帝国宇宙軍所属の俺ですが、未開の惑星に遭難しました。〜なんかこの星、魔法とか存在しているんですけど⁉︎〜

ネコミコズッキーニ

第1話 一兵卒から艦長になった。そしたら謎の惑星に不時着した。

「うおおおおおおおおお!? しゃれになってねぇってのおおおぉぉぉぉ!!!!」


 この宇宙は二つの勢力が覇を競っている。一つはプレアデス連邦。もう一つはグナ・レアディーン帝国だ。


 俺、マグナ・ウォルゼルドは帝国の名門軍人家系の生まれになる。軍学校を卒業した俺は、親のコネで将校として帝国軍に配属される……と思っていた。


「バカ者がぁ! お前みたいなどうしようもない奴を将校待遇で迎えられるかぁあああ!!」


「いや、ちゃんと軍学校を卒業しただろ!?」


「どの科目も中の下から中の上くらいという、中途半端な成績で卒業した気になるなあぁぁああ!」


「ち、ちがうって! ほら、あれだよ! 目立ちたくないからあえてそれくらいの成績にしていたんだよ! やれやれ、俺は目立ちたくないんだが。ってやつだよ!」


「ウォルゼルド家の者が、軍学校で目立てなくてどうするというのかあああぁぁぁぁ!! 貴様など一兵卒で十分! 本当に自分の能力に自信があるのなら、そこから成り上がってみせろっ!!」


 ……とまぁ、親父とそんなやり取りがあって、俺は名門軍人家系に生まれながら一兵卒として帝国宇宙軍に配属された。クソ親父め! 


 兄には呆れられ、妹にはゴミを見る目で見られながら俺は数年、帝国宇宙軍の一般兵Aとして務めていた。そんなある日、大規模な偵察任務を言い渡される。


「プレアデス連邦の重要拠点となっている、要塞惑星ジャスティ。次の攻略目標だ。しかしジャスティへ侵攻するには、連邦領のザフィーラ宙域を越えなければならん。諸君らには中継地として駐屯できそうな惑星や宙域、及び資源採掘ができそうな衛星など探索しながら、宙域間地図を完成させてほしい」


 ザフィーラ宙域はとんでもなく広く、まだ十分な情報が集積されていないエリアになる。そこを人海戦術で強引に地図を完成させようというわけだ。


 これはかなり危険度の高い任務になる。なにせどこに連邦の戦力が潜んでいるのかもわからない上に、長期間宇宙をさ迷うことになるのだ。俺は司令官に文句を言ったね。


「司令官! ウォルゼルド家の俺に相応しい任務だとは思えませーん! ただの兵卒には荷が重い任務であります!」


 周囲からはかなり冷たい目で見られているが、鋼の心を持つ俺にはなにも響かない。こんな任務、やってられるか!


「ああ。安心したまえ。この任務に就く者は全員、探査艦が与えられる。そのため、一時的に艦長の職位を賜ることになる。ただの一兵卒から卒業ということだよ、マグナくん」


「………………!」


 か……艦長! なんていい響きだ! 俺が……艦長! これは一国一城の主と言っても差し支えない! 


 艦長ということは、乗組員は俺の命令に絶対服従! ひゃっほう! やはりウォルゼルド家の者たるもの、最低でも艦長くらいにはなっていないとな!


「それにこれはウォルゼルド第七帝国宇宙艦隊総司令の意向でもある。ああ、総司令からの伝言もある。きみには特別な艦を用意する。健闘を祈るとのことだ」


「お……おおおお!!」


 なんだよ、親父のやつ! わかっているじゃねぇか! 


