第62話 無事に王都まで戻ってきました。

 会場にはエルヴィットの読みどおり、青竜公の姿があった。


 彼はそのまま現場指揮を執っていたが、そこにエルヴィットが合流する。同時に俺もアハトとリュインの2人と合流を果たした。


 どうやらロンドベルンもアバンクスも無事のようだ。よかったよかった……。


 俺とアハトは明日、あらためてエルヴィットと屋敷で話すことになった。そのため一足先に屋敷へと案内してもらう。


 さすがに大貴族様のお屋敷だけあって、それはそれは立派なお屋敷だった。


「ベッドもでけぇ!」


「お酒もおいし~!」


 屋敷では丁重にもてなされた。でかい風呂に入り、豪華な食事をいただく。リュインは途中から酒だけをガブガブと飲んでいた。


 俺とアハトは個別に部屋を借りることになったが、就寝前にお互いの情報を交換していく。


 俺はガイヤンとエルヴィットの見せた力について、アハトとリュインに聞かせていった。


「どうやらおいしい場面には間に合ったようですね」


「おかげさまでな。そっちはどうだったんだよ?」


「フフ……なかなかの盛り上がりでしたよ」


「……はい?」


 俺が出ていったあと、アハトは2匹の怪物を相手にしていた。だが出力を上げたアハトの相手は務まらなかったらしい。


 他に被害が出ないように最低限の気をはらいながら、拳打で制圧したとのことだった。


「あの筋肉の塊を拳で……」


「すごかったのよ、アハトは! ものすごい速さで敵を翻弄して、もうボッコボコだったんだから!」


 リュインは宙に浮きながら交互に両腕をシュッシュッと突きだす。まぁアハトさんが圧倒的な力を見せつけていたのはよくわかった。


 最終的には2匹ともあらゆる箇所の骨を砕かれ、喚く芋虫となったそうだ。


 もはやまともに動けない。だれが見ても勝敗がわかりやすく決した瞬間だった。


「…………? あれ? でも会場に戻ったときよぉ。あの2人は……」


 エルヴィットを連れて会場に戻ったとき。2人とも血を流して死んでいた。てっきりアハトがやったのかと思ったんだが……。


「2人にとどめを刺したのは、別の人物なのです」


「別の人物?」


「ええ。カタナを持つ黒髪の少女でした」


「え……!?」





 決着がついた頃には、会場に残っている貴族はほとんどいなかった。


 2階にグアゼルトとその取り巻きはいたが、1階にいた貴族は数えるほどだろう。


(専用武装とまではいかなくとも、せめて我が愛槍、閃星煌刃アークマルドがあれば。出力を上げる必要もなかったのですが……)


 アハトは普段、かなり力をセーブしている。そもそも戦闘用アンドロイドは、他のアンドロイドとちがって任務時以外は眠っているものなのだ。アハト自身が当初、シグニール内で眠っていたように。


