第58話 さらわれたエルヴィットちゃんを助けに行きます。

 会場は阿鼻叫喚あびきょうかんの地獄と化していた。


 2匹の怪物が暴れ、周囲の警備兵や貴族たちを殺してまわっているのだ。


「くそったれ……!」


 俺としたことが……! 警戒するあまり、目の前で何人か死なせてしまった……! 


 俺は旗がついた金属棒を手に、ダイクスだった怪物に向かって駆ける。


「うおおおおおおお!」


 手加減なしの一撃を放つ。だがダイクスの筋肉があまりに硬すぎるのか、殴った金属棒の方が折れてしまった。


「グルアアァ!!」


「うぉっ!?」


 こちらに気づいたダイクスも腕を振りかぶってくる。俺はそれを後方に飛んでかわした。


 あぶねぇ……! まともに受ければ、たぶん俺でもダメージを負う……!


『筋肉の異常発達に加え、おそらく魔力も上昇している。ただしく計測はできないがな』


「んなもん、計測しなくても見ればわかる!」


 怪物になったダイクスと警備兵。2人の身体からはかなり強く魔力による光があふれ出ていた。


 たぶんこれまで見た奴らの比じゃないくらいに、とてつもなく強力な身体能力の強化が行われているのだろう。しかもあの筋肉量でそれを行っているのだ。


 会場のいる貴族たちは我先にと逃げ出していた。俺とアハトは怪物の興味をなるべく自分たちに引きつけつつ立ち回る。


「グルルルァ!!」


「くぅ!」


 鋭い正拳突きが繰り出される。防御はできねぇな……! 


 なんとか身をかがめつつ、ダイクスを通り過ぎて正面に転がる。同時にアハトの方に視線を向けた。


「シャアアアアァァァ!!」


 怪物がアハトに蹴りを放つ。アハトはそれをしっかりと腕でガードした……が。


「え……!?」


 ガードした腕ごと、その身体がそこそこの距離まで吹き飛ばされた。


 ばかな……!? アハトの身体は見た目どおりの重量ではない。


 極端に重いわけでもないが、ただ蹴ったからといって、簡単に吹き飛ばせるわけではないのだ。それをこの怪物は……!?


『なんという筋力だ……! この2体の怪物、これまでこの星で見てきた生物の中で、おそらく最も力が強いぞ!』


「それも見たらわかる!」


「ヴォォアアアアアアアア!!」


「っ!!」


 再びダイクスが迫ってくる。くそ……! 貴族たちはほとんど逃げたみたいだが……! 


 ダイクスの攻撃をかわしながら次の一手を考える。グナ剣があれば、今ごろとっくに倒せているのに!


「姉さん!?」


「っ!?」


 二階から少年の声が聞こえる。ダイクスの拳をさけつつ視線を向けると、いつの間にか額から角を生やした大柄な男がエルヴィットを壁に押し付けていた。


 そのままその両腕を後ろ手に組ませ、片手で押さえ込んでいる。


「おおっとぉ。下手に抵抗しようとするなよぉ……? お前たちの態度次第では、あの怪物がさらに増えることになるぜぇ……?」


 すっげぇ物騒な言葉が聞こえてきた……! つまりあの勇角族の男は、この事件の真犯人……!?


「ギュルアアアアァアァア!」


「しつこいって……!」


 なかなかダイクスのマークを外せない。くそ……エルヴィットたちの様子も気になるのに……!


「あぐぁっ!」


 少年の声が聞こえる。チラリと視線を向けると、グアゼルト少年は男によって蹴り飛ばされていた。


 男はそのままエルヴィットを片手で担ぎ上げると、信じられない跳躍力で天井付近の窓ガラスを破って外に出る。


「ねえさん……っ!」


『む……狙いはエルヴィットか……?』


 それはわからないが、エルヴィットがあの男にさらわれたのはわかる! くそ……!


「おおおおおおおお!!」


 おそらくこの惑星に来て以来、最大の力を込めた拳をダイクスの胴体にぶち込む。並のヒューマンであれば、内臓破裂と骨折をしながら吹き飛ぶような威力だろう。


 しかしダイクスはすこしよろめいて片膝をつく程度だった。すっげぇ硬ぇ……!


「ルオオォォォ!?」


 その隣をもう一体の怪物が通り過ぎていく。後ろを振り向くと、アハトが掌底を放った姿勢で立っていた。


 どうやら今の怪物は、アハトによって吹き飛ばされたようだ。


「これまでエコモードで活動していましたが……コンフォートモードに切り替えました」


「え!? そんなモード設定があったの!?」


「シグニールに搭載された武装が使えれば、その必要もなかったのですが」


 どうやらアハトさんもすこし本気を出したらしい。


『アハト。それ以上出力を上げないように気をつけろ。お前に使用されているパーツは、この星では替えがきかない物も多い。できるだけ摩耗まもうを抑えろ』


「わかっています。……マグナ。あなたはさらわれたご令嬢と縁がある様子。そちらは譲りましょう」


「アハト……」


 今さらながらアハトがこれまで本気を出さなかった理由に思い至る。


 エネルギーの消耗率だけではない。身体を構築するパーツの損耗率も関係しているんだ。そしてこの星には、アハトを満足にメンテナンスできる施設や素材がない。


「どうしました? おいしい場面……でしょう?」


『わたしとしては、あっちは放置というのも手ではあると思うがな』


「……まったく」


 アハトは相変わらずだな。そしてリリアベルもだ。


 エルヴィットちゃんはかわいいし、俺に惚れている。助ける理由なんて、これだけで十分だろ!


