第50話 青龍公から褒美をいただけたみたいです。

 ブルバスくん襲撃事件があった2日後。その報せは突然だった。


「俺に……?」


「そうだ。私も驚いたが……」


 アバンクスに呼ばれた俺は、アハトたちと一緒に突拍子もない話を聞かされていた。


 なんと軍学校の武術教官、その補佐役として働くようにと言われたのだ。


「この国の軍学校ってのはなんです? あとなんで俺?」


「軍学校というのは、将来聖竜国軍に入る者を鍛え育てる場だ」


 聞けばこの国で軍人というのは、それなりに地位が高いらしい。言いかえればステータス性があるのだ。


 そしてより質の良い軍人を育てるための機関が作られた。それが聖竜国の軍学校〈セルビアン〉だ。


 生徒には貴族が多いが、多額の金を出せば平民も入れるらしい。


 また貴族生徒の多くは騎士になるが、平民は卒業しても騎士になることはないとのことだった。どうやら騎士は貴族だけがなれるようだ。


(グナ・レアディーン帝国の名門宇宙軍学校〈グランヴァリエ〉とはすこしちがうな……)


 あっちは全員、選ばれし帝国貴族だった。在学していたというだけで軍でもカースト上位だし、卒業生は全員将校候補生だ。


 あそこに入って一般兵になったのは、長い歴史で俺だけだろう。まぁ俺はそれだけ特別な存在だから気にしてないけど。


「軍人候補生の貴族と平民が通う場所だってのはわかりました。それでなんで急に、俺に教官補佐の話が出るんです……?」


「それにはブルバスの件が深く関わっている」


 ブルバスはその軍学校で武術教官を務めていた。だが素手の平民に負けたという噂が広がり、その職にふさわしいのかと理事会で問題提議されたらしい。


 また軍学校内でも素行はいいと言えず、たまに平民の女生徒とよからぬ噂も回っていたとか。いろいろあって、ブルバスは軍学校を去ることになったそうだ。


「で……急に人がいなくなると、軍学校内でも人事の調整が入る。その調整には確実に貴族がかかわってくる……」


「そうだ。貴族の人事は、言わば派閥の影響力が強く反映されるところである。ポストが空いたからと、すんなりと後任にスライドさせられるわけではない」


 どんな些細な機会であっても、影響力というものを出していきたい奴が多いんだろう。それに相手派閥に譲る形も作りたくないだろうし。


「だがこれで派閥間の関係がより緊張状態になるのは避けたい。そう考えた青竜公がある提案を出したのだ」


 軍学校には3人の理事がいる。その1人が青竜公であり、もう1人には赤竜公もいるらしい。つまりここでも二大派閥が正面から争っているというわけだ。


 今回教官職を罷免されたのは赤竜公派閥であるブルバス。そして青竜公が理事会で出した提案は、ブルバスを倒した平民に責任を取らせるというものだった。


 どうやら一部の教官職は、互いの派閥から交互に出すというのが慣例化しているらしい。


 本来であればブルバスの後任に、青竜公派閥の貴族が任命される可能性が高かった。しかしここで青竜公はこう言った。


『我が派閥の者が雇っていた平民がしでかした不始末で、軍学校の円滑な運営に支障をきたすわけにはいかん。ブルバスの後任はそちらの派閥から出せばいい。しかしその平民には責任を取らせる』


 ……いや、意味わからん!


「それ、俺が引き受ける理由になってます?」


「なにを言う! 青竜公はブルバスを倒して赤竜公に恥をかかせた褒美をお前にやることにしたのだぞ!?」


「え!? これそういう解釈!?」


 言葉だけ聞けば、青竜公が赤竜公に譲ったように聞こえる。


 しかし実際の理事会の場では、笑みを浮かべながらいやみったらしく話していたらしい。副音声つきで言いかえると。


『まさか平民に劣るような奴を武術教官に任命していたなんてなぁ? そっちはそれほど人材不足なのかぁ? どうせ後任も大した奴がいないだろうし、またそっちで出していいよ。ああ、その平民は補佐として入れるけど。ブルバスより強いから文句ないだろ?』


 ……という感じになるとか。


 いや、わからんて!? しかも教官補佐の役職が、平民にとって褒美になると考えているのが、また……なんというか……。


「赤竜公はよくオッケーしたな……」


「腸は煮えくり返っていただろうがな。後任の人事権を得られることのメリットを優先したのだろう」


 派閥の長というのは、自派閥内で仕事を回したりといろいろ調整業務が多いらしい。実際、人事権を手にできるというのは大きなメリットになるのだとか。


(どうするかね……面白そうではあるが……)


