第73話 首都リヴディンにつきました。わりと寒そうです。

「おお……すげ……」


 ラデオール六賢国の首都リヴディン。これまで見た国の王都とはちがい、とくに壁に囲まれてはいなかった。


 全体的に雪が積もっており、遠目には背の低い城も見える。国王のいない今は、行政所として活用されているのだとか。


 また町の外には広大な畑が広がっていた。雪が積もっているが、なにかの作物がなっているのが見える。それに田畑で作業をしている人も多い。


「本当にこんな寒い土地で作物を育てているんだな……」


「はい。ラオデール六賢国は研究者の多い国だと言われていますが。じつは農作業に従事している人の方が多いんですよ」


 統計によると、首都に住む人の約2割はなにかしらの研究職に就いているらしい。だが農作業に従事する者はそれ以上いるとのことだった。


 畑もこれだけ広大だしな。それに首都に住む人たちの腹を満たさなければならない。考えてみれば農作業が盛んなのも当たり前だろう。


 またもうすこし外れの方まで行くと、畜産農家もいるとのことだった。これだけ畑があれば、家畜のための飼料も作られているだろうしな。


 乗り合い馬車を降りて町を歩く。どの建物もやはり屋根が低いものが多かった。


「しかし……想像していたよりも活気があるな……」


 山奥にある雪国の首都だ。もっと閑散としているのかな……と思っていたのだが、人はかなり多かった。


 それに道も広い。雪が積もることを想定して、馬車が通りやすいようにと意識しているのかな。


 種族で見ると、他の国より白精族が多いように見える。獣人種はほとんど見ないな。それに〈フェルン〉も。やはり寒さに弱いのかもしれない。


「ラオデール六賢国の人口、その6割が集中している大都市ですから」


「6割!?」


「はい。初代王の魔道具の影響もあり、そもそもこの辺りで不自由なく人が暮らせるのが首都近郊だけなのです」


 なるほど……。ほぼ首都近郊だけで経済が成り立っている国なのだろう。


 そして他国にはない研究力から、国際的なプレゼンスを高められている、と。


 ちなみに残りの4割のほとんどは、港町やその周辺に住んでいるとのことだった。そっちは歴史的に他国からの移住者も多いそうだ。


「そういや貴族とかはいないのか?」


「いますよ。でもおそらく、他国の貴族とはまた意味合いがちがうかと」


「……というと?」


「王政時代の名残なごりで貴族家自体は存続しているのですが。それだけでは政治に口は出せません。この国では研究者として名を高めた方が、効率よく権力に近づけます」


 名ばかりの貴族ということだろうか。だがメルナキアが言うには、優秀な研究者には貴族の生まれが多いらしい。


「もともと家に資産がありますからね。教育環境も整っていますし」


「ああ……そういうのもあるのか」


 中には没落した貴族家もあるようだが。余裕のある貴族家は、幼少のころより子をよく教育しているそうだ。


 乗り合い馬車を降りた俺たちだが、今度は別の馬車に乗る。その馬車は首都中心部に向かうものだった。


「アカデミーは城の近くにあるんです。着いたらマグナさんにはお金を返しますね」


『おい。金はいいから、メルナキアの研究内容に目を通させるように交渉しろ』


 リリアベルさんからの指示が届く。しゃあねぇなぁ……。


「メルナキア。金は返さなくていい」


「え……?」


「その代わり、メルナキアの研究室をすこし見させてくれないか? ほら。魔道具や歴史とか、俺たちも興味あるんだよ」


「………………! ええ! もちろんいいですよ!」


 馬車で進むことしばらく。ようやくアカデミーに到着した。


 周囲の建物と比べると、かなり立派な造りをしている。というか城よりも敷地面積が広そうだ。


「広いな……」


「何度も増改築が行われていますから」


 メルナキアについていく形でアカデミー内を歩く。すれちがう人たちは、若いやつから年寄りまでさまざまだった。


「おやぁ? メルナキアくんではないですか」


 廊下を歩いている途中で神経質そうな顔をした男から声をかけられる。メルナキアは足を止めて口を開いた。


「あ……あ、アムラン、さん……」


「おやおやぁ。思っていたよりもはやいお帰りでしたねぇ? てっきりもう1か月くらいはのんびりしているのかと思いましたよ?」


「………………」


 なんだ……こいつ。言いかたにトゲがあるというか……声に乗る感情からメルナキアに敵意があるように感じる。


「なにせあなたは最年少で研究室を与えらえた天才でしょう? 学会発表直前から準備をはじめても、十分に素晴らしい研究成果を発表なさるでしょうからねぇ?」


「そ……その……わた。わたし……」


「もちろん私も期待していますよ? アカデミーの誇る天才の研究成果にね? 私のような凡人では思いつきもしないような発表をしていただけるでしょうし?」


「………………」


 うーん……言っていることは直接的な悪口ではないんだが。やっぱりどこかいやみったらしい。


 そう思っていたらここでリュインが前に出た。


「ちょっと! あなた! うるさいんだけど!?」


「…………!? な、〈フェルン〉……!? どうして……」


「メルナキアはさっき帰ってきたばかりなの! 疲れているに決まっているでしょ!? 気の利かない男ね!」


「な……な……」


「り、リュインちゃん……」


