第66話 ガイヤンとクロメ、そして紫竜公
レンベルト・リキアパープル。ディルバラン聖竜国では紫竜公として知られている人物である。
彼は目の前の男性……ガイヤンから事件の話を聞いていた。
「では……! やはりエルヴィットは……!」
「ああ。ありゃ間違いなく〈星〉属性の魔力だな。他の四属性のどれにも該当しない魔力……本人の性質すら改変させる神秘の能力、か」
エルヴィットが力を見せたとき、ガイヤンもまたその様子をよく観察していた。また発動した能力からして、〈月〉属性の魔力ではないとも判断していた。
「ふ……くくく……! 〈星〉の魔力……それも不浄の姫を再現するとは……!」
「……不浄の姫?」
「ああ。魔人王を討った初代聖竜公を裏切ったと言われている女のことだ」
初代聖竜公は、2000年前に魔人王と戦った竜魔族であると伝えられている。
彼の寵愛を受けた姫君は何人かいたが、中でも不浄の姫という人物は、そんな彼を裏切った女性として一部で知られていた。
「その女は聖竜公の呪いを受け、人の身から精霊にさせられたという。普通ならそこで消え去るのだが、彼女は樹木を操る力を獲得し、しばらく生きながらえたと言われている」
「人の身で精霊に……それに樹木を操る、ねぇ……」
言われてみてエルヴィットの姿を思い出す。たしかに精霊化した存在と言われても違和感はなかった。
だが紫竜公の言うことを信じているわけではない。そもそも生きている人種が精霊化することはないからだ。
また聖竜公の呪いというのも話にも具体性がなく、そのまま鵜吞みにはできない。
(はぁ……ダイクスが死んでいなければ、この爺さんの相手を俺がする必要はなかったのによ……)
ガイヤンが紫竜公と話すのは、これが初めてになる。これまでは間にダイクスをはじめとした、〈アドヴィック〉の者たちがいたのだ。
そもそも紫竜公の認識としても「アドヴィックの殺し屋を雇った」というものだ。ガイヤンが玖聖会の一員だということは把握していない。
「やはりな……あの事故から生還を果たしたのだ。時同じくして覚醒した魔力といい、なにかあると思っていたが……よりによって不浄の姫とは……」
「身柄の確保には失敗したわけだが。まだ狙うのか?」
「当然だ。あのお方の封印を解くのに、彼女ほどふさわしい生贄はおるまい」
紫竜公は立ち上がると窓へと近づく。そして眼下に広がる街並みに視線を向けた。
「美しい国だ……この国が美しいままでい続けるためにも。やはり青竜公と赤竜公、そして今の聖竜公に任せてはおけん……!」
「物騒な発言だな」
「暗殺者ごときが……。口を慎め」
紫竜公はあくまでガイヤンを暗殺組織の一員として扱っている。このことに対し、とくにガイヤンから訂正を入れるつもりはなかった。
「失礼。だがエルヴィットが狙いだったことは知られてしまった。あの嬢ちゃんには、刺客がダイクスに化けていたことも知られてしまったし。今後は軍学校内でもかなり厳重な警備体制が敷かれるだろう。さらうのも難しいんじゃないか?」
「半年後だ」
「………………?」
「半年後に竜公家が集う会合がある。情勢次第では、そこで強引にことを前に進める」
つまりそれまでに二大派閥を争わせられればよし。できていなければその場で強引な手に出ることも考えるということだ。
「……ずいぶんと性急だな」
「ふん。それだけわたしには時間がないのだ。そもそもお前たちがうまくやっていれば、なにも問題のなかった話なのだがな」
紫竜公とて若くない。だからこそ限られた生で聖竜国を本来のあるべき姿に戻したかった。
そして今は、自分であればそれができるという確信がある。自信もある。なにより自分以外にできる者がいないとわかる。
「あの娘に紹介されたからこそ、お前たち暗殺者を使ってやっているのだ。これ以上の失敗は、あの娘の顔に泥を塗ることになるぞ……?」
そう言うと紫の瞳がうっすらと輝き出す。これを見てガイヤンはため息を吐きながらうなずいた。
「ええ。肝に銘じておきますよ」
■
「ってことがあってよぉ」
「ふふ……それはそれは」
次の日。ガイヤンは王都を全貌できる丘の上でクロメと会っていた。クロメはガイヤンの左腕に視線を向ける。
「腕のほうはもうよさそうですね?」
「ああ。聖痕が消失したわけじゃねぇからな。しばらく経てばこのとおりだ」
