第38話 白精族の女性と出会いました。

「久しぶりですね。レッド、オボロ。それに……ルシア」


 女性は柔らかな雰囲気を纏ったまま、和やかな口調で話しかける。だがオボロはますます警戒を強くした。


「……どうしてお前がここにいる? 普段は北部まで来ていないだろう」


「フフ……わたしがいつ、どこでなにをしていようが。あなたには関係ないでしょう……?」


 周囲には賊の死体、そしてルシアの鎖に捕えられた異様な男2人。さらに岩山の上に現れたヘルミーネに、その隣で大人しくしているイノシシ型の巨大魔獣。


 あまりに情報が多すぎて、ルシアたちは状況の変化についていけていなかった。


 しかし変化はこれだけに終わらない。ヘルミーネの背後から、巨大な赤い船が姿を見せたからだ。


「海賊艦〈アルデンブルク〉……!」


 それは海賊聖女ヘルミーネファミリーが拠点にしている船だった。


 彼女は普段、この船に乗りながら大陸南部で略奪を働き、またグランバルクの遺産を探している。


「あ……あ、あぁ……」


 メリクは絶望していた。まず目の前の大型魔獣を討伐できるだけの装備は持ってきていない。それに仲間も死んでしまった。


 ルシアたちのおかげで異様な2人は抑えることができたのに、そこに現れたのはあの海賊聖女なのだ。


 彼女の評判はメリクもよく聞いている。そもそも末端とはいえ、グランバルクファミリー傘下に属していたことがあるのだから。


(さ……さいあく、だ……! あの海賊聖女が……なんだってこんな場所に……!)


 そう考えながらも、薄々はわかっていた。狙いはルシアだということに。


「ルシア。わたしのこと、覚えていますか……?」


「……ええ。最後に会ったのはおじいさまの遠征前……10年くらい前だったかしら?」


「そうですね。あなたがファルクを立ち上げたと聞き、久しぶりに北部に来てみましたが……成長しましたね。その鎖……〈幻〉属性で顕現させたものでしょう? オボロたちでも手を焼く2人なのに、よくここまで無力化できたものです」


 会話をしている間に、赤い船はヘルミーネのすぐ側まで移動する。


 中にいるのは、その辺りの海賊どもとは一線を画す、歴戦の賊たちである。そこらで死体となって転がっている賊とは次元がちがう。


「…………どういうこと?」


「なにが、かしら?」


「その話しぶりだと、まるであなたがこの2人をけしかけたように聞こえるのだけれど?」


「フフ……さぁ、どうでしょう」


 そう言われながらも、ルシアは半ば確信を得ていた。この2人を用意していたのはヘルミーネであり、最初から自分が狙いだったということに。


 ヘルミーネはルシアの足元に転がる杖に視線を向けながら口を開く。


「ところで……その鎖。顕現中は他の魔術を使えないのかしら? 使っていた杖はマスターグランバルクの保有していたオーパーツの一つ、〈ティルナス〉でしょう? 今は手放しているみたいだけど……」


「………………」


 さすがに元グランバルクファミリーの中核メンバーには誤魔化しがきかない。ルシアは額に汗をかいていた。


 そんな彼女を庇うようにオボロは前に出る。


「もう一度聞くぞ。どうしてお前がここにいる……?」


「あら。まさか言わないとわからない……?」


「なに……」


 ここで一度ヘルミーネは目を閉じる。そして次に開いたとき、その形相はこれまでとちがって険しいものになっていた。


「決まってんだろぉ!? ルシアを捕まえるためだってよぉ! ったく、ずっとマルセバーンにいたせいでなかなか手が出せなかったが……! やっとこうして外に出てきてくれたんだ、ずっとこの時を待っていたんだぜぇ……!?」


