第39話 ルシアちゃんが落ち込んでいました。
(こいつが……ダインルード……! 精霊がファルクのマスターを務めているという、あの……!)
あといろいろ悪名高いファルクだ。どちらかと言えば、わるい意味でその名を覚えていた。
だがキルヴィス大森林で出会った骸骨精霊と比べて、なにか威厳みたいなものを感じる。ただものではない……そんなオーラをビシビシと感じ取っていた。
「久しぶりだな、ヘルミーネ。こうして直接言葉を交わすのは、いつ以来になるか」
「ふん……なんだってお前がここにいるのさ?」
「それを言うのは我の方だろう。我はマルセバーンにも拠点があるが……お前はもうずっと北部に来ることなどなかったであろう?」
あの女性はヘルミーネというらしい。やはりそっちは聞き覚えがない名だな。
だがダインルードの姿を見て、明らかに強い警戒心を抱いている。どうやら2人は知り合いのようだが……。
「わたしがいつどこでなにをしようが、そのすべてはわたしの自由さ。それよりどういうつもりだい? いきなり私に攻撃を仕掛けてきたよなぁ……!? 宣戦布告かい……!?」
ドスの効いた声で強く睨みつける。気が弱い者なら、正面から目を合わせた瞬間に泡を吹いて倒れるだろうな。
だがダインルードはまったく動じていなかった。
「ギルドに工作し、ルシアをここへおびき寄せたのはお前だろう……? 我が唯一マスターと仰いだ男の孫だ。ファルクマスターの先輩として、手助けくらいはしてやるとも」
「はぁん……? お前がそんなこというタマかよ?」
ああ……たしかダインルードは昔、グランバルクの下にいたんだったな。
今の言い方だと、ルシアを助けに来たと言っているように聞こえたが……。
「一度くらいはそんな気まぐれもある。それに相手がお前となれば話は別だ。……まだ、あきらめていないのだろう?」
「………………ケッ」
向かい合う赤い船と黒い船。そして大物感ただよう2人。
それに挟まれる俺やルシアたちは、ただただ2人の会話がどこに行きつくのかを見守っている。
ここでダインルードは宝石の付いた剣を取り出す。そしてそれをヘルミーネ目掛けて放り投げた。
「……あん?」
彼女はそれを片手でキャッチする。そして訝しげにダインルードへと視線を向けた。
「なんだ、これは?」
「我の持つ宝剣の一つだ。それなり以上に価値はある。この場はそれで退け、海賊聖女ヘルミーネよ」
「…………………………」
か、海賊聖女……! すっげぇ二つ名……! つか海賊だったのかよ!? あと海賊に財宝を渡したの!?
ダインルードはそれから挑戦的に立派な杖を持ち上げる。
「それとも……まさか足りないとでも言うつもりか?」
ここでやるのか、財宝を受け取って去るのかを選べ……そう言っているな。
話を聞けばわかる。船を持つほどに大きなファルクが、なにを巡って対峙しているのか。
まちがいなくルシアだ。彼女を巡って、彼女とは別の者たちが睨み合っている。あらためてルシアの影響力が見えてくるな……。
「ふん……まぁいいさ。余計な邪魔も入ったところだったしね。ダインルード……次に南へ遠征しに来たとき。せいぜい海賊に狙われないように、後ろに気をつけるんだね」
そう言うとヘルミーネは腕で合図を出す。すると赤い船がゆっくりと動き出した。彼女はそのままルシアに視線を向ける。
「ルシア。あんたがどこまで自分のファルクを成長させられるのか……せいぜい期待させてもらうよ……?」
「………………っ!」
ルシアはなにも答えない。赤い船はある程度離れたところで、途中からかなりの速度を出してその場から去っていった。
続けてダインルードもルシアに顔を向ける。
「久しいな、ルシアよ」
「…………ええ、そうね」
「ファルクを立ち上げたのに、挨拶に行くのが遅れてしまったな。詫びというわけでもないが、ソレの始末はしておこう」
「……え?」
なんの予備動作もなく、ダインルードの持つ杖から黒い稲妻が走る。
雷撃はルシアが鎖で捕えていた2人の男を正確に撃ち貫いた。あとに残ったのは消し炭となった死体のみだ。
「あ……」
すっげぇ……! 今の魔術、発動の瞬間がまったく読めなかった……!
