第54話 王都に舞い降りた、社会貢献に興味がありそうな人

(なんだったんだ……あの男は……)


 その日の夜。ダイクスは人目につかないように貴族街を出ていた。


 目的地に向かって音もなく走りながら今日の出来事を思い出す。


(俺はたしかにあいつを殺す気で剣を振っていた……途中からは本気も出していた……)


 最初の数撃は遊び感覚だった。生意気な平民をさっさと殺してやろうと思ったのだ。


 だがその数撃で、本気を出さなければ攻撃を当てられない相手だと気づいた。


 そこからは間違いなく本気だった。身体能力を最大まで高め、隙のない連撃を繋いで剣を振るう。


 しかしあの男……マグナはそのすべてを余裕でかわしきって見せた。しかも。


(必中のタイミングだったはずだ……! それを……あの男……!)


 ここ最近、殺しの仕事は引き受けていなかった。それでも腕を鈍らせたつもりはない。


 まちがいなく必殺の一撃。それを両手で掴まれた。さらに。


(魔力をまったく使っていなかっただと……! ばかな……! ありえねぇ……!)


 だがたしかにマグナからは魔力を使用している気配を感じなかった。


 身体能力を強化できる〈空〉属性の魔力はその力を発揮すれば、必ず身体のどこかにその兆候が確認できるはずなのに。


(聞いてねぇぞ……! あいつ、いったいなにもんなんだ……!)


 ブルバスを倒したというのは、偶然ではなかったのだろう。元冒険者だという噂だったが、今ではそれもあやしいと思っていた。


「遅かったな」


「すみません、ガイヤン様」


 目的地は王都の外れ地区であり、ほとんど住民のいないエリアだった。その薄暗い路地裏に待ち合わせをしていた人物……額から角を生やした勇角族の男がいた。


「まぁいいさ。貴族街の中からここまではかなりの距離があるからな。さっそくだが報告を聞こうか」


「はい」


 ダイクスはガイヤンに今日までの報告を行う。話を聞いてガイヤンは感心したように頷いた。


「うまく潜り込めているようだな」


「ええ。順調です」


「しかし面白い技能だ。さすがは〈アドヴィック〉の暗殺者だな」


 世界をまたにかける暗殺組織〈アドヴィック〉。ダイクスはそこの一員だった。


 今、〈アドヴィック〉はとある組織の傘下になっているのだ。


「まさか殺した対象の皮を剥いで、声までそっくりそのまま成り代われるとは……。しかも短時間で済むときた」


「そうできるように、幼少より訓練を積んできましたので」


 本物のダイクスはすでにこの世にいない。彼は魔獣討伐を行ったあの日、用を足しに行ったタイミングでこの暗殺者に殺されたのだ。


 また彼も、ダイクスと入れ替わるべく時間をかけて準備を整えてきていた。彼に合わせて体格も調整したのだ。


 入れ替わる対象をダイクスにしたのも理由があった。


 まず赤竜公の派閥であること。そして自分と同じ〈空〉属性の魔力を持っていたこと。最後に剣術成績ナンバー1と、軍学校で目立った存在だったことだ。


 紫竜公の依頼を果たすためにも、これらは必要な要素だった。


「青竜公の息子……グアゼルドの誕生日パーティーでは予定通りに動け。派手に暴れたあとは、エルヴィットを手に入れろ。そのためのサポートは考えてあるから安心しろ」


「はい。しかし……グアゼルドではなく、なぜエルヴィットを……? 竜魔族としての力は、正妻の子であるグアゼルドの方が明らかに上なのに……?」


「さてな……老人の考えることはわかんねぇな」


 紫竜公は青竜公と赤竜公の間で争いを起こす気でいた。


 2つの派閥の争いは大規模なものに発展し、互いに大きく疲弊するだろう。そこを第三の勢力である紫竜公が介入することで争いを治める。


 そして聖竜国内で大きな権力基盤を一気に作り上げるつもりなのだ。


 しかし紫竜公の目的はその先にあった。権力基盤を作り上げるのもあくまで目的のため。そしてそのためにダイクスのような者たちを利用しようと考えている。


 だがダイクスたちも同様に、紫竜公をある目的のために利用しているのだった。


「そうだ……ガイヤン様。玖聖会から派遣されているのは、ガイヤン様の他にいませんか……?」


「あん……?」


 ガイヤンの脳裏にカタナを持つ黒髪の少女が思い浮かぶ。


 だがあの少女が理由もなく下っ端……〈アドヴィック〉の一員にその姿を見せるとは考えづらかった。


「……どうした?」


「いえ。実は数日前から、軍学校に妙な平民がきていまして……」


 ダイクスはあらためてガイヤンに今日の出来事を話していく。話を聞いたガイヤンはその平民に興味を持ったが、同時にダイクスの行動に呆れてもいた。


(軍学校内である程度目立つ存在でいるように振る舞っているんだろうが……平民相手に真剣を振るうとはな)


