第60話 エルヴィットちゃんを巡って、勇角族の男とバトります。
エルヴィットは王都からそこそこ離れた位置まで連れ去られていた。
だが誘拐犯は平野のど真ん中で突っ立っていたため、俺はその頭目掛けて投石を放ったのだ。油断しきっていた男はまともにくらい、倒れ込んでいた。
実際かなりの威力があったはずだ。これで生きていたら、運がいいだろうな……くらいの気持ちで力も込めていた。
そもそも遠距離からあてるには、射程距離も考えて力を入れる必要もあるし。
しかし勇角族の男は、頭から血は流しているもののまだまだ元気そうだった。身体の頑健さは種族差だろうか……?
「マグナさん。あの男……ガイヤンはただものではございません。おそらく彼をどうにかしないと、ここから逃げることもできないかと」
ガイヤンという男は手で頭から流れる血を拭う。流血量もそれほど多くはないな……。
「ああ……思い出したぜ。お前、怪物化したダイクスの側にいた警備兵だな? あいつらはどうした? まさか放置してそこのお嬢さんを助けにきたのか?」
「ああ。あっちはもうだいじょうぶだからな」
「……なに?」
アハトなら問題ないだろう。そういやリュインの奴はどうしているんだろうか……。
「とりあえずお前をボコして、エルヴィットを王都まで運べばミッションコンプリートというわけだ」
「ほぅ……多少腕に覚えはあるようだが。この俺を倒せるつもりか?」
「うん? そのつもりだけど?」
素手なのが面倒だが、それは向こうも同じだ。怪物ダイクスみたいな筋肉お化けでもない限り、俺が負けることはない。
俺たちは互いにやや腰を落としていく。
「エルヴィット。離れていてくれ」
「…………わかりました」
「ふん……お前がただものでないことはわかるが。ここまで追いかけてきたこと……後悔するがいいっ!」
ガイヤンが大地を蹴って向かってくる。ほぼ同じタイミングで俺も前へと駆けだした。
互いに間合いに入ったとき、最初にしかけてきたのはガイヤンだった。彼はそのまま右拳を突き出してくる。
俺はそれを左手で受け止めつつ、懐に入り込んで右腕で裏拳を放った。狙いはガイヤンの鼻だ。
「ちっ!」
これをガイヤンはギリギリのところで左手で受け止める……が。そのときには右ひざを上げていた。
両手が塞がり、がら空きになったガイヤンの腹部に俺の右ひざが突き刺さる。
「がはっ!?」
ガイヤンの体勢が大きく崩れる。この隙を逃す俺ではない。
「死ねやぁ!」
ついつい物騒な言葉を吐いてしまう。俺は両腕を素早く繰り出し、連続パンチをお見舞いした。
「うぐぅっ!?」
正真正銘の全力だ。並のヒューマン如きでは、この拳の動きをとらえきれないだろう。
一瞬にして攻守が入れ替わる。ガイヤンは回避をあきらめ、身を屈めた姿勢で脇をしめて両腕をそろえ、頭部を中心に防御体勢を取っていた。
被弾箇所をすくなくしたつもりなのだろう。だが俺の全力パンチはガードの上からもしっかりとダメージを与えていく。
こちらのスタミナ切れを狙っているつもりかもしれないが、この程度でなくなる体力はもっていない。それどころか。
(くく……! これだけ正面に意識が向いた今なら……!)
ここで左足を右斜め前へと突き出す。そのまま伸ばした左足を軸にして、俺は身体を回転させながらガイヤンの真後ろに回り込んだ。
前に意識を集中し、ガードを解けなかったガイヤンでは俺の動きに気づけなかっただろう。
身体の回転を活かし、そのまま組んだ両手でガイヤンの脇腹を殴りつける。
「がはぁっ!?」
手ごたえあり……! 防御も取れずにまともにくらったガイヤンは、そのまま地面を転がりながら吹き飛んだ。
「ふぃ~~。これは決まっただろ! 肋骨が折れた手ごたえもあったしな!」
ガイヤンは震える手で脇腹を押さえていた。正直、まだ生きていることに驚きだ。
なんという頑丈さ……そういやレッドもガタイよかったし。やっぱり勇角族というのは、身体の頑健さが売りなのかもしれない。
「ぐぅ……! はぁ、はぁ……!」
「え!? まだ立てんの!? すげぇな……」
本気で驚いた。ガイヤンはゆっくりと立ち上がったのだ。だがその額からは汗が流れていた。
「ちぃ……! ど、どうやら……お前をみくびっていたようだ……。まさか魔力も使わずに、俺にこれだけのダメージを負わせられるとはな……!」
そういえば……こいつも魔力を使っている感じはなかったな。
この暗さだ、身体能力を強化した時の輝きはよく目立つ。しかしガイヤンからは魔力の輝きは確認できない。
「ただの普人種じゃねぇな……? もう一度聞くぜ。てめぇ……なにもんだ……?」
「もう一度言うぜ? 俺は会場警備の担当者だ!」
今のでダウンさせられなかったのは以外だったが。傷を負ったガイヤンが俺に勝てる道理はない。
……いや。まだ魔道具を隠し持っている可能性もあるな。ものによっては初見で対応しづらいやつもあるし。気は緩められないか。
それに万が一、あの筋肉の塊になられたら。負けはしないが、倒すのが面倒になる。
エルヴィットの目の前だが、さすがに切り札を使わなければならなくなるだろう。
ガイヤンは一度深呼吸をして呼吸を整える。そして俺に視線を向けてきた。
「認めるぜ。お前をどうにかしないと、エルヴィットを連れて行けそうにないってな」
「え? まだどうにかできるつもりでいんの? 自分の実力を客観的に見られないのかな~?」
「………………。マグナと言ったな。この世界には……選ばれし者が宿す力というものがある」
おお……。なんだかいい感じのセリフだな……! アハトあたりが好きそうだ。
ガイヤンは腰を落とすと、左拳を地面につける。そして首を上げて顔をこちらに向けた。
「お前にその一端を見せてやろう……!」
「ん……?」
よく見たらガイヤンの頭からはすでに血が流れていなかった。
そして地面につけた左拳がやや沈み込んだ瞬間。接地点から黒いモヤが立ち上りはじめる。
「なんだ……? 魔力……?」
「くおおぉぉぉぉぉぉぉぉ……! 〈爪〉の聖痕よ……! 我が敵を引き裂け!」
ガイヤンの背後で光り輝く紋様が浮かび上がる。なんだこれ、かっこいい……って、見とれている場合じゃねぇ!
