第30話 カミラとユン / ザックとイルマ
「ふぅん……? なかなか面白い話じゃないのぉ」
外大陸からの玄関口となっている港町マルセバーン。その某所で、ユンはカミラに報告を行っていた。
報告の内容は、マスターダインルードの作成した笛がもたらした現象と、現れたラブルド種を葬った男についてだ。
「まさかあの貧相な顔つきの男が、そこまでの力を持っているだなんてねぇ。わたしとしたことが、まぁったくわからなかったわぁ。……それで? 調べたのよね?」
「はい」
ユンはそのまま静かな口調で答える。
「男の名はマグナ。女の方はアハト。連れの〈フェルン〉はリュインといい、つい先日ここ魔獣大陸へ来たばかりの者たちです」
「あら……新参者なのは予想通りなのね。どこから来たのかしら?」
「ノウルクレート王国です」
マグナの見せた動きは、ここ魔獣大陸ではそう珍しいものではない。
実際レッドにせよオボロにせよ、お荷物さえいなければ、魔力を持たないラブルド種など無傷で倒せただろう。
しかしユンが注目した点は2つあった。
魔力を使用している様子がまったく見当たらなかった点と、強い粘度の体液を持つ魔獣を簡単に切り裂いた剣である。
「真っ黒い剣に、真っ黒いハルバードを持った2人組……。動きからして〈空〉属性か、もしくは剣自体がなにか特殊な魔道具なのかしらね?」
「その可能性もあるかと。2人は現在、どこのファルクにも所属していないようです」
「あら? そうなの? てっきりルシアちゃんのところだと思ったわ」
これにユンは首を横に振った。
「ギルドにも確認しましたが、ファルク〈ルシアファミリー〉の認可が下りたのは今日の朝です。そして名簿に記載されている名は3名のみ」
「なぁるほど。もしその男たちがルシアちゃんのファルクなら、最初から名簿に名が乗っている……か」
「おそらくなにかきっかけがあり、共に町の外へ出たのでしょう。もっとも今ごろ、勧誘している可能性はありますが」
ルシアに声をかけられてファルクに入る冒険者は、ここ魔獣大陸では半々といったところだろう。
誰もがグランバルクにいい印象を持っていたというわけではないし、なにも知らない新参者なら興味本位で誘いを受ける可能性がある。
彼女は今、いい意味でもわるい意味でも冒険者たちの注目の的だ。なにせどこのファルクにも保護されず、自分で立ち上げたのだから。
「ギルドが認可を出した理由についてはどうかしら?」
「そこは探れませんでした……が。うわさならいくつか」
「たとえば?」
「一番信憑性の高そうなのは……マスターグランバルクの遺産についてです」
「ふぅん……? やっぱりぃ……?」
ルシアを保護しようとしていたファルクはいくつかある。
純粋に彼女を守りたいと考えた者もいれば、彼女を擁することで自らがグランバルクの後継者であると喧伝しようとした者もいる。
いずれも魔獣大陸における彼女の影響力が関係しているが、なぜ英雄の孫というだけでそこまで注目されているのか。これにはとあるうわさが関係していた。
いわく、グランバルクは最後の遠征に向かう前に、なにかあった時のためにルシアに遺産のありかを託したというものだ。
実際グランバルクは一番稼いでいる冒険者だったため、大陸各地に隠し財産があると言われていた。
そうした話が出る根拠はいくつかある。彼は生前、数多くの遺跡を見つけている。
遺跡からは古代のオーパーツが見つかることが稀にあるが、それらは普通、ファルカーギルドを通して大国へと渡る。
グランバルクは大国やギルドとの交渉用に、いくつものオーパーツを隠し持っているというのは、生前から言われていることだった。
実際なにかあれば、彼はいつもどこからかオーパーツを持ちだしてくるのだ。
広大な魔獣大陸のどこに隠されているのかは、だれも知らない。
