第63話 うわさの青竜公とご対面しました。
翌日。エルヴィットたちもいろいろ忙しかったのか、俺たちが部屋に呼ばれたのは昼を大きく回ってからだった。
もちろんそれなりに美味い昼飯をご馳走にはなったが。
「失礼します。お客様をお連れしました」
使用人が扉を開く。案内された部屋はいかにも応接室といった雰囲気だった。
高そうな机にソファー、それに絵画もいろいろ飾られている。
正面には厳格そうな顔つきをした男性とエルヴィットが立っていた。男性は使用人が出ていったのを確認して俺たちにソファーに座るようにと促す。
男性とエルヴィットは俺たちの向かいに座った。昨日会場でも見た顔だ。たぶんこの人がエルヴィットのお父さん……青竜公なんだろう。
「娘と息子が世話になったな。まずは礼を言おう。私はカイネスラーク・アルドブルー。世間からは青竜公という名で知られている」
「娘のエルヴィットです」
エルヴィットは初対面となるアハトとリュインにニコニコ笑顔を向ける。今日の彼女はいつもどおりに髪を下ろしていた。
「それじゃあらためて……。俺はマグナ! 自分探しの旅の途中だ!
」
「アハトです。趣味で賞金首ハンターをしていますが、普段は地味で目立たない文学美女です」
「リーダーのリュインよ!」
「おい」
『ハァ……』
なんでリュインがリーダーになってんだ! お前、いつも元気に飛んでるだけじゃねぇか!
「うふふ……とても仲がよろしいんですのね」
「まぁずっと一緒に旅しているからな」
とはいえいつでもシグニールに帰れるし。さすらいの旅人とはぜんぜんちがうんだけど。
「お前たちの話はすこし前から聞いておった。随分と質のいい魔晶核をアバンクスに売ったのだろう?」
「あぁ、まぁ。そういやそんなこともありましたね」
おお……! よかったな、アバンクス! あんた青竜公に認知されてるよ!
「昨日の事件の後始末もあり、わたしは忙しい。できるだけ端的に話を進めたいのだが」
「ええ、いいですよ」
なんの事情聴取かね。こっちから提供できる情報はほとんどエルヴィットが知っているだろうし。あんまりないと思うんだが。
「お前たちはなにものだ? どこの国の生まれになる? 聖竜国へはなにが目的でやってきた?」
…………ん? 予想とちがう方向から話を振られた。どういう意味だ……?
「……質問の意図が図りかねるのですが」
「今、我が国の貴族たちには緊張が走っている。二大派閥の確執に加え、昨日のような事件が起こったからだ」
それはわかる。たしかアバンクスが言っていたな。赤竜公派閥の貴族が殺されたんだって。で、アバンクスは夜道でブルバスに絡まれたってわけだ。
昨日のテロ事件では死人も出ている。両派閥の関係はより緊張したものになっただろう。
「エルヴィットからは、賊が赤竜公派閥に属していた貴族に化けていたとも聞いておる。それに警備兵の中にも何者かの手が回っていた」
「ああ……そういやアハトが最初にとめたの、赤竜公の息子に斬りかかった警備兵だったよな」
そしてダイクスくんとその警備兵が怪物になったというわけだ。もしかしたらあの2人も、ガイヤンたちの被害者だったのかね。
「娘を助けてくれたことには感謝をしている……が。正直言って、娘に恩を売って近づいてきた他派閥の息がかかった間者……という疑いも持っている」
「お父様ったら。マグナさんたちはだいじょうぶですわよ」
直接助けられたエルヴィットはともかく、青竜公の方は用心しているようだ。まぁ当然か。えらい貴族家の当主だし。
「ならその疑いを晴らしてみせましょう」
「ほう……どうやってだ?」
「簡単です。いただいた教官補佐と警備兵の仕事を辞め、王都を出ていきます。以降あなたと関わらなければ、たとえ他派閥から送りこまれた者であっても関係なくなるでしょう?」
もともと今日、エルヴィットには教官補佐の仕事を辞めたいと願い出るつもりだった。教官ロールプレイに満足したのだ。
それにここらでハルトのところに顔を出すか、ルシアに会いに魔獣大陸に行くのもいいかと思っている。
つまり聖竜国にいすわる理由がないのだ。……欲を言えばエルヴィットとデートでもしてみたいけどな!
