第55話 青竜公とエルヴィット

「そうか……実力は本物、か」


「はい。おそらく中位の騎士では、たとえ〈空〉属性の魔力を持っていても敵わないのではないかと」


 エルヴィットは屋敷で父のカイネスラークと会話を交わしていた。いま話題にのぼっているのは、マグナの実力についてである。


「ダイクスと揉め事になっていましたので、決闘がはじまるようにと促しましたが……まるで相手になっていませんでしたね」


「魔力はどうだ?」


「すくなくともわたくしの目では、なにも見えませんでしたわ。ご本人も魔力は一切使用していないとおっしゃっておりましたし」


 つまり武装した上で身体能力の強化を行った男を、魔力もなしに素手で正面から完封したということだ。そして危なげなく終始主導権を握っていた。


 ブルバスを倒せたという時点で、一定以上の実力者だということはわかる。


 今回の件で改めてそのことが証明された形だが、カイネスラークはマグナという人物が自分の想定以上である可能性を考えはじめていた。


「それで……グアゼルトの誕生日パーティー会場警備をさせることになったと。わるくない結果だな」


「ええ」


 エルヴィットとしては、マグナとダイクスを争わせることに2つの狙いがあった。1つ目はマグナの実力を直に確認しておきたかったというものだ。


 そして2つ目は、マグナをパーティー会場の警備に就かせるというものだった。


 ただの平民ではこれは難しい。なにせ大貴族の跡取り、その誕生日パーティーだからだ。身分制度に厳しい聖竜国において、およそ平民が近づけるイベントではない。


 しかし多くの貴族たちの前で、マグナの実力を披露させることができた。これなら警備として呼ばれても不思議ではないと、実力面で納得させることにも成功した。


 問題は素性不明の平民だという点だが、これくらいであれば青竜公がどうとでもできる。現にそうしてマグナはいま、軍学校で教官補佐と警備兵を務めているのだから。


「しかし……本当に……?」


「情報部からも回ってきている。なにか仕掛けてくる可能性自体はあるのだろう」


 グアゼルトとはカイネスラークと正妻の間で生まれた子であり、唯一竜魔族としての力を受け継ぐ彼の息子である。


 そのためまだ少年ながら、次期青竜公としての地位が決まっていた。


 その次期青竜公が10才を迎える記念パーティーだ、参加者はそれなりに広く声をかけている。それこそ赤竜公を含む、他の竜公家にも。


 もっとも赤竜公以外からは不参加の返事をもらっているのだが。


「情報部から……ということは。陛下も……?」


「いや。陛下は参加を見送るとのことだ。代理も立てない。情報を回してくれたのは、こちらでうまく治めるようにということだろう」


 聖竜国には情報部という部署が存在している。彼らは国内外におけるさまざまな情報を管理しているのだが、組織図的には聖竜公の管轄となっていた。


 その多くはほとんど表舞台に出てこないし、だれが所属しているのかも明かされていない、謎の多い組織となっている。だが今の聖竜公はこの情報部をよく使っていた。


「赤竜公だが。第三夫人の子を代理として出席させると返事があった」


「……なるほど。それなりの護衛を連れてこられるのでしょうか?」


「さてな……第三夫人の子についてはお前もよく知っていよう?」


 赤竜公の第三夫人、その息子はエルヴィットもうわさを聞いたことがあった。


 決していいうわさではない。下町に出ては遊び回り、よくない連中との付き合いも多いというものだ。


 しかももう20才になるというのに、未だに働いてもいない。そろそろ赤竜公が勘当するのでは……と、貴族たちの間ではよく話題にもなっていた。


 そんな人物を青竜公主催のパーティーに出席させるのだ。人によってはそれだけ青竜公を下に見ているとも取るだろう。


「まだ赤竜公の狙いはわかりませんね……」


「だがいろいろ不穏なのも事実。もし本気で仕掛けてくるつもりであれば、グアゼルトのパーティーは絶好の機会だろうからな」


