第65話 青竜公と依頼について話しました。
聖竜国では年に1度、竜公家が集う会合があるらしい。それが半年後に開催されるので、そのときに護衛をしてほしいとのことだった。
「ん……? でもこの国の高位貴族が一堂に会する場だし、警備も相当厳重なものになっているだろ? なんだって武装もできない平民を護衛に……?」
「今回の事件。私は他の竜公家がかかわっていると睨んでおる」
あらためて実際に起こった出来事を思い返してみる。
青竜公主催のパーティーで突如として起こったテロ事件。実際に死人も出たし、エルヴィットはさらわれた。
首謀者の狙いはまだ不透明だが、目的の1つに彼女の身柄を押さえることがあったのは間違いない。
「つまり……赤竜公の仕業だと?」
青竜公の対抗派閥だしな。だがこれに否と答えたのはエルヴィットだった。
「おそらくその線は薄いかと」
「え?」
「事件に巻き込まれたのは赤竜公派閥の貴族も同様なのです。それに第三夫人の子とは言え、ロンドベルンさんも襲撃されましたし。タイミングがわるければ、彼も命を落としていたでしょう」
なるほどねぇ……。仕かけるならもっと他のタイミングがあるだろうというわけか。
しかしここでリュインが手をあげながら宙に舞う。
「でもでもぉ! そうやって疑いの目をそらさせようとしてるんじゃないのぉ!?」
疑いだすときりがないが、たしかにそれもありそうだ。
自分の息子を巻き込むのはかなりのリスクがあるが、それだけ被害者としての立場を固めやすいとも言える。
だがエルヴィットは首を横に振った。
「もちろんその可能性もゼロではございませんわ。でももっとあやしい方がおられますの」
「あやしい方……?」
「ええ。紫竜公ですわ」
別の竜公の名が出てきた。聞けば青竜公とエルヴィットは、今回の事件は二大派閥で争いを起こそうと画策している者の手によるものだと考えているらしい。
またエルヴィット自身もガイヤンとすこしの間、会話を行っていた。そのときの反応から、明言こそなかったものの、紫竜公が黒に近いグレーだと判断したらしい。
「紫竜公はよく言えば保守……わるく言えば昔の聖竜国にいつまでも夢を見ているお方です」
大昔は五大大国の中で、聖竜国が最も力をもっていたらしい。今ももちろん国力はトップだが、昔ほど他国との差が開いているわけではないのだとか。
その要因の1つに、魔獣大陸における権益が大国間で平等であるというものがあった。
今では昔からすれば信じられないほどに、魔獣や魔道具の研究が進んでいるのだとか。
しかし聖竜国貴族の一部には、そんな状況に危機感をいただいている者もいるらしい。
過激な者は「力ある聖竜国が他国を導き、魔獣大陸における各国間の権利にも見直しを図るべきだ」と言っているのだとか。
「自国の発展を最も望むのは当たり前のことです。しかしそのために、大国間のパワーバランスを簡単に崩せると勘違いしている者が多いのも事実なのですよ」
どの国も発展のために魔獣素材は欠かせない。それらは今、日々冒険者たちの命と引き換えにして供給されている。
その環境を整えるために、魔獣大陸は完全に無政府地帯かつ冒険者たちのものとなった。
大国が魔獣大陸に介入できるのはファルカーギルドを通してのみ。そしてそれも限定的なものに限られる。
とはいえ、限定的ながらかなり深い部分に影響力を持っているのだが。
なんにせよ今の時代、いまさらどこかの国が魔獣大陸を支配することはできない。
無秩序ながら人口はかなり多いし、エネルギッシュな者も多い。そして冒険者として……あるいはファルクマスターとして、高いプライドを持っている者たちも。
またファルクの持つ影響力が大国に及ぶということは、グランバルクが証明して見せた。
彼のような傑物はそうそう生まれないだろうが、可能性がゼロでない限り、大国は下手な干渉ができない。
なにより冒険者たちが手を組めば、大国に流れる魔獣素材の流通量をコントロールできてしまうのだ。
それに未発見の遺跡調査や、あの地で見つかるオーパーツの研究も難しくなるだろう。
そういう事態にならないためにも、各国はファルカーギルドを通して彼らと適切な関係を築き上げているのだ。
「魔獣大陸とその地に関する条約が、間接的に大国間の武力衝突を制御しています。もしその前提を覆そうとすれば……」
「その影響は聖竜国にとどまらない、か」