 俺は先ほど感じていた不安もどこ吹く風、気持ち新たに任務に就いた……のだが。


「だまされたあぁぁぁぁぁ!!」


『うるさいぞポンコツ。こっちも必死なんだ。黙って祈るくらいしとけ』


「AIが神頼みするんじゃねぇええ!!」


 俺に与えられた探査艦「シグニール」は、たしかに探査艦の中ではわりと新しいモデルだった。


 なんなら結構いろんな機能がついているし、探査艦というよりは軍用多機能宇宙艦と言った方がしっくりくる。


 しかし乗組員で人間は俺一人だけ。あとはこの艦を総括するテンションの低いロリ声AI「リリアベル」と、アンドロイドが1体のみ。


 そのアンドロイドは軍の最新鋭モデルである戦闘用アンドロイドなのだが、今の状況ではまったく役に立たない。そう。今のこの最悪の状況では。


「なぁああんでこんな宙域に、連邦の艦隊が潜んでやがんだぁあああ!」


『わたしはこの宙域はやめろと言ったぞ。ポンコツが思いつきでしょうもない指示を出すから……』


「お前、そのロリボイスでディスってくるんじゃねぇええ!」


 しかも声色に呆れの感情もにじませてくる。完全に俺のことを見下しているのが丸わかりだった。


 いま、俺たちは最悪の事態を迎えている。探索した宙域に、連邦の艦隊が潜んでいたのだ。


 さっさと退散しようとしたが、奴らはしっかりと追手を差し向けてきた。さっきからめちゃくちゃミサイルやらレーザーやら撃たれている。


「お、おい! ちゃんと逃げきれるんだろうな!?」


『一応逃げ切れる確率は計算しているが。聞かない方がいい』


「はああああああ!?」


『そもそもこっちはベースが探査艦、向こうは小型とはいえ戦闘艦だぞ』


「こっちも反撃でミサイルとかねーのかよ!?」


『あるにはあるが、反撃に転じた瞬間に敵艦の攻撃が命中し、撃沈する確率は100%だ。まぁ艦長命令なら仕方ない、反撃するか……』


「しなくていいっ! こんな時だけ艦長と呼ぶんじゃねえぇぇえ!」


 こんなところで俺の華々しい人生が幕を閉じてたまるかってんだ! 


 しかし追手の攻撃は一向に止む気配が無かった。


『あ』


「なんだ、その不穏なあ、は!」


『なんかやばい攻撃がきた』


「はぁ!?」


『高重力場を作り出す重力ボムだ。この艦の推進力じゃ振りきれないな』


「おいおいおいおい、どうすんだよ!?」


『こりゃだめだ。あと23秒で重力に捕まる。そうなったら動けないところにミサイルの直撃を受けるだろう。あと重力場の影響で、艦内に強い圧力がかかって高温にもなる。今の内に辞世の句を読んでおけ』


「俺の人生が秒で終わってたまるか! おい、ワープしろワープ!」


 そうだ! 初めからワープすればよかったんじゃないか!


『やめておけ』


「この状況でか!?」


『ワープというのは、本来……』


「うるさい! もうあとがねぇんだよ! さっさとワープしやがれ!」


『……やれやれ。わかったよ』


 このまま大人しく死を受け入れてたまるか! 


 艦はワープ体勢に入ったものの、通常ワープとちがってやたら甲高い音が鳴ったり、どこかから軋む様な音も聞こえる。


「あ、あのー。リリアベルさん? 大丈夫なの、この艦」


『じゃあな、ポンコツ。はぁ……来世ではイケメン天才艦長の元で働けますように……』


「だからAIが神頼みしてんじゃねえぇぇぇぇええ!!」


 俺が叫んだ瞬間、艦内に高重力と謎の熱波が襲いかかる。血が沸騰しそうだ……! え……つか全身の血管破れてね? 


「………………っ!?」


 ここで俺は意識を失った。





「う……」


『気づいたか。さすがに純血の帝国人は呆れるくらいに頑丈だな』


 俺は瞼に力を込め、ゆっくりと目を開いていった。


 ここは……医務室か。どうやらあのあと、ここで治療を受けていたらしい。


 上体を起こして身体の状態を確認する。けっこう派手に血を流したと思ったのだが、傷口はどこにも見当たらなかった。


「おお……生きてる……。さすが俺。どうやらまだ死ねる運命にないらしいな……」


『まったくだ。お前でなければ艦内にかかった重力と熱波で、全身の血管と臓器が修復不可能なレベルで破損していただろう』


「いやこえぇよ」


 リリアベルが簡単に経緯を説明してくれる。


 なんでもワープ直前に受けた重力ボムの影響で、艦内に結構な高重力と熱波が襲いかかってきていたらしい。……本当に怖ぇ!


