第91話 六賢者たちと報酬の話をしました。

「エンブレストに盗まれたもの……3つを取り返してほしい……?」


「……なるほど。はじめからこの依頼をするため、部外者であるわたしたちに詳細を話したのですね」


 そういうことか。すでに国の根幹にかかわるような秘密を知ったんだ。このままエンブレストの追手として活用しようと考えたんだな。


 たしかにエンブレストに盗まれたものを取り返してくれと言われても、事情を知らない者からすれば「それなに?」となる。だからといって詳細を話すのもむずかしい。


 なにせ天候を操るオーパーツに存在を疑うような巨人、そして六賢者殺しまでかかわってくるんだ。


 すでに知ってしまった者ならともかく、おいそれと人に話せる内容ではない。


「お前たちはエンブレストがかかわっていると思わしき〈玖聖会〉とこれまで衝突してきたのだろう? さまざまな事情を鑑みて、この依頼を出すのに最適な人物だと判断した」


 まぁたしかに。すでに玖聖会とはやり合ってきている。ガイヤンの腕を斬りとばし、アハトはクロメに一撃叩き込んだ。それにシグとハイスを殺したのは俺だ。


 考えてみれば、わりとガチンコでやり合ってんな……。今さら仲良くしましょうとはならないだろう。


『おい。わたしの言うとおりに話を進めろ』


 どうやらリリアベルさんからなにか要望があるみたいだ。俺は彼女の言うとおりに言葉をつむぐ。


「見返りは? 依頼というからには、なにか用意してくれているんだろ?」


「よし! ならレーディアのおっぱいを思う存分あだっ!?」


 再びアウローネがクアードに食器を投げる。今回はフォークだった。


「なにか望むものはあるか? もっとも……この国は大国に数えられているとはいえ、他国に比べて潤沢な財があるわけではないが……」


「……地下二階の資料を自由に閲覧できる権利がほしい。これを前払い報酬としてもらえるのなら、これから先の旅で玖聖会と出会ったら、積極的に追い詰めるように意識しよう」


 ああ……なるほどね。ようするにリリアベルははじめからこの権利が欲しかったんだ。


 地下二階は六賢者の許可がなければ入れない領域。ここでさっさとその許可を得ようというのだろう。


「ほう。学問に熱心な姿勢は好ましいが……前払いで払うには大きい報酬だと思うがな?」


「そうか?」


「ああ。それに地下二階はアカデミーに所属している者でなければ、原則として許可を出せない。それにそこの資料で研究を行う以上、成果も求められる」


 これも前にメルナキアが話していたな。許可を出した六賢者の顔に泥を塗らないようにと、立ち入るからには相応の成果が必要だとかなんとか。


「参考にまで聞きたいのだが。お前たち……じゃなかった。アウローネさんたちは、地下二階にある古い資料が読めるのか?」


 あぶないあぶない。リリアベルの口調で話してしまっていた……。


 純帝国産のAIであるリリアベルは、ナチュラルにローカル星の住人を見下しているからな……。


「ふむ……時代にもよるが。2000年もさかのぼると、解読できる学者はほとんどおらんな。時間をかければマールがすこし読めるか……といったところか」


「……………………すこし、なら」


 おお……! 声は女の子だな……! うん、やっぱり女の子だ! いや、でもこんな声の男の子もいるっちゃいるのか……?


 なんてまた思考の沼に陥りそうになっているところで、リリアベルからの指示が飛ぶ。


「コホン……。ではこうしよう。リリアベルという人物をアカデミーの〈学士〉……いや。特別修士として籍を置いてもらいたい。……え?」


「……ん?」


 いまなんて!? たぶん六賢者と俺は同じ気持ちでいることだろう。だがまだリリアベルの言葉は続いていた。


「その者であれば、10日もあればどんなに古い文字も現代語に訳せる。六賢者でも解読がむずかしい古代資料を読み解けるのだ、修士としての資格は十分だろう?」


「六賢者というのは、必ずしも研究者畑出身というわけではない。古代資料を読み解けない者がいても当然だ」


「それと今の話は直接の関係がない。こちらはあらゆる古代文字を訳せるし、その情報をまとめてメルナキアを通してアカデミーと共有してもいい。六賢国としても研究がすすむし、お互いにウィンウィンだと思うが?」