 それも理由があってのことだった。戦闘用アンドロイドは他のアンドロイドと比較して、稼働寿命が短いのだ。


 高性能なパーツが使用され、細かな物も多い。また出力自体も強く、ある程度耐久性の高いパーツも使用されている。


 それでも激しい動作で摩耗しやすい箇所というのはある。そうした部分は適宜交換などのメンテナンスを繰り返しながら運用していくことで、稼働年数を伸ばしているのだ。


 要するに出力や任務内容、それとメンテナンス環境次第で寿命が決まる。そしてそれらは帝国の軍事施設でしかできないことである。


 ところがこの惑星にはそうした設備は整っていない。簡単なパーツであればシグニールで生産可能だが、それで交換などのメンテナンスができるかはまた話が別である。


 またリリアベルもアハトの情報は持っていない。もともと戦闘用アンドロイドは軍事機密の塊でもあり、限られた者しか詳細な設計図は持っていない。


 こうした面からでも、アハトを十全にメンテナンスできるのは帝国の軍事施設だけなのである。


 そのためアハトは普段、パーツの損耗率を抑えるために出力を制御していた。そして今や眠りにつくという選択肢はない。


 未知の惑星でマグナを守る任務があるから……というオマケもあるが、なによりアハト自身がこの惑星のことをもっとよく知りたいと願っている。


 小説やマンガで見たようなファンタジー世界を巡ってみたい。その希望が強いのだ。


 リリアベル製の閃星煌刃アークマルドがあれば、出力をセーブしていても問題ないと判断していた。実際この星の魔力持ちとも何度か戦闘になったが、いずれもアハトの敵ではなかったからである。


 だが今回現れた2体の怪物は予想外だった。下手に出力を抑えたままでいると、逆に余計なダメージを負いかねない。そのリスクを考え、出力を上げることにした。


(内臓兵装を使うという手もありましたが……そっちもわたしの出力を上げる必要がありますからね)