「んで……どこなんだよ、ここ。おいリリアベル。どのあたりにワープしたんだ?」


『知らん』


「はぁ!?」


 医務室のスクリーンには宇宙空間が映し出されている。それにすぐそばには惑星も見えるし、恒星も確認できる。


 どこかの星系に来たのは間違いないだろうが……。


『座標を固定する時間も、エネルギーを確保する時間も無かったからな。正直、艦が爆散せずにワープできただけで奇跡だ』


「……まじで?」


『さらにワープ先が恒星近辺や岩石宙域の真ん中で無かったことも奇跡だ。諸々計算すると、この奇跡は0.000012%に相当する。よかったな、幸運を掴めて』


 どうやら相当分の悪い賭けだったらしい。


 ま、しかしそこはこの俺! やはり俺はまだこんなところで終わる運命(と書いてさだめと読む)ではなかったということか!


「ふ……。自分の実力が怖いぜ……」


『どこにお前の実力要素があるんだ。超天才美少女AIであるわたしの頭脳、そしてこの艦の性能の賜物だ』


「俺は艦長だからな! お前の実力は全て俺の実力と言っても過言ではない!」


『ならその素晴らしい実力とやらで、ここからの危機も乗りきってくれ』


「……え?」


 なんだ? 追手はいないように思うが……。つかこいつ、いまサラっと自分のことを美少女とか言ってなかった?


『本艦はあの惑星の重力に捕まっていてな。このまま大気圏に突入することになる』


「え……。この艦、大気圏突入機能とかあったっけ?」


『自分の艦のスペックも把握していないのか。これだからポンコツは……』


「いいから教えろ!」


 だんだん艦の揺れが激しくなってくる。おいおい、冗談じゃねぇぞ……!


『もちろんそんな機能はついていない。用途が異なるからな、量産するのに余計な機能をつけていたらコストがバカ上がりするだろ』


「おいおいおいおい! それじゃやべぇじゃねぇか! なんで逃げないんだ!?」


『かなり無茶なワープをしたからなー。もう推進装置も壊れて使えない。一応、万が一の時のための、簡易な緊急大気圏突入機能はあるが……』


「……あるが?」


『本艦が万全の状態であれば、それで無事に大気圏を突入できる可能性は92.1%だ。しかし今は諸々壊れたことで艦の形状も変化している。この状態で大気圏突入を敢行し、無事でいられる確率は……』


