第92話 歴史の真実に挑むもの……には意味があったみたいです。
その日は城の客室に泊めさせてもらえた。そして次の日。俺たちはメルナキアの研究室に集まっていた。
「六賢者からの依頼かぁ……」
「あ、あの……」
「ん?」
メルナキアはやや遠慮がちにこちらを見てくる。
「やっぱり……その。みなさんは……行かれる、んですよね……。依頼を果たしに……お父さんを探しに……」
「ああ……」
メルナキアとしてもやっぱり複雑かな。エンブレストは再びこの国に来たのに、メルナキアに会うことはなかった。
そればかりか今回もしっかりと犯罪を起こしていった。さらに六賢者殺しの容疑までかかっている。
「わ……! わた……わたしも……その……。一緒に……つれていって、もらえませんか……?」
「え……?」
これまでのメルナキアの態度から違和感を覚えた俺は、それをそのままぶつけてみる。
「研究は? 歴史の研究、続けたいんだろ?」
そう。メルナキアは三度の飯より特定分野の研究が好きだ。
それこそ父親が起こした事件などお構いなしに研究をするくらいに。
「はい! そのためについていきたいんです……っ!」
「え!?」
てっきり「研究をあきらめて、娘としての責任を取ってお父さんを探したいんです」……的な話かと思ったんだけど。
どうやらメルナキアにとっては、研究をすすめることと直結しているらしい。
「古代に作られた巨大騎士人形、そしてそれを謎の技術で持ち去ったお父さん……! マグナさんは世界の真実にも挑むという話ですし、みなさんについていくことでアカデミーでは経験できない研究ができると思ったんです……!」
つまりエンブレストに盗まれたものを取り返すというわけではなく、あくまで自分の好きな歴史研究のためについてきたいと……! なんて自分の欲望に正直なんだ……!
「わたしも歴史の真実に挑みたい……! アハトさんやリリアベルさんに比べると、ほとんど知識はないですが……! すこしでもその手伝いをしたいんです……!」
で、あわよくば自分の欲望も満たしたいですってか!
それはいいんだが、メルナキアの話し方で気になる点が出てきた。
「……なぁメルナキア。歴史の真実に挑むって……なに?」
どうにもこの言葉を固有名詞のように言っているように感じたのだ。
俺の質問に対し、メルナキアは首をかわいらしく横に向けた。
「え……? だって昨日、アハトさんが六賢者の方々におっしゃったではないですか。歴史の真実を求めているって……。つまり魔人王がいたと言われる2000年前よりももっと昔。古の精霊時代の解明に挑むっていう意味ですよね……?」
おっとぉ! ここで新出単語の登場だぁ!
どうやら「歴史の真実に挑む・求める」というのは、特定の時代の解明にチャレンジすることを指しているようだ。俺はきわめて落ち着いて口を開く。
「えぇと……メルナキアさんや。古の精霊時代って……なに?」
「………………っ! か……! かかか……!」
「か……?」
「語っても……い、いい、ですか……!?」
これまでにないくらい、すっげぇ語りたそう……!
俺は瞳をキラキラさせているメルナキアにうなずきを見せる。
「で……では……コホン。そもそも今の五種族による時代は2000年前からはじまったと言われていますではその前はどうだったのかというと魔人族を加えた六種族がいたわけです六種族時代は5000年ほど続いていたとも言われていますいずれも根拠はないのですがいくつかの学説で出ている話ですねここまでは実は探せば古い文献にも記述がみられるのですつまりは2000年よりも前についても記録がまったくないというわけではないんですねでは六種族時代の前はどんな世界が広がっていたのかこれが古代史における最大の謎となっており」
うんうん、なるほどねぇ。メルナキアちゃんがものすごく歴史好きだということはよぉくわかったよ。
いつもなら聞き流していたが、今回は俺もすこし興味があった。それに何度かこのマシンガントークを経験したことで、耳が鳴れてきたのだろう。
ようするに今から7000~1万年より昔の時代を「古の精霊時代」と呼んでいるらしい。ごくまれに魔獣大陸南部で見つかる遺跡に、その時代の記述が見つかることがあるそうだ。
(六種族時代を経て、2000年前からは五種族時代に変わった。その六種族時代でも記録にないほどの昔のことを、古の精霊時代と称しているのか……?)
