくれ。俺はもうすこし詳しく話を聞きたい」
「え?」
ルシアは当然のように断ったが、俺はこれを好機だと捉えた。他大陸への足がかりを作る好機だと。
「最短コースで1泊2日なんだな?」
「はい! あ、でもそれは魔力船を使用しますので。魔獣大陸に船が入港するタイミングでしかツアーを組めないんですけど」
「ああ、時期はべつにこだわってないよ。ちなみにいくら?」
「お一人様40万エルクです!」
「たけぇ!」
リュインはカバンに押し込むとしても、俺とアハトだけで80万かよ!?
「いえいえ、これでもお安くしているんですよ! 温泉付きの宿、豪華な食事! 案内をつけての名所めぐり! あとやっぱり、高速魔力船を使用するにはいろいろコストがかかりますので……。普通の船でしたら、もうすこしお安くできますよ?」
まぁ一部冒険者が所有する陸上船と同じく、魔道具の船だもんな……。
動かすのに魔力を持った人が必要だし、たしかカイエンリキッドとかいう魔獣素材も使うんだったか。
人件費に魔獣素材費といったコストがかかるのだ。値段が高くなるのは理解できるが……。
「ちょっとマグナ。興味あるの?」
「ん? ああ、まぁ……」
一度向こうへ行けば、あとは転移装置を設置して帰ってくるだけで、次からは自由に行けるようになるからな。
金さえあればいいというのなら、話もはやい。
まぁ今、80万も手持ちにないけど。またレグザさんに魔晶核を買い取ってもらうか……。
「お二人とも同じファルクの冒険者ですよね? よかったらみなさんご一緒にいかがですかぁ?」
「いや、俺たちは仲間ではあるけどさ。彼女のファルクに正規雇用されているわけじゃないんだ」
「そうなんですか? ……あれ? 彼女のファルクって……まさかあなたがマスターなんですか!?」
イルマさんはものすごく驚いた表情を見せる。まぁ普通に考えれば、ルシアを見てファルクのマスターだとは思わないもんなぁ……。
「そうよ。なにか文句でもある?」
「いえいえ~! マスターさん、よろしければぜひ! ご検討ください! 今月わたしだけ客呼び込みの実績がゼロでして……事務所で肩身が狭いんですよぅ……」
「営業してんねぇ……」
かわいそうになってきた……。きっと上司や売れている先輩にいびられているんだろうな……。
なんなら「ダメ営業のお前に特別指導だ」と言われ、そのまま夜の指導までされているのかもしれない。
まぁリリアベルも、もう少ししたら新たな転移装置ができると言っていたし。完成したら金を作って、ディルバランに行くのも選択肢だろう。
「まぁいいや。俺とアハトは近いうちに利用させてもらうよ」
「ほんとですかぁ! しかもそんな美人さんとご一緒だなんて……色男さんはちがいますねぇ!」
「お! わかる!?」
イルマさんに観光事務所が入っている場所を教えてもらう。
「ちなみになんですけどぉ。次に高速魔力船が来るのは7日後なんです。そのタイミングでしたら、1日で港町へご案内できますので!」
「その代わり運賃高いよってか」
でもまだ乗ったことないし。興味はある。
『ふむ……であれば、それまでに転移装置を作っておこう。最近他の研究もあって作成が後回しになっていたが、集中すれば5日でできる』
いや優先順位が低くなってたんかい。まぁそれだけリリアベルさんの興味をひくものが多いんだろう。
とにかく外大陸へのとっかかりがつかめた。7日後にツアーに参加することを前提に、魔獣大陸での行動計画を立てていくか。
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