 アウローネはなにかを考えこむように黙り込む。


 リリアベルが古代の資料を本当に翻訳できれば、この国の歴史研究はますます進むだろう。学問の国として、やはりこの点は重要なのかもしれない。


 ここでマールちゃん……くん? が、席を立った。


「どうしたよ、マール?」


「…………テスト。しよう」


「え……?」


「ちょっと話してて」


 そういうとマールたんは部屋を出ていく。残された俺たちはなんだろうと頭上にはてなマークを浮かべていた。


「そ……そういや。なんだって俺たちをエンブレストの追手に? いくら事情を知ってしまったとはいえ、あくまでよそ者なのに……」


「もう一人の六賢者、ブライアンから聞いたのだ。マグナ。お前がエンブレストの配下をあっさりと倒してみせたとな」


「え……?」


 ブライアンという人物は、騎士たちと一緒に地下一階でエンブレスト一行を待ち構えていたらしい。


 だがエンブレストの配下……ノグとメイフォンによって騎士団は完全敗北した。


 ブライアンは毒を盛られ、その場で動けなくなったそうだ。しかし意識はあったため、騎士たちがたった2人に蹂躙されていくさまをずっと見ていた。


 そのあとに俺が到着し、その場に残ったノグを簡単に倒してみせた。


「ああ……そういやあの時、騎士の恰好をしていない生き残りが1人いたな。あの人が残りの六賢者だったのか」


「そうだ。今はまだ休んでいるが、話はできる状態なのでな。いろいろ聞かせてもらったのだ。なんでもノグという男にせよ、メイフォンという女にせよ。常人ではありえない実力を有していたらしいではないか」


 加えてアウローネは、アムランからも俺がハイスを倒したという話を聞いていた。


 こうした常軌を逸する者たちをあっさり倒せる実力を持っている点を評価したらしい。


「個人の実力が相手戦力を上回っているのだ。マグナたち以外に、この依頼を出すことはできんさ」


「なるほどねぇ……」


 おもわぬところで俺の実力が証明されてしまったようだ。


 しかし毒か……。ノグは毒なんて使うタイプに見えなかったし、おそらくメイフォンだな。あぶねぇ……まったく警戒していなかった……。


 そんな話をしている間にマールきゅんが部屋まで戻ってくる。その手には大きな本があった。


「おうマール。それは……お前の持つ本の1つか」


「…………うん。これ……もしそのリリアベルという人が訳せたら。そのときは報酬の前払いをしてもいい」


「マール……」


 アウローネがどこか困った視線を向ける。だがマルるんは問題ないというように首を横に振った。


「…………どちらにせよ。ボクたちに……とれる選択肢はすくない。でも……もしそのリリアベルという人物が本物なら。地下二階を開放した場合、国にとっても利益がある」


 あれ……やっぱ男の子か……? うーん……たくさん話してくれたけど、声にかわいらしさはあるんだよなぁ……。


『おい。さっさと中身を確認しろ』


 へいへい……と。俺はマールちゃんから本を受け取ると、その中身にパラパラと目を通す。


 地下二階には本になっているものもあれば、紐でまとめられただけの資料もあった。こうしてしっかり本という形になっている以上、そこまで古いものでもないんだろうけど……。


『ふむ……メルナキアの研究室で見たものとは若干だが系統がちがうな。よし。アハトに渡せ』


 言われたとおりにアハトに本を回す。やはり彼女も速読するかのように、パラパラとページをめくっていった。それをきっちり三回繰り返す。


「アハト殿……? いろいろうわさは聞いているが……まさかそれで読めているのか……?」


「…………フ。ええ、だいたいわかりました。この程度であれば、リリアベルに訳させるまでもないでしょう」


「…………っ!? え……!?」


「彼女はわたしなど比べものにならないくらいの知性とひらめきを持っています。わたしに訳せる時点で、彼女に回す必要がないと言ったのですよ」


「そ……!?」


 そんなバカな……!? ……って声が聞こえてきそうだ。なるほどな……うまいことアハトを利用したな……!


