第76話 メルナキアからお父さんの話を聞きました。
その事件はメルナキアの最初のポスターセッションが行われてすぐのことだったらしい。簡単に言うと、人体実験をしていたことが明るみに出たのだ。
「じ……!?」
「後天的に魔力を持たせるという研究……これの実験です」
人体実験自体は、アカデミーとして禁じているわけではないらしい。ものによってはどうしても人で試す必要がある研究も存在しているからだ。
ただし行う際は、アカデミーに計画書を提出し、六賢者の許可をもらう必要がある。
だがメルナキアの父が行っていた人体実験は無許可で行われていたものだった。おそらく許可を求めたが認可されなかったのだろう。
「どうして明るみになったんだ? 無許可だったら、それなりにこっそりとやっていたんだろ?」
「……非検体が暴走を起こしたんです。それで実際に死人も出て……」
「へ……」
非検体は魔力こそ持っていないものの、筋肉を異常発達させたそうだ。そして自我を失い、目につく者を片っ端から殴り殺していったらしい。
最終的に騎士や魔術師によって倒されたが、この事件が
月魔の叡智といえば、アカデミーでも最高峰の研究室になる。そこの室長が起こしたスキャンダルに、当時のアカデミーは相当混乱していたらしい。
当然ながらメルナキアの父は重要参考人として監禁されていた。だがある日。彼と一部の研究者が姿を消した。
「それって……どこかに逃げたってことか?」
「わかりません……。ですが消えた研究者は全員、お父さんと一緒に研究をしていた人たちでした……」
つまりは室長の側近だということだ。騒ぎを起こした上に中心人物がまるまる抜けたことで、月魔の叡智はそれまで誇っていた影響力を大きく落とすことになる。
今では所属する研究者も少なくなり、去年も目立った発表ができなかったのだとか。
「そんなことがあったのか……」
というか筋肉が異常発達……ねぇ。最近どこかでそんな事件があったな……。
「父が大変な事件を起こしたのに、わたしは……その。自分の研究……初代王の魔道具の設置場所を検討するという研究を続けていました。もともと月魔の叡智が取り込んでいた研究でもないので……父がいなくなっても影響は少なかったんです」
「………………」
その時メルナキアがどういう気持ちで研究を続けていたのかはわからない。だが毎日淡々と植物の成長記録をつけ、さまざまな考察を繰り返していった。
そしてその時の研究発表が高く評価され、3級修士に昇格。そのまま月魔の叡智を出て自分で研究室を構えるに至った……と。
「もともとわたしの研究は、月魔の叡智とは方向性がちがいましたから。どちらにせよ出ていくつもりだったんです」
3級修士の全員が研究室を構えるわけではないらしい。
室長になると研究成果の報告などいろいろ義務も生じるし、維持し続けるために資金繰りも考えなければならない。
そうした業務に時間を費やすくらいであれば、自分の目的に沿った研究室に所属して活動していたいという者も多いそうだ。
「なるほど。アムランはメルナキアに対して、月魔の叡智を見捨てて研究室を持ったやつという認識なのか」
「はい……お父さんがきっかけで月魔の叡智がたいへんなことになったのに、娘であるわたしは研究を続けて新たに研究室を構えた。今も月魔の叡智でがんばっているアムランさんからすれば、ゆるせないと思います……」
それがわかっていても、自分の研究がやめられない。おそらくそれがメルナキアという少女なのだろう。
だがなんとなくメルナキアに助手というか……研究室に所属する学士や修士がいない理由がわかった。
騒動を起こした天才研究者の娘というのもあるだろう。
それにメルナキア自身もまた天才であり、単純に近寄りがたいのだ。メルナキアに比べると自分は凡人だと感じてしまう者ほど。
それに年下の女の子に従うというのが、研究者のプライド的に許せないという者も多いはず。
年長者ほど自分よりも優秀な小さな女の子を毎日見たいとは思わないだろう。これまでの自分の研究人生を否定される気持ちにもなるだろうし。
それに幼い学士からすれば、また父親のように人体実験に使われるのではないか……という恐怖心もあるかもしれない。
とにかくいろいろな要因が重なり、メルナキアのもとにはなかなか助手が集まらないんだ。
「苦労しているんだなぁ……」
