第90話 六賢者たちとお食事会がはじまりました。

 案内された先はあまり飾り気がない部屋だった。まぁこの城自体、そこまで華美じゃないし。


 というかラオデール六賢国自体が、派手派手しくない。どちらかといえば落ち着いた都市という印象だ。


 こういう点もこれまで見てきた都市とは異なるな。


 ノウルクレート王国や魔獣大陸は活気があり、ディルバラン聖竜国は伝統を感じさせる建築物が多かった。だがここ首都リヴディンの雰囲気も決してわるくはない。


 そんな部屋で俺たちはテーブルにつく。さまざまな料理が運ばれてきたところで、給仕たちは全員部屋から出ていった。親切にリュインのぶんまである。


「いただきまーす!」


 よっぽど腹が減っていたのか、リュインはさっさと食事をしはじめた。苦笑しながら俺たちも食事をすすめる。


「さて……時間がもったいない。行儀はわるいが、食事をしながら話をしよう」


「ああ。かまわないぜ」


「お前たちの名は知っている。簡単にではあるが、こちらも名乗っておこう。マグナにはすでに言ったが、私はアウローネだ」


 俺たち以外でこの部屋にいる人物は全部で4人。その全員が同じ服装をしている。


 おそらくは六賢者なのだろう。アウローネの隣の女性が続けて口を開く。


「レーディアです。まだ六賢者になって日が浅いのですが……よろしくお願いします」


 こっちはアウローネより若いな。なんとなく聖竜国の武術教官であるルアメリアとまじめそうな雰囲気が似ている。肌の色と耳を見るに、白精族だな。


「俺はクアードだ! はは、この中じゃ二番目に長く六賢者をやってるな」


 レーディアの隣にいたおっさんが続けて自己紹介をする。見た目は賢者っぽくないな……むしろ冒険者にいても違和感がない。


 最後に残った1人は、この中ではやや異質な存在だった。


「……マール。よろしく」


 その少女はメルナキアとそう変わらない年齢に見えた。白精族というのも共通している。


 まぁこの国は他国よりも白精族を多く見かけるから、めずらしくはないんだけど。


 髪は銀髪のショートカットで、頭にはややぶかぶかな帽子をかぶっている。食事中も帽子を取らないのは、なにかこだわりでもあるんだろうか。


(アウローネにレーディア、クアードとマールね。この4人がラオデール六賢国の統治者か……)