 アハトが天才だという話はすでにアカデミーに知れ渡っている。その美貌も手伝っただろうけど、なにより実績を示したからだ。


 リリアベルはそのアハトを上回る知能の持ち主だと聞けば、だれもが驚くだろう。いったいどんなスーパーエリート学者なんだという話になる。


「それは……今のでアハト殿もその本を読めたということですか……?」


「ええ。この本、この国由来のものではありませんね? 同じ時代に作られたであろう本をメルナキアの研究室で確認しましたが、その内容と比べると文字にちがいが見られます。いえ、詳しく言うと同じ文字が使用されているものの、字体や書き方、文法が異なっています。おそらくはこの国とはちがう地で書かれたものでしょう」


 もちろんアハトが実際に訳したわけではなく、三回にわたって目を通し、その情報をリリアベルに送ったのだろう。


 そしてリリアベルはその演算能力を用いて、一瞬で何万回も演算を繰り返しながら翻訳をしたにちがいない。


「同じ土地で書かれた他の本があれば、さらに翻訳の精度が増すのですが。内容としては、魔獣大陸で自生している植物についてのレポートですね。中でも黄色の果実は非常に甘いと書かれており、何度も登場しています。よほど筆者が好きな果実なのでしょう」


「………………………………」


 マールたんとメルナキアがそろって両目を見開いている。2人とも同じ白精族で年齢も近いせいか、驚いた顔もちょっと似ていた。


 まぁメルナキアは左目が前髪で隠れているけど。


「…………すごい。アハトもすごいけど……リリアベルという人は……もっと……?」


「ええ。もっと簡単に訳してみせますよ?」


「………………!」


 この反応を見るに、どうやら本に書かれていた内容は当たっていたのだろう。


 黄色い果実か……そういえばマルセバーンの市場で、そんな果実があったような気もするな。


「…………アウローネ。報酬、前払い。いいと思う」


「……そうだな。目の前でこんな才能を見せつけられてはな……。お前たち、本当に何者なんだ? マグナもいくらか古語を読めるのであろう?」


 なんて答えるか……いつもならここでリュインが「四聖剣を探して旅しているのよ!」とか言うところだが。


 リュインは今、飯に満足したのかリラックスしながら寝転んでいる。たぶんこっちの話に興味がないのだろう。


 だからといって俺がこのセリフを言う気にはなれない。普通に恥ずかしいし! 


 なんて悩んでいるうちにアハトが不敵な笑みを浮かべた。


「魔獣大陸では冒険者、ディルバラン聖竜国では青竜公に雇われてきましたが。この世界の真実を求めてさまよう旅人にすぎませんよ」


「…………!? な、なんと……! 世界の……真実を……!?」


「青竜公に……!? あの国では身分差が激しいと聞くが……」


「冒険者の経験まで……」


 なんかかっこいいこと言ってる……! アウローネの質問に対し、具体的になにか答えたわけでもなんでもないのに……! 


 それっぽいことと青竜公というビッグネーム、あと持ち前の美貌で押し切りやがった……!


「……いいだろう。報酬の前払い、許可しようではないか」


「お……おお……」


 なんかしらん間に話がうまくすすんだわ。まぁだましてはいないし、問題ないだろ!


「ただし。そのリリアベルという人物に実際に会わせること。これが条件だ」


「え!?」


 それなら今、俺の腕輪としてここにいますけど……。なんて言っても信じてもらえないだろう。


 それともここでリリアベルが全員に聞こえるように声を出すか……? と思ったら、これに答えたのはアハトだった。


「わかりました。すぐにはむずかしいですが、後日あらためてリリアベルと共にまいりましょう」


「ああ。世界の真実に挑む者たちか……さぞ立派な女史なのだろうな」


 いいのかねぇ……こんな適当なことを言って……。


 まぁアハトが答えたということは、リリアベルからそう話すように言われてのことだろうし。とりあえずよしとしますか。

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