第61話 エルヴィットちゃんから魔力について話を聞きました。
すこし目を離した隙に、エルヴィットはとんでもない姿になっていた。
全身が薄緑に輝いており、輪郭が曖昧な状態になっているのだ。さらに背中からは羽状の光も伸びていた。
魔力による光の影響だろうが、今の彼女はゆったりとしたローブを着ているように見えた。
すこしでも触れたら、散ってしまいそうな……そんなはかなさを感じさせる。
「驚かれましたか……?」
「あ、ああ……! すげぇぜ……!」
「…………? すごい、ですか?」
「ああ! こんな妖精みたいな姿に変身できるなんてよ! なんてかっこいい魔法なんだ……!」
これぞファンタジーって感じだな……! 人がそのまま妖精化したかのような……そんな神秘性を感じさせる。
『うむ……なんと興味深い。この状態のエルヴィットを精密検査してみたい……!』
リリアベルの研究者魂にも火がついたようだ。こんな神秘の姫君を科学の力で暴こうなんて、夢がないやつだな。
「とにかく助かったぜ! 動けないうちに、さっさととどめを……」
「いえ。それはむずかしいかと」
「え?」
光の妖精になったエルヴィットは眉をひそめる。
「今のガイヤンは精霊化を果たしています。位も高いため、物理攻撃が通用しないのです」
「…………っ! 精霊化……!? あれって、生きている人間にも起こるのか!?」
たしか骸や特定の道具、自然現象なんかが精霊化する可能性があるって話だったが。生きている人間が精霊化するという話は聞いたことがない。
「いいえ。ですがわかるのです。ガイヤンは左腕を中心に、精霊化を果たしていると。……今のわたくしも似たような状態ですので」
エルヴィットも疑似的に精霊化をしている……? やはりよくわからないが、おそらく同じ精霊化でもガイヤンとはプロセスがちがうのだろう。
だってあっちはいかにも怪物だし。エルヴィットは妖精だしな!
「うおおおおおおおおお!!」
「…………っ! そ、そんな……!」
エルヴィットの眉間にシワが寄る。ガイヤンはメキメキと音を立てながら、絡みつく木々をちぎりはじめていた。すっげぇバカ力……!
「わたくしの拘束を通じて……魔力を吸収していっている!? ありえない……! あの腕は……いったい……!?」
どうやらエルヴィットとしても想定外の出来事が起こっているらしい。
だが精霊化という単語を聞き、俺は切り札をきると決意を固める。
「ま、エルヴィットも切り札っぽいのを見せてくれたしな」
『使うか』
「ああ。……エルヴィット。もうすこし、あいつをとめていてくれ!」
「マグナさん!?」
大地を踏み抜いてガイヤン目指して走りだす。そして懐から金属の筒を取り出した。
「たのむぜ! フォトンブレイドVer.2! またの名を光断聖剣エルグラム!」
『変な名前をつけるな』
アハトを見習って、俺もフォトンブレイドに名前を付けていた。握りしめた金属筒の先端部からヴォンと光の刀身が伸びる。
「おおおおおおおお!!」
ガイヤンははっきりと俺の持つフォトンブレイドに視線を向けていた。夜に輝く光の軌道を描きながら、俺はガイヤンの左腕を斬り飛ばす。
「がああああぁぁぁ!? ば……ばか、なあぁぁ……っ!!?」
同時にガイヤンを拘束していた木々が消失した。すこし離れたところで、異形の腕がゴスンと落ちる。
腕はそのまま光の粒子となって消えていった。
「え……消えた……?」
けっこうな質量があったはずなのに……? ガイヤンは右手で左腕の付け根を押さえている。
「はぁ、はぁ……! な……! おれの……〈爪〉を顕現した左腕が……!? なぜ……!?」
「いやぁ~、俺もびっくりしたぜ。ま、切り札を持っていたのはお前だけじゃなかったってぇわけだ!」
思えばここにいる3人とも、それぞれ切り札を持っていたのか。まぁ最後に出した奴が勝つってのはお約束みたいなもんだよな!
俺はエルヴィットに礼を言おうと後ろを見る。すると彼女はドレス姿に戻っており、気分がわるそうに地面にへたり込んでいた。
「エルヴィット!?」
あわてて彼女の側へと駆け寄る。エルヴィットも深呼吸を繰り返しながら、額に汗をかいていた。
「お、おい! だいじょうぶか!?」
「え……ええ。だいじょうぶです……あまり長くあの姿を維持できないものでして……」
「ケガは!?」
心配する俺に対し、エルヴィットは首を横に振る。
「それは問題ございません。あの姿になると……身体のあらゆる箇所の傷が癒えますので」
「え、マジ? すげぇ……」
まさかの全回復機能付き……! 魔力的な面から疲れ自体はあるみたいだが、身体の方は問題ないようだ。
「それより……マグナさんの振るった武器。あれは……?」
「あー……まぁなんというか」
『適当にオーパーツとでも言っておけ。どうせ説明したところで理解できまい』
まぁそれが無難な気はするな。実際、エルヴィットたちにとってオーパーツには変わりないし。
「…………?」
その時だった。不意に何者かの気配を感じた俺は、ガイヤンの方へと首を回す。すると彼の隣には謎の少女が立っていた。
「え……?」
見た目はどう見ても10代前半くらい。黒髪がよく似合っているが、その手には少女には似合わないカタナが握られている。
おかしい……。さっきまでこの子は近くにいなかったはずだ。というかなんでガイヤンの隣に立っている……?