 ゴクリ、と唾を飲み込む。リリアベルの回答を待っている間に、いよいよ艦の揺れが激しくなった。本格的に惑星に向けて落下をはじめたのだ。


『四捨五入して50%だ。よかったな』


「どど、どこを四捨五入したんだ!? え、アリ寄りの50%なの? それともめちゃくちゃ盛って50%なの!?」


『おや。ちゃんと四捨五入の概念を理解できていたのか』


「お前、俺をなんだと思っているんだあああああ!!」


 こうして俺は推定50%の確率に挑むことになった。





「う~~~。まだ気持ち悪い……」


 さすがは俺というべきか。50%の賭けに勝った。艦は無事に大気圏突入を終え、樹海のど真ん中に不時着したのだ。


 揺れが激しかったため、さっきまで胃の中のものを吐いていた。うう……いろいろつらい……。


『まさか大気圏突入中に、どこも爆発することなく不時着できるとは……』


「まぁ昔から俺はギャンブルの類に強いからな! 50%なんざ、俺にとっては実質100%みたいなもんだぜ!」


『なんて頭の悪いセリフだ。一周回ってなにが言いたいのか、ニュアンスが読み取れてしまう自分に嫌悪感を抱いてしまう』


 しかしこの艦も随分めちゃくちゃに壊れてしまった。この分だと修理に相当な時間がかかるだろう。


「なぁリリアベル。この星、どこなんだ? 帝国領なんだろ?」


『それもわからん。一応、落下する前に確認できた恒星や惑星等の画像をもとに、座標の計算を行っているが。いつ終わるかわからん』


「え、まじ?」


『まじだ。あと光子リアクターもいかれてるから、しばらくは光熱伝導エネルギーでしか稼働できん。意味はわかるか?』


 つまり恒星の光熱頼みというわけね……。最低限艦の機能を維持する分には問題ないが、まともに動かすことはできないだろう。


「お前なぁ……。こう見えて俺は、あの名門第一帝国軍学校グランヴァリエを卒業した、超優秀な帝国軍人だぞ?」


『主席にはほど遠い、総合成績Dマイナスのな』


「なんで知ってんだよ!?」


 こうした艦や設備など、ある程度の動力は光熱エネルギーで半永久的に稼働できる。ただし本来の出力に匹敵するエネルギーは得られない。


 あくまで簡易的な措置だ。動力が修理できるまでは艦は飛べないし、ワープなんてもってのほかだろう。


『とにかくまずは動力系統の修理からはじめないといけないわけだ。この星に修理に使える金属があればいいんだがな。というわけでポンコツ。外に出て探してこい』


「はあああぁ!? なんで俺が!?」


『当たり前だ。艦は動けない。ここに人間はネコの手に等しいお前しかいない。それともこのまま餓死するまでここですごすか?』


「それはいやだ! ……ん? リリアベルさん、いま俺とネコを同列に扱わなかった?」


 純帝国人の寿命で考えると、俺の生はまだまだ続く。さすがにこの歳で餓死なんて死にかたはしたくねぇ……!


「ぐ……! でもこの惑星、酸素濃度がおかしかったり、硫酸の雨とか降ってきたらどうするんだよ!?」


『安心しろ。大気成分に問題はない。それに大気圏突入前にお前が目覚めるまでの間、この惑星を簡単に調べていたが。明らかに知的生命体が文明を築いている痕跡が見られた。つまりお前みたいなヒューマンタイプでもいるんだろ』


「へ…………」


『計算するとここはハビタブルゾーン内だし、大気成分も知的生命体が文明を築くのに理想的な環境だ』


「ちょ、ちょっと待て! それってつまり……!」


 通常、文化を形成できる知的生命体が存在している惑星の衛星軌道上には、その宙域の支配者の証が立てられている。駐屯軍や、それを核にした基地施設などだ。


 これは帝国であれ連邦であれ変わらない。だがこれまでリリアベルがそれを確認していないということは。


『ああ。この惑星は完全な手つかずの可能性が高い』


「まじか……! か、仮に人類がいたとして。何番目になるんだ?」


『帝国領だと224番目だな』


 人類の祖というのは、グナ・レアディーン帝国皇族の始祖……古代レアディーン皇族が発祥だと言われている。


 古代レアディーン皇族というのは、今の人類とはまたちがう特殊な能力を持っていたと言われていた。彼らはその神秘の力を用いて、多くの惑星に人類の種を蒔いたという神話がある。


 その具体的な目的はわからないが、時々こうして遠く離れた惑星で発見される人類は、染色体や遺伝子情報など共通して見られる点が多い。


 帝国ではこの事実を指して「古代レアディーン皇族こそが、この宇宙に存在する全ての人類の祖先である」と説いていた。


『それとたとえ未知のウィルスがいたとしても、お前は純帝国人だ。その星に住むヒューマンの8割を殺すウィルスが相手でも、お前ならまず影響を受けることはない。よかったな、生まれの幸運に感謝しろよ。本来ならお前如き、すでに豆腐の角に骨を折られて死んでいてもおかしくはない』


「いや、さすがにそれはおかしくない?」


 どれだけ俺のことを虚弱だと思っているんだ……! 並のヒューマンよりも優れた身体能力を持つこの俺を……!


「わぁったよ! 行けばいいんだろ、行けばよぉ! ……とりあえずアハト起こしてくんね? あ、あと武器も欲しいんだけど」


『もとからそのつもりだ。お前がくだらない駄々をこねなければ、とっくにそうしていた』


「へいへい、どうもすみませんね!」





「……って、剣?」


 シグニールにはマテリアルルームが設置されており、材料さえあればリリアベルがちょちょいっといい感じの道具を作ってくれる。


 そしてこの惑星で活動するにあたって、俺に作ってくれた武器はなんの飾り気もないただの黒い剣だった。


『この艦に銃の類は持ち込まれていないからな』


「まじで?」


『まじだ。そもそも軍艦でも、銃の持ち込みはかなり強い規制がかかっていることを知っているだろう』


 銃にも実弾を飛ばすタイプもあれば、プラズマやレーザーを放射するタイプもある。帝国軍の主流は後者だ。そして宇宙船の中で万が一にもそれらが暴発すると、即大事故へと繋がる。


 実際にそうした事故は過去に何度も報告されていることもあり、たとえ軍人であっても宇宙艦内での銃の携帯には様々な規制が敷かれていた。


「普通携帯はしてなくても、ちゃんとした管理スペースにいくらか置いてあるもんじゃないのか?」


『軍艦ならな。この船は軍籍だが探査艦だ。多少の武装は搭載しているが、個人が扱う武器などあっても無駄だろう。だいいち、戦力で言えば戦闘用ドローンにアハト、さらに機動鎧エルベイジュまで積んであるんだぞ』