しかし唯一、孫のルシアにだけはその遺産のありかを伝えている……そういう噂があった。
つまり彼女を保護したいと考えている者は、その先にあるグランバルクの遺産を見ているのだ。
大冒険者であった彼の遺産を手に入れれば、グランバルクの再来と謳われることになるだろう。
「今もどこかにあると言われているグランバルクの遺産……それをギルドに渡すことを条件にしたのかしらね?」
「確証はありませんが。……そういえばマスターダインルードも一時期、遺産を探しているときがありましたね?」
「ええ。といってもあのときは、どこのファルクも血眼になって探していたけど」
今もグランバルクの遺産を探して大陸をさまようファルクはいる。だが見つかったという話は一切出ていなかった。
「いかがされますか?」
「ん? なにがぁ?」
「ルシアとマグナたちについてです」
しばらく黙っていたが、カミラはゆっくりと口を開く。
「どちらも放置でいいでしょう」
「……よろしいので?」
「ええ。マスターからは具体的な指示はないわ。それに……新参のファルクと冒険者でしょ? わたしたちはベテランとして、その成長を見守ってあげましょうよ」
どこまで本気で言っているのかはわからない。しかし現状、マグナはともかくルシアの放置がどう影響するかまでは読めなかった。
「他のファルクに抱き込まれる可能性もあるのでは?」
「そこで遺産の場所を話すかも……て? だいじょうぶよ。それならルシアちゃんは、今ごろとっくにどこかのだれかに監禁されているわよ」
しかし現実はそうならず、ついに自らファルクを立ち上げるまでになった。
カミラはその点については、素直に彼女の意思の強さを評価している。
「中小ファルクの中には、ルシアちゃんにちょっかいを出すところもあるでしょうけど。それこそうちが関与することではないわ。……マスターがなにも言わないうちは、ね」
「……はい」
■
〈クライクファミリー〉。港町マルセバーンを中心に活動する、そこそこ知名度のあるファルクである。
船こそ持っていないが、獣人種のマスタークライクは堅実な組織運営をしていると評価されていた。
ザックという男は、ここで下働きとして雇われ、もう1年になる。彼は今日、久しぶりの休日をすごしていた。
屋台で適当に串焼きを買うと、公園へと移動する。そしてベンチに腰を下ろした。
「ふぅ。久しぶりのオフだなぁ」
魔獣大陸はどこに行っても肉料理が中心だ。なにせ毎日魔獣の肉が持ち込まれるのだ、肉屋も多い。
だがマルセバーンは港町だけあって魚料理もあるし、南部の町では変わった木の実や野菜も売られている。
それらはいずれも魔獣大陸南部に自生しており、外大陸では非常に高級な食材として扱われていた。
ザックはしばらく串にささった肉を食べていたが、その斜め後ろに女性が座る。
女性はニュースペーパーを広げると、口から囁くような声を漏らした。
「久しぶりですね、先輩」
「やぁ後輩。おどろいたなぁ、いつここへ? あと今の名は?」
「昨日です。今はイルマになっています。……やせられましたか?」
「はは。どうだろう」
2人ともたがいに反対の方向を向きながら会話を続ける。
傍から見れば2人が知り合いで、会話をしているようには見えないだろう。
「例の件はいかがです?」
「秘宝についてはまったく進展はないよ。でもこの数日はいろいろニュースが多かったかな」
「ニュース、ですか」
そう言うとイルマは今自分が広げているニュースペーパーに目を向ける。
そこには太文字で「グランバルクの孫、ルシアが新たなファルク立ち上げ」と記載されていた。
「そのペーパー、よく買えたね? 本国でもごく一部の会議でしか使用されないのに、ここでは部数こそ少ないものの、有益な情報伝達手段として使用されている。ここは異文化かつ異文明、1年経つけどいろいろびっくりだよ」
