第2話 未開の惑星で肉を食べながら1日目をすごした。

『事前情報は頭に入れたな?』


「へーい……」


「問題ないです」


 リリアベルが言うには、いま俺たちはそこそこの大きさがある大陸の南部にいるらしい。そこの森のど真ん中に不時着した形だ。


 リリアベルは不時着するまでの短い時間で、周辺地域の観察を行っていたらしいが。付近に人が住んでいる集落は確認できなかったとのことだ。


『探査ドローンを飛ばして随時情報は集めておく』


「さすがリリアベルさん。頼りになるぅ」


『まだこの星に関する情報がなにもない状態だ。できれば知的生命体と接触して、文明レベルなどを把握したいところだが……まぁたいしたレベルではないだろう』


 リリアベルがそう言うのも根拠があってのことだ。まず大気圏突入前、リリアベルは探査艦シグニールの機能を使って、ある程度この惑星を調べていた。


 その時に町の明かりの強さや、航空機の類が飛んでいるのかを確認していたのだ。だが町の明かり具合は高度に文明が発達しているとは思えず、航空機やそれに類する物も確認できなかった。


 それに衛星軌道上には人工衛星の類もなかった。そうした諸々の情報を分析して、文明レベルはD~F相当だろうとあたりをつけていた。


「んじゃ、行きますか!」


「はぁ……はやく帰りたい……」


「まだ艦を出てすらいねぇよ!?」


 リリアベルも子機である小型の球体ドローンになって飛んでくる。球体ドローンは俺の側までくると、腕輪状に変形して右腕に装着された。


「未知の惑星か……! なんだかんだ、ドキドキしてきたな……!」


 正面のハッチが開く。目の前にはスクリーンで確認したとおり、うっそうとした森林が広がっていた。


『大気成分はやはり問題ないな。重力もお前なら許容範囲だろう』


「おう。……そういやシグニール、このままにしておくのか? 一応ヒューマンの住む惑星だろ? 見つからね?」


『たった今、付近に知的生命体の集落は見当たらないと言ったばかりだろう。念のため光学迷彩はかけておく。余計な心配はせず、さっさと探索を開始しろ』


「へーい」


 俺とアハトが艦を出ると、シグニールはその姿を消した。これで人間や野生動物の肉眼では、シグニールの姿を見ることができなくなっただろう。


 だがアハトはもちろん、俺も眼球に張りついているコンタクトレンズ越しであれば、しっかりと確認することができる。


 この軍用コンタクトレンズはとても便利な代物だ。偵察ドローンからの映像が送られてきたり、目的地までのルートガイドを視界に表示してくれる。


 明かりのない夜でも問題なく見渡せてしまうくらいだ。


「……つかアハトさん。武器は? あとその服装はなに?」


 アハトは武器らしきものをなにも持っていなかった。まぁ内臓兵器もあるし、必要ないと言えば必要ない。


 しかし着ている服が、どう見ても戦闘用ではない。ロングスカートで飾り気の少ない清楚系な服装だ。どこに持っていたんだ。


「わたしは病弱ですので……」


「なんでや」


 いや、そう言われると本当にそうとしか見えないから反応に困る。すこし辛そうな表情で顔を下に向けると、身体の弱い令嬢に見えてしまうのだ。


「ったく……。まぁいいや、とりあえず歩こう。まずは情報を集めないとな……」


 動植物の観察やらをしながら、シグニールの修理に使える素材を探さなくてはならない。


 はぁ……これ、へたすれば年単位でこの星から出られないんじゃ……?





