第53話 ダイクスくんがやる気満々のようです。

(すっげぇかわいい……)


 基本的にたまに見かける貴族の女子生徒はみんなかわいいが。この子はまた別格だった。


 薄緑の髪は肩下くらいまで伸ばしており、左の前髪はリボンごと編み込んで垂らしている。右の前髪は耳にかけており、上品さを感じさせいた。


 また大きな瞳は青に輝いており、この子の魅力をより引き立たせている。


 胸もけっこうでけぇな……! 服越しでもしっかりと大きさがわかる……!


 だがこの美少女が現れてから、なんとなく空気が変わった。ダイクスは動きをとめているし、ルアメリアもやや緊張した面持ちでいる。


 そんな彼女は小さく口を開いた。


「え……エルヴィットさま……」


 どう見ても生徒なのに……教官であるルアメリアがさま付けで名前を呼ぶとは……。


 エルヴィットと呼ばれた女の子は、ニコニコと笑みを浮かべながら頷きを見せる。


「うふふ……大きなお声が聞こえたものですから、ついつい様子を見にきちゃいました」


「し……失礼しました。その……」


「ええ、わかっています。ダイクスさんの名誉が傷つけられたから、それに怒ってらっしゃるんでしょう?」


 彼女の言葉を受けて、ダイクスはそうだと笑みを浮かべる。


「エルヴィット様の言う通りでございます。この男は平民にかかわらず、あることないことを吹聴しました。わたしは名誉を傷つけられた張本人として、この男を罰しなければなりません」


 どうやらかなりいいところのお嬢さんらしい。そんな彼女を味方につけられて、ダイクスとしても俺を堂々と斬るチャンスだと思っているのだろう。


 だがそんな俺を庇うように、ルアメリアは口を開いた。


「エルヴィット様。たしかに彼……マグアは言い過ぎた面もございますが。武器も持っていないのに、斬られるほどの罪は犯しておりません!」


「なにを言うのです、ルアメリア教官。この私の名誉が平民に傷つけられたのですよ?」


「はっは。おっぱい好きは誉め言葉であって、侮辱じゃないぜ?」


 ダイクスくんがギロリと睨んでくる。うーん、おもしろい奴……。


 まぁこのお嬢様も、さすがに平民がわるいと判定をくだすかな。教官補佐の職を解くのが落としどころか……。


 と考えていたが、エルヴィットお嬢様は意外な反応を見せた。


「あら。わたくしは軍学校内で、ダイクスさんが武器を持たない平民に斬りかかること……これ自体をいいではないかと言ったのですよ?」


「な……!?」


 そういやそうだ。このお嬢様、最初にそう言っていたわ。


 つまり貴族として、調子にのった平民を成敗する……ということかね。


 ダイクスくんも嬉しそうに口角を上げている。だが彼女の言葉はまだ終わっていなかった。


「だって……勝つのはこちらのマグナさんですもの」


「…………は?」


「え……」


 …………ん? 


 エルヴィットはそのまま俺の側までやってくると、自分の腕を俺の腕に絡ませてきた。


「マグナさんはわたくしの父が推薦した方ですから。ダイクスさんがどれだけ全力を出しても、決して敵う方ではございません。たとえ武器を持っていなくても……ね?」


 そう言うとおっぱいを俺の腕に押し付けながら笑顔を向けてくる。


 え、なにこの子。めっちゃかわいい……!


「エルヴィット様!? な……なにを……!?」


 ルアメリアや周囲の生徒たちも彼女の行動に驚いていた。


「マグナさん。元冒険者としての腕前……ダイクスさんに見せてあげてもらってもよろしいでしょうか?」


 エルヴィットが甘い声で囁いてくる。上目遣いなのがまたかわいい……!


「おう! 任せな! ほらほらダイクスくん、かかってきなよぉ! あ、もちろん武器は使っていいよ!」


 やっべ……! この子、ぜったい俺のこと好きじゃん! こりゃやるしかねぇなぁ!


『おい。あんまり乗せられるな。お前、なにか狙いのあるこの女にいいように使われているぞ』


 雑音が聞こえた気がしたけど無視だ。


 うっひひひ……! 魔獣大陸で大活躍をしたこの冒険者マグナの力を、たっぷりと見せてやるとしますかね!


 エルヴィットは腕を解くとニコニコ笑顔のまま後方へと下がる。


 いやぁ、彼女の期待にはしっかり応えないとなぁ!


「ふん……理由はどうあれ、エルヴィット様がこの戦いを認めたんだ。ここで殺してやるぞ、平民……!」


 そう言うとダイクスは真剣を構える。そしてその身体がぼんやりと輝いた。


 何度も見てきたからわかる。身体能力を強化したな。


「…………はっ!」


 開始の合図もないのに、そこそこの踏み込みで距離を詰めてくる。ダイクスはそのまま連撃を放ってきた。


「おおおおおお!!」


 絶妙に当たらない位置取りを維持しつつ、連撃のすべてを回避していく。


 ダイクスからすれば当たっているタイミングのはずなのに、ずっとかわされている気分だろう。


「この……!」


 今度は足を狙って剣を払ってくる。これを飛んでかわしたところで、ダイクスは勝ち誇った笑みを見せた。


「終わりだっ!」


 着地するまでの間であれば、俺に攻撃があたると思ったのだろう。


 それ自体はまちがっていない。実際にあてられるかは別問題だけど。


「…………っ!?」


 ダイクスの振るった剣は途中で止まっていた。以前アハトが見せたように、刀身を掴んだのだ。


 もっとも俺の場合は片手ではなく、両手で挟み込んだ形だけど。


「あたったと思った? ねぇねぇ、今あたったと思った?」


「くぉの……!


 強引に剣を引こうとするが、俺は掴んだ両手を離さない。そしてダイクスがさらに力を入れて剣を引こうとするタイミングで、両手をパッと離した。


「うわ!?」


 まさか解放されるとは思っていなかったのだろう。ダイクスは派手に後ろに転がる。


 周囲からはおお……と声が上がっていた。


「あれぇ~? ダイクスくん……きみ、ボクは教官より強いんだ~、とかさぁ。ボクは最強なんだぞぉって言ってなかったっけ~?」


「お……お前……いったい……!?」


 ああ、そうだ。あれを忘れていた。前にアハトがハルトとやり合ったときに言っていたセリフだ。


「いいこと教えてあげようか? 俺、実は魔力を一切使っていないんだぜ?」


「………………っ!!」


 さぁ絶望の表情でも見せてくれよぉ! ……と思って言い放ったのだが、ダイクスは俺を強く警戒するような眼差しを向けてきていた。


 なんだろう。年齢相応の目には見えねぇ。すこし不気味さを感じさせる。


 それに俺の挑発に対し、さっきまではたしかに乗ってきていた。だが今はどこか冷静さを取り戻しているようにも見える。


 まぁお遊びはこれくらいでいいだろ。そろそろエルヴィットちゃんに、かっこよく決めるところを見せないとな……!


 と思った直後だった。ダイクスくんは剣を鞘に納める。


「ん……? あれ? どうした?」


「ふん……やめだ。これ以上、平民に時間を割くのがもったいない」


「え……?」


 そう言うとダイクスはさっさとその場から去っていく。なんだ……急に性格が変わったみたいだ……。


「す……すげぇ……」


「おい、いまの見たか……」


「あのダイクスの攻撃がまったくあたっていなかった……」


「というか、すごく余裕そう!?」


「ダイクス、ありゃ焦って逃げたな!」


 集まってきた周囲の生徒たちもガヤガヤと騒ぎはじめている。他の生徒たちも今は授業中では……と思っていたら、ギャラリーの中には教官たちもいた。


 どうやら生徒たちと一緒になって、俺とダイクスの戦いを見学していたようだ。


「うふふ……さすがはマグナさんですわ」


「お……おう……?」


 エルヴィットちゃんは変わらずニコニコと笑みを見せてくれていた。はじめから俺の勝利を疑っていなかったのだろう。


 うーん、やっぱりかわいい……! ぜったい俺に惚れてる……!


「武術教官以上と言われたダイクスさんを圧倒できるのです。資格は十分でしょう」


「へ……資格……?」


「はい。実は今度、イベントホールでちょっとしたパーティーがありますの。マグナさん。あなたにはそこで会場警備をしてもらいたいのです」


 また警備の話か……! だがエルヴィットの言葉を聞いて、周囲はまた大きくざわめいた。


「おい……! 今度のパーティーって……!」


「グアゼルド様のお誕生日パーティーのことだろ……!」


「平民をそこの警備に……!?」


「いや、でもたしかにあの実力なら……」


 どうやらみんなには思い当たる節があるらしい。


 エルヴィットちゃんはニコニコ笑顔のまま俺に視線を向けてきた。


「お忙しいとは思うのですが……マグナさんが警備をしていただけると安心できるのです。だめ……でしょうか……?」


「いいよいいよ! 警備だろ! 俺に任せろって!」


「まぁ! うれしいです、マグナさん」


『…………ハァ。まぁいい』


 おいおい! 退屈でそろそろ辞めようかとも思っていたが……! 俺の青春、異星の地ではじまっちまったなぁ!

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