「え!? い、いえ……その。不謹慎ですけど……父が事件を起こしても、その。わたしは……自分の研究が、楽しくて……」
「ああ。いいんじゃね?」
「え……?」
メルナキアもまだ17才だ。自分の感じ方が人とちがうということに戸惑っているのだろう。そして自覚しながらも
「なにを考えているか。あててやろうか?」
「マグナさん……?」
「ずばり、わたしは人として欠陥を抱えているんじゃないか……。どうだ?」
「……………………」
メルナキアは緑の瞳をこちらに向ける。見えているのは相変わらず右目だけだけど。
「父のやったことに対し、迷惑をかけたみんなには毎日謝り続けるべきでは。研究なんてしている場合じゃないのでは。むしろこんな自分が研究なんて続けていいのか。それでも楽しいからやっぱりやめられない。こんな感じだろ?」
「…………。は……は、い……」
「人生の先輩としてアドバイスしてやるぜ! 明日死ぬかもしれないんだ、自分の人生は楽しいことを突き詰めたほうがいい」
俺がまさに今、その状態だからな……! まさか俺も帝国に帰れなくなる日がくるとは、まったく想像していなかった。だが現実に起こってしまった。
こんな日がくるとわかっていたら、俺はもっと帝国であれやこれやと遊び倒していたさ! マンガやゲームも一生分購入していただろう。だが今の俺にはもうそれができない。
思わぬ事態から、この星で第二の人生を歩むことになっちまったが……! もうこんな後悔はしたくねぇ!
やりたいことは全部やる! 満足のいく人生だったと笑える生き方を貫く……!
「い……いいん、でしょうか……」
「いい。むしろそうしなくてどうする!? 一度きりの人生だぞ!? メルナキアだってもしかしたら、二度と首都に住めなくなる日がくるかもしれない。そうなったらアカデミーで研究ができなくなる。そんなのいやだろ!?」
「い……いや、です……」
「だろ! もしそんな日がくるとわかっていたら、あの時こういう研究をしていたのに……! って後悔しながら残りの人生を生きることになるんだぜ!? そんなのどこが楽しいんだ!? いや、生きているって言えるのか!?」
「……………………!」
たぶんメルナキアは感受性が強いほうなんだろう。そしてその強い感受性が、人への共感よりも自分の興味あること……研究に対する楽しさに強く反応してしまった。
父のことで迷惑をかけたアカデミーの人たちに遠慮しないと……でも研究は楽しい。
これを差し置いて遠慮した生き方を送るのはむずかしい。
でもわきまえないと……とか、いろいろ頭の中がぐるぐるしているにちがいない。
くくく……! 俺がそのストッパーを解除してやるぜ……!
「なににも遠慮することねぇ。自由に楽しいと思える研究を続けろよ。あぁ、でも人体実験をするときは、親父と同じミスをしないように気をつけろよ?」
「ん……ふ。ふふ……」
おや……笑ったか?
「ふ……くふふふ……ふふ……くふふふふふふふふふふふふ……。そ……そう、ですよね……。もっと……た。楽しんでも……いいん、ですよね……」
「お……おお。だいじょうぶだ。それに……」
「………………?」
「仮にアカデミーを追い出されてもよ。俺がここよりももっといい研究環境を用意してやるよ!」
「え……?」
シグニールとかな! メルナキアならリリアベルと一緒にディープな研究ができそうだ。
「…………。天才のアハトさん、それに一瞬で古語が読めるようになったマグナさん……。そのマグナさんが言う、アカデミーよりもいい研究環境……。き……きに……なります……」
なんだか野望に火がついたような視線を向けられている。どうやら想像以上に興味をひかせてしまったらしい。
『ふむ……まぁメルナキアならばわたしの助手にわるくないが。まずはここの大図書館に収められた知識の獲得が先だ』
リリアベルもやはり同じ研究者同士、メルナキアになにかシンパシーを感じているのかね……。
とりあえずメルナキアからある程度、自重というものを取っ払えたかな。
きっとこれからさらに優秀な研究者として成長していくことだろう。いろいろ彼女の事情が聞けたのはよかったと思う。
ちなみにメルナキアの両親は離婚しており、母はどこにいるかわからないとのことだった。研究ばかりの父に愛想をつかしたことが容易に想像できるな……。
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