 目的のためにその行動のすべてが否定できるわけではない。今回の仕事は目立たずひっそりと行う殺しではないからだ。


 しかしそれでも今日の行動はすこし迂闊に思えた。


 まだこれで予定どおり平民を殺せていればいい。だが結果を見ると、平民を殺せていないばかりか、ダイクスの評が落ちたようにも思える。


 そして「仕事」というのは結果が全てである。


「……そのマグナってのは、玖聖会のメンバーではねぇな。そこは断言しておく」


「そうですか……」


「だが気になるな。お前の本気が一切通じない……か」


 果たして本当にそんなことがあり得るのだろうか。


 ダイクス自身、相当な実力者なのはまちがいない。これまで殺しもしてきている。


 普通の平民であれば、彼の剣撃から逃れることはできないだろう。


(なにかのオーパーツ……あるいはクスリを使用している可能性もあるが。ふん……魔獣大陸の奴らの一部には、特異性の高い奴もいるからな……)


 得体の知れない存在なのはまちがいないだろう。だが計画に支障をきたすかはまた別の話である。


「その平民にはなるべく関わるな。お前には大事な任務があるからな」


「はい。仲間と共に会場で青竜公派閥の貴族を殺し、そしてエルヴィットを紫竜公のもとまで連れていく。あとは国内で2つの派閥が争うのを後押しすれば……」


 ガイヤンたち玖聖会としても、紫竜公にしても。真の目的はその先にある。


「ここからは慎重にな。これまでのように、あまり目立たずともいい。パーティーまでは数日だしな」


「はい」


 だがこの時、決闘騒ぎから一足先に帰ったダイクスは知らなかった。マグナが当日の会場警備を行うことを。


 そして周囲から疎まれつつある彼は、だれからもマグナが会場警備の仕事をエルヴィットから任されたと聞かされなかった。


 そもそもマグナの名を出せば、彼の機嫌がわるくなると考えたのだ。


 結果。ダイクスはこれ以上、マグナとかかわることがないだろうと考えていた。





「ヘイ、そこの麗しの君。よかったらすこし話さない?」


 同時刻。アハトは王都の繁華街を歩いていた。貴族街から出ているので、今は背中にハルバードを背負っている。


 とある目的があってここらをうろついていたのだが、そこに赤髪の青年が話しかけてきた。青年は赤い目をしており、長髪を後ろでくくっている。


 顔はとても整っている方だろう。アハトと並べば美男美女でお似合いだ。彼女は無表情で彼に顔を向けた。


「おっと……近くで見たらさらにやべぇな。でももっと笑ったらどうだ? せっかくの美人なんだ、もっとすげぇことになるぜ?」


「フ……」


 気安い態度で近づく男に対し、アハトはいつものように鼻で笑う。そして無視して歩き出した。


「あ、おい! ガン無視かよ!? こんなにいい男が声かけてやってんのによぉ!」


「………………」


 追いかけてくる男をアハトはなおも無視し続ける。だがその向かう先を見て男は慌てたように声を荒げた。


「ま、まてって! そっちはまずい! すっげぇ治安わるいから! あんたみたいな美人が行ったら、もう日の下を歩けなくなっちまうって!」


 男の言うとおり、アハトが足を進めるごとに周囲の景色はより暗くなっていった。通りを歩いている者たちの雰囲気も変わりはじめている。


「ああ、こんなところまで入っちまって……! ったく、しゃあねぇな……!」


 男は諦めたように首を振る。だがしっかりとアハトの後ろからついてきていた。


「おい。これが最後の警告だぜ? これ以上は本当にまずい。聖竜国の王都であっても、治安のいい場所とわるい場所があるもんなんだ」


 それでも無視してアハトは歩き続ける。


 そして狭い路地に入ったときだった。正面から5人の男が姿を見せる。彼らはアハトの行く先を止めるように広がった。


「へっへ……」


 さらに後ろからも5人の男が姿を見せる。完全にアハトを狙ったものだった。


「こりゃまたずいぶんな美人さんが迷い込んできたもんだなぁ?」


「えらくご立派な武器まで持ってよぉ……」


 男たちはニヤニヤと笑いながらアハトに粘っこい視線を向ける。ついてきていた赤髪の男もハァと溜息を吐いた。


「だから言っただろ……。おいライグ。この女は俺が目をつけていたんだ。諦めてくれねぇか」


「はっ! いくら坊ちゃんの願いでもそれはきけねぇなぁ?」


「……金なら払うって」


「へへ……話がはやいじゃねぇか。まぁあんたの付き合いもある。金払うならいいぜ?」


 両者の間で話が進んでいく。だがアハトは気にせず言葉を発した。


「懸賞金80万エルクのライグですね。簡単に見つかって助かりました」


「……あぁん?」


「申し遅れました。わたし、普段は出世欲に憑りつかれた貴族の護衛をしている、地味で目立たない病弱な娘なのですが。最近趣味で賞金首ハンターをはじめた者です」


「はぁ……?」


 アハトは堂々とした足取りで前に進む。赤髪の男がとめる間もなかった。


「いいですよね、賞金首のお尋ね者は。どんな扱いをしようが、だれからも咎めらることがない。死んでいても賞金の半分は手に入る。町のゴミ掃除もできるのです、これぞ社会貢献というものでしょう」


「なに言ってやがる……?」


「というわけで。王都に舞い降りた賞金首ハンター、星光のアハトの戦績に加えてさしあげましょう」


「あ……?」


 赤髪の男を含め、だれもがアハトを奇妙な女だと思った。


 顔はいいが、すこし頭が残念なのかな……と考えたのだ。だが。


「おあああああああああああ!?」


 その2秒後。さっきまで目の前に立っていたはずのライグが、なぜか空から降ってきた。

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