 数ヶ月前、赤竜公派閥の貴族が殺されるという事件が起こった。


 これには「青竜公が暗殺者を雇ったのでは」といううわさが広がっていたが、そう言われるには理由があった。


 まず殺された貴族が、外交案件で青竜公派閥の貴族と激しく意見を対立させていたという点。


 そして殺害現場を調べた結果、その手際があまりによすぎることがわかったという点だ。


 わずかな痕跡から、賊は屋根裏部屋の窓から侵入したことがわかった。殺された貴族も肺を突かれていたのだが、その際に屋敷のだれも彼の悲鳴を聞いていなかったのだ。


 他にも様々な状況から、賊は素人ではないと言われていた。


 そして素人でない賊……暗殺を生業とする者と繋がりを持ち、仕事を依頼できる貴族というのは限られてくる。


 もちろん青竜公もそうした類の人物との付き合いがゼロというわけではない。だが今回に関してはまったくのノータッチだった。


「お前の読みではどうだ?」


「まだ断定はできませんわ。ですが赤竜公が自派閥の邪魔者を消すついでに、お父様の評判を落としにきたのか……あるいは二大派閥を争わせたい者の差し金か。どちらかでしょうね」


 ただの強盗目的の賊とは考えていない。賊ははじめから赤竜公派閥の貴族を殺すことが目的だったのだ。


 なにせ屋敷からは、他に金銭の類はなにも持ち去られていないのだから。


 真実はわからない。だが仮に赤竜公の差し金でなかった場合。向こうも青竜公派閥の動きを強く警戒しているだろう。


 こうした状況から貴族街は今、なんとも言えない緊張状態が続いていた。


「情報部によると、数日前に〈アドヴィック〉の構成員と思わしき者が、王都に入り込んでいる可能性があるとのことだった」


「暗殺組織〈アドヴィック〉……状況から見て限りなく黒に近いグレーですね。まぁ、こう言ってはなんですが。お父様も赤竜公も。暗殺組織に仕事を依頼できるとは思えませんね」


〈アドヴィック〉の存在を知る者はすくない。またこうしたアンダーグラウンドな組織は、貴族がつるむにはリスクもある。


 もちろんメリットもあるだろうが、長く関係を続けていくのは難しい。情報漏洩や裏切りのリスク管理だけでも相当なコストが発生するのだ。


 そして青竜公はそうした組織と関係を築くくらいであれば、自前で一から作り上げる。そういう性格だった。


「まだ見えてこない部分は仕方あるまい。だがパーティーには赤竜公派閥の貴族以外にも、自称保守派も姿を見せる」


「ああ……最近すこし話題ですね」


 青竜公と赤竜公は常にさまざまな分野で対立しているが、じつはお互いの政治的な立場や考えは正反対というわけではない。


 互いの派閥をより肥やすための権力争いは多いが、政治思想面では似通った部分も多いのだ。


 そのため聖竜公も政(まつりごと)自体はしっかりと行うことができていた。決して効率よく行えているわけではないのだが。


 しかし深く知らない者から見れば、青竜公は政治関連の要職に自派閥の貴族を就けて国政を乗っ取ろうとしているとか、赤竜公は他国に金をばらまいて自国の経済よりも外国との繋がりを強化しようとしている……というふうにも見られている。


 そうした二大派閥のあり方に辟易とした者たちの一部に「自分たちこそ、この国の将来を真に憂(うれ)いている」と述べる、自称保守派が現れはじめていた。


「私から言わせれば、実にくだらん者たちだ。政治のなんたるかを理解しておらず、あげくの果てに聖竜国こそがこの世界を導く存在だと言う者までおる」


「大昔ならともかく、今の情勢下でそれはすこし外の世界が見えていませんね」


 たしかにディルバラン聖竜国が強国だった時代は存在した。いや、いまも五大大国の中では軍事力も経済力も高い。


 しかし魔獣大陸で冒険者たちが活躍するようになり、各国に魔獣素材が供給されるようになった今。どの国も独自の発展を遂げてきていた。


 たとえばラデオール六賢国。ここは五大大国(ごだいたいこく)で最も魔道具やオーパーツの研究が進んでいる国だろう。これも魔獣素材を多く確保できるようになったからこそだ。