これまで見た魔術は、どれも発動の兆候が見えていたのに……!
「オボロ、レッドも壮健そうでなによりだ。まさか2人ともそこまで彼女に付き合うとは思っていなかったぞ」
「……まぁ、いろいろあったのさ」
「あれからもうかなりの時が経つ。いろいろあったのはお互いさまだろう。……ルシアよ」
ダインルードに名を呼ばれたルシアは、緊張した面持ちで顔を上げる。
甲板の上から見下ろしてきているダインルードは、相変わらず強者の気風があった。
「いちおう聞いておこうか。……手助けは必要かね?」
なにの……とは言わない。だがルシアはその目に強い意思の光を宿していた。
「いいえ。まだはじまったばかりなのに、今からこれ以上の手助けを受けているようじゃ先が思いやられるもの」
「フ……いい目だ。今回はただの気まぐれだ、貸しを作ったつもりもない。我もお前の成長に期待させてもらうとしよう」
そう言うとダインルードは仮面を被る。こうしてみると、やはり骸骨精霊にはまったく見えない。
だが甲板には他にも明らかに人種でない奴もいる。精霊が冒険者をやっているダインルードファミリーは伊達ではないな……。
黒い船もその場から去っていく。赤い船とはまったくの逆方向、北へとその進路を取っていた。きっとマルセバーンに帰還するのだろう。
■
リメイラさんたちとメリク、それにレッドたちはあらためて賊のアジトや討伐状況を確認していた。
俺とアハト、それにリュインはその間、ルシアの側に控えている。
ギルド職員との打ち合わせや情報共有はオボロたちに任せ、俺たちは俺たちでルシアの護衛をしているのだ。
「すごかったなぁ……。まさか大手ファルクが2つもくるなんて、思ってもいなかったぜ」
「…………そうね」
海賊聖女ヘルミーネについても、話を聞かせてもらった。普段は大陸南部で活動している海賊であり、この辺りで遭遇することはまずないらしい。
だが海賊の中でも最強かつ最大規模であり、ギルドも手を焼いているとのことだった。
「あの2人がもとはグランバルクの部下だったんでしょー!? すごかったのねぇ、その人!」
リュインもどこか興奮している。
まぁたしかに、あの我の強そうな2人をまとめて配下にしていたんだ。やっぱりただもんじゃなかったんだろうな。
「はぁ……」
ルシアはおもむろに溜息を吐く。表情もすこしくもっているな。めずらしい。
「どうしたよ。死体をたくさん見て気分でもわるくなったか?」
「そんなんじゃないわ。死体なんて、とっくの昔に見慣れているもの」
「……そうかい。それじゃどうしたんだ? いつもの元気がないじゃないか」
ルシアもリュインとはちがう意味で、いつも元気な少女だ。野望と夢に瞳を輝かせ、まっすぐ自分の目指すゴールを見上げ続けている。
そんな芯の通った生き方を、うらやましくも思っている。俺にはないからな。
「……ねぇマグナ。わたし……自分のファルクをあの2人のように、大きくできると思う……?」
ああ……なるほどね。なにで気を落としているのか、だいたいわかってしまった。
「ははは。なんだ、自信をなくしていたのか」
「…………っ! そんなんじゃ…………。……ううん、そう……かも……」
ルシアの気持ちはよくわかる。俺も似たような経験があるからな。
「なんで自信をなくしたか。当ててやろうか?」
「え……」
「偉大なるおじいさまは、あんな変人どもを数多く従えていたのにぃ。わたしにはあの2人のようなイロモノ、とても従えられそうにないわぁ! ああ……おじいさまの血を引いておきながら、なぁんてぶざまなのかしら! ……だろ?」
「~~~~~~~~……っ!」
ルシアは抗議するように口を開きかけたが、すぐに閉じる。そしてうつむいてしまった。
「親類縁者に偉い人がいるとよぉ。いろいろ面倒だよな。周囲からの期待はもちろんあるが、なにより自分が自分に期待しちまう」
「え……」
