第9話 初めて出会った現星人に、冒険者について教えてもらう。
「マグナたち、すっごく足速いのね!」
シグニールを出て数時間後。俺たちはいよいよ森を抜けたところだった。
リリアベルは腕輪状に変形し、俺が装着している。リュインはアハトが持った状態で、2人してずっと走りっぱなしだったのだ。
「はぁ……エルベイジュに乗ってこれば、もっとはやく森を抜けられたのに……」
「えるべーじゅ?」
『まだ言っているのか。今はまともに戦闘機動もできないというのに』
俺だったからこれくらいの時間で森を抜けることができたのだ。並のヒューマンなら、数日かかるだろう。まともな道はないし、魔獣も盛りだくさんの森だからな。
背負い袋から転移装置キットを取り出し、リリアベルの指示に従って組み立てていく。そして森の出口、その目立たない部分に円盤状の装置を設置した。
「……これでいいのか?」
『ああ。数時間後には使用可能になっている』
設置後、すぐに使用できるわけではないのか。たぶん座標の計算とか装置の設定とか、いろいろあるんだろう。
「よぉし! ならさっそく東へ向かおうぜ!」
「おー!」
「フ……凶悪な魔獣がはびこる森で育ったわたしは、これから外の世界で、無自覚無双していくのですね……」
「え、なにそのシチュエーション。俺もやりてぇ!」
『…………ハァ。自覚しながら無自覚とはどういう意味だ』
わいのわいのとおしゃべりしながら東を目指す。街道らしきものは見えず、このまま進んでもリュインの話していた町があるのかはまったくわからない。
「なぁリュイン。四聖剣だけど、どこにあるのかとかわからねぇの?」
「まったくわからないわ!」
「お前、なんでそんなに自信満々なんだ……」
よくそれで聖剣を探しているとか言えるな。まぁもともと本当に存在しているのかどうかもあやしい代物だし。聖剣探しは適当な感じで付き合ってやりゃいいだろ。
そんな他愛もない話に花を咲かせつつ、日が頂点に上ったところで昼食を取る。保存食として加工した肉がメインで、わりとうまい。たぶん素材がいいんだろう。
「つかいつも思ってたんだけどよ。なんでアハトも食ってんの?」
「味覚がありますので」
「まじで!?」
戦闘用アンドロイドにおよそ必要のない機能……! 味覚を搭載した開発者、いったいどんな気持ちだったんだ……!
「? アハトも人間だし、食べなくちゃ死んじゃうじゃない?」
「あー、なんというかだな……」
リュインに対する説明がめんどうくせぇ! わかるように話せる自信もないな。
なんと言ったもんかな……と思っていたときだった。不意にアハトが後ろに視線を向ける。
「……馬車ですね」
「え?」
視界の右上に、別ウィンドウで遠くの景色が映し出される。アハトが現在進行形で見ている光景だ。
「これは……」
確認すると、たしかに馬車だった。まだかなり距離があるが、西からこちらに向かってまっすぐに進んでいる。いずれ俺たちに追いつくだろう。
『ほう……1台か。ちょうどいい。ここで初めてとなる、現星人との交流といこうじゃないか』
■
「いやぁ~。まさかキルヴィス大森林で魔獣を狩っていたなんてねぇ~!」
馬車に乗っていたのは、やはり俺と同じくヒューマンタイプの知的生命体だった。全部で3人、全員男だ。
1人は御者、もう1人は商人。最後の1人はどうやら護衛らしい。俺たちは商人だというレグザさんの好意で、王都まで乗せていってもらえることになった。
「助かったぜ、レグザさん! 俺たち、すっかり道に迷ってよぉ!」
レグザさんは王都で宝飾関連の取り扱いをしているらしい。
近くの町に住んでいる職人と打ち合わせのために王都を離れていたが、今はその帰りとのことだった。
「いえいえ。この辺りで魔獣討伐をしてくれる方は貴重ですからね。それに打算がないわけでもございません」
「と、いいますと?」
「ここで縁を繋いでおけば、いつか私に魔獣素材を回してくれるかもしれないでしょう?」
翻訳機は正常に機能しているな。コミュニケーションを取る分にはまったく問題を感じない。
レグザさんは気のよさそうな人だった。だが3人とも、最初はアハトの姿を見てどこか緊張していた。
たぶん見た目が美しすぎるとか、そんな感じだろう。当初はリュインもアハトに対して、そんな感想を抱いていたし。
アハトのおかげで、変に警戒されずにすんだというのはあると思う。美人が男性の警戒心を薄れさせるのは、どこの星も同じらしい。
