第75話 メルナキアちゃんの学会経験談を聞きました。

 アハトは正式に学士となったが、俺も簡単な手伝いはしていた。


 そもそもリリアベルが古語を訳せたということは、俺にも読めるようになるということだからな。文面に視線を向けると、そこに翻訳された文字が浮かんで見えるのだ。


 そんなわけで、俺たちは大図書館に来ていた。


「お。あったぜ。これも初代王が作成した魔道具についての考察が書かれているな」


「ありがとうございます……! マグナさんもこんなにスラリと古語を読めるなんて……!」


「い、いやぁ……まぁ……」


 普段ならここで調子に乗ってしまいそうなところなのだが。アハトが上をいきすぎていて、とてもそんな気になれない。


(しかし大図書館か……これも想像以上だな……)


 この国の特徴でもある大図書館。様々な資料や記録がおさめられているこの施設は、アカデミーと併設されていた。


 やはりこの国一番の研究機関のそばにあった方が、いろいろ効率がいいのだろう。


 大図書館もかなりの広さがあるのだが、貴重な資料は地下に保管されているらしい。俺たちでは立ち入れない。


 だが自由に閲覧できる場所にも、貴重な資料は多かった。俺はリリアベルが望むままに本をパラパラとめくりつつ、メルナキアの必要とする資料も探している。


「なぁメルナキア。ちょっと聞きたいんだけどさ」


「はい。なんでしょう……?」


「メルナキアは近くに迫った学会で発表を行うんだよな? そもそも学会というのがアカデミーでどういうものなのか、それを知りたいんだが」


 前にアムランが話していたのだ。学会がどうたらこうたらと。


 すこし気になっていたのだが、メルナキアはしっかりと教えてくれた。


「アカデミーでは年に一度、各研究室が研究成果を発表するんです。発表形式もいろいろあるんですけど……」


 小さな発表であればポスターセッションになる。カテゴリーわけされたコーナーで、研究成果をまとめたペーパーを張り付けるのだ。


 逆に大きな発表はオーラルでの講演になる。特殊な魔道具でスクリーンに大きく発表資料が映し出されるのだとか。


(本当に学会みたいだな……)


