第11話 王都ではじめての夜を迎えそうです。
「つぎぃ! おねーさん、お肉もりもりスパイシープレートと、お酒もおかわりぃ!」
「はぁーい!」
酒場に入った俺たちは、次から次へと飯と酒を頼み続けていた。
う……うめぇ……! 久しぶりに塩コショウ以外で味がついた肉を食べられている……!
それに酒もすっげぇ安酒の味なのに、久しぶりのせいかやたらとうめぇ……!
「超古代文明レベルの飯と酒なんざ期待してなかったが、こりゃわるくねぇなぁ!」
「おいひー! マグナぁ、わたしもお酒ぇ!」
「ふむ……マグナの焼いた肉よりは幾分かマシですね」
『不純物の多そうな酒だな』
ノリノリで食事を楽しんでいるのは俺とリュインだけっぽい。いや、案外アハトも楽しんでいそうではあるが。
つか今、俺の焼いてやっていた肉にケチをつけなかった?
「しっかし客も店員も、アハトとリュインばかり見てんなー」
「うっふふん。そりゃわたしがあまりにかわいいから! でしょ!」
「わたしの美しさについては、今さら語るまでもないかと」
「リュインはともかく、アハトは実際なにも言い返せねぇ……」
なにせ計算されつくされた美貌だからな!
リュインはあれだ、たぶん〈フェルン〉が珍しいのだろう。王都でもちらほらと飛んでいたが、あんまり人と親しげにしている奴はいなかった。
「……なぁリュイン。他のフェルンって、お前みたいに人間と一緒に行動とかしてねぇの?」
「んー……? どうだろ……冒険者として活躍している〈フェルン〉とかなら、わたしみたいにパーティを組んでいるだろうけど。あとはペットとして飼われている以外だと、あんまりないんじゃないかなぁ」
話しながらリュインは、口周りについた麦酒の泡を雑に拭う。
「ぺ……ペット……」
「うん。ほら、前も言ったけど。人間の中にはわたしたちを捕まえて、そのまま金持ちに売り飛ばそうとしている奴もいるしぃ。あ、でも前までわたしがいてた国だと、わりと人と話す〈フェルン〉は多かったかも!」
〈フェルン〉は外敵が多いからな。普通はもうすこし警戒心が強い妖精なのかもしれない。
「お前、よく自分から俺たちにパーティを組もうと提案したな……」
「だぁってマグナたちは異世界人だし。それに強いし。ギブアンドテイクが成り立つと確信があったのよ!」
自信満々に胸を張る。まぁ妖精を連れてファンタジー世界を旅できている時点で、たしかに俺にメリットはあるけどな! ギブアンドテイクが成り立ってやがるぜ!
それに以前、リュインは自分のことを「風のフェルンだからあっちこっちに行っている」みたいに話していた。性格も関係しているんだろうな。
「ふむ……しかし妙ですね」
上品に麦酒を飲みながら、アハトは小さく呟く。
「あん? なにがだ?」
「誰もがわたしの美しさに釘付けだというのに……だれ1人として、このテーブルに絡みにこないではないですか。普通ならここで、姉ちゃん俺たちと酒を飲もうぜぇ。そんな冴えないアホ面した男なんて放っておいてよぉ。俺たちならそんな男より、もっと楽しませてやれるぜぇ? ……という展開になるはずです」
「まてぃ! だれがアホ面した男やねん!」
アハトは抑揚のない声で、淡々と野蛮な男たちのセリフを吐く。ったく……なにを考えてやがんだか。
しかしたしかにそういうお約束があっても……という気持ちはわかる。
だが現実として、みんな遠巻きにこちらを見ているだけで、積極的に絡んできそうな奴は見当たらなかった。
「あれかな。〈フェルン〉と一緒に飲んでる人間があまりに奇妙すぎんのかね」
「そんなわけないでしょ!」
「あだ!?」
宙に浮いたリュインが、俺のおでこにチョップをかましてくる。
こ……こいつ……! ここにハエたたきがなくてよかったなぁ……!?
「単純にアハトのことを、貴族だと思っているのよ」
「…………え?」
「まず見た目! こんなに美しい女性なんて、〈フェルン〉か貴族くらいなものよ!」
お前、どれだけ自分の種族に自信を持っているんだ……。
「そしてコレよ!」
そう言って指さしたのは、テーブルに立てかけてあるアハトのハルバードだった。
「うん? 武器のことか?」
「我が愛槍、閃星煌刃アークマルドのことですね」
「無駄にかっこいい名前つけてんのな……」
俺もいい感じの名前をつけようかな……。
俺の剣もアハトのハルバードも、リリアベルが廃材をそういう形を整えただけで、まったく装飾はないのだが。
「身体を鍛えていなさそうなアハトが、こんなにごっつい武器を持っているんだもの。どう見ても魔力で身体能力を強化して振るうための得物でしょう?」
「え。魔力って、身体能力の強化とかできんの?」
「この見た目で魔力持ち……どこのお貴族様だろうってみんな思うのよ。レグザもそう考えて、自分からアハトに話しかけなかったしぃ」
そうだったのか……。まったく気づかなかったぜ……!