「クロメ……」
「驚きました。ガイヤン、左腕はどうしたのです?」
「…………。あの男に……斬られた」
クロメ……? 少女の名前か……? というか、この2人。仲間……?
「なるほど。ガイヤン、ここは退きますよ」
「しかし……」
「絶対救出不可能な環境にも関わらず、あの男はここにたどり着いた。そしてあなたの腕を斬り、エルヴィットを奪えなかったのでしょう? くわしく話も聞きたいですし、無理をする場面ではないわ」
まちがいない。この少女、こんな見た目だがヤバい連中のお仲間だ。というかガイヤンの左腕についても知ってやがる。
「たしかにお前の仕事ではないが……お前ならあの男を倒し、エルヴィットを確保できるだろう……?」
「それをわたしにやれと? できなくはないですが……いまはやめておきましょう。わたしもケガをしていますので」
「…………! なんだと……!?」
「楽しい遊びの代償です。さ、戻りますよ」
そう言うと2人の足元が光りはじめる。そして燐光が舞ったかと思えば、2人の姿は消えていた。
「………………。消えた……。なんだったんだ……?」
■
数分後。俺はエルヴィットを抱きかかえながら、王都を目指して走っていた。もちろん速度は落としてある。
「その……マグナさん。あらためて、ありがとうございました。ここまで来てくれて……」
「いいってことよ! こういうシチュエーション、一度やってみたかったしな!」
「シチュエーション……?」
「さらわれたかわいい女の子を助けに行くっていうシチュエーションのことだよ」
「まぁ……」
だが今回の出来事は妙なことばかりだった。変貌したダイクスといい、あれはガイヤンが意図して行っていたことなんだろうけど。
どうやってああいうビックリ人間を作り出したのか、それがわからない。
帝国の技術力でもむずかしいことを、ローカル星の住民がやってのける。魔道具しかり、まだまだこの惑星には謎が多いな……。
「マグナさん……どうしてわたくしを助けに来てくれたのです?」
「どうしてって。目の前でさらわれたんだ、助けに行くのに理由なんて必要なのか?」
「わたくしとマグナさんは、あまり言葉も交わしたことがございません。……危険を承知で助けるには、わたくしは割に合わない女ですよ?」
最後の方でエルヴィットはやや声のトーンを下げる。
助けるにあたって、割に合わない女ねぇ……。以外と自己肯定感が低い子なのかね。
「エルヴィットを助ける理由も、助けたことで得られたメリットもしっかりあるぜ?」
「…………?」
不思議そうに見てくる彼女に、俺は笑いかける。
「まずかわいい。あと俺に気がありそう。助ける理由なんてこれで十分だろ?」
「まぁ……うふふ。……では得られたメリットというのは?」
「エルヴィットが妖精になった姿が見られた。ありゃすっげぇキレイだったなぁ! 見返りとしてはパーフェクトだろ!」
『たしかにな。あの時の姿は興味深かった。魔力に対する知見が得られたのは大きい』
リリアベルは「見捨てるのも手だ」みたいなことを言っていたくせに。調子がいいやつ!
だが助けに行かなかったら、エルヴィットのあんな姿が見られなかったのは事実だ。そしてリリアベルではないが、俺もあの姿は気になる。
「なぁエルヴィット。あの姿はなんなんだ? 俺は魔力を持っていないから詳しくないんだけどよ。この国の高位貴族は、あんな力を持っているもんなのか?」
たしかディルバラン聖竜国の貴族は、他国に比べるとかなり血統をコントロールしてきているという話だった。
そのため、高位貴族は他国の貴族よりも強い魔力を持っているのだとか。
青竜公の娘であるエルヴィットはその条件に合致するだろう。そもそも普人種ながら、種族全員が魔力を持つという竜魔族の血を引いているんだし。
「……そうですわね。ではわたくしを助けた騎士様に対するご褒美としてお教えしましょうか」
「お! そうこなくちゃな!」
たぶんリリアベルも気になっていたはずだ。俺はエルヴィットの言葉に耳を傾ける。
「マグナさんは魔力を持たないとのことでしたが……属性についてはご存知ですか?」
「ああ。〈空〉〈月〉〈幻〉〈無〉〈星〉の5つだろ?」
「ええ。それぞれどういった特徴があるかは?」
「おおよそなら」
身体能力を強化できる〈空〉。魔術が使える〈月〉。不思議な武具を顕現できる〈幻〉。これといった特徴がない〈無〉。
「そういや〈星〉はどういうものか、よくわからねぇな……」
「そうめったにおりませんからね。ではマグナさん。先ほどのわたしの姿は、どの属性に該当すると思いますか……?」
言われて考えてみる。エルヴィットは妖精のような姿に変身していた。しかしどの属性にも当てはまるとは思えない……が。
「しいて言うなら……〈月〉かな」
「どこでそう判断されましたか?」
「ガイヤンの動きを封じた樹木。あれ、エルヴィットが操っていたんだろ? ああいう魔術めいたことができるのは〈月〉属性だ」
まぁ〈月〉の魔力でできることと、できないことの判断がつかないので、不思議現象はすべて〈月〉属性だと考えてしまうのだが。
「なるほど……魔力を持たない一般の方の考え方、大変おもしろいです」
「いや、おもしろがってねぇでよ。教えてくれよ」
「ふふ……ええ。わたくしの魔力属性は〈星〉ですわ」
『…………! ほう……!』
おお……! まさかの〈星〉属性! はじめて出会った……!