紋様が浮かんでいたのは一瞬だったが、その時にはガイヤンの左腕には密度の濃いモヤがまとわりついていた。それをガイヤンは振り上げる。
「いくぞおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「…………っ!!?」
あばらを折ったはずなのに、ガイヤンはさっきよりも速い動きで俺に向かってきた。
これにも驚きだが、俺はちがう点で大きく驚いていた。
「な……!?」
なんとガイヤンの左腕にまとわりついていた黒いモヤが晴れた瞬間。そこには異形の腕が姿を現していたのだ。
黒い外骨格状の腕は金属のような硬質感がある。そしてその大きさは、人のサイズを大きく越えていた。
俺の機動鎧、エルベイジュの腕を一回りごつくしたサイズ感だろう。
その指先は鋭い爪になっており、赤く不気味に輝いていた。
『離れろ!』
「っ!!」
ガイヤンは不気味な腕を俺に振り下ろしてくる。これを俺は真横に飛んでかわした。
「な……!」
その直後。俺の立っていた場所は大きく地面が抉れていた。
なんて威力だ……! ただのどでかい腕を振っただけでは、ああはならねぇ! 腕自体になにか魔法的な力が宿ってやがるんだ……!
「死ねええぇぇぇぇぇぇ!!」
再びガイヤンの異形の腕が迫ってくる。
くそ……! ありゃ武器がなきゃ対処が難しいぞ……! ガードすれば体格差で押される!
「マグナさん! 離れてください!」
「!?」
エルヴィットの声が聞こえる。俺はその声に従って大きく跳躍した。すると俺の立っていた位置から、いくつもの樹木が生えてくる。
「え!?」
それらの樹木は、ガイヤンの左腕を絡め取った。
■
マグナとガイヤンの戦いは、エルヴィットの予想を超えるものになっていた。
最初はガイヤンが有利だろうと考えていたのだ。ここまで連れ去られるまでの間で、どれだけの力を秘めた男なのかはおおよそわかっていたからだ。
しかしマグナはそのガイヤンですら圧倒してみせた。繰り出される両腕の動きを見て、自分はまだ彼の全力が見えていなかったのだと思った。
(まさか……あれほどの……!)
マグナの連続攻撃に対し、ガイヤンは身を守ることしかできていなかった。この時点で両者の実力差がよくわかる。
さらにマグナはここから、一瞬でガイヤンの背後を取ってみせた。はじめからこれを狙っていたのだろう。
(すごい……!)
前にしか意識がいってなかったガイヤンに対し、背後から重い一撃を加える。エルヴィットもこれで勝負がついたと思った。しかし。
(なに……あの腕は……!?)
不利を悟ったガイヤンは切り札をきった。なんとその左腕が異形のものへと変容したのだ。
だがその腕を見たとき、エルヴィットはどういう性質のものかがわかった。
(左腕だけ……! 精霊化をしている……!)
それも相当位の高いものだ。今のガイヤンの左腕には物理攻撃が通用しないだろう。
対抗できるとすれば、高位魔術のみ。そして自分にはそれに相当する力がある。
(………………。仕方ありませんわね。わたくしだけが死ぬのならともかく……マグナさんを巻き込むのは本意ではありませんもの)
なぜ大事故に巻き込まれたエルヴィットが復活を果たしたのか。その理由を知るものはほとんどいない。
意図して秘匿されていたからなのだが、それ故に彼女の能力を知る者も限られていた。
(死を側に感じたときに発現したこの力……魔力属性〈星〉。伏せておきたかったですが、仕方がありません)
両目を閉じて魔力を巡らせていく。エルヴィットの背中からは1対の光輝く羽が伸びた。さらに髪も地面につくほどに伸びていく。
(自分でもまだこの力を把握しきれてはいないのですが……。いま、あの腕をどうにかできるのは。わたくしだけでしょう)
全身が淡く輝き、だんだん輪郭が曖昧になっていく。準備に時間がかかるため、マグナがいなければ力を発動させることができなかっただろう。
今のエルヴィットは全体的にボンヤリとしていた。あふれ出る燐光はまるでローブを羽織っているようにも見える。
「マグナさん! 離れてください!」
エルヴィットはそのまま水をすくうように、両腕を前に出した。次の瞬間。地面から伸びた樹木がガイヤンの腕を絡め取る。
「エルヴィット!?」
「うふふ……お待たせしました」
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