第82話 六賢国の首都が大変なことになってきたみたいです。
「………………っ!」
たとえるなら、脊髄反射で動いたようなものだろうか。
これまでとは別次元のハイスの動きを前にして、俺はあらゆる思考をスキップして剣を抜いていた。
おそらくこうした実戦……とくに命のやり取りを感じながら接近戦をしたことがなかったというのもあるだろう。
これまでの戦いも俺は心のどこかで「まぁどうせ俺が勝つし」と考えていた。
この考えがそこまで間違いだとも思わない。そりゃこの星にはいろんな不思議要素があるし、判断ミスが死につながることもあるだろう。
でもそれを身近にあるものだとはイメージできていなかった。
「あがぁっ!?」
目の前で血しぶきが飛び交う。俺の視界には、片腕を飛ばして身体を大きく斬り裂かれ、地面に崩れゆくハイスが映っていた。
しばらくして俺が斬ったのだと気づく。突如迫った危機に対し、身体が勝手に動いたのだ。俺の腕にはしっかりと剣が握られていた。
(まぁつまりは。経験不足から、焦って剣を抜いて。そのまま斬っちまったということか)
要するにこういうことだ。これまで魔獣は斬ってきたが、人の肉と骨を斬ったのははじめてだ。
リリアベル特製の剣は相変わらずすさまじい切れ味を持っており、腕に骨を断ったような衝撃は感じなかった。
「ひ……ひいいぃぃぃぃぃ!?」
すぐ近くにいたアムランが屍となったハイスから距離を取る。まぁこれが普通の反応だろう。
(こういう形で人を殺したのは……はじめてだな)
もちろん俺も帝国宇宙軍に所属していたのだ。これまでいくつか艦隊戦に従軍することもあった。
戦争で連邦の兵士を殺してきたのは間違いない……が。さすがに剣でたたき切る、という経験はなかった。
べつにそれで人を殺し慣れています……なんて言うつもりはないが。まぁこういう星だし、接近戦に慣れていく必要もあるだろう。
「おいアムラン。落ち着け」
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……!」
「こいつはテロを画策していた犯罪者だ。それを未然に防いだんだ」
「み……未然に……!?」
「そうだ。騎士団の方には俺の仲間が向かっている」
今ごろ場所を特定したアハトが、料理をしっちゃかめっちゃかに荒らしている頃だろうか。
「この男となにがあった? どうして揉めていた? なにを話していたか……それを教えろ」
「あ……あぁ……」
ハイスはやはりかつて見たほどは筋肉を異常に膨張させていなかった。
それに一瞬だったが、その目には理性が宿っているようにも見えた。もしかしたら……自我があったのかもしれないな。
そんなことをぼんやりと考えつつ、アムランから事情を聞いていく。
「メルナキアの親父さん……エンブレストに会って。ハイスに操られていた? 〈幻〉属性の魔力で?」
「あ、ああ……。たしかにハイスは〈幻〉属性の魔力を持っていた。実際に私を操ってみせた。う、うそじゃない……!」
「………………」
つまりアムランの勘違いでなかった場合。ハイスは〈空〉と〈幻〉の属性を持っていたということになる。
たしか以前、リュインが複数属性について話していたな……。
「おいリュイン。人種が複数の属性を持つことってあり得るんだったか?」
「聞いたことないわね! 稀に魔獣や精霊で複数属性を持っているケースはあるけど……そうそう見ないはずよ」
だよなぁ。人種は基本的に1つの属性しか持っていない。以前も聞いた話だ。
まぁ今はこのことに思考と時間を割いている場合じゃないな。
「アムラン。エンブレストはどこだ? なにをしにこの国に戻ってきた?」
「わ……わからない」
「些細なことでもいい。思い出せ。騎士を怪物化させて首都を混乱させようとしていたんだ。その隙になにかしようと、企んでいるんじゃないのか?」
ハイス単独だったら、ここまで考えなかっただろう。
だがノグという大男もいたし、エンブレストも行動を共にしていたという。なにか狙いがあって取った行動なのはまちがいない。
「そ……そういえば……」
「ん?」
「大図書館が……関係している、かも……」
アムランはここ最近、何度も日中の記憶が抜けていた。だが気づくと大図書館内にいることが何度かあったそうだ。
それにある日、部屋に大図書館の警備状況や交代時間、巡回ルートを書き記したメモが落ちていたとか。
それらのメモはハイスの字で書かれていたが、本人には記憶にないものだとのことだった。
「私を操って……大図書館の警備を記録させ、それを知らず知らずのうちに報告していたのかも……」
「………………」
ハイスが本当に複数属性の魔力を持っていたかはともかく。事実として、アムランは身体を操られていた。これは間違いなさそうだ。
「エンブレストの仲間は? 他にもいたのか?」
「い……いや。ハイスと……ノグと呼ばれている男の2人だけだった」
「あいつか……」
リュインをよこせと絡んできたやつだ。おそらくメルナキアの親父さんは今、あの男と大図書館にいるのだろう。
「アムラン! 騎士に伝えろ! 俺は今から大図書館に向かう!」
「え……!?」
「たのんだぞ!」
メルナキアの学会発表もあるってのに……! さすがにこれ以上、想定できないテロ事件を起こさせるわけにはいかねぇよな!