「〈星〉属性というのは、あんなふうに変身できる魔力なのか?」
「いいえ。他の4つの魔力、そのいずれにも該当しない魔力属性をひとくくりに〈星〉属性だと定義しているのです」
最も多い魔力属性は〈無〉らしい。次に〈空〉、そして〈月〉〈幻〉と続く。一説によると〈無〉と〈空〉で、魔力持ちの7割を占めるとか。
言われてみればこれまで出会った奴は〈空〉がけっこう多かった。そう思うとたまに出会う〈月〉の奴らは珍しかったんだな……。
魔獣大陸では〈月〉属性の魔力持ちがけっこう重宝されているみたいだったし。もしかしたら地域差もあるのかもしれないな。
だが
「〈星〉の魔力を持つ者はそうそうおりません。過去には予知夢を見る者もいたそうです」
「へぇ~~……」
すげぇな。さすがファンタジーな世界。
「で……エルヴィットの場合は、変身時に身体の傷が治って、木を操れるようになる……と」
「はい。あの姿になるには時間がかかりますので……マグナさんがいてくれなければ、発動できなかったでしょう。……もっとも、わたくしの助力なんて必要なかったみたいですけど」
エルヴィットの言葉に対し、俺は首を横に振る。
「んなことねぇって! おかげでガイヤンの腕が精霊化しているってわかったしな! あの助言がなかったら、あそこで切り札はきっていなかった」
これは事実だ。多少長持ちするようになったとはいえ、フォトンブレイドもとい、光断聖剣エルグラムの使いどころは慎重になる。
あまり多くの人に見られたいものでもないし。再使用までの間に厄介な敵が出てくるとも限らない。とくにこの星では。
「そういえば。会場の方は……?」
「ああ、あっちは相棒に任せてきた」
「相棒?」
「あー、ほら。赤竜公の息子の隣にいた護衛の女がいるんだが。あいつに任せたんだよ。負けることなんてぜったいにありえないしな」
今ごろとっくに決着がついているだろう。ここでエルヴィットはなにかを考えこむように数秒黙り込んだ。
「………………。もしかして……アバンクスが最初に雇った2人の護衛というのは……?」
「ああ。俺と今話した相棒のアハトだ。……あ、そうだ。アハトがなんで赤竜公の息子を護衛していたのか、それは俺も知らねぇから!」
見方によっては、敵陣営の手助けをしているようにも見えかねない。べつに俺はこの国の貴族でもなければ、青竜公派閥でもないが。
エルヴィットを含め、距離が近いのは青竜公陣営だからな。すこし気を使ってしまう。
「ええ、だいじょうぶですわ。結果として、赤竜公のご子息……ロンドベルンさんも無事だったと思えば。むしろ彼を護衛していただけたことに感謝したいです」
そういう考え方もあるか。青竜公主催のパーティーに参加した赤竜公の息子が死んだりしたら、かなり話がこじれそうだし。
エルヴィットと会話を続けているうちに、王都が見えてきた。貴族街は今ごろ、大変な騒ぎになっているだろう。
「……マグナさん。まずは会場に戻っていただけませんか?」
「ああ。いいけど……どうするんだ?」
「おそらく父が来ているかと。できればマグナさんとアハトさんには今晩うちにお泊りいただき、明日に詳しい話をお聞かせいただきたいのですが……」
まぁアハトの方がどう会場で立ち回っていたのか、いろいろ確認することもあるだろうしな。
それにこの国で1、2位を争う大貴族の屋敷に泊まれるんだ。いい経験になるだろう。
「わかった。それでよろしく頼むよ」
「ありがとうございます」
こうして俺はエルヴィットを抱きかかえたまま、会場まで戻ったのだった。
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