第71話 語りたガールは歴史ミステリーを話したい

 乗り合い馬車と聞けば、どういうものをイメージするだろうか。


 たった今、首都に向かう乗り合い馬車に乗ったわけだが……すくなくとも俺がイメージしていたものとはまったく違う乗り物だった。


「なにこれ……?」


「の……乗り合い馬車、ですよ?」


「馬じゃないじゃん!」


 まず乗客。ざっと見て20人くらいいる。それくらいの大人数が乗れるくらい、荷台がけっこう大きいのだ。なにせこの20人がそれぞれに荷物も持っているわけだし。


 そしてそんな大人数を乗せて首都を目指している動物は、馬ではなかった。


 例えるならゴツいトカゲ……だろうか。動きはそれほど機敏ではないが、かなりのパワーを持っているのか、のっしのっしと足を進め続けている。


「なにあの動物!? え!? 魔獣じゃないの!?」


「アブルシーは魔獣ではありません。……か……か、か……」


「……か?」


「語っても……いい、でしょうか……」


「……………………」


 メルナキアが期待するような眼を向けてきている。どうやら語りたガール病がひょこっと顔を出してきたようだ。


「……ゆっくりおねがいします」


「わ……わかり、ました……! アブルシーとはこの大陸にしかいない動物になります。寒さに強くて体力もあり、ああ見えて温厚なんですよ」


 どうやらこの大陸原産種の動物らしい。昔から人によって飼いならされてきたようだ。首都は寒いため、馬よりもアブルシーの方が優秀なのだろう。


 さすがにそれほど速くはない……が。馬とちがってほとんど休ませる必要もないらしい。


 なにより雪国で代を重ねてきただけあり、足裏は滑りにくい構造をしているのだとか。つまり馬に荷物を引かせるよりも安全性が高いのだ。


「へぇ~! おりこうさんなのね!」


「でも初見だと魔獣と勘違いするよなぁ……」


「ま……魔獣は、人に対して……明確な敵意を、持って……いますから……」


 たしかに。あいつら、人を見ると見境なく襲いかかってくるからな。


「それに……原則、瘴気がある地にしか、生息していません……」


「…………ん? 瘴気……?」


 初めて聞く単語だ。俺のつぶやきにメルナキアは再び目を輝かせる。


「か……かた……」


「ゆっくりでおねがいします」


「は、はい! そもそも魔獣というのは2000年前から現れた生物だと言われておりますその時になにがあったのかはいくつか仮説があるのですが」


「ゆっくりで! おねがいしますっ!」


「ひゃい!?」


 メルナキアは普通の動物と魔獣がどう区分されているのかを教えてくれた。彼女の話によると、魔獣というのは約2000年前に現れたらしい。


「2000年前というと……あれか。魔人王が封印されたという……」


「はい。7つに分かたれた魔人王ですが、その際に世界各地に瘴気が降り注いだと言われているのです」


 瘴気というのが具体的にどういうものかはわからなかったが、呪いのようなニュアンスらしい。その瘴気が降り注いだ土地から魔獣が生まれたそうだ。


「大陸で魔獣が生息しているのは一部のエリアに限られます。つまりその地に瘴気が降り注いだというわけですね」


「魔獣大陸は大陸全土に瘴気が降り注いだのか」


「はい。魔獣が人為的になかなか繁殖させられないのも、瘴気のない地ではそもそも難しいからです」


 なるほどねぇ……。魔獣は貴重な資源ではあるが、繁殖はむずかしい。


 だからこそ魔獣があふれている魔獣大陸と、積極的に狩りをしてくれる冒険者は貴重なわけだ。


「瘴気って観測できるものなの? あと人体に影響は?」


「密度の濃い場所では、黒いモヤのように見えると言われています。人体への影響について報告された文献はないですね」


「ふーん……?」


 なんともふんわりとしているな。それだけ謎に包まれているということなんだろうけど。


 魔獣大陸やキルヴィス大森林は、目に見えていないだけで瘴気自体は存在しているということか。


 なんにせよ人体に影響はなさそうだな。2000年前から存在しているんだ、もし悪影響があるならとっくに知られているはずだし。


『ちょうどいい。おい、首都近郊の土地を豊かにしたという魔道具について聞け。くわしく知りたい』


 リリアベルから指示が届く。俺は言われるままにメルナキアに質問をした。


「なぁ。不毛の地を肥沃ひよくな大地に変えたという魔道具……これについても教えてくれないか?」


「は……はい! もともとは」


「ゆっくりでね!」


 魔人王が封印されてから各地で魔獣が観測されるようになる。


 魔獣というそれまで存在していなかった危機に対して、人種は当初、なかなかに苦労していた時代があるらしい。