「アハト! ここは頼んだ!」


「ええ」


 腰を落として太ももに力を入れる。そして一階からエルヴィットをさらった男が出ていった窓に目がけて跳躍した。


「うおおおおおお!」


 こんなに全力でジャンプしたのも、この星に来て初めてのことだ。


 勢いよく窓を飛び出した俺は、空高く舞いながら軍用コンタクトレンズの機能をリリアベルに委任する。


「リリアベル!」


『すぐ精査する。……見つけたぞ』


 コンタクトレンズの機能をフルに使用し、リリアベルは逃げた男の位置を特定した。


 俺の視界には男のいる場所が大きなピンで記されている。ピンはいまも動いているが、ここを目指して走るだけで男に追いつけるだろう。


「全力ダッシュで……行くぜ!」


 着地と同時に屋根を駆ける。待ってろよ……エルヴィット……!





 男に担がれたエルヴィットは、王都の地図を思い浮かべながら、自分がどこに連れ去られようとしているのかを考えていた。


(この方角は……)


 てっきりこのまま騒動の黒幕のもとへ向かうのかと思いきや、予想とちがって男は貴族街の外に出る。そしてものの数分で、王都からも出ていた。


(なんて速度……!? でも身体能力の強化を行っている様子はない……!)


 優秀な者が身体能力を強化しても、これほどの短時間で王都から出ることはできないだろう。それなのにこの勇角族の男は信じられない身体能力を見せた。


 あまりの速度でなかなか目も開けなくなる。だがだんだん速度が落ちていき、やがて男は足を止めた。


「…………?」


 ゆっくりと目を開くと、そこは平原だった。周囲には明かりはなく、星光だけが頼りだ。


 なぜか今日の月光はとても強く、周囲を照らしてくれていた。


「はは……! ま、短時間でここまで来たんだ。だれも追ってこれねぇだろ」


「きゃっ!?」


 そう言うと男はエルヴィットを雑に下ろす。そして彼女に笑いかけた。


「助けはこねぇよ。あきらめな」


「…………。あなたは……いったい、なにものです……?」


「いいねぇ……怯えのない目だ。そういう強い女は好きだぜ?」


 警戒しながらエルヴィットはゆっくりと立ち上がる。そして王都までのおおよその距離を測っていく。


(王都西部の平原……そのどこかですね。でも……あまりに速すぎて、どこまで離れたのか正確な位置はわかりません……)


 続けてこれまでの出来事を振り返っていく。最初に行動を起こしたのはダイクスだった。


(ダイクスはマグナさんが止めてくれました。まさか彼が武器を持ち込んでいるとは思いませんでしたが……)


 思えばダイクスには不審な点が多かった。もともと真面目だった彼は、魔獣討伐実習から帰ってからというもの、急に性格が変わったのだ。


 これまでの彼からは考えられないくらいに横柄になり、教官も含めた女性にセクハラを繰り返すようになった。そして優秀だった剣の成績は、さらに上達をしていた。


(マグナさんに押さえられて、次に動いたのはロンドベルンさんの近くにいた警備兵だった……)


 だがこちらもロンドベルンの隣にいた美女によって取り押さえられる。


 あれほどの美貌の持ち主だ、これまで無名だったわけがない。おそらくは青竜公のパーティーに行くにあたり、ロンドベルンがどこからか連れてきた護衛なのだろう。


(赤竜公も最近の騒動には警戒していたはずです。なにかあってもいいようにと、人選を行ったのでしょう)


 事態が大きく変化を見せたのはここからだ。気づけばダイクスと警備兵は異様に筋肉を膨張させ、これまでに見たことのない魔力の強さを見せつけてきた。


 そしてその剛腕によって、何人かの貴族が殺された。


(変容した2人は、マグナさんとあの女性が相手をしていましたが……)


 2人とも魔力は持っていない様子だった。あのままでは難しい相手だろう。


 騒ぎを聞きつけた騎士団の応援がなければ、取り押さえることは不可能なはずだ。そしてその間、短時間で遠く離れた自分には助けがこない。


(…………なるほど。薄っすらとですが……見えてきましたね)


 とても細い糸が繋がりはじめる。黙って思考に没頭していたエルヴィットを見て、男は口角を上げた。


「そう怖がるなよ。抵抗しなければ、ここでお前をどうかしようとは思わないさ。まぁ抵抗すれば……大人しくさせるけどなぁ?」


「…………。会場であの2人を変異させたのはあなたですね?」


「うん?」


「数ヶ月前に〈アドヴィック〉の者を使って、赤竜公派閥の貴族を殺したのも。ああ……なるほど。ダイクスさんも……〈アドヴィック〉の一員に成り代わっていたのですね。本物の彼はどこに? もう死んだのかしら?」


「………………」


 男は面白いものを見たかのような表情を浮かべる。そのまま続きを促した。


「今回の件……狙いは二大派閥で争いを起こすこと。それで得がありそうなのは……紫竜公、かしら? 二大派閥が争い合って消耗したところを、最近すこし存在感を出してきた自称保守派と共に争いを収めにいく……。ああ、なるほど。紫竜公はそこまでして、今の聖竜国のあり方を変えたいのですね。あなたは紫竜公に雇われた、〈アドヴィック〉の一員?」


「……まず〈アドヴィック〉の名を知っていたことは素直に驚いたぜ」


 雲の隙間から覗く月光が男を照らし出す。


「だが俺は〈アドヴィック〉じゃねぇ。そいつらをまとめ上げる玖聖会。そのメンバーの1人、ガイヤンだ」

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