 アムランという男はリュインになにか言い返すわけでもなく、肩を震わせている。まったく……。


「リュイン、ほっとけよ。えーと、アムランさん? とくに用がないなら、もういいかな?」


「な、なんだ。君たちは……」


 ここで前に出たのはアハトだった。彼女を前にしたとたん、アムランも口を閉じる。いつものようにその美貌に謎の圧力を感じたのだろう。


「フ……わたしたちはメルナキアの外部協力員ですよ」


「え……」


「へ……?」


 なにを言い出すんだ……と思ったが、リリアベルから補足が入った。


『アハトと打ち合わせをした。このままアハトをここの研究者としてデビューさせるぞ』


「!!?」


 はいいぃぃぃぃぃぃ!? なに言ってんのぉぉぉぉお!?


『ここにある資料を漁るのに、おそらく最も適した立場は研究者だ。まだどういう制度かはわからんが、これが一番手っ取り早い』


 まじか!? やれるのか……!? いや、たしかにリリアベルのサポートがあればやれそうな気はする。


「メルナキアさん……! ど、どういうことです……!? まさか……助手を……!? 実績もない部外者を……!?」


「わたしは数学を得意としております。実績などなくても、数字の面からメルナキアをサポートできるのですよ」


「は……? 数学……? なにを言って……」


「とりあえず。最低でも1秒間に1000回以上の計算ができるようになってから、出直していただきましょうか。さぁ行きましょう。これ以上不毛なやり取りに時間を費やしていても何も生まれませんから」


 このタイミングで俺はメルナキアの腕を引っ張って足を進める。彼女はとまどいながらも移動を開始した。


「ちょ……ま……」


「ああ、そうそう。あなたがどの程度の研究者なのかは知りませんが……近い将来。星光のアハトの名を聞くことになるでしょう」


「へ……?」


 その二つ名、まだあきらめていなかったのか……。


 廊下でポツンと呆けているアムランを放置し、俺たちは先へと進んだ。





「さ……さっきは、その。ありがとうございました……」


 メルナキアの研究室はかなり奥まった場所にあった。部屋自体はきれいに整頓されている方だろう。


 俺たちはメルナキアが淹れてくれたお茶を飲みながら適当に座る。アハトはメルナキアの向かいに座った。


「メルナキア。この国で研究者に……あるいはメルナキアの助手になることは可能でしょうか?」


「え……あ、あの……」


 いきなり本題か。アムランの言っていたことも気になるんだが……。


「その……研究者になるのに、資格はいりません。学問に制限を設けないというのは、この国の方針でもありますから」


「なるほど。ではアカデミーの役割は? てっきり研究者の立場に価値と権威を付与するために作られた機関かと思ったのですが」


「た、たしかにそういう側面もありますけど……専門に特化した研究を促進するため、でしょうか」


 アカデミーにいる人種は主に2つ。それが〈学士〉と〈修士〉だ。


 最初は学者の卵……通称〈学士〉からスタートするらしい。


「〈学士〉で実績を積んだ者がテストに合格することで〈修士〉となります。〈修士〉には等級があり、これによってできることも変わってきます」


 つまり一口に研究者と言っても、アカデミーで〈修士〉となって名乗っているか、野良で名乗っているのかとでわかれるのだろう。


 そして野良の研究者より、研究機関として設備の整ったアカデミーの研究者の方が、よりいい環境で仕事ができる。それに世間からの信用もついてくるだろう。


「なるほど……ではわたしが〈学士〉として、アカデミーに在籍することは可能でしょうか」


「あ、はい。〈学士〉になるにはいくつか方法があるのですが……最も簡単かつはやいのは、3級修士以上の者による推薦、でしょうか」


 当然だがいくら学問に制限がないとはいえ、アカデミーに無能者を置く理由はない。


 アカデミーに籍を置くには、最低限の学力証明や将来やりたい研究テーマの発表などを行う必要がある。


 そうした面倒なやり取りをパスできるのが、3級修士以上の研究者による推薦だ。これならすぐにアカデミーの〈学士〉としてデビューできる。


「3級って……すごいの?」


「そうですね……修士は1級から8級でランク分けされているのですが。研究室が与えらえるのは3級修士からになります」


「え!? じゃメルナキアは……」


「は……はい。その……い、いちおう……3級修士、です……」


 おお~……! 見た目はまだ10代後半くらいなのに……! どうやら想像以上にデキる子みたいだ。


「ふむ……メルナキアの推薦があれば、わたしは〈学士〉になれる、と。ではメルナキア。わたしを推薦してください」


「え!? ……え、えぇ!?」


 すっげぇ強引! パワープレイがすぎる……!


「あ……あの。どうしてアハトさんは……その。〈学士〉になりたいのでしょうか……?」


「フ……はじめに言ったではありませんか」


「え……?」


「先人の知恵を学びたく、首都にあるという大図書館を目指してこの国にやってきたと。ここにしかない資料を紐解き、闇におおわれた歴史に光を照らす。この探求心に理由は必要ですか?」


「………………! あ、アハト、さん……!」


 アハト……。暴力による無自覚無双ブームは終わったのか……。つか今、なんのブームがきてんのかわからねぇよ!

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