 だがこのラオデール六賢国がある大陸には魔獣が存在していなかった。それほど大きくない大陸なのだが、的が小さかったぶん、瘴気が降り注がなかったのだろうか。


 しかし気候は寒く、本格的に冬が始まると吹雪が巻き起こる日もある。人が住むには厳しい環境だ。一方でこれをメリットだと考えた者がいた。


 それがこの地に国を興した白精族の男だ。彼は当時、魔獣がおらず人も寄り付かないこの地であれば、争いとは無関係に生きていけると考えたらしい。


「初代王についてはいくつか伝承があるのですが……一説によると、他国でしいたげられていた奴隷を開放するために戦った勇者だと言われています」


「へぇ……」


「数々の戦いを繰り返し、奴隷を率いてこの地に逃げてきた……これが最も有力視されていますね」


 おそらく追っ手を警戒していたのだろう。その男は大陸のさらに北部へと移動した。


 しかしそこは作物の育たぬ極寒の土地。だが男は自らの魔力を用いて奇跡を起こした。


「その時に作成した魔道具で、土地を作物の育つ土壌に変質させたのか?」


「そうです。王が作成した魔道具は、魔力を用いて土地を肥やすというものでした。ですがここに歴史のミステリーがあるのです……!」


「……ミステリー?」


「はいっ! この魔道具はいわば、国の要になります。だというのにその設計図やどこに設置したのかなど、まったく記録に残っていないのです」


「………………!?」


 え……!? それ、ミステリーというか……。なかなかにヤバい状況なんじゃ……?


 そう考えたのはアハトも同様らしい。これまで黙って話を聞いていた彼女が口を開く。


「魔道具も使用には魔力が必要ですよね。それにそれほど昔に作られたものなら、メンテナンスも必要なのでは? どこにあるのかわからない……ということがありえるのでしょうか?」


「これもいくつか説があるのですが……。国の要になるからこそ、誰にも知られないようにしたとも言われています。後世で破壊されたり、悪用されないようにという工夫ですね」


 まぁ話を聞く限り、当時はいろいろ物騒な世の中だったみたいだし。せっかくおこした国なのに、魔道具一つ破壊されれば存続もできなくなる。


 それならば設置場所は誰にも知られないように……と考えるのもわかるが。


「でもやっぱり無茶じゃないか? 設計図とかなければ、万が一壊れた場合はどうするんだよ? それにだれがどうやって魔力を供給しているんだ?」


「魔力の供給方法も解明されていないんです。そしてマグナさんの言うとおり、古い魔道具ですから。いつか壊れるのでは……そういう考えは常にありました」


 国の研究者たちは伝説に語られる魔道具をなんとか作れないか、もうずっと研究し続けているらしい。


 また約200年前、一度土地で作物が育ちにくくなった時期があったそうだ。


「それって……魔道具になにか不調が?」


「どうでしょう。ですが当時の研究者たちはそう考えました。結果としてそれで王政が廃止されることにつながったのですが」


「え……」


 200年前の王はそれはそれは不真面目な者だったらしい。


 玉座に座ることもまれで、若い女たちと遊びほうけていたとか。


 王がまじめに働かないから、魔道具に不調が起きたのでは。そんな噂も流れているほどだった。


 そして強引に王を玉座から引きずり下ろし、以降この国は議会が選出した6人の賢者によって統治されることになった。


「それで……また作物は育つようになったのか?」


「残念ながら……」


 この国ではしっかりと毎年の収穫量などを記録している。過去の記録をさかのぼってみると、200年前を契機にして徐々に収穫量が落ちているそうだ。


「幸い収穫量の減少率は緩やかですので……近い将来国が存続できなくなる、といわけではないのですが。今は昔とちがって、それなりに流通経路も整っていますから。魔獣大陸や他国から食料も輸入していますし」


 明日魔道具が壊れたからと言っても、ただちに国が亡びるというわけではない。


 しかし収穫量の減少にともない、他国からの食糧輸入量は増えていく。要するに他国への依存度が上がっていくのだ。


 もし政治的な駆け引きで食料の輸出をストップされたら。ラオデール六賢国は大国としての立場を維持できなくなるだろう。


「昔とちがって亡びはしないが……国力は大きく衰退するな」


「はい。初代王の作り上げた魔道具の場所を特定する。またその魔道具を再現する。これらははるか昔から続く、研究者たちの命題なのです」


 ラオデール六賢国は大国の中でもとくに研究者が多く、学問が発達しているというが。それには初代王の作った魔道具に対する安心感のなさが起因しているのかもな……。

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