 いや、本当に学会なんだけど。なんというか……帝国に似ているというか。


 修士は学会が最も大きなアピールの場になる。また研究室を持つ修士は、ここで注目されることで予算の増額を見込むことができる。


 一方で目立った発表がなかったり、発表自体を行わなかった場合。階級ダウンもあるそうだ。


「メルナキアは若くして3級修士になったんだよな? これまでどういった発表をしていたんだ?」


「わ……わたしは、その。初代王の魔道具レポートをまとめたりとか……歴史考察をしたりしてました……」


 メルナキアが学会で発表を行うのは、今年で3回目らしい。


 過去の発表に関しては、1回目は歴史考察のポスターセッションを行ったそうだ。そしてその内容に注目が集まった。


「どんな内容だったんだ?」


「は、はい。初代王は魔獣大陸から渡ってきたのではないか……という考察です」


「へぇ……」


 それはおもしろそうだ。メルナキアはその時の発表内容を話してくれる。


「魔獣大陸はそもそも大国が認知するまでは、船乗りの間でしか知られていない大陸でした」


 もともと人がいない大陸だし、交流もなかったのだ。正確な海図を引く技術でもなければ、ただしく観測はできないだろう。


 だが船乗りたちの間で謎の大陸があるといううわさはあったらしい。そして造船技術と航海技術の発展に伴い、いよいよ魔獣大陸が発見された。


「現在まで魔獣大陸の原住民は確認されていません。しかし遺跡など、人がいた形跡は見つかっています」


「ああ、そうらしいな。遺跡ではオーパーツも見つかっているんだったか」


「はい! わたしはいくつかの資料と歴史的な背景から、初代王は魔獣大陸から渡ってきたのでは……と考えたのです」


 メルナキアの調査により、魔獣大陸北部に生息している魚と近類種の魚が、首都近くの湖にいることが判明した。


 これに彼女は「繁殖用に魚をここまで運んだのでは」と考えたそうだ。


 もちろん実際のところはわからない。それに輸送方法もまた考察の必要がある。だがここでメルナキアはもう一つの仮説を立てた。


「魔道具作成に欠かせない材料はわかりますか?」


「一部の魔獣が持つ魔晶核だろう? それに含まれているエーテルの配合が肝なんだっけか」


「その通りです。では初代王は、どうして魔獣の生息していないこの地で、魔道具を作成しようとしたのでしょうか?」


「それは……」


 普通に考えたら不可能だ。あり得るとすれば。


「魔獣大陸から魔晶核を持ちこんでいた……?」


「わたしもそう考えています。そして初代王はおそらく、オーパーツに関する知識も有していた……」


 メンテナンス不要、魔力供給の方法も謎。設置場所もわからず設計図すらない。初代王はそれでいて土地を肥やすという神秘の魔道具を作成した。


 たしかにこれはオーパーツだろう。現在に至るまで再現できていないわけだし。


「おそらく当時の魔獣大陸には、オーパーツを作成できるなんらかの環境が整っていたのです。初代王はその知識を持ったままこの地へ渡ってきた」


「で、すげぇオーパーツを作成した、と。なるほどねぇ……」


 他にも温暖な気候である魔獣大陸で自生する植物の種が、この地で見つかっているらしい。これもつきとめたのはメルナキアだった。


 もしかしたら初代王はオーパーツの知識を持ってこの地に移ってきたのかもしれない。


 この新たな仮説を打ち立てたのが当時15才の少女だったこともあり、一気に注目されるきっかけになったそうだ。


「はぇ~~……すげぇんだなぁ……」


「い……いえ……。でも……注目はされましたが、所属していた研究室に予算がつくことはありませんでした……」


 そうか。メルナキアも自分の研究室を持つまでは、どこかの研究室に所属していたのか。


「もともとどういう研究室にいたんだ?」


「は……はい。月魔げつま叡智えいちと呼ばれている研究室でして……」


「お。なんかかっこいい名前」


「その……わ、わたしの。お父さんが室長をしていたんです……」


「へぇ!」


 月魔の叡智というのは、アカデミーで最も有名な研究室らしい。


 とくに魔力に関する研究が盛んにおこなわれており、メルナキアの父親は「後天的に魔力属性を持たせることは可能か」というテーマで研究を行っていたとか。


「それって……魔力を持っていない人でも、魔力を扱えるようになる研究ってことか?」


「はい」


「すげぇ……!」


 夢があるな……! お、俺も魔力を扱えるようになりたい……っ!


「なぁなぁ! その研究、どうなったんだ!?」


「……………………」


 ここでメルナキアは目を伏せた。なんだ……?


「その……研究は……完成、していません。で……そういう研究室だったので。あまりわたしの歴史考察に興味を持つ人もいなかったんです……」


「なるほど……?」


 おそらく普通は、自分の行いたい研究内容に沿った研究室を選ぶのだろう。


 だがメルナキアの場合は父親が室長を務めていたため、魔力研究が盛んな月魔の叡智に所属した。そんなところかな。


「それで……その次の年は。初代王の魔道具がどこにあるのか、その考察をしたんです……」


「そりゃすごい。長年、だれにも見つけられていないんだろ?」


「はい。これも一から考察したのですが……」


 メルナキアはまず初代王の魔道具がどういう性質のものなのかを整理するところからはじめた。


 魔力を用いて土地を潤すというものだが、これだとある矛盾が生じるらしい。


「矛盾?」


「はい。それで土地を肥やせるのなら、魔力持ちが地面に魔力を撃ち込めばいいのです。そうした魔道具もありますから」


 実際、魔力さえ持っていれば、属性に関係なく撃ちだせる魔道具があるらしい。とにかく自分の持つ魔力を地面に放射できる手段があるというわけだ。


 しかし魔力に土地を潤すような作用は存在しない。ここにメルナキアは矛盾を感じた。


「そこで考えたのです。おそらく初代王の作り上げた魔道具は、最低でも3つの性質を有していたと」


「3つ……?」


「はい。1つ目は魔力を別の形……この場合は肥料といいますか。そうしたものに変質させるという性質。2つ目は変質させた魔力を、広い範囲に拡散できる性質。そして3つ目は、オートで発動させ続けられるという性質です」


 なるほど……。単純に「この魔道具を使えば、土地が豊かになるよ!」というものではなく、3つの性質を兼ね備えた結果、土地を潤すことに使えるようになった……ということか。


 機能を1つ1つ紐解いていくとおもしろいな。そしてこれがわかると、魔道具を再現するのになにが必要なのかも見えてくる。


 この場合は「変質」「拡散」「自動」の3つだ。


「もしかしたら魔道具には別の目的があったのかもしれませんが……この点は今は関係ないので省きますね。わたしがこのとき注目したのは「拡散」です」


 変容させた魔力を広い範囲に拡散する。つまり拡散の中心点がどこかにあるということだ。


 それを探るべく、メルナキアは成長のはやい植物の種を広範囲にわたって植え、それを毎日観察し、記録をつけ続けたそうだ。


「はぁ……途方もない試みだな……」


「やっているときは楽しいんですよ。そしてこの結果、あることがわかったんです」


 首都から離れるほど、わずかながら成長速度が遅かったらしい。


 本当に微々たる変化だったが、これによりメルナキアは「拡散」は今も行われており、中心地点から離れるほど影響力が低下していくと結論づけた。


「誰もが首都のどこかに魔道具があると考えていましたが、実はそのことを証明する方法や記録はなにもないんです。この研究がきっかけになり、あらためて首都のどこかに初代王の作成した魔道具がある可能性が高いと示唆されました」


「へぇ! すげぇじゃねぇか!」


 この発表を行った去年、メルナキアはまだ16才だった。そして2年続けて注目度の高い発表を行ったことにより、3級修士に上がったというわけか。


 初代王の魔道具再現ブームがきているアカデミーにおいて、相当な話題になったんだろうな……。


 そして今年は天才少女が自分の研究室を持ってはじめての学会発表。こりゃ注目されているだろうな……。


「あ。もしかして……アムランってさ。もともと研究室が一緒だったり?」


「あ……は、はい……」


「やっぱり! それで先輩なのに、研究者として先を越されてくやしがっていたんだな!」


 小せぇ男だぜ! 男は俺のように器が大きくないとな!


 だがメルナキアは再び目を伏せた。


「アムランさんは……その。たぶん……わたしを……うらんでいるんです」


「…………え?」


「その……室長だったお父さんが。ある事件を起こして……」

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