第49話 下っ端貴族は成功への階段を上りたいようです。

「あ。マグナたち、お帰りー!」


 屋敷に帰るとリュインが飛んできた。こいつ、最近働いていないな……。


 続けてアバンクスの嫁さんが現れる。アバンクスがそちらで会話をしている間、俺とアハト、リュインも話をしていた。


「聞いて聞いて! カトレイアったらね! わたしを捕まえようと、ずっと両手をわちゃわちゃさせていたの! もうすっごくかわいくて~」


「元気そうでなにより……」


 アバンクスの方に耳を傾けると、嫁さんが心配している様子だった。さっきブルバスくんが待ち構えていたことを話しているのだろう。


 いつもならこのあと、アハトたちと夕食を取って風呂に入る。だが今日はちがった。


「マグナ、アハト。あらためて今日のことについて、夕食を取りながら話をしたい」


「まぁ……いいけど」


 いつもならアバンクスとは別の部屋で食事を取るんだけどな。


 俺たちはそのままやや広い部屋へと通される。初老のメイドさんが食事を並べたところで、夕食を取りはじめた。


「いただきますっと」


 おそらくいつもならアバンクスは奥さんと食事を取っているのだろう。しかし今、部屋にいるのは俺たち3人とアバンクスの4人だけだ。


 そのアバンクスはしばらくして礼を述べてきた。


「まずは礼を言っておく。正直言ってお前たちを雇っておいてよかったと思っているところだ」


「まぁこっちも金を貰っているしな」


「フ……いいですね。今の言い方、ファンタジー世界を旅する無頼漢風でした」


「いや、もうちょい上品だわ」


 無頼漢って……。しかし今の受けごたえがいいと言うアハトの感性は未だに理解できねぇ……。


「それに貴族の振るう権力に対しては、俺たちはどうしても弱いし。アバンクスさんも最後は助けてくれたじゃないすか」


「あの場を収めるのに必死だっただけだ。おそらく明日には、ブルバスの件は広まっているだろうからな」


 …………? アバンクスさんの言い方に違和感を覚える。アハトはそこを突いた。


「おや。ブルバスが芋くさい貧相な平民に負けたことを隠すことを条件に、あの場を引かせたのではありませんか?」


「だれが芋くさ平民やねん!?」


 ひでぇ……! だが俺もそこが引っかかっていた。


 アバンクスの話し方からして、あの場を穏便に収める代わりにブルバスが俺に負けたことは誰にも言わないでおく……そういうニュアンスがあったはずだ。


 しかしこれにアバンクスは首を横に振った。


「ブルバスたちは普段、貴族街の外れまで来ることがないからな。気づいていなかったのだろうが……あの辺りは私の様な下級貴族だけが住んでいるわけではない。他の屋敷で働く平民が寝泊まりしている集合住宅も多いのだ」


 貴族であれば、木っ端役人程度であってもやや広い屋敷に住んでいる。アバンクスのように。しかし貴族街に住む平民というのも少なくないようだ。


 たとえばここで働いている初老のメイドさん。彼女も平民だ。10日に1回の休みの日は下町に帰っているが、それ以外の日は近くの集合住宅に部屋を借りているとか。


「あれだけの騒ぎだ。何人かの平民は、息を殺しながら我々の様子を伺っていただろうよ」


「ああ……なるほど。その平民たちは明日、自分たちの職場……つまり貴族の屋敷に行くわけだ。そこで昨日こんなことがありましたよ~……と話すわけですね」


 それを聞いた貴族は、また別の貴族に話す。以下エンドレスで、ブルバスくんは一躍時の人になる……か。


「貴族としてのメンツが丸つぶれですねぇ」


「ああ。まぁこれで評判を落とすのは赤竜公派閥だ。青竜公派閥であるわたしは、派閥の中でも注目されるだろう。……ふふふ。運が向いてきたな……!」


 おお……アバンクスが野望に目を輝かせている。うんうん、これぞ下っ端貴族……! いいぞ……!