「……なぁリリアベル」


『なんだ』 


「この星の生態系……どうなってんの?」


『しるか』


 不時着地点の周辺を歩くことしばらく。俺たちはこの大陸に自生する原生生物との邂逅を果たしていた。


 数種類の獣と出会ったのだが、そのどれもがなんというか……奇妙な生物なのだ。


 足が6本ある細長い蛇状の獣やら、舌が5本ある気持ち悪いカエル。中には目が4つで二足歩行する獣もいた。


 これくらいなら「まぁ未知の惑星だし、そんな生き物もいるか~」で終わらせられる。


 だが俺の視界の右上には今、全長20メートルを超える巨大なワニのような生物が別ウィンドウで映し出されていた。


「これ……この先にいるんだよな?」


『ああ』


 視界に映るワニは、リリアベルが飛ばしたドローンが見つけたものだ。リアルタイムの映像をコンタクトレンズに飛ばしてきてくれている。


「こういう巨大な生物って、知的生命体が文明を築きはじめた時にはだいたい淘汰されてるもんじゃねぇの?」


『どの惑星にも当てはまるというわけではないが。ハビタブルゾーン内にあって、ヒューマンタイプが生息する星はそうだな』


 酸素濃度とか気温が関係してくるらしいのだが、惑星は時の経過とともに身体の大きな生物が少なくなっていく。


 そしてヒューマンが栄える頃には、古の巨大生物たちは化石となっているケースが多いのだ。


「あんなのがいたら、食物連鎖とかおかしなことにならない?」


『こういう巨大生物が繁殖できるくらいには、生態系の循環と環境が整っているのだろう』


「人間の立場がねぇ……」


 まぁリリアベルの話によると、周辺に集落はないらしいし。ここがたまたま、人の寄りつかない危険生物の多い地であるという可能性もあるか。


「ほらアハト。行くぞ」


「はぁ……病弱なわたしには、もう歩くのも限界なのですが……。そろそろ帰って休んでもいいですか?」


「ははは。冗談はおよしなさいなアハトさんよ」


 しっかしこのあたり、これだけ木が生い茂っているんだ。雨が降りやすいのか、あるいは水場自体が近くにある可能性もあるか。


 さっきの巨大生物が自生できるだけの食糧と水もあるのだろう。荒野に不時着するよりは、森の方がまだマシだったと思う。


 その後も俺たちは周辺地域の探索を行う。日も沈んできたし、ある程度の調査を終えたところで、今日は帰還することになった。


 また仕留めた獣の中でも、見た目的になんとなく食べられそうなものを引きずりながらシグニールまで運ぶ。


「ふぃ~~……。食料の確保は大事だからなぁ……コレが食えればいいんだけど」


『シグニール内にある食料にも限界があるからな。アハト、この獣を適当に捌いてくれ』


「了解しました。マグナ、剣を」


「あいよ」


 アハトは剣で獣の首を落とすと、パパっと皮をはがして肉を切っていく。血抜きがされていないため、周囲にわりと生臭い匂いが充満してきた。


「う……。解体スペース、別で用意したほうがいいな……」


『ふむ……一級帝国民ではまず馴染みがない作業だからな。しばらくは生活しながら、こうした改善点を見つけていくしかあるまい』


「うへぇ……」


 俺もまさか未開の惑星に不時着して、そこでサバイバル生活をすることになるなんて思っていなかったしなぁ。獣なんざ、どうさばいていいのかわかんねぇよ。


 だがアハトはためらいなく獣を切っていく。さらにどこかからか飛んできたドローンが、アームで肉片の一つを掴むと、そのままシグニール艦内へ入っていった。


『成分分析を行う。すぐ終わるから、問題なければそのまま調理するといい』


「お、そうか! ならその間にシャワールームで汗を流してこようかな!」


『ダメに決まっているだろう』


「んぇ!?」


 ごく当たり前のようにシャワーで汗を流そうとしたら、ごく当たり前のように拒否られた。


「なんでだよ!? 今日1日がんばったし、汗を流さないと身体が気持ちわるくてぐっすり眠れねぇよ!?」


『水源の確保もできていないのに、限りある水を無駄に使わせるわけがないだろう。身体を拭くのに必要分の水は用意してやる。それで我慢しろ』


「んぐ……!」


 そう言われてしまったら言い返せない。たしかに遭難した今、水はとても貴重だ。


「でも今日見た感じだと、近くに川とか流れていそうなんだが……?」


 たまたま今日の探索範囲になかっただけで、方角を変えれば見つかる可能性は高いと思うが。


『希望と憶測だけで判断するな。正直、今お前の死因候補ナンバー1は水分不足による脱水症状だ』


「はい!?」


 死因候補とか、すっげぇ物騒な響きなんですけど!?


