第77話 北国に来るものたち

「ん、ん~~♪ なつかしきかな、我が故郷」


 ラオデール六賢国に大規模な都市というのは、基本的に首都リヴディンと外大陸との玄関口になっている港町しかない。あとは小規模の町村がぽつぽつと点在しているのみだ。


 大国の中では農産業がそれなりに盛んでも、軍備が心もとない。そんな状態でも他国と張り合えてきたのは、いくつかの理由があった。


 まず単純に攻めづらいのだ。軍を上陸させられても、そこから首都までが遠い。


 しかも険しい山道を越え、雪に対する備えも必要になる。首都につく頃には、兵士たちはかなり疲弊していることだろう。


 また冬の季節が長く、一年中雪が積もっている地域もあるのだ。そんな環境で首都を前にして大軍を擁する陣地を作成する技能など、どこの国も持っていない。


 包囲したところで兵糧攻めは難しく、逆に自軍の維持の方が大変だ。


 しかしこれは逆に言えば、ラオデール六賢国から他国への軍事行動も取りにくいということでもある。


 その一方で地政学的にみると、港町は大陸間における移動の中継所に適しているという事情があった。


 つまり古くから、大陸間の移動における中継所として港を使わせてきていたのだ。


 どこの国もラオデール六賢国に対しては、下手に占領するよりも交通の要所として活用した方がメリットが大きかった。


 そのうえ学者の国としての地位は高い。大国の中で最も魔獣大陸における遺跡やオーパーツの調査に積極的だ。


 低い軍事力ながらも国際的に地位を高めた稀有な国。それがラオデール六賢国だった。


「博士。本当にこの先に人が住んでいるのですか……?」


「ああ。もう少し進めば、首都リヴディンが見えてくるとも」


 首都リヴディンへ向かう者のほとんどは、南方の港町から乗り合い馬車に乗って向かう。とくに外から来た者は、それ以外にルートがない。


 その道を、4人は歩いて進んでいた。


「ほら。見えてきた」


「へぇ……あれが」


「本当にこんな奥地に、あんな大都市が……」


「………………」


 3人の男性に1人の女性は足を止めて大都市を遠目に捉える。博士と呼ばれた白精族の男性は3人に視線を向けた。


「さて……そろそろわたしはフードをかぶらせてもらうよ。ここではすこし顔と名前が知られているからねぇ」


「博士。ここからは……」


「ああ。まずは六賢者の1人に会いにいく。彼から大図書館の地下へ続くカギを受け取らないといけないからね」


 ここで博士は、これまでまだ一言も発していない女性に顔を向ける。


「頼りにしていますよ、メイフォン殿」


「………………。カギというのは、具体的になにを指す?」


「おお、失礼。そういえばまだ話しておりませんでしたな。大図書館は地下2階まで続いていると知られてましてな。当時の技術でよく作れたと感心しますが……それはさておき。実は地下はまだ続いているのですよ」


 博士はその先に続く地下階こそが、六賢者の持つカギなくして立ち入れない領域だと話す。これを聞いて1人の男性が疑問を口にした。


「強引に破れないのか? 俺がいるんだ、どんなに分厚い鉄扉だろうがぶち破ってやるぜ?」


「ははは、頼もしいね。さすがは私の作品だ。だがそれは難しいだろう」


 4人は首都に向かって足を進める。もう間もなく人々の喧騒けんそうが聞こえてくるだろう。


「そもそもなぜ賢者の数が6人に固定されていると思うかね?」


「さぁ……? 理由でもあるんですか?」


「ああ。ちゃんと理由があるのだよ。これはずばり、とある魔道具のコントロール権限を6人が有していることにたんを発している」


 初代王が作り上げた魔道具は、不毛の大地を豊かな土地へと変容させた。

 

 だが彼はこの神秘の魔道具以外に、もう一つの魔道具を作り上げていたのだ。


「ところで……ここまでずいぶんと歩いてきただろう? 見てのとおりの雪国だ、いくら作物を育てられる土壌とはいえ、やはり寒いと人は住みづらいだろう。だがどれだけ極寒の吹雪が吹き荒れようとも、首都では雪が積もりすぎて家から出られないなど、そうした災害はほとんど起こらない」


