第47話 魔道具作成について教えてもらいました。
二階の部屋で俺たちは向き合う形で座る。はじめに口を開いたのは向こうだった。
「名乗りがまだだったな。わたしはアバンクス・ライトルドだ」
「マグナっす」
「アハト」
「リュインよ! よろしくっ!」
リュインが派手にクルクルと回る。こいつはどこでもいつもどおりだな……。
「商談の前に聞きたい。王都に来る途中で魔獣を狩ったと言ったな? ここより西にあるヒルライン山脈。その麓にある森で狩ったのか?」
知らねぇ! どこだよそれ!?
たぶんディルバラン聖竜国内にある、魔獣が自生している地域なんだろうけど……。ここは適当に話を合わせておいた方がいいか……?
だがなんと言って合わせるか。すこし悩んだその隙に、さっさと答えたのはアハトだった。
「フ……わたしたちはまだこの国に詳しいわけではありません。王都に来る途中で寄ったあの森がそういう名だったかも定かではないですね」
相変わらずなんの「フ……」かわからないが、うまいこと答えてくれた。
同じ内容でも、いかにも貴族に見える(らしい)アハトが言うとまた印象が変わるだろう。
「なぜ旅をしている。なにが目的でここへ来た?」
「より強い魔獣を求めて、ですよ」
…………っ!? はじめて聞いたよ!? え、アハトさん。いまどういうムーヴ!?
「その魔晶核を持つ魔獣ですら、我らの敵というにはあまりに弱すぎました。魔獣大陸で狩りをしていたときもありますが……他大陸の魔獣がどの程度なのか。それを知りたくて旅しているのですよ」
「そーそー! あ、あと四聖剣も探しているの!」
リュインもここぞとばかりに乗っかかってくる。だがアバンクスさんはリュインの話は無視していた。
「なるほど……腕には相当な自信があるようだな。ふむ……」
え、まさか信じたの!? アハトも一応、魔獣大陸から直接渡ってきたことは濁したが。
それでも身元が不明な者が言った言葉を、そのまま信じるってことはないだろう。
……もしくは。この魔晶核を持っていた魔獣を相当強い個体だと考え、腕だけは信じたのかもしれない。
「お前たち、しばらく王都に滞在するのか?」
「それも選択肢の一つではあります。ここから魔獣大陸も近いので、さっさと出ていく可能性もありますが」
「……なるほど。ここへは魔獣大陸に渡ることも考えてやってきたか。たしかにその腕前であれば、彼の大陸でも引く手あまただろうからな」
実際にはぜんぜんそんなことないけど!
まぁあの大陸で、だれもが驚くものすごい魔獣を倒したってわけでもないからな。そういう意味ではまだどこのファルクも、俺たちの実力を把握していない。
つかアハトさん、話運びがうまいねぇ。向こうがどういう意図で質問をしてきているのかわからないのに、うまく明言を避けて会話をしている。
「まぁ本当に討伐難易度が高い魔獣を狩れる実力を持っているのなら……だがな」
「……ん?」
「この2つの魔晶核はたしかに見事だ。だが二匹の魔獣であれば、その時の運次第で狩りようもあるだろう? ましてや冒険者をしていたのだ、対魔獣戦に特化した罠などの知識もあるだろうしな」
なんだ……なにを言いたい……?
今、魔晶核を欲しがっているのはこのアバンクスだ。さっさと買い取り交渉をすればいいのに、どうしてわざわざ俺たちの実力にケチをつけようとする……?
つか対魔獣戦に特化した罠とかの知識も実力じゃね? ケチをつけてくるにしてはすこし強引な印象を受ける。
いや、目的はケチをつけることではない……? 運よく狩れた魔獣の魔晶核だろうから、安く売れと……これはそういう交渉なのか……?
それとも……俺たちの実力を正しく把握しておきたい理由でもある……?
よくわからないが、まぁ乗っかってやるか。いずれにせよ話を前に進めないことには、買い取り交渉もはじまらない。
それにリリアベルが知りたがっている、魔道具の情報も得られないし。
そう考え、俺は袋の中に腕を突っ込む。そして机の上に、残り3つの魔晶核すべてを並べていった。
「は……?」
「いやぁ~、森の中でしばらく暮らしていたけどよぉ。どいつもこいつも大したことなかったよなぁ、アハト」
「ええ。魔力を持つ魔獣しかいない地域で暮らしていた時期もありましたが……苦戦というのは経験したことがありませんね」
「そりゃ2人とも、位の高い精霊をやっつけちゃうくらいだもん! あの程度の魔獣で苦戦はしないでしょ!」
リュインもいい感じでアシストしてくれる。
アバンクスの狙いはよくわからないが、ここは「俺たち、ちゃんとした実力者ですよ」アピールをしておく。
これまでアハトがしれっとやっていることもあったが……! ちょっと楽しい……!