「すでに魔晶核も贈った。ここからわたしは上へと駆けのぼるのだ……!」


「そいつはいいんですがね。ブルバスが見境をなくして仕返しに来る……てこと、ありません?」


 すっげぇ短気そうだったし。今度は本当に夜道で待ち構えているかもしれない。剣を握って。


「ははは。さすがにブルバスも、そこまで浅慮ではないだろう」


「いやぁ。そこまで浅慮そうでしたけど」


「赤竜公の評判を落としたのに、それ以上恥の上塗りをすれば。いよいよ派閥にいられなくなる。あいつも聖竜国の貴族である以上、わきまえているさ」


 派閥に属していることが、結果的にその行動を縛る……か。ない話ではないんだろうけど。


 たしかにこれ以上なにかしでかしたら、貴族社会に復帰するのもむずかしくなるかもだし。


 でもなぁ。もしブルバスが「それでもいい」となったら。どうなるかはわからないと思うけど。


 ま、俺はこの国の貴族じゃないし。アバンクスさんも俺にはわからない、聖竜国貴族としての感覚で言っているのだろう。


「明日からはわたしも派閥内で注目されることになるだろう。ふふ……よりいい役職に就いて、貴族街中心地区に屋敷を持つ日も近い……! ああ、使用人をたくさん抱えても、マグナたちは護衛として雇ってやるからな。職にあぶれることはない、そこは安心してくれ」


「……はぁ。ども」


「フ……権力欲にまっすぐな下っ端の人間は見ていて面白いですね」


 アハトがボソっと呟く。まぁ俺もまったく同じ気持ちだけど!


 すでに偉い奴がさらに強い権力を求めているのとはわけがちがう。


 下っ端が分不相応な夢を見て、貴族としての権力に手を伸ばしている姿が面白いのだ。届きそうでまだ届いていないのもポイントが高い。


 いいぞ……! これぞ下っ端貴族! やっぱりこれくらい権力に貪欲でいてくれないとな!


 とりあえずもう少しくらいは、アバンクスの行き先を見てもいいだろう。そう思いながらスープに口をつけた。





 アバンクスが予想していたとおり、ブルバスの話は静かに広まっていた。


 だが界隈をにぎわすほど反響が大きかったわけではない。あくまで一部貴族の間で話題に上っている程度だ。


 しかしこの一件を、別の角度から見ている人物がいた。


「話はわかりましたわ、お父さま」


 貴族街中心区画は高位貴族たちの邸宅が多い。どれも大きく豪華な屋敷なのだが、その中でも一際規模の違う屋敷があった。


 限られたたスペースしかない中心区画で、広大な敷地を有することができる貴族。その事実だけで聖竜国内における権威がいかほどのものか、だれでも想像ができるだろう。


 その屋敷の一室では、一組の親子がテーブルを挟んで会話を交わしていた。


「剣を持ったブルバス教官を、素手であしらえる平民……気になるのはこちらですね?」


「そうだ。裏取りも行ったが、ブルバスは身体能力強化も行っていたらしい」


 その男性は豪華な衣服を身につけていた。一見すると普人種と見た目は変わらない。だがそんな彼こそ竜魔族の貴族であるカイネスラーク・アルドブルー……通称〈青竜公〉である。


 カイネスラークは木箱を出すと、それを机の上に置く。そして娘であるエルヴィットに開けるように促した。


「これは……」


 木箱の中を覗き込んだエルヴィットは、その青く輝く瞳を大きく見開く。そこにあったのは、この国の大貴族でもなかなかお目にかかれない品質の魔晶核だった。


「ほぼ最高ランクの魔晶核ですわね……これでエーテルが複数種含有していれば、まちがいなく最高ランクの魔晶核だったでしょう。よく手に入りましたね? この10年、魔獣大陸からは高品質な魔晶核が入りにくくなっていると伺っておりましたが……」