さいわいどのファルクマスターもそこまで政治に関心があるわけではない。
それにグランバルクのような、いくつものファルクをまとめ上げる盟主でもいない限り、大国も気を遣う必要はないだろう。
だがそれは現状維持できていることが前提となる。
一方で聖竜国の貴族の中には、昔のような強国に立ち返るためにも、魔獣大陸における権益は独占したいと考える者がいるようだ。
「お父様も赤竜公も、魔獣大陸に下手に干渉するつもりはございません。そのうえで他国に負けないように、自国を発展させていこうというお考えなのです」
「あぁ、なるほど……。紫竜公みたいな貴族からすれば、それがおもしろくないわけだ。二大派閥がそろって魔獣大陸には不干渉という考えだからな」
「そういうことですわ」
エルヴィットは証拠はないものの、紫竜公を中心とする貴族が二大派閥間で争いを起こさせ、内乱を誘発させようとしている……そう考えているとのことだった。
青竜公も補足のために口を開く。
「内乱で両陣営が疲弊したところで、これを治めるかたちで介入してくるつもりなのだろう。そして過激思想の者たちを中心とする最大派閥を築き上げる……。あの御仁も思想はともかく、むかしはまだ良識をわきまえていたのだがな」
「お父様。まだ紫竜公が首謀者だと決まったわけではございませんよ」
とはいえエルヴィット自身が言っていたとおり、状況からみて一番あやしいとは思っているのだろう。今は単に証拠がないだけだ。
「話は戻るが。仮に紫竜公が首謀者だったとして……今回の事件による目的は達成できなかったわけだ」
「そうなりますね」
目的……つまりエルヴィットの身柄を確保するということだ。
なぜ彼女を狙ったのかはわからないが、目的が達成できなかったのは事実になる。
「一度の失敗であきらめるとは考えておらん。そして紫竜公とエルヴィットが直接対面する機会が……」
「半年後に開催される、竜公家の会合というわけか」
青竜公としては、なにかあったときの保険を用意しておきたいというわけだ。
「それじゃ俺も話を戻すけど。どうして護衛を俺たちに? 護衛なら武装できる貴族でも問題ないのでは?」
事件当時は警備兵はいたものの、騎士など職業軍人はだれもいなかった。軍学校があって軍人の地位もそこそこ高い国だ、手練れも多いことは想像つく。
実際の実力はわからないが、集団であれば筋肉の怪物くらいは倒せるのではないかと思う。
「主な理由は3つ。1つ目は非武装時における実績がいくもある点。2つ目はどの貴族派閥とも無関係だという点。3つ目は報酬で釣れると考えているからだ」
1つ目はわかる。今回の事件以外でも、ブルバスとの一件も含めて実力は証明できているだろう。
2つ目も同様だ。どこの貴族と関係がある騎士か……と面倒な身辺調査の必要がないからな。むしろ下手な貴族より信用できるのかもしれない。
「3つ目の報酬というのは?」
「さきほど言っていたな。希少金属や貴石の類を探していると」
「ええ」
「我が国でしか採れない、希少な貴石……
そう言うと青竜公は一度席を立つ。そして木箱を持って戻ってきた。
俺は差し出された木箱を、促されるまま開けてみる。そこには紺色に煌めく小さな石があった。
「これが……?」
「輝竜石だ。これは特殊な性質を持つ石でな。魔力をなじませると独特な輝きを見せるし、一部の魔道具と組み合わせることで、その機能を拡張させることもできる」
『ほう……』
リリアベルさんが興味を示した。ちなみになかなか採掘できるものでもないらしく、かなりの貴重品になるそうだ。
「研究者の中には、魔晶核と近い性質があると言っている者もいるが……なにぶん貴重品なのでな。研究よりも装飾品として扱われている」
つまりアクセサリーとしての価値が高く、くわしい研究は進んでいないということか。これまたリリアベルが好きそうなポイントだな。
「それはあくまでサンプル品だが。これまでの働きと今回の褒美を兼ねて、お前たちに授けるとしよう」
「で、仕事をやり終えたら、もっと立派なものをいただけると」
「ああ。どうだろうか」
リュインは四聖剣の話が終わった途端に、部屋のあちこちを飛び回っている。興味をなくしたのだろう。
アハトはいつもどおり無表情だが、口は開かない。こちらに判断を委ねているのかな。
『おい。この話、受けろ。シグニールの設備を使っていろいろ解析してみたい』
そう言うと思ったぜ!
