第81話 路地裏であやしい奴を見つけました。
(さて……なんだこの状況は……)
大図書館へ行くべくアカデミーの外を出た俺たちだったが、素晴らしき視力を誇る我が目が見つけてしまったのだ。背中を見せたアムランが走っているのを。
彼の態度が気になっていた俺は、なんとなく後を追ってみるかと思った。
とは言えそこそこ距離もあったからな。もし見つからなければ、そのまま気にせず大図書館へ行こうと考えていた。
ところがしっかりと見つけてしまったのだ。どうやらお取込み中だったようなので、俺たちは角に隠れて様子を伺いつつ、2人の会話に聞き耳を立てていた。
まぁさすがにまずそうな雰囲気だったし。なにやら揉めごとっぽかったので、そろそろ介入しようかとも考えていたのだが。ここで先に飛び出したのはリュインだった。
「〈フェルン〉……? ああ、この前会った男か」
「ん……?」
この前会った……?
『大柄な男がリュインをよこせと絡んできたことがあっただろう。そのときに一緒にいた男だ』
「……ああ! あのときの!」
思い出した。たしかこの男が、一触即発の事態を収めたんだったな。ハイスと呼ばれていたっけか。
優男風の男は俺に視線を向けたまま立ち上がる。アムランはヒィとうめきながら地面を這い、壁際へと移動した。
「やれやれ……俺としたことが。今日は周囲にあまり人はいないだろうと油断していたよ」
「ずばり、あなた悪者ね! あやしいと思っていたのよ!」
「……それで? どこから話を聞いていた?」
最初からだぜ! ……と言えればかっこいいのだが、ぜんぜんそんなことはない。
リュインは再びハイスにビシッ! と指をさした。
「お前が混入させたクスリ……それは自我をなくさせ、筋肉を異常発達させる作用のあるものだ! っていうところからよ! あなたの悪だくみはしっかりと聞いたんだから!」
「ばか正直に教えてやるなよ……」
そう。ちゃんと話を聞けたのはここからだ。だが俺を警戒させるには十分な言葉だった。
自我をなくす筋肉増強剤なんざ、思い当たる節が1つしかねぇからな。つかどこの料理に混入させたんだ。六賢者についても不穏な発言があったが……。
「そうか……聞いてしまったか」
「おいアムラン。どこのだれが食う料理に混入させたって?」
急に名を呼ばれて肩をビクリとさせるが、アムランはしっかりと答えを返してきた。
「き……騎士団の、食堂で……」
うわ……なるほどな。他国ほど多くはないが、この国にも騎士はいる。まぁ貴族制度もすこし形がちがうみたいだし、他国の騎士とは微妙にちがう可能性もあるけど。
とにかく国の治安を預かっている組織なのはまちがいない。そいつらが利用する食堂に入り込み、料理に薬物を混入したのだろう。
「……リリアベル」
『アハトに伝えておいた。少々騒ぎにはなるだろうが……やむを得まい』
だな。とにかくあっちはアハトに任せることにする。
「んで? あんたは騎士たちを筋肉の怪物にさせて、どうしようってんだ?」
ハイスはなにも答えない。だがゆっくりとこちらに距離を詰めてきていた。
まぁまともに会話をする気がないのだろう。それならすこし話したくなるようにしてやるか。
「そのクスリ……作ったのはメルナキアの父親だよな? 行方知らずみたいだけど……もしかして。玖聖会で研究者を続けてんのか?」
「………………!」
ハイスの足が止まり、わずかに目を見開く。あたっているかはともかく、玖聖会絡みの可能性はありそうだな。
もともとリリアベルと話していたのだ。筋肉怪物とメルナキアの父親、そして玖聖会の繋がりについてはうっすらと見える部分もあった。
こちとら魔獣大陸から関わってきているからな!
「ほう……その名。どこで知った?」
「ガイヤンとクロメちゃんに聞いてみたら?」
「……………………。どうやら本当に……ただ名を知っているだけ、というわけではなさそうだな」
先ほどまでとはうって変わって、俺に強い興味を持ちはじめている。同時にこれまでにないくらいに、俺に強い警戒心を向けてきていた。
「深入りしすぎた憐れな男といったところか。お前は知りすぎた……博士のためにも、ここで。消えてもらおう」
そういうとハイスの全身がうっすらと輝きだす。身体能力の強化か。
「は……!? な、ば……ばかな……!?」
ここでアムランが素っ頓狂な声を上げる。なんだ……?