『シグニールには長期任務に備え、水の備蓄が行われてはいるが……それでもいつまでもつかはわからん。それに水は調理を含めて使用用途も多いからな。今からなるべく節約しておくにこしたことはないだろう』


「そりゃそうだがよ……! あ、そうだ! なんかこう、大気中から水を作れねぇの!?」


 腕輪形態をやめて球体ドローンになったリリアベルが、俺の正面でふよふよと浮かぶ。


『時間はかかるが、そうした装置自体は作成可能だ』


「おお! なら問題ねぇじゃん!」


『元々作成するつもりではいた……が。大気中からの水生成は、高温多湿の環境でなければ効率が落ちる。それにエネルギーも使用するため、それ用に動力装置も作る必要がある。今ある材料でそれらを作成するには、かなりの時間を要するだろう』


 作成自体は可能だが、剣と違って複数の電子部品を作成し、その上で組み立てなどの工程も必要になる。そうして作成したところで、水生成の効率もそれほどよくない……そういうことらしい。


「ゆっくりと作成をしつつ、水源の確保も同時進行で進めたほうがいい……か」


『ああ。だが装置を作成できても、それで潤沢な水が手に入るというわけでもない』


 ちなみにもし高温多湿な気候であれば、1日で使用するには十分量の水を確保できた可能性もあったらしい。


『そんな話をしている間に、肉の成分を調べ終えたぞ。肉や血に毒性は確認できなかった。適当に焼いて食べるといい』


「……へーい」


 考えなくてはならないことは多いが。とりあえず飯食ってからだな。





「う……っ! まずい……とは言わないが、めっちゃうめぇ! ……てわけでもねぇ。微妙な肉だ……」


 調理ルームで肉を焼き、口に運ぶ。肉自体はそこそこ柔らかく、まずくはないのだが。やはりなにかが足りない。


『なにも味つけしていないからだろう。調味料も補給のあてがない今、貴重品なのは変わらないが。使ってみてはどうだ?』


「そうだな……」


 やはりそのまま食うのはすこしハードルが高かったか。俺は塩コショウを振って、再び肉にかじりつく。


「…………っ! う、うめぇ……!」


 味が大きく変化した。俺はさらに塩コショウを振り、肉を平らげていく。


「いや、この肉けっこうイけるわ! これならしばらく肉生活でも大丈夫だな!」


『まぁ調味料があるうちは、だがな』


「即行で現実に戻すなよ……」


 食事を終えて水の入った容器を抱え、外へと出る。そして裸になって身体を拭きはじめた。身体をさっぱりとさせたところで、再び艦内へと戻る。


「……アハトは?」


『自室で休んでいるぞ』


 休む必要あんのかよ!? きっと本やらマンガを読んでいるのだろう。


 く……! 俺もぐうたら生活がしてぇ……!


「まぁいい。とりあえず寝る前に、今後の方針を決めようぜ」


『ほう。まさかお前からそんな建設的な意見が出てくるとはな』


「いや、俺をなんだと思ってんだ!?」


 俺だって帝国に帰りたいし、こんなどことも知れない惑星で生を終えるつもりもない。そのためにはシグニールの修理が必要なのも理解できている。


「……正直なところ、どうなんだ? シグニールは……修理できそうなのか?」


 もしリリアベルが不可能だと判断した場合。その時は俺もいろいろ覚悟を決めなくてはならなくなる。


 すこしドキドキしながら言葉を待っていると、壁にスクリーンが下りてきた。


「ん?」


『要点を整理しながら話そう』


 スクリーンに文字が浮かぶ。リリアベルなりに分かりやすく説明するつもりなのだろう。


『帝国本星に帰るのに最低限必要な要素は2つ。1つ、シグニールの修理。もう一つは今いる宙域座標の確定だ』


 スクリーンにはシグニールの修理に必要なポイントがまとめらていた。


 ワープ装置の修復、外部装甲の補強。また大気圏から出るための推進装置に、そのための燃料確保も課題として記載されている。


「うへぇ……。これ、本当に修理できるのか……?」


『現状だと不可能だ。まずグナディウム合金……とまではいかずとも、それに近しい強度と安定性、熱及び高重力耐久性を持つ金属の精製が必要になる。鉱物サンプルさえそろえば、わたしの方で精製可能か計算できるが。今はそのサンプルすらないからな』