 港町から北上し、高度も上がる。普通に考えれば、首都で冬を越すのは至難の業だろう。


 土地で作物を育てられても、その上にとんでもない量の雪が降り積もることもありえるからだ。


 ところが首都近郊でそうした雪害がほとんど起こらない。気温は低いが、これまで雪崩が起こったりしたこともない。


「そういう場所を選んで都市を建設したのでは?」


「もちろんそういう面もあるだろうけどね。初代王はこの地で町を作るにあたって、2つの魔道具を作り出したのさ。1つは土地を潤す魔道具。もう1つが、首都近郊における天候を安定化させるというものだ」


「…………! 天候の……コントロール!? そんなの……可能なのですか……!?」


 メイフォンと呼ばれた女性も興味を示すように視線を向ける。注目を集めながらも博士は言葉を続けた。


「首都近郊にはクリアヴェールと呼ばれる不可視の膜が覆っているのさ。これのおかげで気温は一定以下には下がらず、また降雪量も人が住める範囲で調整できている。まぁ何年かに一度起こる異常気象にはさすがに対応できないのだけどね」


 いよいよ首都に足を踏み入れる。一行の1人は確かめるように空を見上げた。


「ぜんぜんわからねぇな……」


「そうだろうとも。このクリアヴェールを生み出す魔道具……いや、オーパーツか。これはラデオール六賢国でもごく一部にしか知っている者はいない。他国とくらべてそこまで兵力は有していないのだ、あまり興味は持たれたくないだろうからねぇ」


 天候に影響を及ぼすオーパーツなど、どこの大国も有していない。そもそもそのようなものが存在するとはまったく考えてもいない。


 もしその実在を知れば。中には強い関心を示す国が出てくるだろう。


 それがゆくゆくどう国家間の関係を変化させていくのか、それはだれにも予想できない。


「さて……話は戻るが。このクリアヴェールを生み出すオーパーツは大図書館の地下3階に安置されているのだよ」


「へぇ……」


「この国の要だ。当然、厳重なセキュリティが敷かれている。私も詳細は知らないけど……力づくでどうにかできる代物でないのはたしかだね」


 4人は首都内を横断する馬車乗り場を目指す。ここから中心区へは馬車で向かうのだ。


「そしてそのオーパーツだが。管理権を有するのは6人の魔力持ちに限られる。代々の六賢者は先代よりその秘密を継承けいしょうし、ずっとオーパーツを起動させ続けてきたのさ」


 博士はこの点に関していくつか考察を行っていた。


 土地を潤す魔道具とはちがい、こちらは自動化ができなかったのだろう。


 そして町まるごと覆えるくらいに規模の大きな結界を発現させるのだ、当然1人の魔力で賄いきれるものではない。


 もともと王政時代から王を補佐する六賢者制度は存在していた。おそらく古の時代よりずっと、六人の賢者がクリアヴェールを維持し続けていたのだ。


「まぁそんな事情もあり、大図書館の禁止区域に入るには今も六賢者の許可がいるわけだが……ここで最初の質問に立ち返ろう。ずばり、カギとは具体的になにを指すのか……だね」


 はじめにメイフォンが博士に質問したことだ。これが把握できているかどうかで、これからの動きやすさが格段に変わる。


「オーパーツの管理者登録可能人数は最大で6人。変更方法は1つ。前管理者の両手と眼球情報の書き換えさ」


「両手と……眼球、ですか」


「ああ。おそらく不慮ふりょの事故で死んでも、両手と眼球だけあれば新たな管理者を生み出せるようにとシステムを整えたんだろうねぇ。いやいや……初代王のお考えには頭が下がるよ」


 今の六賢者は全員、オーパーツに自身の両手と眼球の情報を記憶させている。


 彼らがオーパーツに魔力を供給することで、クリアヴェールを維持し続けることができるのだ。


「つまり……カギというのは……」


「ああ。六賢者の両腕と眼球さ。まずはこれを確保しなければならない」


「へへ……なるほどな……」


 6人のうちのだれからそのカギをもらうか。博士はすでに決めていた。


「ふん……わかったよ。それで? どうして博士はそのことを知っている? 六賢者ではなかったのだろう?」


「ああ。この国では六賢者の次くらいには権威を持っていたから……というものあるがね。うちは家系図をさかのぼると、なかなかおもしろい家でねぇ。まぁこうした国の根幹にかかわる情報に触れる機会があったのさ」


 さて……と、顔を上げる。もう馬車乗り場が目の前に見えていた。


「そんなわけで。諸君、仕事をこなしてくれたまえ」

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