第56話 会場警備の仕事をしにきました。
「ああ、お前がマグナか。話は聞いている。特別に会場の警備を担当させるが……いいか、ぜったいに変な動きはするなよ。今日来るのは貴族のみ。お前のような平民はいないんだからな」
エルヴィットに誘われたパーティー当日。俺は貴族街北部にあるイベントホールに来ていた。今晩はここで警備を行うのだ。
俺の話は事前に伝わっていたらしく、さっそく会場に入れてもらう。そして青竜公の紋章の入った旗を渡された。
「ほら。お前の仕事はこの旗を持ちながら、会場の端で立っていることだ」
「え……? 警備なんじゃ……?」
「武装もなしでどう警備するんだ? なにかあれば大声で近くの者に伝えろ」
会場には他にちゃんと武装した警備の者がいた。おそらく青竜公が手配した、正規の警備兵なのだろう。
俺の役割は旗を持ちつつ、監視員の仕事をすることというわけか。
『ふむ……あの娘が気をきかせたのではないか?』
「え?」
『その旗を外せば、鉄棒として使用できるだろう。いざというときの武器として、お前に持たせたのではないかということだ』
ああ……なるほど。さすがエルヴィットちゃん! 武装できない俺に金属棒を用意してくれるなんて……! やっぱあの子、俺に惚れてるわ!
俺はさっそく壁際に移動すると、旗を持ってその場で立つ。そして会場に入ってくる貴族たちを観察していた。
「はぇ~……どいつもこいつも派手な恰好してんなぁ……」
『それなり以上の貴族が集められているのだろう。なにせ今日の主役は、青竜公の次期当主だろう?』
実はこれもあり、リリアベルからは会場警備の仕事を受けろと言われていた。ようやくきた竜魔族をちゃんと見られる機会だからな。
「んでもよぉ。エルヴィットも青竜公の娘なんだろ? あっちは俺たちと見た目はそう変わんねぇよな……」
あとあと知ったのだが、エルヴィットは青竜公の娘だった。だが思い返してみれば、彼女は初めて会ったとき、こう言ったのだ。
俺は父が推薦した人だ……と。俺を推薦した貴族なんて、心当たりが1人しかいない。
『アバンクスが言っていたな。竜魔族の子は、相手種族として生まれるか。あるいは竜魔族と力をいくらか継いだ子になるかだと』
「エルヴィットの場合は相手種族……普人種の子として生まれたというわけか」
かわいいからなんでもいいけど。
ぼーっと立っていたら、いつの間にか会場にはけっこうな人数が集まっていた。その中の1人がこちらに向かって歩いてくる。
「おお、マグナ! 聞いていたとおり、本当に会場警備を任されておるとはな!」
「おや。アバンクスさん」
歩いてきたのはアバンクスだった。なんだか久しぶりに会った気がするな……!
「私の雇った護衛が青竜公主催のパーティーで警備を任されるとはな……! くくく……これでまた派閥内における私の存在感を強められるというもの……!」
「順調そうでなにより……」
いいねぇ、ノってんねぇ!
アバンクスの話によると、以前までならまず青竜公主催のパーティーには呼ばれなかったそうだ。
今回初めて招待状が届いたとき、それはそれはうれしさで天高く舞っていたとか。
「そういやリュインとアハトは?」
「うん? いや、なにも聞いておらんが。2人とも今日は別件があるとかで、早くから出ておったようだし」
「そうなの?」
『……………………』
なんだかんだ、2人にもけっこう長い間あっていない。俺が寮で暮らしていたからだけど。退屈してなかったらいいけどな……。
ちなみにアバンクスの奥さんは、まだ小さな子供の世話があるためパーティーに出席できなかったようだ。あの子、なぜだかリュインに懐いていたんだよな……。
「今日はなんとしても青竜公にご挨拶をせねば……!」
隣ではアバンクスがやる気に燃えている。まだまだ高みへの階段を上っている最中らしい。
いいぞ……! 下っ端貴族がどこまで駆け上がれるのか、俺に見せてくれ……!
ちょうどその時だった。会場の入り口あたりからざわめきが聞こえてくる。
「うん?」
どうやら賓客が来たらしい。人だかりもできている。そしてその人だかりから現れたのは、1組の美男美女だった。
「おお……」
男の方は上等そうな服がよく似合っており、赤い髪を後ろにくくってまとめている。
目も赤く、どこかルシアを思い出させる瞳が特徴的だ。しかし顔がいいな……俺ほどじゃないけど。
そして女の方は、これまたえらく美人だった。宝石で彩られたドレスを身に纏い、薄紫の髪は後頭部でまとめ上げている。まるでドレスを着た女騎士……というか。
「いや、アハトじゃねぇか!?」
え!? なに!? どうなってんの!? その男だれ!?
あとなんでシレっと会場に入ってきてんの!? しかも賓客待遇!?
いろんな疑問が脳裏をよぎるが、よく見るとリュインもアハトの上で飛んでいた。こっちもごきげんな様子で会場を見渡している。
「アバンクスさん!? あれ、どういうこと!?」
「わ、私にもわからん! というか……! あのお方は赤竜公の第三夫人の息子、ロンドベルン様だぞ……!?」
「はいぃ!?」
第三夫人の子とはいえ、赤竜公の息子がこの場に現れたことにも驚きだけど……! その隣にアハトがいる意味がわからん!