 今も毎日のように、魔獣大陸からは魔獣素材が運ばれてきている。しかし10年前……グランバルクファミリーが活躍していた時代と比べると、討伐難易度が高い魔獣由来の素材は流通量が減っていた。


 現在トップランクのファルクである〈アリアシアファミリー〉は、昔から魔獣討伐に重きを置いた活動をしていないのだ。


 そして大陸南部の危険地帯で活動できるファルクというのは、かなり限られてくるものなのである。


「ギルドの買い付け優先権を行使されたのですか?」


「ちがう。これはギルドを通して、我が国に入ってきたものではない」


「………………へぇ?」


 エルヴィットはここで初めて、つよい興味の感情を父親に向ける。彼の一言と先ほど出てきた平民の話から、頭の中で点と点を繋ぎはじめているのだ。


「これほどの魔晶核がいまここにあることを把握できている者は少ない。普通はギルドから流れてきた時点で、だれがどのように買い付けたか。隠し通すことはむずかしいからな」


「なるほど……この魔晶核。下から献上されたものですか」


「その通りだ。その者はまた別の者から献上されていた。大元になっている貴族はライトルド家当主のアバンクスという、我が派閥の末端貴族だ」


「ライトルド家……知らない名前ですわね」


 アバンクスはマグナから買い取った5つの魔晶核を、派閥の上に座している貴族に贈った。


 その貴族も自分の分を確保しつつ、また上の貴族に贈る。そうして青竜公たるカイネスラークの元に2つの魔晶核が渡ってきた。


「どうやら元冒険者の平民が、ヒルライン山麓に広がる魔獣生息地域で得た物らしい。王都に来る途中に寄ったようだな」


「……たいしたものですね。この品質であれば、相当奥まで入り込んでいたはずです。それに魔獣自体も、かなりの強敵だったでしょう」


 ここまで話した時点で、エルヴィットは最初の話とどう繋がるのかを理解していた。


「アバンクスはその元冒険者を雇ったのですね? おそらくは護衛として……最近はいろいろ物騒ですから」


 どこの馬の骨ともわからぬ元冒険者の平民。しかし高品質の魔晶核を得られるくらいには、腕に覚えもある。


 今の不穏な状況からしても、護衛として雇う動機は十分だろう。


「そしてブルバス教官は、アバンクスに絡みに行った。ところがその元冒険者によって、返り討ちにあったと」


「そういうことだ。話がはやいな」


 ブルバスの性格はよくわかっている。それに実力は本物だ。


 しかし相手は魔力を持つ高難易度魔獣を複数体降せる実力者。素手でブルバスを倒したという事実からも、その実力は証明できている。


「それで……お父さまはなにをお考えなのかしら?」


「お前の通う軍学校に、その平民を武術教官補佐としてねじ込みたい。ブルバスを倒したのだ、その実力は十分だろう」


「……………………」


 エルヴィットは父の言った意味と狙いを考える。


 まずブルバスは現役の武術教官である。彼を倒した平民をわざわざ軍学校に入れるということは。


「すでに教官を罷免させるための工作は完了している……ということですか」


「知ってのとおり、軍学校の理事の1人は私だからな」


「その平民を入れたとして……まさか。例の組織を警戒してらっしゃる……?」


 エルヴィットの言葉にカイネスラークはゆっくりと頷く。


「すでに国内でそれらしい動きもあるとのことだ。もちろんその平民をあてにしているわけではない。なにかあった時の盾代わりが務まる可能性があれば、それでよい」


 その盾も、ある一定以上の実力があってはじめて務まる。しかしそれでもどこのだれとも知れない平民を軍学校に入れるのは難しく思えた。


「そうすんなりといくでしょうか?」


「言い方次第だろう。まぁなにがなんでも、というわけでもない。むずかしいようであれば、他に人選を考えるまで」

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