 つまり金属の精製ができそうな鉱物資源を、複数種類確保する必要があるということだ。


 だが金属素材の確保さえできれば、それを元に動力装置の建設などが可能とのことだった。


『その動力を用いれば、様々なパーツを作成する工場のラインを動かせるようになる。マテリアルルームだけでは効率わるいからな』


「手順を踏んで、段階的に作成できるパーツを増やしていく必要があるのか……」


『そのとおりだ。まぁ光子リアクターさえ起動できれば、動力に関してはほぼ解決するのだがな』


 とにかく鉱物資源のサンプル確保が必要なのは理解できた。俺は2つ目の要素について質問する。


「座標の確定は? いまも計算しているんだよな?」


『ああ。わたしの超有能な演算リソースの多くを計算に注いでいる。だが結果が出るのがいつになるかは見通しがたっていない』


 シグニールはベースが探査艦だし、不時着する前にけっこう遠いところまで宙域画像を記録できたらしい。


 そのぶんデータ量が多いため、帝国データベースとの照合にかなりの時間を有するとのことだ。


『まぁこの2つをクリアできたところで、セイク……』


「なぁリリアベル」


 リリアベルがなにかを言いかけたが、俺はそれをさえぎって口を挟む。どうしても気になることがあるのだ。


「この付近に鉱物資源のありそうな山や洞窟なんてないよな? 仮にそうした資源を確保できたとして……シグニールの修理にどれくらいの時間がかかるんだ?」


 座標の計算は運次第で、すぐに終わる可能性もある。なぜならただ照合作業の繰り返しだからだ。リリアベル自身も非常にハイスペックな演算機能を持っているからな。


 しかしリリアベルの説明を聞いた上で、シグニールの修理にどれくらいの時間がかかるのか。それがまったくわからなかった。なにせここに人手は俺くらいしかないのだから。


『まだ確定した情報が少ないので、なんとも言えない部分が多い』


「……現段階でかまわない。言ってくれ」


『ふむ。短くて10年、長くて100年か』


「じ…………!?」


 純血の帝国人はとても寿命が長い。そんな俺からすれば、10年なんて人生のごく一部……ではあるのだが。さすがに100年はしんどい。


 それにたった1年にせよ、誰もいない不毛の大地で過ごし続けるというのも、なかなかメンタルにくるものがある。というか。


「え……!? 水、やばくね?」


『はじめからそう言っているだろう……』


 どうやらリリアベルは、はじめから10年以上のスパンで修理計画を立てていたようだ。一方の俺はといえば、長くて1ヶ月くらいの感覚だった。


「うげえぇぇ……。そんなに長期間、森のど真ん中でシグニールを家にして過ごすのかよ……」


『シグニールが動かせない以上、それしかあるまい……と言いたいところだが。お前のメンタルケアも重要だからな。水源地や鉱物資源の確保を兼ねて、たまに遠征するといい。気晴らしにはなるだろう』


 いや仕事やん。くぅ……やはり人手が絶望的に不足している……!


『それに人間は、自分で自分の住む環境を創造する数少ない生物だ。周辺環境を整えれば、これもいくらか気晴らしに繋がり、ストレスの軽減に役立つのではないか?』


「あん? 畑でも耕して家でも建てろってか?」


『そうしたくばすればいい。どう過ごしながらシグニールの修理を進めていくのかは、すべてお前の自由だ』


「………………」


 さすがに年単位でシグニールを家にした生活はどうなんだと思う。なにせ周囲には本当になにもないのだ。


 肉は手に入るが、調味料には限りがある。1年ももたないだろう。


 つまりゆくゆくは、ワイルドなステーキで生を繋いでいく日がくる……かもしれない。さすがにそんな食生活には飽きてしまうだろう。


「なんか……俺。遭難したんだなぁ、という気がしてきたよ」


『むしろ遭難した自覚がなかったことに驚きだ』


「現実感がなかったんだよ! しょうがないだろ!?」


 想定していたよりも長くこの地に居座ることになるかもしれない。そのことに不安はある。


(でもまぁ……運がよければ、明日には必要な鉱物サンプルが手に入る可能性もあるし。リリアベルもあくまで今把握できている情報で計算したにすぎないしな)


 それにここは未知の惑星。もしかしたらすっげぇ鉱物が眠っている可能性もあるし! 


 ……そうだよ! まだナイーブになるのははやいぜ、おれ!


(いやいや、それどころか……! 帝国本星へこの惑星の情報を持ち帰るだけで、俺は英雄だ……! 惑星には俺の名がつき、帝国史にも名が刻まれる……! んでもってどう奇跡の生還を果たしたのか、自著伝を出したりなんかもして……! う……うへへ……!)


 こ……これは……! もしかしたら俺、人生最大級のビッグチャンスが到来している……!?


「やはりピンチはチャンス……! 見えたぜ……! 成功者へのゴォルデンルートがなぁ……!」


『しょうもないことを考えていることはよくわかった。バカは前向きで助かるな』


 未来に希望を見つつ、未開惑星における遭難1日目が終了したのだった。

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