「ああ、なるほど。ふむ……」
レグザさんは王都に向かう最中だと話していた。王都……ノウルクレート王国という国の首都を指すのだろう。
だが今のレグザさんの言葉の中には、気になる発言もあった。ここは……あれだな。ちょっと試してみるか。
そう考え、俺は背負い袋から魔晶核を取り出す。シグニール周辺に現れた魔獣から採取したものだ。
とても濃い赤色をした大きめの魔晶核を手に取り、それをレグザさんに見せた。
「な……!? そ、それは……!?」
リュインは魔晶核を見て、これほど高品質なものはほとんどお目にかかれないと言っていた。
この反応を見るに、どうやら商人から見ても珍しい品質のもののようだ。
「たとえばこういう素材を回してもらえることに期待されておられるわけですよね?」
「…………! は……はい……」
護衛のクザという剣士も食い入るように魔晶核を見てくる。なるほど。どうやら使えそうだな。
「これほどの魔晶核……! まさか……キルヴィス大森林でもかなり深い場所まで潜られていたのでは……!?」
「ええ、まぁ。こう見えても俺たち、腕に覚えがありましてね」
「そうそう、すごいのよマグナたちは! 精霊化したアンデットも一瞬で倒せちゃうんだから!」
「ほう……! なんと……!」
リュインが一緒になって盛り上げてくる。なぜかアハトは得意げな顔で頷いていた。
「フ……たいした魔獣ではありませんでしたが。普通の冒険者なら、この程度の素材は誰でも手に入れられるでしょう?」
「い……いえいえ! 各国の商人がファルカーギルドを通さずに、これほど高品質な魔晶核を手にできる機会などそうはありませんよ! 討伐難易度が非常に高い魔獣だったはず……! いや驚きました。これをたった2人で、それもキルヴィス大森林で……!?」
アハトのやつ……! わざとらしいことを言いやがって……!
これまでの情報からわかっていたはずだ。日ごろ俺たちが狩っていた魔獣が、並のヒューマンからすればなかなか狩れるものではないと……!
アハトはレグザさんの反応に満足したようなうなずきをしている。こいつ……楽しんでやがるな……。
「コホン……まぁなんだ。よかったら特別価格で、レグザさんに譲っても構いませんよ」
「…………! ほ、本当ですか……!」
「ええ。……やはり宝飾関連を扱っていると、魔晶核も商売になるのですか?」
「直接加工するわけではないのですが。商売柄、貴族様との取引もあるのですよ。魔道具に加工できる魔晶核は、どちらかと言えば貴族様がたにニーズが強いですからね」
なるほど……キレイな石だが、これをアクセサリーにするというわけではないのか。
「勉強になります。で、ものは相談なんですが……。実は俺たち、王都は初めてでしてね。いろいろ世間知らずなところもあるもんで、ちょっと教えてほしいことがあるんですよ」
「なるほど……?」
レグザさんの目に若干だが警戒の色が交じる。なにに警戒しているのかね。
『ほう。魔晶核をエサに、情報を引き出そうというわけか。お前のない頭にしては、めずらしくしっかりと活用できているではないか』
リリアベルが俺だけに聞こえる声で話しかけてくる。うるせぇ!
ったく……。俺だってはやく、このファンタジーな世界に対して理解を深めていきたいんだっての! しっかりと溶け込んで、一流冒険者として名を馳せていきたいからな!
「もちろん知っていることだけで構いませんよ。ただし聞く質問内容によっては、なぜそんなことを知らないんだと思われることもあるでしょう。こちらも確認の意味合いがありますので、そうした諸々は無視していただけると……」
「つまりマグナさんのご質問に、わかる範囲で答え続ければいいのですね。そして質問の意図には触れない、と……」
話がはやいな。ここで「異星から来たので、いろいろ教えてください!」と言っても、余計に話がこじれるだけだからな。
こういうシンプルなルールを提案し、それに沿って会話を続けた方が手っ取り早い。
「わかりました。ですが先に値段を決めさせてもらってもよろしいですかな?」
「いいですよ!」
この辺りはさすがに後回しにはしてこなかったか。でも相場とかぜんぜんわからないんだよなぁ……。
「レグザさんの希望買い取り価格はありますか?」
「…………3……いや、40万エルクでいかがでしょう」
うん、それが高いのか低いのか、まったくわからねぇ!