もしかしたら馬車に乗せてくれたのも、アハトのことを貴族だと考えたからかもしれない。お貴族様が自分で使用するために、魔晶核を採取していたと思ったのかな。
…………ん?
「いやまて。やはりそれはおかしい」
「なにがよ?」
「俺は正真正銘の特権階級生まれだぞ!? 銀河で上から数えた方がはやいくらいには、育ちもいい男だぞ!? アハトよりも俺の方が、高貴なオーラを出しているはずだ……! 隠しきれないほどのな……!」
「育ちは顔に出るから、それはウソよ」
「ウソじゃねぇよ!?」
すっげぇ暴言を吐かれた! 泣きそう!
そんなしょうもない言い合いを繰り返しつつ、どんどん酒を飲んでいく。いい感じに気持ちよくなれたところで、お会計を頼んだ。
「ありがとうございまーす! 1万7千エルクでーす!」
「お。案外安いな」
まぁガツガツ飲んで食っていたのは俺くらいだしな。懐には40万あるし、なんなら魔晶核にはまだまだ余裕がある。しばらく金の心配はいらなさそうだ。
「お姉さん。宿とかってどの辺りにあるか教えてくれない?」
「えぇ~~っ!? 食事を終えて……いよいよそういうカンジですかぁ!?」
どういう感じだ……。ケモミミお姉さんは、俺とアハトを意味深に見てくる。
「そぉですねぇ……すこ~し治安はわるいんですケドぉ。大通りを一本西に移動すれば、そういう感じの宿がたくさんありますよぉ」
「お、サンキュ」
さすがに今日はもう休みたい。王都探索は明日だな。日が昇ってからの方が見やすいだろうし、人もまた活気づくしな。
そんなわけで、俺たちは酒場を出る。ボソっと「従者との許されない関係か……」みたいな言葉が聞こえてきた。
■
「そういうカンジって……こういうカンジのことかよ……!」
俺たちは今、宿が立ち並ぶ通りを歩いていた。周囲にはカップルがいちゃつきながら、いかにもな雰囲気をした宿へと消えていく。
「つか今さらだけどよ。電気もないのに、街灯とかどうやって光ってんだ。あと宿の看板もすっげぇピンクに発色してるし」
「魔道具よ。魔力を込めて、ああいう光り方をしているの」
『なるほど……道理で文明レベルのわりに明るい町だと思ったぞ』
こりゃまちがいねぇな。要するにアレだ。夜になっていい感じになった男女が、愛と欲望を発散させる宿だ。
く……! 正直言って、俺も発散させてぇ……!
「ふむ……ではマグナ。どの宿にしますか?」
「んぶふっ!?」
シレっとアハトさんから提案され、思わずせき込んでしまう。
「いやどの宿て……アハト、この辺りの宿がなんなのかわかってんのか?」
こういうところはやっぱりアンドロイドなんだなぁ……と思っていたら、びっくり仰天の言葉がその唇から紡がれた。
「もちろん理解していますよ。女は股を開き、男は獣となって愛を深め、欲望を満たし合う。いわゆる性行為を目的として宿でしょう?」
「ばっちりわかってんのかい!」
「当然です。むしろ見てわからない方が問題でしょう」
なぜか俺が諭されている……!?
まぁそれがわかっているからといって、別にアハトが行為をオッケーしてくれるわけでもないのだが。
「ま……まぁ、今夜泊まる場所は必要だもんなぁ……」
「あるいは今から人目につかない路地裏か、一度王都の外へ出て転移装置を設置するという手もあります」
「あ……そういやそうだ」
リリアベルが作成した転移装置は残り2つ。ここは王都だし、近くに設置するのはアリだろう。
俺の足だと微妙にキルヴィス大森林入り口に設置した転移装置まで遠いし。
まぁ設置後、数時間経過しないと使用できないんだけどな。
「なら今夜はどこかに転移装置を設置して、シグニールに……」
「まぁわたしは。今夜は気分がいいので、すこしくらいなら相手をしても構いませんよ……?」
「……………………。え? マジで?」
アハトがここぞとばかりに、男心をくすぐるような言葉を話してくれる。
ま……まさか……。これがアハトを作成した研究者たちの追い求めたロマン……!?
「異世界ファンタジー情緒あふれる王都、そして宿。シチュエーションとしては申し分ありません」
どうやら今宵は、アハトさんの琴線に触れるなにかがあったらしい。しかしこれはチャンス……っ!
「ど……ドキドキ……! 人間の睦事がはじまるのね……!」
「なんでついてくるつもりしてんだ!?」
「なによ! わたしだけ宿なしにするつもり!?」
『どうでもいいが、宿に入るならはやくしろ。ここで立ち止まっていても、余計に目立つだけだ』
言われてハッとする。周囲の人たちの中には、アハトやリュインを見ている者がいた。やはり目立つな……。
「ま、まぁ。そういうことなら、はやく宿を決めて入ろうぜ!」
そんなわけで、俺はだれが見てもものすごく冷静にいい感じの宿をチョイスし、第三者が見ても極めて落ち着いた様子で部屋へと入ったのだった。
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