第74話 アハトさんは博識者ムーブをしたい。
「アハトさんの歴史研究に対する熱意はわかりました。でも……推薦はむずかしい、です……」
まぁそうだよな。そもそもメルナキアから見たら、俺たちが何者なのかもわからないだろうし。
アハトの美貌でごまかせている部分が大きい。たぶん俺1人だけだと、完全に不審者扱いだっただろう。
……いや、高貴なオーラが出ていないと認めたわけじゃねぇけど!
「ふむ……実績や能力面で不安があると?」
「それもあります……けど。修士の推薦で学士となった者は、強制的に推薦を受けた修士の助手となります。それで……その……」
「なりほど、理解しました。自分の推薦で助手を取ったのに、それで満足のいく成果を出せなければ。個人的に仲の良い人物を学士にしただけでは……と、後ろ指をさされるわけですね」
ああ……なるほど。それもそうか。
そもそも推薦というのは「これほどすばらしい能力があるのだ、アカデミーだともっと伸びるぞ! ぜひとも在籍させなければ……」という人物を対象としたものだ。当たり前だが能力があることが前提となる。
これで学士となってなにも成果が出せない……あるいは助手を取った修士が目新しい発表でもできなければ。推薦した修士の株がだだ下がりになるというわけだ。
推薦するならするで、よっぽど有能な者でなければならないのだろう。なにせ試験をパスして学士になれるのだから。
「要するにわたしが助手となることで、メルナキアの研究が確実に進むと……そう証明できれば問題ないのですね?」
「え? え、あ、はい……まぁ……」
「ではまず計算能力からお見せしましょう。メルナキア、適当な計算問題を出してください」
「へ!? あ……そ、その。じゃあ……26985×352÷22は」
「431760です」
「………………。へ……?」
アハトさんはノータイムで答える。いや、ずっる! そりゃ計算くらい一瞬でできるだろうけどさぁ!
「431760です。あっているでしょう?」
「…………! ち、ちょっと、待ってください……!」
メルナキアは紙に式を書いて計算をはじめる。そしてガバッと顔を上げた。
「あ……アハト、さん……!」
「フ……なにか?」
「だ、だい二問、です! 589×951は!?」
「560139です。どうしました? 先ほどよりも簡単ですが……」
「………………!」
すっげぇ八百長試合を見ている気分なんですけど……! いや、たしかにアハトの能力だけどさぁ!
その後もメルナキアは何問か数式問題を出す。そこまでややこしい問題は出なかったが、いずれにせよアハトはすべてノータイムで答えてみせた。
「こ……こんなに……一瞬で計算できるなんて……。アカデミーで計算を得意としている人でも、アハトさんみたいに早くは解けません……それも暗算でだなんて……」
「フ……いかがです?」
「た、たしかに……アカデミーの学士……いえ。修士にふさわしい頭脳でしょう……。で……でも。わたしの……研究には……その……」
ああ……メルナキアは数学の研究者ではないもんな。魔道具作成にある程度の計算は必要だろうけど、たぶんそれはアハトほど高度な計算能力は必要ではない。
しかしここでもアハトは不敵さを隠していなかった。
「ええ、わかっています。メルナキアの研究は多岐にわたりますが、一番は歴史に関するものでしたね。そしてわたしは高確率で、そこの点で助手として役立つことができます」
「え……」
「先ほど古語の話をしていましたね。どれほど古い文字でも、それを現代語に翻訳してみせましょう」
「………………!」
古語の研究をしている者はめっきり減ったという話だった。
しかし歴史の研究に古代の言葉に関する理解は必要不可欠。この点でアハトは役に立てるという。
『この星の言語を解析したときのプロトコルをそのまま流用する。いずれにせよ古代文字の解読はやるつもりだったのだ。まぁそう時間はかかるまい』
つまり実際の翻訳にはリリアベルの演算能力を活用するというわけね。
これまたズルい……! こんなのチートじゃねぇか……!
「わたしの目的は大図書館にある歴史資料の解読です。メルナキア。ともに歴史の闇に光を照らしてみせませんか?」
「…………わ、わかり、ました。最後に……テスト、させてください」
そういうとメルナキアは立ち上がり、棚から大き目の本を取り出す。かなり古いな。だが保存状態はわるくない。
「……その本は?」
「古代ほどではありませんが、そこそこ古い本です。これの翻訳ができれば……学士として推薦いたします」
「なるほど。失礼」
アハトは本を受け取ると、パラパラとめくりはじめる。きっと視覚情報をそのままリリアベルに転送しているのだろう。
「ふむ……ちなみにメルナキアはこの本を読めるのですか?」
「ある程度は……。その。わたしも歴史の研究のため、古語の学習をしてはいるので……」
「……………………」
アハトはぜったいに中身に目を通していないだろうという速度でページをめくり、最後に本を閉じる。そして視線をメルナキアに向けた。
「これよりもうすこし新しい時代の本はありますか?」
「え?」
「確認したいことがあります」
続けて持ってきた本も、アハトは高速でめくっていく。俺は小声でリリアベルに話しかけた。
「お、おい。どうなんだよ……?」
『古代の言葉というのは、時代が下るにつれて簡略化されていくケースが多い。つまり時系列に沿って順を追って解読していくことで、より確実な翻訳が可能になる』
なるほど……? いま普通に使われている言葉が、もともとどう難しく使われていたのか。それを現在から過去にかけて紐解いていっているのか……?
アハトは再度、最初に受け取った本のページをめくる。その速度はやはりはやかった。そしてしずかに本を閉じる。
「なるほど。理解しました」
「え……」
リリアベルがな!
「ずばり、この国で起きた200年前のことに関する記録書ですね、これは」
「………………!」
「サイグライン王国最後の王、カークエスト。彼が王となったのは12才のときでした。他にも王位継承権を持つ者もいたのに、強い権力を握っていた宰相がこの少年を王位につけた。宰相はとにかく彼を堕落させ、政治権力はすべて自分に集中するようにと画策していく……。ああ、もしご希望でしたら、指定いただいた記述部分を現代語に訳してみせますよ?」
「て……」
メルナキアはふらりと立ち上がる。そしてこれまでに見たことがないくらいに右目を見開いていた。
「てん……さい……です……」
「………………」
「こんなに一瞬で……あっさりと翻訳してしますなんて……? そ、それに……ほとんど読んでいるようには……見えなかった、のに……」
「フ……一度見たものはすべて画像として記録できます。この本の中身ももう記録済みですよ」
嘘は言っていない……! 言ってないけど……!
メルナキアはアハトの両手を握りしめる。
「アハトさん……! ぜ、ぜひ……! わたしの助手になってください……! あ、で、でも。あんまり予算がない研究室なんですけど……」
「フ……予算は関係ありません。ともに大図書館の記録に挑もうではありませんか」
「は……はい……!」
こうしてアハトはアカデミーに在籍する〈学士〉となった。
俺? まぁ……今回はアハトさんにお任せということで。
かーーーーっ! 勉強なんてやってらんねぇっての!
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