 片や軍の最新型戦闘用アンドロイド、片やウォルゼルド家特注の機動鎧だからな。リリアベルの言うとおり、探査艦に積むには過剰戦力だろう。


「俺ならプラズマガンを暴発させたりしないってのに。んで剣ってなんだよ」


『ワープし終えた時、艦体の一部が破損してな。そういった廃材を使ってマテリアルルームで作成した。喜べ、純度100%のグナディウムAXE量子合金製の剣だ。お前にはもったいない逸品だな』


「はぁ……」


 なんだかすごそうな剣なのはわかった。


 俺は鞘に収められた剣を腰に挿すと、そのまま別室へと移動する。その部屋の中心部では、透明なシリンダーの中で1人の美しい女性が眠っていた。


 白に近い薄紫の長髪、前髪はセンター分けになっており、左の前髪だけ肩下まで伸びている。


 そして女性らしい膨らみのある胸に、丸みを帯びた身体。すらりと伸びる手足。どこからどう見ても、銀河に2人といない絶世の美女だろう。


 こうして眠る姿を見れば、誰もが深窓の令嬢……あるいは薄幸の姫君を想像するかもしれない。


 しかしそんな彼女こそ、帝国の最新技術とロマンがあれこれ詰め込まれた戦闘用アンドロイド、アハトである。


 ちなみにアハトがこの艦に配属されたのは、完全に親父のコネだ。


 あとちょっとえっちなことができる機能もついているらしい。ロマンを追及した結果、戦闘には無関係の機能も搭載されたのだろう。


 ……開発者、グッジョブ!


『では起こすぞ』


「あいよ~」


 バチッと音が鳴り、シリンダーが光る。そしてシューっと空気が抜けるような音を鳴らしながら、シリンダーが開かれた。


「おお……」


 2秒ほどしてアハトが目を開ける。これまた美しい青色の瞳だ。


「おはよう、アハト」


「………………」


 アハトは無表情で上半身を起こすと周囲を見渡す。そしてシリンダーから出て俺の前へと立った。


「……おはよう、マグナ。事情は今、リリアベルから転送されてきた。それじゃ、いってらっしゃい」


「いや、なにお留守番しようとしてんの!? お前もいっしょに来るんだよ!?」


 なんで開口一番、出てくるセリフがそれなんだよ!? 声色からしてテンション低いし! 面倒くさいという感情がすっげぇ伝わってきているんですけど!?


「……わたしは忙しい。まだ【最弱認定され、騎士団を放逐された俺。実は最強の竜を使役するドラゴンライダーの才能がありました。隣国に攻められて、今さら戻ってこいと言われてももう遅い。美少女ハーレムを築いて幸せに暮らします】を読んでいる途中」


「しらねぇよ!?」


 そうだった……! アハトはこういうやつだった……!


 こうして直接話すのは初めてだが、VR空間ではよく話していたのだ。そしてその時、俺はおすすめのラノベやらマンガ、ゲームのデータを渡してやった。


 いや、あれだよ。ずっと寝ていても暇だろうな~……と思ったんだよ。身体は寝ていても、意識は電脳空間にあるからな。暇つぶしになればと気を使ったのだ。


 そしたらこいつ、どっぷりとハマりやがった……! 以来VR空間に行っても、ぜんぜん俺の相手をしなくなったし!


 ちなみにリリアベルをはじめとする人工知能には、なんかすごい量子頭脳が搭載されている。おもしろいことに量子頭脳は、それぞれに個性が出るのだ。ぶっちゃけ普通の人間と変わらない。


 正直なところアハトのこの個性は、戦闘用アンドロイドとしてどうかとは思うが……!


「……いつ読み終わるんだよ?」


「もう少し。でも次は【黒狼の牙 ~領地を追われた元貴族、過去の世界で魔法の力を得て現在に帰還する。え、暴力組織? やめてください、黒狼会はまっとうな商会です~】を読む予定」


「ああ、あれ面白くてオススメだぜ! 主人公たちが……じゃねぇよ! 頼むから俺の護衛についてきてくれよ!?」


 とまぁ、俺はアハトを説得するのに約10分を費やすことになった。

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