「お、おい! リリアベル……!」
小声でリリアベルに訪ねてみる。するとしっかりと応答があった。
『なんでも数日前、下町で知り合ったらしいぞ』
「んぇ!?」
『賞金首ハントを楽しんでいたところ、偶然知り合ったらしい。そのまま話の流れで、今日の護衛を引き受けたようだ』
「意味わかんねぇよ!?」
つまりアハトはえらい貴族の護衛で会場に来たのに、さも貴族の一員のような態度を取っているのだ。
だれもアハトを見て、平民が紛れ込んでいるとは思わないだろう。
つかリリアベル! 知ってたんなら教えてくれよ!
『ちなみに報酬の前払いとして、いくつかの魔道具や希少金属の類を受け取った。すでにシグニールに転送し、光子リアクターの出力を上げられないかと試行錯誤中だ』
がっつり報酬まで受け取っているし……! いや、そうじゃない! 賞金首ハントを楽しんでいたって、なんの話だよ!?
さっきまで退屈していないかな……って、心配していたのに! ものすごく楽しんでいるじゃねぇか!
どの貴族もアハトとロンドベルンを見ていた。
だがこの会場には青竜公派閥の貴族が多い。それに相手は赤竜公の息子ということもあり、積極的に話しかけにいくものはだれもいなかった。
「く……! 俺なんて会場で旗持って監視員をしているというのに……!」
『うるさいぞ。そろそろ主役が登場のようだ。そっちに注目しろ』
会場の二階席に人が並びはじめる。そして大きな扉が開かれ、最初に姿を見せたのは、とても綺麗なドレスに身を包まれたエルヴィットだった。
「おお……!」
薄緑の髪はいつもよりツヤがある。左の前髪は普段どおりにリボンごと編み込んでいるが、今日は後ろ髪を頭上でまとめていた。髪型の影響なのか、首がとても細く見える。
ドレスもよく似合っているな……! 全体的に露出は少ないが、胸の大きさはよくわかる。
それに腰を絞ったデザインになっており、くびれを強調している。そしてその分、ヒップの曲線を魅力的に見せていた。
そんな彼女は二階から一階を見下ろす。そして俺と目が合ったとき、ニコリと笑みを見せてくれた。
うーん……やっぱりかわいい……。
「お集りのみなさま。本日は弟であるグアゼルトの誕生日パーティーにお越しいただきまして、ありがとうございます」
■
招待客として会場に入り込んだダイクスは、二階に現れたエルヴィットを観察していた。
彼女は微笑みを浮かべながら、会場に集まった者たちに挨拶を述べている。
(相変わらずいい女だ……。さて……そろそろ準備に移るか)
これからの仕事についてあらためて思考を深めていく。まずはグアゼルトが姿を現すのを待つ。
(次期当主が登場したら、隠し持ったショートソードで青竜公派閥の貴族を斬り殺す……)
これで会場は混乱の渦に飲み込まれるだろう。傍目から見れば、赤竜公派閥の貴族が青竜公派閥の貴族を殺すのだ。今後の両派閥の対立は決定的なものになる。
あとは自分たち〈アドヴィック〉が暗躍する形で、両陣営で武力衝突が起こるように環境を整えていく。数ヶ月後には大規模な内乱に繋がるはずだ。
(そこで紫竜公の出番というわけか……。手間ではあるが、玖聖会からしても必要なことのようだしな)
およそ人が宿すには
その具体的な目的まではダイクスにはわからなかったが、いずれにせよやることは変わらなかった。
(しかしガイヤン様も雑に仕事を振るもんだ……。騒ぐだけ騒いで、エルヴィットをさらえと言うんだからな……)
普通に考えればかなり難しいだろう。貴族を斬り殺してそのまま青竜公の娘をさらえと言うのだから。
しかしガイヤンはそれができるように手は打ってあると話していた。
その具体的な内容までは教えてもらっていないが、自分であれば可能であると判断もしたのだろう。そのこと自体はわるい気がしていない。
また万が一、自分が行動を起こせなくなつた時の腹案も用意されていた。その際は会場警備兵に紛れ込んだ仲間が、ロンドベルンに斬りかかる予定だ。
どちらにしても大きな騒ぎを起こすことはできる。あとはガイヤンが用意したサポートをあてにしつつ、エルヴィットをさらえばいい。
(まぁいい。〈アドヴィック〉の一員として……俺は俺の仕事をするまでだ)
会場中の貴族たちが拍手をする。すると二階の大扉から1人の少年が姿を現した。今日の主役である次期青竜公、グアゼルトだ。
彼が挨拶をはじめると貴族たちは静かにそれを聞く。そんな中、ダイクスは懐に手を伸ばし、静かに前に進んだ。
(みんなグアゼルトに気を取られている……! いけるっ!)
ショートソードを取り出し、「仲間の仇だ!」と叫びながら目の前の貴族を斬りつける。あとは勝手に事態が動く。
そう思い、ショートソードを掴んだ腕を懐から出そうとしてところで。何者かの腕がダイクスの右腕をガシッと掴んだ。
「…………っ!?」
バッと真横を向く。するとそこには、この数日なるべく関わらないようにと意識していた男が立っていた。
「は……!?」
「あんれぇ? ダイクスくん、久しぶり~。招待客は武器持ち込み禁止だって知らなかったのかな~?」
その男……マグナは、なぜか懐にしまっていた武器を見破っていた。
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