「………………っ!!」


「さぁルシア! あたしの船に乗りな! 大人しくマスターグランバルクの残した遺産のありかを教えてもらおうかっ!」


 そう言うとヘルミーネはムチを手に取り、地面を叩く。すると巨大イノシシは唸り声をあげてルシアたちを睨んだ。


「レッド、オボロぉ! お前らならこのわたしの力、よく知ってんだろぉ!? おとなしくルシアをこっちに寄越しな! そうすりゃ見逃しておいてやるよ!」


「おいおい……!」


「バカなことを……!」


 レッドもオボロも連戦になる。その上相手は巨大魔獣に加え、ヘルミーネとその配下たち。全員が大陸南部で活動しているだけあり、精鋭ぞろいの集団だ。


 普通に考えれば、戦力面でも勝てる相手ではない。それでも強い視線を向けてくる2人に、ヘルミーネの嗜虐心に火がついた。


「ふん……! マスターと同じ船に乗っておきながら、守れなかった分際で! 生意気なんだよぉ!」


「…………っ!」


 ヘルミーネが再びムチを振るう。すると巨大魔獣がルシアたちに向かって突っ込んできた。


「ブフオオオォォォォォォ!!」


「きゃああぁぁぁ!?」


「だぁ、くそ! やるしかねぇか……!?」


 限界まで魔力を高めたレッドが前に出る。


 ルシアは鎖の制御を解くまで、杖を使うことができない。オボロはさっさと捕えた2人の息の根を止めなかったことを後悔していた。


 まもなくレッドとイノシシ魔獣は激突する。十中八九、レッドは吹き飛ばされるだろう。


 なにせイノシシ魔獣は魔力持ちだし、まだまだ体力を余らせているからだ。それにレッドは対大型魔獣戦の装備をしていない。


 ヘルミーネの容赦のない性格もよく理解している。彼女はルシア以外、全員ここで死んでも構わないと考えているだろう。


「あ……あぁ……」


 ルシアもこれまでにない危機感を持っていた。


 おそらく自分は、ヘルミーネによってこの地におびき寄せられたのだろう。ここにきた時点で、すべては彼女の手のひらの上だったのだ。


 残された選択肢は少ない。このまま徹底抗戦するか、もしくは降伏するかである。


 だが降伏は冒険者として……マスターとしての最後を意味する。そのこともよく理解できていた。


(ここで……終わるの? ファルクを立ち上げたばかりなのに……!?)


 鎖を捨てて杖を手に取るべきか。だが下手すれば魔獣の他に、魔力の復活した2人の男と戦うことになる。


 正解が見いだせない中、いよいよ巨大魔獣が目の前まで迫ったところで。


「……え?」


 冗談のようにその巨体が真横へと倒れ込んだ。いや、その直前、たしかに見えていた。遠方からなにかが飛んできたのを。


「ブフオオオォォォォォォォォ……!?」


「……っ!? なにごとだい!?」


 地響きをとどろかせながら、巨体が完全に地面に横たわる。


 その顔付近には、黒いハルバードが突き刺さっていた。この数日、何度も見ていたハルバードだ。


「…………! まさか……!」


「おおおおおおおおおお!!」


 続けて叫び声が真上から聞こえてくる。顔を上げると、そこには真っ黒な剣を持った男が落ちてきているところだった。


「っらああぁぁ!!」


 男はそのまま巨大魔獣へと突っ込み、激突の瞬間に力強く剣を振り抜く。すると冗談のように、その大きすぎる首が切断された。


 大地を汚すように、大量の血が噴き出る。


「マグナ……! アハト……!」


 アハトの姿は確認できないが、ハルバードを投げたのは彼女だろう。


 一撃で魔力を持つ巨大魔獣を斬ったマグナは、なんでもないようにその死体の上に立っていた。





「これ、どういう状況!?」


 最初にその船を見つけたのはアハトだった。彼女は遠方に確認した赤い船体の映像を、俺の視界に送ってきてくれる。


 その船の向かう先を確認していたら、ルシアたちの姿を確認することができた。岩山には綺麗な女の人も立っている。真っ白い肌に長い耳……白精族の女性だ。


 そして彼女の側には、どでかいイノシシ魔獣が待機していた。


 まったくどういう状況なのかはわからなかったが、イノシシ魔獣がルシアたちに突っ込んだのを見て、これはまずいと思ったのだ。


 アハトはその場からハルバードを投擲し、なんとか巨大魔獣の動きを止める。続けて俺の身体を思いきり投げてもらった。


 走っていくよりアハトに投げてもらった方がはやいからな!