「高位の精霊を……!?」
「そうよ! 骸骨精霊もなんのその! なんだから!」
「お前じゃないけどな」
リュインがクルクル回りながら、両腕をシュッシュッと繰り出す。
こいつが戦闘で役に立ったことは一度もないな……。まぁ戦闘要員として数えていないけどさ。
「なるほど……いや、疑ってしまったこと。まずは詫びよう」
おや……どうやら話が次のステージに進みそうだ。
「またこれらの魔晶核だが。全部で200万エルク出そう」
「に……」
おお……けっこう高いな……! レグザさんに1個40万エルクで売ったことを考えると、値段はまったく同じだけど。
そういや未だにこのクラスの魔晶核が、ギルドでどれくらいの価値がつくのか把握してねぇな。とりあえずしばらく金には困らなそうだ。
「ふむ……まぁ安く思うだろうが、まずは私の話を聞いてほしい」
どうやらアバンクスさんとしては、意識して安くつけたらしい。あぶねぇ……普通に喜んでたわ……!
「話、ですか?」
「そうだ。しばらくの間、お前たちを専属護衛として雇いたいのだ。そちらで給金を弾みたい」
「…………ん?」
護衛……? 貴族の? なんで俺たちに? いろいろ疑問が浮かんでくるが、アハトは落ち着いた様子で頷く。
「なにやら事情がありそうな様子。伺いましょう」
「ああ。お前たち、この国の貴族についてはどの程度の知識がある……?」
「……いや、まったく。というかそもそも、貴族と関わることになるとも思っていなかったんで」
事実をありのまま話す。知っていることといえば、せいぜいこの国の王族が竜魔族だっていうくらいか。
「そうか。いや、その方がかえって信用できるというもの。……この国の貴族はいま、2つの大派閥が争っているのだ」
アバンクスの話によると、この国の貴族派閥でとくに大きいのが〈青竜公〉と〈赤竜公〉らしい。
細かくわけると他にもあるらしいが、政治に直接的な影響力を及ぼしているのがこの2つとのことだ。
「〈青竜公〉に〈赤竜公〉ですか……」
「そうだ。いずれも〈聖竜公〉たる陛下と同じく、竜魔族の血筋が当主を務めている」
おお……! でたよ竜魔族……!
この国で竜魔族はいずれも高位貴族にあたる。〈竜公〉の名を冠する貴族家はすべて竜魔族が当主を務めているらしい。
「その言い方だと、他の〈竜公〉もおられるので?」
「ああ。すべて高位貴族ではあるが、だれもが政治に興味を持っているわけではない」
とくに派閥を作らず田舎でのんびりしている当主もいるようだ。
しかしここ王都では、2人の竜公がその権力拡大を狙って日々争っている……と。
「〈青竜公〉も〈赤竜公〉も、どちらも多方面で影響力が大きい。最近では騎士団内部でも派閥で分かれているくらいだ。そして先日……赤竜公の派閥の者が1人、殺された」
「………………。青竜公の手の者によって、ですか?」
「証拠はない。屋敷に入った賊による仕業だが……その手際があまりにもよすぎたのでな。青竜公が暗殺者を雇い、それを差し向けたのではないか……という噂がたっているのだ」
「うわぁ……」
状況からして、青竜公が黒に近いグレーというわけか。まぁ実際のところは知りようがないんだけど。
「ちなみにアバンクスさんはどちらの派閥なので?」
「青竜公だ」
「……なるほど。で……実際のところはどうなんです?」
なにの……とは言わない。ずばり「青竜公がやったんですか?」という意味の質問だが、言わなくてもわかっているだろうし。
「さて……わたしにもわからん。しかし両派閥に、より大きな亀裂が入ったのは事実だ。わたしのような派閥でも末端の者は、いつ赤竜公の手の者から報復がくるか、恐れているのが現状でな」
アバンクスは派閥の中でも末端に位置する貴族らしい。王都で強い力を持つ高位貴族は、そもそも貴族街を出て平民の住む町にやってこないとのことだった。
そしてそんな貴族ほど、赤竜公の報復を恐れている。
仮に向こうが本当にやる気だったら、最初に狙うのは末端の貴族の可能性が高い。その死は上の者への警告として利用されるのだ。
「話はわかりました。つまり赤竜公が報復をしてくるかもしれないから、俺たちに守ってほしいというわけですね」
「そうだ。これだけの魔晶核を持つ魔獣を狩れる実力を持っているのだろう? その実力と、下手に他の貴族との繋がりがないという点は信用できる」
俺たちの過去を洗っている余裕がないくらい、今はすぐに使える護衛を雇いたいのだろう。
「それに……アハトと言ったか。その見た目なら、パーティーに連れていっても違和感がないからな。身辺警護を任せるのに最適だ」
「………………」
またアハトかよぉ! なんでだ! 俺だって高貴な生まれなのにぃ……!