「…………まさかそのような回答がくるとは思っていなかった」
「え?」
「どうやら真に根無し草の旅人のようだな。まずはお前たちがどこの貴族ともかかわりがないということを信じよう」
なんだ……急に疑いが晴れた……? エルヴィットは変わらずニコニコしている。
『疑い続けて本当に聖竜国から出ていかれては困る……。そう考えているのではないか』
なんだそりゃ。リリアベルの予想があたっているかはわからないが、もしその通りだとすれば。なにかさせたいことでもあるのかね。
「だがこの国に来た目的は聞かせてほしい」
「マグナさん。それにアハトさん。お2人がただものではないこと、すでによく理解できています。父は竜公家当主として、強大なお力を持つお2人の目的を知っておきたいのです。それに……場合によっては協力し合える部分もあるかもしれませんわ」
会場に現れた怪物はあの場の誰もが止められなかった。そもそも武装していたのは警備兵だけだったしな。
そしてエルヴィットはまんまとさらわれたわけだが、俺たちはどちらも解決してみせた。つまり並以上の実力を多くの者たちに認知されたことになる。
大貴族の1人として、力があるわりに身元が不明な平民をすこしでも把握しておきたいのだろう。帝国で言えば、自分の指揮する艦隊に無名のアンデロバイド星人がいるようなものか。
ここでリュインが前に出てきた。
「ここに来た目的は簡単よ! 四聖剣を探しにきたの!」
いつもながら便利な理由だな! でもこれ、一気にうさんくさい集団だと思われるリスクの方が大きくない!?
「四聖剣……? 2000年前の魔神王伝説に出てくる、あの……?」
「そう! それよっ! ねぇエルヴィット。なにか知らない?」
「そうですわね……」
エルヴィットは小ばかにした表情も見せずに、リュインの話に乗っていた。うん、やっぱりいい子だな……!
「つまり〈フェルン〉と共に、伝説を追い求める旅をしていると……?」
「あー、それも目的の1つではありますね。あとは作りたいものがあるので。希少金属や珍しい鉱石の類も探しています」
今朝、俺はさっそくリリアベルに聞いた。アハトをある程度のレベルまでメンテナンスできる設備を作れないか、と。
結論から言うと、できなくはないらしい。だがそのために作らなければならない設備がいくつもある。つまりメンテナンス設備を維持するための設備がまた必要になるのだ。
またアハトの設計図はリリアベルも把握しておらず、アハト専用に設計したメンテナンス設備を一から手探りで作っていく必要がある。
それにはどうしても膨大な時間が必要だ。そしてそれらの設備を維持できるだけの動力も。
なにをするにせよ、材料候補を集めつつシグニールの光子リアクターの出力も上げていかなければならない。
何十年とかかるだろうが、時間をかければ高確率で設備自体は整えられるとのことだった。
(本格的なメンテナンスは帝国の軍事施設でないと不可能だ。だが無茶な動きさえしなければ、そもそも高度なメンテナンスは必要ない)
とにかく今からコツコツとやっていくしかない。そう考え、俺は今日から積極的に希少な金属類などを探し集めることにした。
「なにを作るのだ?」
「さすがにそれは。個人的な事情ですので。とにかく旅の目的のためにも、聖竜国に留まるつもりはないということです」
青竜公はなにか考え込んでいたが、ゆっくりと顔を上げる。
「なるほど。お前たちの事情についてはひとまず理解した。ところで……会場に現れた怪物。それにガイヤンとクロメという人物。エルヴィットとグアゼルトの話によると、お前たちはそれらに対して圧倒的な強さを見せたようだな」
圧倒的……まぁ圧倒的か。今後のこの星の活動について、いろいろ考えさせられる事件だったが。
「聞くかぎり、我が国の高位騎士でなければ対処が難しい者たちであっただろう。わたしがもうすこし早く会場に到着していれば、また話は別だったのだがな」
おや……。この言い方だと、青竜公は自分の力に自信があるようだ。
そういや竜公家の当主もそれなりに竜魔族としての血が濃いという話だったし。種族ならではの力でも持っているのかね。
「確認したいのだが。これまで旅をしてきた中で〈アドヴィック〉……あるいは〈玖聖会〉という言葉を聞いたことはないか?」
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