「自分もそこへたどり着けるはずだって考えるよな。憧れもする。で、ある日気づくわけだ。ああ、あの人たちと自分では、あまりにちがいすぎる……と」
自分で自分に期待する奴ほど、この傾向はより強いだろう。そこで折れるかどうかはそいつ次第だが。
「教えておいてやるよ。それは勘違いだぜ」
「……自分に可能性を見出していることが?」
「ちがう。まだまだ伸びしろがある成長段階なのに、成長しきった奴と比べているっていうだけの話だ」
目標にしている人物というのは100歩進んだ先に立つ完成した実力者だ。
近くにいる完成形をいきなり見ると、自分もこうありたい、こうなれると強い希望や憧れを抱くだろう。それ自体はべつによくある話だ。だが。
「その人と同じステージに上がるのに、100歩進まないといけない。まだそのたった1歩を進んだだけなのに、ああ、わたしったらおじいさまのようになれないんだわ……て、難しく考えてしまっているだけなのさ。そういうのは最低でも80歩くらい進んでから考えるもんだ」
そういうと俺はルシアの頭を雑に撫でる。それこそ髪をくしゃくしゃにするくらいの勢いで。意外とサラサラだな……。
「ちょ……ちょっとマグナ……!?」
「まだ自分で自分を期待するのをやめるのには、はやすぎるって話だよ」
「……でも。100歩進んでも、目標とする場所に立っていなかったら……?」
うーん。やっぱりルシアは真面目だな。ま、きらいじゃないけど。
「なら歩幅が小さかったってだけの話だろ。100歩で足りなかったら120歩、それで足りなかったらまたいくらでも歩けばいい。生きている限り、成長なんてし続けいけるんだからよ」
『まるで成長していない男の言葉とは思えん……』
リリアベルから余計な茶々が入った……! んだよ、せっかく先輩として、ルシアを元気づけてやってんのに!
……まぁ俺も、あの時こういう言葉が欲しかったな……という気持ちでついつい口を出してしまっているんだが。これがお節介ってやつなのかねぇ……。
「レッドとオボロも、どれだけルシアが歩き続けてもついてきてくれんだろ? もちろん俺とアハトも、魔獣大陸にいる間はいくらでも付き合ってやらぁ。とにかくお前のじいさんやダインルードってのは、まだまだ歩き続けた先にいる奴らだ。1歩進んだばかりの自分と比べるのはお門違いだよ」
そう。ルシアの歩みはまだはじまったばかりなのだ。
それがわかっているからこそ、ヘルミーネもダインルードも、2人そろってルシアの成長を期待していると言葉を残したのだろう。
まぁ2人とも言葉どおりに受け取るにはすこしクセが強いけど。
つかダインルードはまったくわからねぇな……。今日の行動と言動だけを見ると、町で広がっていた悪評とはほど遠い人格者のように見えたし。
「ま、ルシアのペースで進めばいいんじゃねぇの。一歩の大きさなんて、人それぞれだし。つかもう一度言うけどよ。まだ自分で自分を諦めるのははやいぜ?」
「マグナ……」
こんなことを言っている俺自身が、とっくの昔に自分で自分を諦めたんだけどな。
まぁルシアはまだまだ先があるし。ここで変に拗らせるにはまだはやい。
「……ふふ。なんだか元気が出てきたわ。ありがとう、マグナ」
「そいつはよかった」
たぶん自分のあるべき将来像に対してのハードルを、かなり高く設定していたんだろう。
だからこそダインルードみたいな実力者を前にすると、どうしても目標地点と今いる場所のギャップに頭を悩ませてしまう。
まずは自分がヒヨっこであることを自覚する。その上で目標に向かって、一歩一歩進めばいいだけのことさ。……そしてそれが意外と難しいんだけどな。
その後、俺たちはイノシシ魔獣の解体をはじめる。さすがに肉は持ち帰られなかったが、体内にあるどでかい魔晶核の確保には成功したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます