第45話 聖竜国に集うもの

 ディルバラン聖竜国。現存する国の中では最も歴史が長く、五大国の1つにも数えられている。


 聖竜公と呼ばれる王は代々竜魔族がその椅子に座っており、世界で唯一竜魔族が住む国でもあった。


 建国以来長く竜魔族を中心とした身分制度が敷かれており、他国と比べると身分の差は厳格だ。平民と貴族で壁は大きいが、貴族は貴族でさらに上下の身分差がある。


 また身分制度が厳格な分、魔力持ちは貴族に集中していた。高位貴族ほど強い魔力を持ち、平民で魔力持ちはほとんどいない。


 一方でそれなりに裕福な国でもあった。過去の戦争でもほとんど負けたことがなく、軍事力も国力も強い。


 高度な魔道具を作成する貴族も多い。大国の中でも比較的安定している方だろう。


「本当に存在してんのかねぇ……?」


「さぁ……」


 聖竜国の王都ディルムスタッド。長く遷都が行われておらず、歴史を感じさせる建造物も多い大都市である。


 その全貌が見渡せる丘の上に、1組の男女が立っていた。


 男は頭部に角を有している。勇角族に見られる特徴だ。


 もう1人は黒髪の普人種で、見た目は少女と呼べる年齢をしている。


 ただしその手には、少女が持つには不釣り合いなカタナが握られていた。


「でもあなたも感じているのではなくて? 彼の存在、その波動を……」


「どうだかなぁ……まだあんまりピンときてねぇよ。そもそもどう入り込んだらいいもんか……」


 2人は遠めに見える城に視線を向ける。おそらく現存する巨大建築物の中では、最も古いものだろう。


「あの者たちを使えばいいのでは?」


「ああ、最近また増えたよな。いつの間にかうちもでかくなったもんだ」


「ええ、本当に」


 黒髪の少女は王都に対して背を向ける。そして背中ごしに男に話しかけた。


「わたしはもう行きます」


「え? 手伝ってくれないのか?」


「わたしの管轄ではありませんので。では……」


 そう言うと少女は歩き出す。しばらくしてその足元が光ったかと思えば、一瞬あとにはその姿は消えていた。


 残された男は頭をかく。


「はぁ……めんどうだな。ま、仕事だし……やらないって選択肢はなし、か」


 そう言うと少女とは逆方向、王都へ向かって足を進ませた。





 王都ディルムスタッドから西へ進むと、山脈が走っている。その山脈に取り囲まれるように、そこそこ広大な森が広がっていた。


 ここはディルバラン聖竜国内にある魔獣生息地域として知られている。


 一般的にどこの国も、自国内の魔獣生息地域であまり狩りを行わない。


 そもそも冒険者のような存在はおらず、また魔獣素材のためだけに自国の戦力を編成するにも、金と時間がかかりすぎるからだ。


 だがまったくのゼロというわけでもない。中には魔獣素材欲しさに狩りに挑戦する者もいる。


 しかし魔晶核を得ようと思えば、魔力持ちの魔獣を狩らねばならない。魔力を持たない平民が多い国では、思うように魔晶核を得られないだろう。


「ダイクス!」


「ああ! あとは任せろ……!」


 どこの国も魔晶核を得るには、魔獣大陸から流れてくる物を買い付けた方がはやい。だが魔力を持つ者であれば、魔晶核持ちの魔獣を狩れないこともない。


 そしてディルバラン聖竜国では、ある方法を用いて安いコストで自国内から魔晶核を得ていた。


「くおおおおおお!!」


 ダイクスと呼ばれた男が光輝く剣を振るう。目の前の魔獣は断末魔の叫び声をあげながら大地に倒れた。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……!」