「はじめに申し上げておきますと、私も魔晶核を専門に扱う商人ではないのです。ファルカーギルドを通すよりも安い金額というのは、重々承知しておりますが……」
その代わり、あなたの質問にはなんでも答えますよ? ……という空気をものすごく出してきているな。
ま、金額はいくらでも構わないけどね。魔晶核にはまだまだ余裕があるし。
「わかりました。ではそれで手を打ちましょう!」
「おお! では王都に着いたら、40万エルク支払いましょう!」
商談成立っと! 揺れる馬車の中で、俺はさっそく気になっていたことを聞いていく。
「なにが聞きたいのでしょう?」
「さきほどレグザさんは、この辺りで魔獣を狩ってくれる人は貴重だと言っていましたよね。あれはどういう意味なんです?」
レグザさんはすこし考えるようなそぶりを見せたが、とくに詳しく聞いてくることもなく答えてくれた。
「魔獣大陸とはちがい、この大陸で魔獣が生息している部分は限られています。この辺りだとキルヴィス大森林ですね」
これはリュインからも聞いていたことだ。あらためて裏が取れたかたちだな。
「魔獣は人や家畜に襲いかかりますからね。それに中には魔力持ちもいます。たまに生息地を離れて出てくる魔獣に対しては、ときに大きな脅威になるのですよ」
魔獣が生息している地域は限定的だが、まれに生息地から出てくる個体がいるらしい。
冒険者……魔獣を狩って稼ぎを作る者なんていないし、そうした魔獣に対しては領主が兵を集めて対応したりするそうだ。
この近辺だと王都近郊ということもあり、騎士団が出てくることもあるらしい。
しかし騎士にせよ兵士にせよ、招集をかけて動かすまで時間がかかる。その間に被害が増えることはよくある話のようだ。
「キルヴィス大森林周辺は、定期的に騎士団が巡回しているようですが。それでもこの辺りを通過するときは、いつもドキドキするものです」
「なるほど……」
それでクザのような護衛を雇っているのか。まぁこういう文明レベルだし、普通に賊もいそうだけど。
俺たちのように、魔獣大陸以外で魔獣素材目当てに狩りを行っている者が珍しいのだろう。同時に貴重な存在でもあるわけだ。
ある意味で冒険者として競争が少ないから、他にもいそうな気はするが。
「ファルカーギルドというのは?」
「…………ええと」
ああ……これはアレだな。知っていて当たり前の知識だから、どう話したものかと悩んでいるな。
ここで前に出てきたのはリュインだった。
「ファルカーギルドっていうのはね! 冒険者たちの狩った魔獣素材を買い取ってくれる組織よ!」
リュインも知っていたのかよ……! 俺はあらためて笑顔をレグザさんに向ける。
「……こんな感じで教えていただけると」
「え、ええ……。簡単に言うと、魔獣素材の買い取りと流通を担っている組織ですね。主な活動拠点は魔獣大陸になります」
「ふんふん」
これについてはかなり面白い話が聞けた。なんと魔獣大陸というのは、どこの国も占有権を主張できない条約が国家間で交わされているらしい。
おそらく莫大な価値がある魔獣資源を、一つの国が独占できないようにとできあがった枠組みなのだろう。だが特定の魔獣素材が、特定の国ばかり流れるのも防ぎたい。
そこで出来上がったのがファルカーギルドになる。ギルドは各国が人と資金を出して運営している国際機関とのことだ。
冒険者たちは基本的にここで魔獣素材を買い取ってもらう。ギルドは買い取った魔獣素材を、適正な価格やオークションを通じて、各国へ流通させていくというわけだ。
他国籍な組織だし、たぶん国家間同士のドロドロした駆け引きとかも行われている機関だろう。
「基本的に魔獣大陸で活動する者を冒険者と呼びますし、ギルドは彼らから素材を買い取りますからね。他の大陸で魔獣を狩っても、ギルドを通して流通させなくてはならないという決まりはありません」
「つまり俺が手に入れた魔晶核は、ギルドを通す必要もなく直接売れるわけだ」
魔獣大陸外であれば、仲介業者を間に通さずダイレクトに取引ができるのか。………………?