まさかハイスが実力行使に出るとは考えていなかったのだろうか。
ハイスはそのまま右腕を振るう。すると服の袖から剣が伸びた。
隠し武器か……。会話には多少応じてくれたが、結局俺を殺すという決意を固めさせただけだったな。
「おいおい、やめておけって。おま……」
俺の言葉の途中で、ハイスは全速で駆けてくる。そして俺を間合いに捉えると、素早く剣を横に振るってきた。
俺はこれに対し、背中をのけぞらせてかわしてみせる。
「………………!」
「ほいっとぉ!」
そのまま手を地面につけ、足をけり上げてバク転を行う。同時にしっかりとハイスの顎下に蹴撃を叩き込んだ。
「あがっ!?」
華麗にバク転を決めて地面に両足をつける。正面に視線を向けると、蹴り飛ばされたハイスが大地に落ちるところだった。
ふ……決まったな……。この星で〈空〉属性の魔力を持つ奴らは、接近戦で相手が〈空〉属性……身体を光らせていなければ、油断する傾向がある。ブルバスくんとダイクスくんがいい例だ。
ハイスも自分が身構えたにもかかわらず、俺が身体を光らせなかったので、〈空〉属性で身体能力の強化ができないと踏んだのだろう。
接近戦で簡単に決着がつくと考えたはずだ。
「さっすがマグナ! 相変わらず動きがエテコウモキッキーみたいね!」
「知らねえ動物の名を出すんじゃねぇ!」
どんな動物なんだ……。まぁ俺のように華麗な体さばきが特徴的な動物なのだろう。
「おいアムラン。だいじょうぶか?」
壁にもたれているアムランのもとへと向かう。ハイスは完全に下あごに決まったし。しばらく意識が戻らないだろう。
「………………」
「どうした、アムラン」
「あ……いや……」
アムランは仰向けになって倒れているハイスを奇妙な目で見ていた。
「今の……身体能力を強化していた……な……」
「ああ。〈空〉属性持ちだったんだろ」
この星では〈無〉属性に次いで多いんだったか。
アムランはあれかな。「〈空〉属性相手に余裕で勝てるなんて……! お、お前はなにものなんだ……!?」という気持ちなのかな。
聞かれたときのために、今からなにかかっこいい返し方を考えておくか……と思ったが、予想していた言葉は出てこなかった。
「なぜ……ハイスは……〈幻〉だったはず……?」
「…………? どうした?」
「あ……」
もっと俺を賞賛してくれてもいいのに! まぁ野郎の賞賛はそれほどうれしくないけど。
「そ……そうだ! それより……! 騎士団の食事に……!」
「ああ。そっちは手を打っておいた。今ならまだギリギリ間に合うだろ」
「え……?」
さいわい昼飯どきは今くらいからだし。まぁ早めに食事をとる奴がいる可能性もあるけど。俺たちみたいに。
「それよりこいつはなんだ? どうしてお前は」
「うぐぅ……!」
「っ!?」
うめき声が聞こえる。視線を向けると、ハイスが震える両足で立ち上がったところだった。
「え、マジ!? お前、もう立てんの……?」
ちゃんと下あごに入ったんだけどな……? 今も身体能力を強化しているし、魔力が関係しているのだろうか。
というか、右手に謎の筒を持っている。指先でその筒をあれこれ触っているけど……なんだ……?
「はぁ、はぁ……! お前……なに、ものだ……!?」
「そっちかー」
アムランから出てくると思ったセリフがハイスの口から出てきた。まぁどっちでもいいんだけど。
それなりにかっこいい口上を考えていたが、答えたのはリュインだった。
「悪はぜったいに許さない! 四聖剣に導かれし勇者! リュインとその仲間、マグナよ!」
「なんでいつもお前が主体なんだ……」
しかも四聖剣に導かれてねぇし!
だが勇者という響きはわるくない。これからは勇者マグナという呼び名も検討していこう。
「は……? なんだ……それは……?」
いや、やっぱりやめておこう。どう考えても勇者って柄じゃねぇわ。やはりさすらいの冒険者マグナでいくか……。
「お前がなにものかはわからんが……! 博士の邪魔はさせん!」
そういうとハイスは手に持っていた黒い粒を口の中へと放り込む。それを見てアムランが声を上げた。
「いかん……! 怪物化するぞ……!」
「え!?」
怪物化と聞いて思い当たるものなんて1つしかない。まさか……と思っていると、ハイスの全身が不気味に痙攣を繰り返す。
しかしこれまで見てきた怪物に比べると、そこまで筋肉は膨張していなかった。
「マグナ! こいつ……! さっきよりもすごい魔力になってる!」
「え!?」
リュインの言葉を聞き終えたその瞬間。いつの間にか俺の真横で、ハイスが剣を振るっていた。
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