「フ……一触即発にある2つの派閥ですか。マグナ、いいのではないですか? しばらく退屈せずに済むかもしれませんよ?」
「はぁ……まぁお前がいいなら、俺は別に反対する理由はねぇよ」
それに貴族の側にいれば、この国について理解を深められるかもしれないし。
俺らしい生き方が見つけられるのかはわからないが、動かないことには見つけられないのも事実。あわよくば四聖剣の情報も得られるかもしれない。
『わたしはどっちでもいいが。とりあえず魔道具についてちゃんと聞けよ』
お……と。そうだった。リリアベルの希望があったんだった。
「そういうことなら、しばらく雇われましょう」
「おお……!」
「ところで。魔晶核ですが、普通は魔道具作成に使われるんですよね?」
あらためて確認をしておく。それ以外の用途をしらないからな。
「そうだ。魔力を持つ者が扱える魔道具……これを作成するときに魔晶核は不可欠な素材になる」
「よかったらどういう風に作られるのか。作成の際の具体的な手順とか聞かせてくれません?」
「なに……?」
こっちはアバンクスの希望を受け入れた形だし。アバンクスとしても、その直後に出されたこちらの要望に対して無下にはできないだろう。
「……変わったことをききたがるのだな」
「興味があるんですよ。いつも売るだけですが、それがどう魔道具になっているのか。気にはなります」
「なるほどな」
アバンクスは一度ふぅと息を吐く。そして緑色の魔晶核に触れた。次の瞬間、魔晶核はぼんやりと輝き出す。
「おお……」
「ふむ……魔力の通りもすばらしいな。思ったとおり、すばらしい品質だ」
アバンクスはそのまま魔晶核を掴み上げる。そして俺たちに見えるように腕を前に出した。
「魔導具というのは、作りたい物と魔晶核の相性も考える必要がある」
「相性……ですか?」
「ああ。たとえば緑色の魔晶核は、風のエーテルが含まれているのだが。色の濃さや大きさで、エーテル純度がわかる」
「エーテル……?」
どうやら魔力の属性とはまた別に、魔晶核にはエーテルというものが宿っているらしい。
一般的に色が濃く、大きなものほど強く純度も高いエーテルが含まれているのだとか。
「ものを温める魔道具であれば、火のエーテルが含まれた魔晶核を用いるし、水を出す魔道具作成には水のエーテルが含有された魔晶核が必要になる」
魔晶核に含まれているエーテルには、かなりの種類があるらしい。ものによっては複数のエーテルが含有していることもあるとか。
「たとえばこっちの魔晶核。これは白が中心になっているが、下部には赤色がマーブル模様で確認できる。これは光と火のエーテルが含有されているのだ」
「ほぇー……」
実際は専用器具で詳細な分析を行わないと、どのエーテルがどれくらい含まれているかはわからないらしい。
また魔道具作成には、物によっては各エーテルの割合を微調整して調合を行うケースもあるとのことだった。
「生活用品でも武具でもなんでもいいが……大事なのはどういう性質を持たせた魔道具を作成したいか。最初のコンセプトと設計をしっかりと固めておくことだ。また自分のアイデアに対して、どのエーテルがどの割合で必要なのか。うまくいかない場合は純度を上げればいいのか。初めて作る魔道具ほど、そうした思考と研究が必要になる」
『なるほど……』
いや、今の説明でわかったんかい。どうやら魔道具作成は、俺が思っていたよりも大変なもののようだ。
「大抵は先人の残した魔道具作成レシピがあるが。凝り性な者ほど、魔道具作成にはまりやすい」
ああ、そんな感じがする。たしかダインルードは魔道具作成が趣味だったよな。あいつ……あの見た目で凝り性なのか……。
ちなみにアバンクスは、あくまで貴族のたしなみ程度に魔道具を作成しているとのことだ。
購入した魔晶核も、1つだけ確保して残りは派閥上位の貴族への贈り物にするとのことだった。
うーん……なんと見事な下っ端ムーヴ……。これは末端貴族、まちがいない。
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