「よくやったぞ、ダイクス!」


「さすが剣術成績第一位!」


 彼の側に4人の男女が集まってくる。全員こぎれいな騎士服を身につけていた。


 ダイクスは呼吸を整えながら倒した魔獣に視線を向ける。


「ふぅ……これで何個目だっけ?」


「5つ目ですわ」


「やっと帰れるぅ……」


「ったくよぉ。なんだって俺たちが、冒険者の真似事なんてしないといけないんだ……」


 魔獣を狩って終わりではない。今から目の前の死体を解体し、魔晶核を取り出さないといけないのだ。


 軍学校に在学する者がいつか経験することとはいえ、やはり抵抗はあった。


「ほらほらボヤくなー。さっさとやれー」


 背後から6人目の声が届く。ダイクスはそちらに視線を向けた。


「はぁ……教官も手伝ってくださいよぉ」


「わたしはあくまでお前たちのお守りだ。想定外の魔獣が出たときに対しての、な」


「ほらダイクス。さっさと終わらせて、はやく帰ろうぜ」


 彼らは全員、ディルバラン聖竜国の貴族になる。いずれも将来を期待されている騎士の卵だ。


「こういう仕事は普通科の平民にやらせりゃいいのによ……」


「仕方ありませんわ。彼らの多くは魔力を持っておりませんし……」


「そうそう。そもそも魔力持ちの魔獣なんて狩れないって」


 騎士を目指す者は王都にある軍学校に入る。そこで2年を過ごし、騎士見習いとして騎士団に配属されるのだ。もっとも全員がそうというわけではないのだが。


 そしてディルバラン聖竜国は時折実戦訓練と称して、この騎士の卵たちに魔獣を狩らせていた。


 安全のために教官もつけている。だが魔晶核は持ち帰れても、他の魔獣素材を持ち帰れるわけではない。


 そもそも彼らは冒険者ではなく、魔獣の解体の仕方などわからない。仕留めた魔獣を王都まで運ぶだけでもかなりの重労働だ。目的はあくまで魔晶核だけになる。


 そういう意味でも、やはり魔獣大陸の冒険者以上に効率的に魔獣素材を得られるものはいない。自国内で魔獣素材を安定供給させるにはかなりハードルが高いのだ。


 せいぜいこうしてたまに騎士の卵を、便利に扱うのが関の山だろう。


「やっと取れたぁ……」


「うひぃ。きたね……。質もあんまりよくないし」


「仕方ありませんわ。より高品質な魔晶核となれば、もっと強い魔力を持つ魔獣を狩らねばなりませんし」


「とにかくこれで5つだ。……みんな、わるい。ちょっと用を足してくる」


「まぁ……」


 ダイクスはいそいそと森の奥へと入っていく。その様子を見ながら、教官の女性はため息を吐いた。


「まったく……お前らはだいじょうぶか?」


「だ、だいじょうぶですわ」


「うぃーす」


「とにかくご苦労だったな。王都までは距離があるが……森の外で〈ウェルボード〉を使えば、今日中には帰れるだろう」


 〈ウェルボード〉。魔獣大陸に住む冒険者たちがたまに移動手段として使っている魔道具である。


 とても便利だが、外大陸にはあまり普及していない。そもそも魔力持ちの割合が多い魔獣大陸とはちがい、扱える者が限られているのだ。


 そして需要がすくなければ、その価格は上がる。まだまだ魔獣大陸の外では高価な魔道具である。軍学校も最近、いくつか購入したばかりだ。


 貴族たちの間で普及するのももちろん、実戦で配備されることなど先の先になる話だろう。


「あれ面白い乗り物だよなー」


「うんうん。ダイクスくん、とてもうまく乗りこなしてたよねー」


「あいつは運動神経いいから」


「にしても遅いな……まさかでかい方か?」


 しばらくして森の奥からガサガサと音が聞こえてくる。そこから顔を出したのはダイクスだった。


「お、やっと帰ってきたか。スッキリしたか?」


「…………ああ」


 ダイクスは短くそう答える。そしてなにかを探るような視線を全員に向けていた。


「…………? あ、ダイクスくん。ケガしたの?」


「あぁ?」


「服に血が……」


 見ると彼の着ている騎士服、その腹部に血痕があった。ダイクスはそれに軽く触れると、みんなに笑みを見せる。


「……いや、ケガはないよ。どこかで付いたのかな……?」


「魔獣にトドメを刺してたしな! ま、ケガがないならいいや。さっさと王都に帰ろうぜ!」


 5人の騎士見習いと1人の教官は森の出口を目指して歩き出す。最後尾を歩くダイクスは、その口角を不気味に吊り上げていた。

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