「…………ん? 魔晶核は貴重な素材なんですよね? 各国が騎士団を投入して、自国内にある魔獣生息地から手に入れることも可能なのでは?」
魔獣大陸では国家間の活動が制限されていそうだが、自国内であれば話は別だ。
それこそノウルクレート王国の騎士団が、キルヴィス大森林に押し寄せれば、大量に魔晶核をゲットできそうなものだが……。
『ちょうどわたしも疑問に思っていた点だ。お前にしてはなかなかいい質問だな』
一言多いねぇ! レグザさんは落ち着いた表情で首を横に振った。
「これまでどの国も、自国内で魔獣素材を得ようと活動してきました。ですがどこもうまくいっていないのです」
「え……? なぜです?」
「簡単に言いますと、ハイリスクのわりにローリターンなのですよ」
すこし話を聞いた俺が思いつくことだ。当然、どの国もすでにやってきたことらしい。
だがうまくいったケースはないとのことだった。
「まずその魔晶核のような、高品質なものを多数得られなければ、一度の出兵でかかった費用を回収できません」
当たり前だが人件費がタダになることはぜったいにない。兵士1人動かすのに、拘束日数に応じた食料や薬品、武具やその維持費がかかる。
また拘束日数が伸びれば、それだけ他の仕事に兵士を回せなくなるので、別の部署にも影響が出る。
そうして部隊を編制できたところで、次の問題が発生する。
まず軍隊行動となるので、どうしても動きは遅い。また前線の兵士を維持するための補給物資と、それを管理する者も多数必要になってくる。
つまり非戦闘員もかなり抱え込まなくてはならないのだ。
ここまででもかなりの時間と金を使うのだが、出費以上のリターンを求めようとすると、高品質の魔晶核を多数持ち帰る必要がある。しかし。
「これほどの魔晶核を持つ魔獣など、ただの兵士では死人を出しながらの討伐となるでしょう。だからといって、魔力持ちの強力な騎士を1人で戦わせるわけにもいきません」
「まぁ……国の貴重な戦力だもんな……」
多大な時間と労力、そして人命を消費して得られるのがわずかな魔晶核。投入された兵士たちも士気が上がらない。なにせ祖国を守るための戦いでもないのだから。
これで家族が命を落としたとなれば、人心も国から離れていくだろう。為政者への不満も募っていくのが目に見える。
「だからこそ冒険者は、国が魔獣素材を得るうえで都合がいいのですよ。なにせ彼らは自己責任で働いてくれます。国もわざわざ雇用する必要がない」
うわぁ……。なんとなく冒険者の闇が見えた。
国家からすれば、魔獣大陸に押し込めておけば適度に魔獣資源を流してくれる存在なのだ。しかもなんの責任も負わなくていい。
また各国の犯罪者たちも魔獣大陸に流れるらしい。無政府状態なので、誰も取り締まる者がいないのだ。
そしてそうした気性の荒い者は、冒険者稼業で食い扶持を稼いでいく。国にとってもデメリットはなにもない。
たぶん無自覚の内に国の思惑どおりに動いて、いろいろ都合よく使われているのが冒険者なのだろう。
だが冒険者側にもメリットはしっかりとある。やはり魔獣大陸に渡る者の中には、一獲千金を夢見る者もいるらしい。
上位ランカーは各国にも名が通っており、かなり羽振りのいい生活をしているのだとか。
『魔獣素材は自国の人員を使って得るほどのメリットがない、か。しかしよく考えらえた仕組みだな。有能な冒険者……いうなれば国家として無視できない実力者を、富と名声をエサに無法地帯に留めておくことができるのだからな』
その実力者が味方ならいいが、ライバル国に流れると脅威になるもんなぁ。
他国に対魔獣戦に長けた有能な人材が流れるくらいなら、ずっと無政府地帯から出てきてほしくないというわけだ。
レグザさんの話によると、それでも魔獣大陸には毎日多くの人間が渡るという。各国から人が集まるだけあって、かなり活気もあるらしい。当然、客が多いので商人も多く渡る。
しかし治安はいいと言えないし、殺人事件もよく起こるのだとか。ワケありの者や一獲千金を夢見る者が目指す地……というイメージも強いとのことだった。
その後もレグザさんからはいろいろ教えてもらう。かなりの時間、会話をしていたが、きりがいいところで御者が声を上げた。
「旦那! 王都が見えましたよ!」
声につられて前方に視線を向ける。すると遠目に巨大な大都市が見えてきた。
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