 どちらにせよ兵装の類は安易には使えない。すくなくとも整備環境が整わないうちは、どうしても慎重になる。まだまだ機能停止するわけにはいかないからだ。


 ……といっても、やはりアハトは普通のアンドロイドではない。自身に備えられたある機能から、アハトは自分がそうそう機能停止することはないと自覚している。


 すくなくとももうここに危険はないだろう。そう考えたときだった。


「お姉さん。お名前をきいてもいいかしら?」


「…………?」


 アハトの目にはあらゆるセンサーが搭載されている。そして視覚から得た情報は高度な演算能力で処理され、常にアハトに正しい状況認識と判断能力を与えている。


 そのアハトからすれば、後ろから少女の声が聞こえてくるのはありえないことだった。そこにはいま、2匹の怪物以外はだれもいない空間なのだから。


 もしだれかが近づいてきていれば、見えていなくても耳でわかる。


 アンドロイドらしからぬ奇妙な違和感を覚えつつ、後ろを振り向く。そこには1人の少女が立っていた。


「………………。不思議です。あなたが声を発した2秒前まで、そこにはだれもいませんでした。まぁこういう世界ですからね。瞬間移動でもしてきたのですか?」


「あら……ふふ。おもしろいことを言うのね、お姉さん?」


 少女に問われた名を答えないまま、アハトはその目でしっかりとデータを収集しはじめる。身長、想定体重、推定筋肉量、手に持つカタナの長さ。だが魔力までは計測できない。


 少女はカタナの柄に右腕を置く。次の瞬間。その手がわずかに動き、キンという音を鳴らして、いつの間にかすこし抜けていた刀身を鞘に納めた。


「なるほど。2人の始末をしにきた黒幕……でしょうか?」


「ふふ……すごい。いまの……見えていたんだ?」


 少女の言葉が終わると同時に、床に転がる2匹の怪物の首筋から血が噴き出す。


「うわああぁぁぁ!?」


 二階からグアゼルトの声が聞こえる。天井に向かって勢いよく噴き出す血に驚いたのだろう。


 だがそれらの血は、決して少女とアハトに降り注ぐことはなかった。


「素敵なお姉さん。すこし……相手をしてもらえるかしら?」


「フ……やめておいた方がいいですよ」


 アハトが構える間もなく、少女はその場から姿を消す。次にその少女が現れたとき。アハトの後方で刀を振り抜いた姿勢で停止していた。


 その刀は真っ白な刀身をしていた。金属というよりは、陶器で作られたような印象がある。もし人を斬れば赤い血が目立ちそうな見た目だ。


 しかしさきほど怪物を斬ったのにも関わらず、その刀身はまったく汚れていなかった。


 少女はゆっくりアハトの方に振り向き、カタナを鞘に納める。その所作しょさはどこか優雅さを感じさせるものだった。


「……どうやらお姉さんをどうにかしようと思うと、本気を出さないといけないみたい」


 アハトも少女の方へと身体を向ける。


「そうですか。まぁわたしは相手がだれであれ、本気を出すことはないのですが」


「ふふ……おもしろいお姉さん。ごめんなさいね。べつに敵対するつもりも理由もないの。ただ……その強さを計ってみたかっただけ」


 少女の足元が輝きはじめる。アハトはその現象に対してしっかりと視線を向けていたが、やはりなにも計測できなかった。


「縁があったら、またお会いしましょう?」


「フ……ケガが治ってから出直すつもりですか?」


「ええ。それじゃあね」


 そう言うと少女の姿は消える。やはりアハトの目をもってしても、突然その場から姿を消したという結論以外に答えが出なかった。


(ふむ……これまで出会った人種の中では、最強の部類でしょうか……)





「え、なにその子。すっげぇ物騒じゃん」


「おそらく会場から、マグナの方へと転移したのでしょう。見た目の特徴といい、マグナが出会ったクロメという少女と一致しています」


 少女はすさまじい速度で斬りかかってきたが、これをアハトは最小限の動きでかわしたらしい。そして通りすぎさまに、脇腹に手刀を突き入れたとのことだった。


 普通ならそこで倒れるだろう。だが少女は強引に走り抜けたのだとか。アハトの手刀を受けてできる芸当だとは思えねぇな……。


「でもその子、すごかったよねー。あんなに真っ白い剣なんて、はじめて見たし!」


「そうか。リュインも見ていたのか」


 その後、会場に青竜公が姿を見せた。そしていろいろ指示を出している間に、エルヴィットを連れた俺が戻ってきたというわけだ。


『物騒な事件に巻き込まれたものだ』


「まったくだな。まぁエルヴィットちゃんが無事でよかったよ」


「ねぇねぇ! 明日はそのエルヴィットと話すんだよね?」


「ああ」


「ならさ! 四聖剣のことを聞いてよ! 誘拐犯から助け出したんだもん、なにか知ってたら教えてくれるはずよ!」


 まぁ四聖剣探しも目的の1つではあるからな。どこかのタイミングで聞いてみてもいいだろう。というか。


(まさかこの星に、多少とはいえアハトが出力を上げないといけない奴が出てくるなんてな……)


 たぶんクロメという少女も、ガイヤンのご同輩だろう。素手で相手をするには難しい相手の可能性もある。アハトだからこそ対処できたのだ。


(ちょっと浮かれていたな……。もっとアハトのことも考えないと)


 この星では敵なしだと思っていた。いや、実際いまもそう思っている。


 だがあの筋肉怪物が10体以上出てきたら。その全員が俺を殺す気で、そのとき俺に武装がなかったら。側にアハトがいなかったら。どうなるかわからない。


 またアハトがいたとしても、限りある戦闘稼働時間のいくらかは削ってしまう。


 満足のいく生を模索する俺たちにとって、筋肉怪物やガイヤンといった奴らは脅威になり得る。


(それじゃ接点を持たないように気をつけますってか? ……冗談じゃねぇ)


 なんで向こうに気を使って生きる道を選ばなくちゃいけないんだ。


 俺はこの星でどこまでも自由に、そして後悔がないように生きていくと決めている。


 強そうな奴らには遠慮しながら呼吸をして生きていきます~……なんてこと、できるはずがない。俺にも一級帝国人というプライドがあるし。


(まず浮かれていたことは反省する。だが俺の生き方をだれにも否定はさせねぇ。そして後悔しない生を全うするのに、リリアベルとアハトは絶対に必要な存在だ)


 あとリュインも。とにかくアハトの現状をこのままにはしておけない。


 やはりシグニール内で、十全とはいかずとも、ある程度アハトをメンテナンスできる設備を整える必要があるだろう。


『どうした? めずらしく何か考え込むような顔をしおって』


「いつも考えてんだろ!?」


『そうか?』


 まったく……。まぁ今日はいろいろ疲れたし。もう寝よう。アハトのことは明日にでもリリアベルに相談するか。

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