「ある意味で、魔獣資源に溢れた地ですからね。もっとも生活に役立つ魔道具の研究を進めるのに、適した環境ではありませんが」
2人とも口の形は変えずに会話はしっかりと続けていた。読唇術を警戒してのものだ。
「報告の続きをお願いします」
「ああ。ルシアはファルクを立ち上げてからというもの、精力的に魔獣を狩っているね。どうやら2人の普人種に1人の〈フェルン〉と仲がいいらしく、よく彼らと狩りをしている姿が目撃されているよ」
「その3人は……?」
「最近ノウルクレートから来たばかりの新米冒険者といったところか。必要ならそちらから情報を拾えばいいだろうけど……まぁ女性がとびきり美人という点以外は、とくに気になることはないかな」
ザックはイルマに報告を続ける。
ルシアがファルクを結成したものの、まだ町を出て遠征に行く様子はなさそうだということ。
今のところ、ギルドを通して求人を出していないということ。
「3人とも半ルシアファミリーといったところか。しばらくは6人でやっていくつもりじゃないかなぁ」
「……殿下の死についてはいかがですか?」
「それこそなにも手がかりはないよ。なにせその時に旗艦〈サイレイウス〉に搭乗していて、殿下の最後を見た人物はかなり限られているしね」
「1年もいるのに、役に立たない先輩です」
「え、ひどいな……」
頭をかきながら、ザックは残った肉を一気に頬張る。
「んむ……。まぁ左遷された身だし、任務はこのままのんびり進めていくよ」
「よろしくお願いします。……ルシアの魔力についてはいかがです?」
ザックはすこし黙ったが、ゆっくりと口を開く。
「ああ……属性は〈月〉……に見せかけた〈幻〉だね。確証はないけど、持っている杖は魔獣大陸産のオーパーツ。おそらくこの数年、あのオーパーツを使いこなすための修練を積んでいたんだろう」
「………………! 証拠は……」
「オーパーツは見ればわかるさ。〈幻〉属性の確信を得たのは昨日だね。ギルドからの依頼だったのか、生きたアルブ種を捕えてきたんだ。そのときに鎖を使用していたんだが……おそらくあの鎖は彼女が持つ〈幻〉属性の魔力で具現化させたものだ」
一見するとただの鎖に見えるだろう。しかしザックには確信があった。
そもそも鎖を扱っていたのがルシア自身だったのだ。彼女は暴れる魔獣を押さえ込みながら、ギルドまで引きずっていっていた。
普通であれば、レッドといった力自慢の男に任せる仕事のはずだ。
「どうして自らの手の内をさらす真似を……?」
「まぁ普通に考えれば、俺のようにわかる者は少ないからね。それに町の人に、アピールする意味合いもあったんじゃないかな? ほら、冒険者と傭兵は舐められたら終わりだろう?」
「……………………。強さはいかがでしょう?」
「魔力はまだ発展途上だね。でも若いし、これからどんどん伸びるだろうさ。殿下の血を引いている上に、女性だからね」
基本的に魔力の強さは遺伝する。だからこそ高位貴族ほど血統を厳格にコントロールする。人種の中で唯一竜魔族だけが、全員強力な魔力を持っているが。
そして魔力の強さは種族差と血統の他に、男女差もあった。女性の方が魔力の成長率が高いのだ。
「ああ……うわさをすれば、ほら。きみの斜め右、いま金物屋から出てきた5人と1人の〈フェルン〉。彼女たちがルシアファミリーだよ」
「……………………」
ザックは後ろを振り向いていないのに、まるで背中に目がついているかのように話す。言われてイルマは静かに視線を斜め右へと向けた。
そこには紺色の髪に赤い目が特徴的な少女が、供を連れて歩いている。
「彼女が……」
「サインでももらってくるかい?」
「そうですね」
「……え!?」
そう言うとイルマは立ち上がる。そしてまっすぐにルシアたちへと向かっていった。
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