まぁ希少な石は俺も集めたいと考えているところだったし。それにエルヴィットが気にかかるのもたしかだ。受ける理由はあってもわざわざ断る理由はないだろう。
「それじゃお引き受けいたしましょう」
「そうか」
「ありがとうございます、マグナさん」
詳細はまた時期が近づいたときに打ち合わせを行うこととなった。
ちなみにいつでも貴族街に入れるようにと、青竜公の印章の入った腕輪ももらう。なくさないようにシグニールで保管しておこう……。
「それと。エルヴィットの見せた力のことは内密にお願いしたい」
「ああ……あの妖精姿のことだな。かまわないけど……なにか理由が?」
「あまり大っぴらにしたいものではないのだ。お前が持つ光り輝く剣のようにな」
これは……深入りはしてくれるなと言ってきているな。
それに会場で変異したダイクスにフォトンブレイドを使わなかった時点で、これも内緒にしておきたい
まぁ間違ってはいない。どこのオーパーツだと注目されるだろうし。
それに使用時間が有限の切り札だから、なるべく伏せておきたいというのもある。
(よく考えたら、位の高い精霊もあっさり斬れるわけだし。そんなのを一個人が持っているなんて下手に権力者に知られたら、厄介ごとに巻き込まれそうだな……)
起動できるのは俺だけなんだけど。まぁここは無難に話を進めておいたほうがいいな。
「わかりました。それじゃお互いにそこは伏せておくということで」
「ああ」
「では……話し合いも終わったところで。マグナさん。こちらをお受け取りください」
そういうとエルヴィットはカードを差し出してくる。これは……。
「エルクカードか」
「あら。やっぱりご存知でしたか。我が国ではまだ一部の貴族にしか広まっていないのですが……」
魔獣大陸ではわりとどこでも使えるからな。それ以外の地域だと、まだそこまでカード払いできるインフラが整っているわけではない。
しかし貴族が大金を使用するときに、たまに使われるのだとか。
もちろんカードにある金額を、いつでも実際の金銭と引き換えられるように仕組みを作っておく必要がある。無制限に発行なんてできないからな。
魔獣大陸ではファルカーギルドがその役割を果たしていたが、各国ではまだそこまで制度が整っているわけではなさそうだった。
「アバンクスの護衛代、それと教官補佐と警備兵としての給金。またわたくしを助けていただいたことと、さまざまな情報をいただけた報酬……合わせて500万エルク用意しました」
「ご……!?」
おお……! なかなかの大金だ……!
今のところ金には困っていないが、俺たちの人生は長い。目的のためにも、いくらあっても困るということはないだろう。
「一旦お別れとなるのはさみしいのですが……また半年後にお会いできることを楽しみにしておりますわ」
そう言うとエルヴィットはニコリと笑顔を見せてくれる。
うーん、やっぱりかわいい……。あと俺に惚れてるね!
こうして半年後の仕事を受注しつつ、俺たちは屋敷をあとにしたのだった。
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