 ぜんぜんそうは見えねぇ……。


 やはり官僚のように、政治を裏で補佐する者たちが数多く存在しているのだろう。この国、そういう分野に強そうなやつが多そうだし。


 そもそもそうした者たちがいないと、政治経験のない者を為政者として選出できないはずだ。


 六賢者制度を回している以上、それを維持するシステムや人材はいるだろう。


「ん……? でも4人だけだよな? あとの2人は……?」


「その話の前に、まずはお前の話を聞こう。大図書館の地下でなにがあったのか。どうしてエンブレストを追いかけたのか。その動機も含めて私たちに聞かせなさい」


 アウローネがまとめ役といったところか。俺はあらためて4人にこれまで見聞きしたことを話していく。


 どうしても血生臭い話が混じるから、食事しながら話すのもどうかとは思うが。


「ほう……お前は他国でも筋肉が異常発達した者を見てきたのか」


「ああ。それでメルナキアの親父さんの話を聞いたときに思ったんだ。この国を出ていった今も、どこかでそのクスリを作っているんじゃないかってな」


 アムランからエンブレストがこの国にいると聞き、大図書館の地下にいると考えてそこへ向かった。さいわい怪物化テロはアハトによって防ぐことができたからな。


「アムランからは別途事情聴取を行った。お前の言うことと相違はない。うそは言っていないようだな」


「んだが黙って大図書館の地下に行ったのはほめられねぇなぁ。地下でアレも見ちまったみてぇだしよ」


 クアードがどうしたもんかと口を開く。そしてアハトに視線を向けた。


「まぁアハトちゃんのおっぱぶふっ!?」


 言葉の途中で、アウローネがクアードの顔面にスプーンを投げる。


 ぎ、行儀がわるい……! つかなにを言いかけたんだ……。


「六賢者にふさわしい言動を心掛けろ」


「ったぁ~……。まったく……そのつもりだってのによぉ。でも現実どうするんだ? 俺ですら足を踏み入れたことのない最下層まで行ったんだろ?」


「そういや……あの巨人。なんなんだ? あと地下三階にあった球体。ずっと気になっていたんだが……」


 あらためて今日あった出来事を話していく。とくに地下四階でエンブレストが巨人をどこかに持ち去ったという話は、全員が興味を持って聞いていた。


「地下四階へはアウローネ様とノウゴン様しか立ち入ったことがなかっただろ? マール嬢ちゃんとレーディア嬢ちゃんは知らなかっただろうし」


「は……はい。わたしもはじめて聞きました……」


「……………………ボクも」


 どうやら六賢者の全員が地下四階と巨人の存在を知っていたわけではないらしい。


 ………………。ん? あ、あれ……? マールちゃん、いまボクって言った……?


 え!? ま、まさか……男の子なの!? いや、見た目と声は完全に女の子だ……! 


 え、どっち!? ついてるの、ついてないの!? ボクっこ!? すっげぇ気になってきたんですけど!


「今から言うことは決して他言無用だ。マグナ、アハト、リュイン。お前たちもだ。いいな?」


「ああ……」


 気になる……! いや、やっぱ女の子だよな……!?


「巨人については私も知らん。だが初代王がこの地に都市を作る前から存在していたらしい」


「え……!? 初代王よりも前の時代から……!?」


「古の精霊時代か……」


「そうだ。だがその上の階にあった球体は初代王が作り上げた魔道具だ」


 アウローネはその球体の持つ力で、極寒の地にある首都リヴディンはさまざまな気候的恩恵を受けられていると説明をしていた。


 クリアヴェールがどうのとか、その魔力供給は六賢者が行っているとかいろいろ話しているが、俺は話半分でマールちゃんをチラチラ見続けている。


 どうせ話はあとでリリアベルに聞けばいいだろ! 今はマールちゃんがついているのかいないのか問題が優先される……っ!


「そんなオーパーツがあったなんて……」


「メルナキアよ。今日の学会ではちょうどその存在を示唆した講演を行っていたな。抄録しょうろくを見たときは震えたぞ。まさかその可能性に行き当たる者がいるとは思っていなかったからな」


「なるほど。クリアヴェールを生み出すオーパーツは、まさにメルナキアが予想したものになるわけですか」


 メルナキアやアハトも話に加わっている。

 うーん……男の子に見えなくも……ない……か……?


「よかったのか、アウローネ様。話しちまってよ」


「六賢者を務めた者であれば全員が知っていることだ。変に言いふらされるよりは、教える代わりに黙っておいてもらった方が都合がいい」


「口が軽くないことを祈ってか?」


「我らも大国の為政者だ。もし約束を破れば、それなりのペナルティを覚悟してもらうまで」


 まつ毛は女の子っぽいんだよなぁ……。でもたしかに中性的というか……男の子だと言われれば納得はできそうではある。


 いや、やっぱむずかしいわ。体格は……ローブのせいでわからないな。


「聞いておるのか? マグナ」


「んぇ!? お、おお! 聞いてる聞いてる! 黙ってろって話だろ! 安心しろって!」


 名前を呼ばれたことで強制的に意識が引き戻される。


 この研究はもうすこし後にでも、さらなる検証が必要だな……! まさか研究なんてもんが楽しいと思える日がくるとは……!