 移り行く時代に合わせるように、ノウルクレート王国も政策方針を大きく転換した。今ではさまざまな種族が移り住むようになり、人口増加の勢いが強い。


 どの国も昔とちがって、魔獣素材を巡って争うことがすくなくなった。そして自国の発展に忙しく、魔獣大陸の権益を巡って他国と争っている暇もない。


 魔獣大陸における条約が交わされてから、どの国も相対的に力をつけてきているのだ。もともと大国だったことももちろん影響している。


 そこに国ならではの独自性も交えて、今も発展し続けているのだ。


 そしてそれは聖竜国とてそれは同じこと。一方で「最も歴史ある国」「厳格な身分制度のおかげで高位貴族たちは他国の貴族よりも強い魔力を持っている」という考えもある。


 伝統がある分、こうした慣例は簡単に変えられるものでもないのだ。


 またそれこそが、他国と比べて聖竜国の成長が鈍化している原因では……と、青竜公も赤竜公も考えていた。


(いい例が魔獣大陸だ。あの大陸に住む者の多くは大小あれど、魔力を持っている……。そして他種族が共生し、日々新たな魔道具が誕生し、それを実際に使っている)


 血の融和……とくに貴族と平民で子を成すというのは、聖竜国では考えられないことだ。もし平民との間で子でもできたら、貴族にとっては恥ですらあるという認識がある。


 伝統もいいが、厳格な身分制度という名の下に閉鎖的な環境が醸成されていく。果たしてこれで聖竜国は強国であり続けられるのか。


 明確な答えがないぶん、赤竜公や聖竜公との間で議論になりやすい部分である。


「話を戻すが……もし件(くだん)の犯人が赤竜公でなかった場合。お前は言ったな。我らを争わせたい者の仕業であると」


「ええ。状況からそのどちらかしかありえないでしょう。そして赤竜公でなかった場合。その者が仮に〈アドヴィック〉を使っていたとして……そんなことができる者も限られてきます。……ああ、そういえば。竜公家の中には、今の自称保守派とよく似たご意見の方もおられましたよね?」


「……………………」


 竜公家の当主もさまざまな性格の者がいる。政治に深く関わっているのは青竜公と赤竜公だが、他の竜公もまったく関わっていないというわけではないのだ。


 そしてこの国の竜公家当主というのは、どこもそれなり以上に金と権力を持っている。


「いつもながら冴えているな。お前が竜魔族としての力を継承できていれば……と、これまで何度思ったか」


「いいえ、お父様。わたくしでは当主は務まりませんよ。それにゼルトも優秀です」


「お前に対抗意識を燃やしておるがな」


「あら。そこがかわいいんじゃありませんか」


 エルヴィットの母はカイネスラークの第二夫人であり、普人種になる。彼女自身は普人種として生まれ、竜魔族としての力を持っていなかった。


 だがほとんど知られていないが、エルヴィットは特殊な魔力を持っていた。カイネスラーク自身、これも竜魔族の血を引いていることによる影響かと考えている。


「まぁよい。当日は途中から私も顔を出す。それまでの繋ぎは頼んだぞ」


「あら。途中からですか?」


「ああ。最初から参加しては、主役が目立たなくなるだろう」


 竜公家の当主が顔を出す会合やパーティーというのは限られている。多数の貴族がいる場に現れることなど、年に数回しかないくらいだ。


 当然、このめったにない機会を活かして、当主と顔見知りになりたいと考える貴族も多い。


「場が場だけに、本当になにか仕掛けてくる可能性は低いと思うが……。用心はしておくように」


「ええ。いざとなればきっとマグナさんが守ってくださいますわ」


「だといいがな」

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