第57話 ダイクスくんはストレスを抱え込んでいたみたいです。

「お……おま……!?」


 周囲の貴族が何事かとこちらを振り返る。二階にいるグアゼルトとエルヴィットも、俺とダイクスに視線を向けていた。


(まさかこいつもここに来ていたなんてなぁ!)


 ついさっきまで、俺はグアゼルトを観察していた。ようやく会えた竜魔族だ、他の種族とどうちがうのか見比べたかったのだ。


 だが俺たちとあんまり変わらねぇな……と思っていたその時。急にリリアベルから声をかけられた。


『アハトからだ。会場に武器を持ち込んだ貴族がいるらしい』


「え?」


 どうやらアハトは、なんでも見えるウルトラアイで会場にいる者たちをチェックしていたらしい。その結果、1人だけ懐に武器を持った奴がいた。それがダイクスだったのだ。


 彼は静かに足を進めると、懐に手を入れる。さすがに見逃せなかった俺は、ダイクスに近づいた。


 あいつも目立ちたくなかったのか、壁際にいたからな。わりと俺の近くにいたのだ。


 そしていいタイミングで、そのままダイクスの腕を掴む。俺は笑みを浮かべながら、近くの貴族たちに聞こえるように話した。


「困るなぁダイクスくん。いくら軍学校で優秀な成績を修めている君でも、会場に武器を持ち込んではいけないよぉ?」


 軍学校の生徒が武器を持ち込んでいるのだと周囲の者たちに伝える。そしてそのまま強引にダイクスの腕を引っ張り上げた。


「ぐっ!?」


 みんなの前で上げられたその腕にはしっかりとショートソードが握られていた。それを見て近くにいた貴族子女が悲鳴を上げる。


 同時に「なにごとだ!?」と、正規の会場警備兵たちが近寄ってきた。


「はっは。いくら鬱屈うっくつした学園生活を送っているからといって、通り魔テロはいただけないなぁ」


「お前……! なんでここに……! あぐぁ!?」


 軽く腕をねじる。するとダイクスはたまらず握っていた剣を床に落とした。


 ガラランと響く金属音におびえるように、俺たちの周囲から貴族たちが遠ざかっていく。


 反対に近づいてきた警備兵たちは俺たちを警戒するように取り囲んだ。俺はそのままダイクスを床に組み伏せる。


「おい! その男は!?」


「あー。見てのとおり、会場に武器を持ち込んでいました。まさに今、招待客に斬りかかろうとしていたので、こうして取り押さえたところです」


「ぐぅ……!」


 まさかこんなことになるとはなぁ。しかしダイクス。そんなにストレスを抱え込んでいたのか……。


 きっと俺との一戦以来、気軽に女生徒たちのおっぱいを揉めなくなったのだろう。そうしてイライラが溜まっていき、今回のような犯行に及んだ。


 うん。この推理はあたっていそうな気がする。


「しずかにしろっ! なにごとだ!?」


 二階から幼さを残したりりしい声が響き渡る。グアゼルトくんだ。彼も騒ぎが起こったことには気づいている。


 会場が静まりかえる中、警備兵の1人は姿勢を正した。やや距離はあるが、この場から状況を報告するのだろう。


 俺を含め、だれもがそう考えた時だった。しかし次に響き渡った声は、その警備兵とは別の警備兵の声だった。


「ロンドベルン、覚悟おぉぉぉぉぉぉ!!」


「んぇ!?」


 なんと赤竜公の息子だというロンドベルンの近くにいた警備兵が、剣を抜いて彼に斬りかかる。なかなか洗練された太刀筋ではないだろうか。


 だが案の定、アハトがすぐ前に出てきた。彼女はそのまま正面から素手で警備兵の振るう剣を掴み取る。


「は……?」


「フ……」


 相手が驚きで硬直している隙に、距離を詰めて手刀を肩に叩き込む。ゴキリという不気味な音がここまで聞こえてきた。


「あ……が、おぉ……!」


 肩を砕かれた警備兵はその場に倒れ込む。さすがにアハトの手刀を受ければ無事ではすまないだろう。


 生きているところを見るに、かなりの手加減をしたんだろうけど。


『ふむ……? この小僧がテロを起こそうとしたら、今度は警備兵がテロを起こそうとした……?』


 状況的にはそうなるな。聞いていてよくわからんけど。


 まさか警備兵の中にも、ここまでストレスを抱え込んでいる奴がいるとは思わなかった。きっと刹那的な興奮に身を任せてしまったのだろう。


「バカな……!?」


 ダイクスは床に組み伏せられつつ、ロンドベルンとアハトの方を見て驚愕に両目を大きく見開いていた。


「………………?」


 なんだ……なぜダイクスはこんなに驚いている……? 


 自分が捕えられた状況だというのに、どうしてアハトたちを見て「バカな……」なんて発言が飛び出してくる……?