そういうと復活した左腕を回してみせる。すでにマグナに負わせられた骨折なども完治していた。
「それで……そっちはどうだったんだよ?」
「ええ。アドヴィックの者に調べさせましたが……マグナとアハト。お二人は元冒険者で、ともにこの王都に来たみたいですね」
「…………。二人とも知り合い同士だったのか」
クロメの攻撃を見切り、手刀を当ててきたアハト。体術でガイヤンの上をいき、精霊化を果たした左腕を斬り飛ばしたマグナ。
この異様な戦闘力を持つ2人は、元冒険者の知り合い同士だった。
「俺は魔獣大陸にはいったことがないが……あの地にはあんな冒険者がゴロゴロいんのか?」
「さて……わたしも行ったことはございませんが。そんなわけはないでしょう」
「だよなぁ……」
2人とも常人では到達できない頂にいる存在だ。だというのに、そこに手をかけようとしている者がいる。
これがまだダインルードやアリアシアなど、外大陸でも名が知られている冒険者ならわかる。
だがまったくの無名の2人がそれほどの実力を有していることについては強い違和感があった。
「魔獣大陸の担当は……」
「ウーランですね」
「ああ、あいつか。今度ちょっと話を聞いてみるかな……」
それよりも、とクロメは話を続ける。
「マグナという男がもっていた武器……気になりますね」
「ああ。まず間違いなく魔獣大陸産のオーパーツだろう。まさか精霊化したこの左腕をスパッといかれるとは思わなかったぜ」
位の高い精霊は高位魔術でなければ傷をつけることができない。それはこの世界の常識だ。数こそ少ないが、それらは時として大きな脅威となる。
なにせ精霊化を果たした者のすべてが高い知能を有しているわけではないのだ。コミュニケーションが取れない個体も数多い。
そのくせ魔力だけはしっかりと持っているし、放置しておくとどんどん位は上がっていく。
また一部の知能の高い個体が、その他の精霊を率いて徒党を組むケースも報告されている。
精霊化現象がよく起こるアンバルワーク信仰国では、精霊化を果たした者たちとの戦争にもなっているほどだ。
精霊の中には人に対して協力的な個体もいるが、敵対する個体も決してめずらしいというわけではなかった。
「気になりますね……場合によっては、わたしたちの脅威となり得ます」
「まさか。そこまでのもんだとは思えなかったが……」
「仮にですが。その光輝く刀身を持つ剣が四聖剣の1本だとすれば……?」
「……………………。実在すると……信じているのか?」
「ふふ……さぁ?」
四聖剣の存在を信じているものは、ほぼいない。そもそも5人の英雄と共に行動していた4人の〈フェルン〉自体、本当にいたのかあやしんでいる者も多いのだ。
これには英雄たちと比べて極端に記録や伝承がないからという理由もあるのだが、〈フェルン〉たちの成したこと自体が信じられないというものもあった。
なにせ〈フェルン〉と言えば、精霊化を果たした個体の中では最弱の存在だ。他の精霊とちがい、位を上げることすらできない。
一方で長い時をかければ、強力な魔術を行使できるという特徴はある……が。それまで生き残る〈フェルン〉など、そうそういるものではない。
なにしろ他の精霊から常に狙われているのだから。魔獣大陸のアリアシアは有名だが、それだけ希少な存在なのである。
「俺は信じていないけどな。そもそも身体の小さな〈フェルン〉が扱うには、あまりにサイズちがいだ」
「そうですね。とにかく魔獣大陸に眠る遺跡には、他にもああしたオーパーツが眠っている可能性があります。ウーランには注意を促しておきましょう」
「おやさしいことで」
クロメはあらためてアハトのことを思い出す。
文句のつけようがない完璧な美貌、それでいて作りものめいた表情。どこまでも感情を出さない目は無機質さすら感じさせる。
だが本気を出していなかったとは言え、自分の動きは完全に見切られていた。アハトも本気を出していなかったが、それ故に実力を測りきれていない。
(ふふ……島を出てからというもの、あれほどの実力者と相対したのははじめてです。アハト……その名。覚えておきましょう)
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