 アハトは正確な狙いで、倒れ込んだ魔獣の真上へと投げてくれた。グナ剣でスパッと首を斬ったものの、相変わらず状況は把握できていない。


 俺はそのまま魔獣の死体の上から、ルシアに視線を向ける。


「ルシア! 敵と味方は!?」


「……マグナ」


 ルシアはなににためらっているのか、すこし目を伏せる。その手には鎖が握られていた。前にアルブ種を生け捕りにしたときにも見た鎖だな。


 そんな彼女に変わって、オボロが声を張る。


「メリクは味方、鎖に捕らわれた男とその女が敵だ! 船はその女の拠点になる!」


「…………! 了解ッ!」


 なにか因縁はありそうだが……! 今は敵と味方の色分けをはっきりとしておきたい。


 白精族の女性は俺と俺の持つ剣に視線を向けてきていた。


「……ふぅん? やるじゃないの。それで? あなたはどこのだれなのかしら?」


「そういうあんたこそ、有名人かなにかか? 派手な船でやってきたみたいだけどよぉ」


「あら……まさかこの私が誰か、わからないの?」


「おいおい、自意識過剰かよ。初対面なのにわかるわけねぇだろ」


 すくなくとも俺の知識に、赤い船を持つ白精族の女に該当するものはない。


 女性は柔和な笑みを浮かべながら、左腕を真上に掲げた。


「いかん! また魔獣を呼ぶ気だ!」


「え……」


 この巨大魔獣、目の前の女が呼んだものだったのか……? 


 また新たなイノシシ魔獣が出るか……と警戒していたが、そこに現れたのは水の塊だった。


「ん……?」


 いや、ただの塊ではない。その輪郭は羽の生えたヘビのようだった。


 やがてついさっきまで水のように見えていたソレは、はっきりと色づいていき、完全に羽の生えたヘビへと変貌する。


 これを見て驚いていたのは、ルシアたちだった。


「そんな……!? ま……まさか……!?」


「水の……高位精霊……!」


「フフ……その通りよ。今のわたしは、高位精霊と契約を交わした身……。まずは私の可愛いペットをやってくれたそこの男。お前はさっさと……死になぁっ!」


「んぇ!?」


 急に激しい口調と形相に変わった女性が、俺に腕を向ける。


 すると水の高位精霊だとかいうのが、全身から幾条もの水をレーザーのように撃ちだしてきた。


(はやっ!?)


 だが距離もあるため、余裕ですべてをかわしきる。避けた先にあった魔獣の死体に水が突き刺さると、そのまま分厚い胴体を貫通していった。


「ウォーターカッターかよ!?」


「…………! かわした……!?」


 あぶねぇ! なかなかの殺傷力……というか。なんだよ精霊との契約って! 


 しかも水の精霊!? つまり、あれは水が精霊化を果たした奴ってことか……!?


 第二波を警戒していたが、女性は驚きの視線を俺に向けてきていた。


「今の攻撃……初見よね? どうしてすべてかわせたのかしら?」


「どうしてって……俺の反射神経で対処できる範囲の速さだったからだろ?」


「……………。へぇ。あなた、おもしろいわね……?」


 もうすこし至近距離で撃たれていたら、すこし危なかったかもしれないが。この距離ならぜんぜんかわせる。


(位の高い精霊に、物理攻撃は通じにくいんだったよな……。やるならフォトンブレイドを使う必要があるが……)


 一度使うと再使用まで時間がかかる。他に精霊がいないことを確認したいところではあるが……。


「ふふ……ルシアとはどういう関係なの?」


「半所属の助っ人ってところだ」


「そう……。腕に自信を持っているのは素敵ね。でも……誰の前だと思ってんだ、わきまえなぁ!」


「…………っ!」


 急に性格変わるやん……! 


 再び女性が腕を掲げる。同時に水の精霊さんが光り輝いた。


 しゃーない、こうなりゃやるしかねぇな……! そう考え、腰を落としたその時。黒い稲妻が女性の足元を撃つ。


「な……!?」


 女性は精霊に掴まると、そのまま赤い船へと移動する。女性が視線を向けた先は、俺ではなかった。


 俺もつられるようにそちらへ視線を向ける。


「え……!?」


 そこにはいつの間にこれほど近くまで移動してきていたのか、黒い陸上船の姿があった。


 これだけでも驚きだが、俺が驚いたのは別の理由の方が大きい。その黒い船の甲板に、どう見ても人間ではない者たちが立っていたのだ。


「んだぁ……ありゃあ……」


 その中心に立っているのは、大柄な男だった。


 白いシャツに黒いロングコートを着ており、肌はまったく見えない。帽子も豪華な飾り羽がついたものを被っており、顔には怒りを表現しているような仮面を被っていた。


 手袋越しに、その指が仮面に触れられる。そして仮面を取ったとき。そこにあったのは、骸骨の顔だった。


「………………! 精霊か……!」


 その精霊は右手にやたら長い杖を持っていた。さっきの黒い雷魔術もこの骸骨精霊が放ったものだろう。


 その姿を見た白精族の女性は、忌々しげに睨みつけながら口を開く。


「ダインルード……!」


「……え」


 その名はこれまで何度か聞いていたものだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る