 なにか違和感を感じる。だが言語化するにはすこし難しい。


 そんなモヤつきを感じているときだった。組み伏せているダイクスの身体がビクンと痙攣を起こす。


「ん……?」


「あぉ……っ!? は……お、んぎいぃぃぃ……っ!!」


 ダイクスはなんともいえないうめき声を漏らしていた。白目を剥いて口から涎を垂らしている。そして全身のビクンビクン状態も止まらない。


「お、おい……!?」


「あ……、がぁぁ……! がいや、さまぁ……っ!!? ま、まさ……か……っ!!? おれに……はぐぅ、い、いつの、まにぃ……っ!!」


「きゃああああ!?」


 アハトたちの方からも悲鳴が聞こえる。視線を向けると、アハトが倒した警備兵も床で身体を痙攣させていた。そして。


「うおお!?」


 ダイクスの着ていた服がビリビリと裂け、全身が不気味なほどに膨張ぼうちょうしていく。なにが起こっているのかわかない。


『一度距離を取れ!』


「っ! 了解!」


 高く飛びながらその場を離れる。距離を空けてダイクスを見ると、一瞬前までの彼からは信じられないくらいに筋肉の塊と化していた。


「ブルァァ……ルアアアアァァァァァァァァァ!!」


 咆哮を上げ、ゆっくりと立ち上がる。筋肉の膨張に耐えられなかった全身の服は内から破かれ、ダイクスは白目を剥いたまま全身を強く輝かせた。


「グルアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」


 いや。ダイクスだけではない。アハトが倒した警備兵も、ダイクスと同様の変化を見せている。会場には2体の筋肉の怪物が姿を現していた。


「きゃああああああぁぁぁぁ!?」


「な、なんだこの化け物はぁ!?」


「落ち着け! こんな奴、さっさと片付ければよい!」


 貴族の1人が指輪をダイクスに向ける。そして指輪に嵌め込まれている石が光り、そのまま半透明の光弾が発射された。


「魔術か……!」


 光弾は見事にダイクスに命中する。だがその身体に触れた瞬間、なにごともなかったかのように姿を消した。


「な……!? わたしの魔術を……!?」


「グァルルル……ウラアアアアアアァァァ!!」


「…………っ!?」


 一瞬だった。ダイクスは俺の目でもギリギリ追いきれたくらいの速さで、光弾を放った貴族に向かって突進する。


 そして通り過ぎさまに剛腕と呼ぶのも生易しい太すぎる腕で、貴族の頭部を吹き飛ばした。





「まさかこんなことになるとはなぁ……」


「予想外の邪魔が入りましたね。さすがは青竜公……優秀な警備を用意していたようですが。念のため2人に秘薬を仕込んでおいてよかったです」


 貴族街の一角で、勇角族の男性であるガイヤンと、カタナを持つ少女が水晶を覗き込んでいた。


 そこにはパーティー会場の様子が映し出されており、2体の怪物が暴れ回っているところだ。


「まぁ証拠隠滅しょうこいんめつも含めて、ダイクスの奴はここで切り捨てる予定だったが……。これも遠隔で、かつ任意のタイミングで仕込みを発動できるからこそだな」


「その代わり失敗率100%ですけどね」


 よく見ると少女の左手からは黒いモヤが漏れ出ていた。少女は水晶を覗き込みながら言葉を続ける。


「それで……いかがされます? 当初の予定とはちがってきましたけど」


「まぁここで2人を使ったのは予定外だが。どちらにせよダイクスには暴れてもらう予定だったんだ。大きな問題はないだろ」


 ガイヤンははじめからダイクスを怪物化させるつもりだった。その混乱に乗じて、もう一人仕込んでいた警備兵にエルヴィットをさらわせる予定だったのだ。


 会場が混乱状態に陥れば、警備兵はエルヴィットたちの身柄を守るために動く。彼女の一番近くで行動できるため、その身柄をさらうチャンスはいくらでもあると考えたのだ。


 だがここでその案は廃案はいあんとなった。


 ダイクスが騒ぎを起こせなかった場合の保険も兼ねていたが、もしその保険が使用された場合。エルヴィットをさらうのはガイヤンの役目になる。


「いい感じに混乱しているしよ。俺はこのままあの嬢ちゃんをさらいに行くぜ」


「そうですか」


「クロメはどうする? 城の方を探るか?」


 クロメと呼ばれた少女は、ゆっくりと首を横に振る。


「そちらの方はこれからも機会があるでしょう。あなたの方を手伝いましょうか?」


「はは。ありがたいが、その必要はねぇだろ! それじゃ……行くぜ!」


 そう言うとガイヤンは常人にはあり得ない脚力で高く舞い上がる。そして建物の屋根を蹴って会場へと向かった。


「それにしても……この女性。すこし気になりますね……?」


 そう呟くクロメの目には、水晶に映るアハトに向けられていた。

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