ざっくりこんなイメージだろうか。だが気になる点がある。どうして六種族時代ではなく、わざわざ精霊時代と呼称しているのか、という点だ。
その疑問が浮かんだタイミングで、メルナキアはそこに言及をしはじめた。
「その時代は今よりも精霊化現象がもっと活発に起こっていたと言われていますこれは口伝の他に魔獣大陸の遺跡で見つかった石板に記述されているのですが今よりも強力な力を持つ精霊が多かったそうです精霊の中には人に協力的なものもいれば凶暴なものもおりこの点は今も変わらないのですがとにかく精霊と共に栄えていた時代だと予測されているわけですつまりは六種族に精霊を加えた七種族が反映していた時代とでもいいましょうかまた今の精霊化とはちがいその時代は自然関連の」
あれだな。メルナキアが歴史の教師をやると、生徒がついていけなさそうだな。でも断片的ではあるが、ちょっと見えてきた。
要するに大昔は、今よりも精霊化がしょっちゅう起こっていたのだ。たぶんそこらを歩けば棒にあたるくらいに精霊に遭遇していたのだろう。
精霊とともに文明が発展した時代……とまで言っていいのかはわからないが、そのときの人の生活に精霊が大きな影響を持っていたのはまちがいない。
古の時代は精霊の痕跡が多く見つかることから、精霊時代とまとめているようだ。
しかしここでも魔獣大陸か……。人類最後の謎が眠る地ともいわれているって話だったが。
古の精霊時代の遺跡がある点といい、その時代は魔獣大陸でも人が住んでいて、文明も発展していたんだろうな。
「~~~~……と、いうわけなんです」
「おお、サンキュな。おおよそ理解できたよ」
「フ……わたしははじめから意味を理解した上で、歴史の真実を求めていると言ったわけですが」
『…………ハァ』
うん。このリリアベルの反応から察するに、偶然だったんだろうな。
しかし……だからか……。アハトが歴史の真実という単語を発した途端、六賢者たちが驚いたのは。
つまりこの古の精霊時代の謎を解き明かす旅をしているのだと思われたということだ。
手がかりはほとんどなし、危険な魔獣大陸にわずかにあるかどうか……。
普通の研究者のフィールドワークとはわけがちがう。ガチで危険と隣り合わせ、その上進むべき道を指し示す羅針盤もない。
歴史研究者から見て、この精霊時代を研究テーマに選ぶということは、相当難易度が高いことなんだろう。
普通に考えれば、50年の時を費やしてもなんの成果が上がらない確率が高い。
そして研究者というのは、どういう発見をしてどういう未知を解明してきたか。その結果のみがその者の評価を決める。
つまり一生を費やしても「なんの成果も出さなかったただの人」という評価で死を迎える可能性もある。その者は研究者ですらないのだ。
(研究者としても死ねないなんて、この国でまじめに研究をしている者からすれば、耐えられない恐怖だろうな……)
だからこそ「歴史の真実に挑む」という言葉が特別な意味を持つ。
普通の者がそんなことを言っても、だれも相手をしないだろう。だがアハトはいろんな本を訳して見せることで、自分が歴史の真実に挑む資格を持つ者だと示した。
これらはすべて偶然なのだが、旅の供である俺も古語はコンタクトレンズを通して読むことができる。そして危険な旅でも対応できる実力も示している。
アウローネなんかは、歴史の真実に挑むために冒険者としての実力も身につけたと思っていそうである。
あくまで主語は精霊時代の歴史の研究であり、冒険者としてのキャリアがオマケなのだ。
(挑むにも並以上の知識が求められ、体力や根気も必要になる。そしてなにより一生を捧げる覚悟と、その一生で一般人として死んでいく覚悟も求められる……と)
六賢者から見れば、俺たちは知識も実力もある。そんな俺たちが「歴史の真実に挑む」と言えば、あるいは……と期待もするのだろう。
学問の国の為政者としても、好奇心が刺激されたのかもしれないな。
だが精霊時代に興味が出てきたのは事実だ。リリアベルはこの星で遥か昔に文明のリセットが行われた可能性があると言っていたが……それと無関係とも思えない。
なにより大図書館の地下四階こそ、精霊時代に建造されたものではないだろうか。
(いいねぇ……! 魔獣大陸でもそうだったけど、こういう未知に挑むというのは、俺の冒険者としての心が強く刺激される……っ!)
いろんな大陸を巡っているけど。だんだんこの星でどう生きていきたいのか。その方向性が見えてきたのかもしれない。
「しかし精霊化の頻度が多い時代とかあったのか……」
「あくまでそういわれている、というだけなんですけど……。今は土地によって頻度はちがいますが。昔は世界中で似たような頻度で見られていた現象なのかもしれないですね」
「…………? え……精霊化って、場所によっておこる頻度がちがうの?」
「そうですよ? あれ……知りませんでしたか?」
「知らねぇ……!」
メルナキアの話によると、この大陸ではほとんど精霊化現象は起きないそうだ。それに対して、最も精霊化現象が起こっているという国が。
「アンバルワーク信仰国……!?」
「はい。聖地があり、四大精霊を奉る神殿がある大国ですね」
この世界で最初に精霊化を果たしたという地水火風。これらを四大精霊と呼称しているが、アンバルワーク信仰国にはそれらを奉る神殿があり、また信仰もしているらしい。
そういやこの世界であまり宗教や信仰の話は聞いたことがなかった。種族が多いし、いろいろ考えもあるとは思うのだが。
ここで自然信仰みたいなものが出てきたわけだ。……自然信仰と言っていいのか微妙なところだけど。
「精霊化にはさまざまなものが対象になると言われていますが……アンバルワーク信仰国ではとくに地水火風をはじめとした自然現象の精霊化が今も多いと聞きます」
「へぇ……」
「その理由はわかっていないのですが……なかなか研究者も近づかない国ですから」
「そうなの?」
そういう謎を解明したいと考える者は、この国では多そうだけど……。
「はい。あの国は今、人に仇名す精霊たちと戦争状態にあるのです。研究者が近づくにはちょっと危険なんですよね。護衛も自腹で用意する必要がありますし。それに砂漠にある国なので、砂がまとわりついてくるのを嫌う者も多いのです。ここは雪国ですから……」
「ああ……なるほど……?」
徒党を組んだ精霊と……戦争状態……? ダインルードみたいな奴が人に襲いかかっているのだろうか……。
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