そう考え、大図書館に向かって走りだす。
『アハトからだ。騎士に食事をふるまわれる前に食堂を占領したようだ』
「どんな状況!?」
『六賢者も何人か引きずり出せたようだな。すでに1人死んでいることを今伝えている』
「すごいことになってない!?」
いったいどんな手に出たんだ……。とにかくメルナキアの発表に影響が出なければいいが……。
■
学会開催中の大図書館にはほとんど人がいなかった。しかし地下へ続く廊下の途中には警備兵が2人常駐している。その2人は今、床に倒れていた。
「私がいたころよりも警備が手薄になっているねぇ」
「博士がいたときはどんなだったんだ?」
「ああ。いくらか騎士も常駐していたよ。まぁ警備兵も魔力持ちだったし。それなりの手練れを配置してはいたようだけどね」
長い廊下をエンブレストとノグが進む。しばらくすると地下一階へ続く階段が見えてきた。
「博士。カギは……」
「ああ、まだ必要ないよ。アレは地下三階から必要になるものなんだ。それまでは扉で封鎖されているだけだからね」
「なら俺の出番というわけだ!」
「そのとおり」
階段を降りると、すこし廊下が続く。その先には分厚い鉄の扉があった。
「後年になって設置されたものだね。魔力を用いた仕かけではなく、単純にカギがかかっているだけだ。……頼めるかい、ノグ」
「おう!」
ノグは全身を光らせると、そのまま正面から鉄扉に勢いよく体当たりを行う。
頑丈なはずの鉄扉は、不気味に歪みながら音を立てて吹き飛んでいった。
「開いたね……おや?」
「あん……?」
扉の先は広い空間になっていた。明かりがともされており、壁際には古い資料が並んでいる。しかし部屋の中央には先客が待ち構えていた。
「まさか本当にこの国に帰ってきていたとはな……」
「ははは。これはおどろいたね。わざわざ待っていたのかい?」
エンブレストの正面には、白い法衣を着てセプターを構えた人物と、鎧で身を固めた騎士が複数人立っていた。
そしてその法衣を着た人物を、エンブレストは名前と顔だけは知っている。
「六賢者の1人、ブライアンくん……だったね。なるほど。私がここに来ると読んでいたわけだ」
「半信半疑だったがな。だがこうして現れた以上、ここで捕えさせてもらう。抵抗は無駄だ」
ブライアンは貴族家の生まれになる。ラデオール六賢国の中では、比較的強い魔力を有している方だ。
また現在の六賢者の中では若手で、最も戦闘能力が高い魔術師としても知られていた。
(ち……。本当に姿を見せるとは……)
数日前、月魔の叡智に所属している修士からエンブレストの目撃情報が上がってきた。
六賢者たちはそれを「見間違いだろう」と放置せず、本当にこの国にエンブレストがいると想定し、話し合いを続けてきたのだ。
エンブレストの狙いはなにかわからない。だが万が一に備えて、大図書館の守りは必要だ。
そう結論が出たところで、当日はブライアンと精鋭の騎士たちがこの場で待機することになった。
それなりの大人数だし、展開できる場所は限られている。それに下手に1階で騒動になると、貴重な資料が痛みかねない。
そうした事情もあり、ブライアンは地下一階の広間で待ち構えていたのだ。
そのブライアンにしても、この場にエンブレストが現れる確率は半々くらいだと考えていた。
「……今朝、六賢者の会合があった。だがノウゴンさんは姿を見せなかった。家も留守だ。……なにか知っているか?」
「ああ。昨夜、久しぶりに挨拶をしたよ」
「…………ノウゴンさんをどうした?」
「きみも研究者の端くれなら、望む答えは人に聞かずに自分で解き明かしてみたまえよ」
「あいにくだが、俺は研究畑の出身じゃない」
六賢者は全員学者だと思われがちだ。たしかにそうした者もいるが、それは必ずしも六賢者になるための条件ではない。
ブライアンの家は官僚として、代々六賢者を支えてきた家系だった。縁あって六賢者の1人となったが、ブライアン自身、元は役人としてキャリアを積んできていたのだ。
「ああ……そういえばそうだったか。すまないね。ノウゴン先生以外の六賢者とはそれほど親交がなかったのは知っているだろう?」
「………………」
ブライアンが左手を上げる。すると騎士たちは全員、剣を抜いた。
「最悪殺してもかまわん」
「しかし……」
「これまでは2年前の事件における重要参考人だったが。今は……六賢者殺しの大罪人だ。それにあの男が鉄扉を破壊したところも見ただろう。油断するな」
騎士たちはエンブレストを取り囲むように動きだす。それを見てノグはエンブレストの前に出た。
「博士。下がっていてくれ。こいつらは俺がやろう」
「ふん……この人数を1人で相手にするつもりか? エンブレスト。これが最後だ。おとなしく投降しろ」
騎士は全員精鋭。ブライアン自身、強力な〈月〉の魔力を持つ。
敵は強力な魔力を持つ男が1人。負けるはずがない。ブライアンはそう確信していた。
「ブライアンくん。残念だが1人ではないよ。……ああ、そうだ。彼は殺さないようにお願いするよ。これ以上六賢者を減らして、この国の研究が停滞するのは本意ではないからね」
だれに話しかけているのだ……といぶかしんだその瞬間だった。ブライアンは首筋にチクリとした痛みを感じる。ほぼ同時にそこから熱が全身に広がっていった。
「………………っ!!?」
急に全身に力が入らなくなり、床に倒れこんでしまう。指先も動かせないし、口を開くこともできない。
「ブライアン様!?」
「だいじょう……うぇ?」
何人かの騎士が近寄ってくる。だがその胴体から鎧ごと貫いて刃が伸びた。
「あ……ご、ゴフ……」
「~~~~……っ!?」
騎士が床に倒れこむ。その背後に立っていたのは、踊り子のように肌を露出させた美しい女性だった。
その女性の握る曲刀には血が滴っている。
「ではノグ。メイフォン殿を手伝ってやるといい」
「おう!」
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