「では……おおよそ食事は終えたようだな。ここからはすこし血生臭い話にしようか」


「まぁそういう話はさっき俺もした気がするけど……」


「まず残り2人の六賢者についてだが。1人はおそらく死んでいる。死体は確認できていないがな」


「え……」


 アウローネの話によると、六賢者には最年長の男性がいたらしい。


 だが今朝の会合にも顔を出さず、家をたずねても妻を含め、だれもいなかったそうだ。


「地下三階に落ちていた腕と眼球。それらはノウゴンのものだろう」


「………………どうしてそれがわかるんです?」


「簡単だ。地下三階では六賢者の両腕と眼球があれば、新たな六賢者を設定できるのだ」


 どういう意味だ……と思っていると、アハトがなるほどとうなずいた。


「先ほど話に出てきたオーパーツですね。おそらくクリアヴェールを生み出すオーパーツを使えるのは、6人のみなのでしょう。台座も6つあったという話でしたからね。つまり六賢者というのは……」


「さすがだな、アハト殿。その通りだ。地下三階に設置されたオーパーツ〈タルガング〉。この操作権限者こそが六賢者になる」


 話半分しか聞いていなかったが、そんな俺でもだいたいわかった。


 メルナキアが予測した、天候に影響を及ぼすオーパーツ。名を〈タルガング〉というらしいが、これの管理者は常に6人。それを代々の六賢者が務めてきたというわけだ。


 そしてその場に限り、六賢者の両腕と眼球があれば、新たな管理者になれるということか。


「つまりあの場でエンブレストは〈タルガング〉の管理者となったわけだ。そして用がなくなった両腕と眼球をあの場で捨てていたんだな」


 ずっと持っていても重いだろうしな。


「でもどうしてそのノウゴンって人のもんだとわかるんだ?」


「消去法だ。もう1人の六賢者であるブライアンは生きておる。そして地下四階へは、管理者がとあることをしなければ進めないようになっていた」


 つまりエンブレストは地下四階へ行くために、ノウゴンの両腕と眼球を確保したというわけか。


 うへぇ……本人をその場に連れていくのではないく、必要な部位だけを持っていくことにサイコな性格がうかがえるな。

 メルナキアの前だからあんまりはっきりとは言いにくいけど。


 ここで口を開いたのはレーディアだった。


「でも……どうしてエンブレストさんは地下四階のことを知っていたのでしょう? 六賢者でも限られた者しか知らないし、そもそも地下四階への階段をどうやって出現させるのかもわたしは知らなかったのに……」


「ノウゴン様に聞いたんじゃないか?」


「いや……あの階層の存在は秘中の秘になる。脅されたからと言って、簡単に口を割るとも思えん」


 だが現実としてエンブレストは地下四階と、そこに眠る存在を知っていた。


 気にはなるが、ノウゴンって人の口を割らしたわけではないという意見については、俺もそのとおりだと思う。


「はじめから地下四階に用事があったんだろうな……。そうじゃないと、危険をおかしてまでこの国に戻ってくる理由がない」


「ああ。私も同意見だ。この国に来てから知ったのだとすれば、動きがあまりにもスムーズすぎる」


 それに……と、アウローネは言葉を続けた。


「おそらくエンブレストがこの地に帰ってきた理由は2つ。1つは地下四階に設置されていた巨人を回収すること。もう1つが、地下二階の資料を持ち出すことだ」


「え……!」


「地下二階の資料を……持ち出す……!?」


「ああ。あのあと調べたが、ちょうど古い歴史を記した記録がごっそりとなくなっていた。巨人を転送させた技術を用いて、資料もどこかへ送ったのだろう」


 なんと……。どうやら巨人だけでなく、資料もちゃっかり盗んでいたらしい。


『おのれ……! そのあたりの歴史が知りたくて、この国に来たというのに……! わざわざアハトを学士としてデビューまでさせたというのに……!』


 おわぁ……めずらしくリリアベルさんが怒ってらっしゃる。


 でもたしかに、古代語の翻訳とかめっちゃすすめてたもんなぁ……。


「しかしなんでまた歴史資料まで……?」


「そこにエンブレストの狙いの一端があると考えている。そこで……だ。マグナ、アハト、リュインよ。六賢者としてお前たちに依頼がある」


「え……」


「エンブレストに盗まれたものを取り返してほしい。対象は3つ。巨人と資料、そして〈タルガング〉の管理者権限だ」

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