 しばらく他の国に行く予定もないし。ここでの時間つぶしとしてやるのも有りだろう。


 面倒そうだったら途中で投げ出してやめればいいし。


「まさかいやとは言うまいな? 青竜公が直々にお前に与える褒美だぞ? というか頼む。受けてくれ」


「ん? アバンクスさんは護衛がいなくなってもだいじょうぶなのか?」


「実は今回、青竜公の計らいで配置転換が行われてな……!」


 どうやらアバンクスの職場も変わるらしい。これからは城勤めになるとか。


「それって出世したってこと?」


「出世も出世、大出世だ……! 我がライトルド家から城勤めになった者はだれもおらん!」


「そんな自信満々に言わなくても……」


 どうやら下級貴族にとって、城勤めの文官というのはかなりの出世になるようだ。


 アバンクスは長く住民管理系の仕事をしていたが、これからはさらに専門的な職務を任されるとか。


 具体的には王都民の1人あたりの生産性の整理や商業区画の行政管理など、経済面に携わるらしい。


「城近くの宿舎に部屋を借りる予定もしている。あっちは治安もいいし、ブルバスのように夜に待ち構えていては目立つだろう。それにアハトもいるしな!」


「…………ん? あれ、アハトも教官補佐になるんじゃ……」


「なにを言っておる? ブルバスを倒したのはお前ではないか、マグナ」


「な……」


 そういうことかよぉ!? まさかのソロ活動!? 


 話を聞いたアハトはなるほどと頷いた。


「残念です。わたしがブルバスを倒しておけば……」


「いや、教官補佐やってみたかったんかい」


 どこかに惹かれるポイントでもあったのだろうか……。


 なんにせよアバンクスからすれば、自分の雇った平民に派閥の長が直々に褒美を与える形になる。俺がこれを断ると、派閥でかなり肩身の狭い思いをすることになるのだろう。


『おい。この話、受けろ』


 これまで黙っていたリリアベルさんから指示が飛ぶ。どうしたんだ……?


『軍学校は貴族が多く、理事は竜魔族なのだろう? もしかしたら同じく竜魔族の者が確認できるかもしれん』


 ああ……なるほど。リリアベルからすれば、まだ出会ったことのない種族を見てみたいのだろう。


 たしかに獣人種や白精族、それに勇角族はもう出会ったもんな。


『竜魔族は全員が魔力を持つ種族だったか……。他の種族とどうちがうのか、是非とも調べたい』


 ま、俺も見てみたい気持ちはあるし。受けてもいいか。


「わかりました。それじゃその話、お受けしましょう」


「おお!」


「でも俺、貴族相手の作法とか知りませんよ?」


「その点なら心配ない。お前が担当するのは平民クラスだからな」


「…………え?」


「え? ではない。貴族でないお前が、貴族にものを教えられる立場であるはずがなかろう」


 そういうことかよ……! それで理事会でも揉めることなく、嫌味を言うくらいですんなりと話を通すことができたんだ……! 


 どうせかかわるのは平民だし、貴族の領分を侵すわけではないからと……!


「武術教官はあくまで貴族生徒担当。その補佐は平民クラス担当だと決まっておる。ちょうど前任が辞めてから、長くそのポジションが空いておったからな」


「え? その間、平民たちは誰に教わっていたんです?」


「知らん。ブルバスがなにか指示を出していたか、あるいは自主トレーニングでもさせておったのではないか?」


 て……適当……! 同じ軍学校内に通う生徒なのに、貴族と平民に対する態度に差をものすごくつけている……!


 なんとなくこの聖竜国における身分の壁が見えてきたな。


「ああ、そうそう。軍学校には青竜公のご息女も通っておる。お前に軍学校の教官補佐という栄誉を授けた青竜公に感謝をし、ご息女にも失礼な態度は決して取るのではないぞ」


「はぁ……」


 そもそも会うことなんてあるのか……? というか。


「大貴族の娘でも、軍学校に通うものなのか……?」


「もちろんだ。軍学校を出た血族がそのまま聖竜国軍内部に入るのだぞ。軍内部における家の影響力を保持、あるいは拡大を考えれば当然ではないか」


 ああ……そうか。この国では軍人の地位が高いんだった。当然、その内部でも権力は握りたいはずだ。


「まぁ正妻の子で入るのは珍しいがな。だいたいは他種族との間に生まれた子が入る」


「へ……? それって、どういう……」


「当主たる竜公は全員が竜魔族だが。配偶者はそうとは限らぬということだ」


 長い歴史の中で、純血の竜魔族というのはいなくなったらしい。いつからか竜魔族同士ではなかなか子が生まれにくくなったそうだ。


 だが他種族との間でも子は成せる。そこで一部の竜魔族は他種族との間で血を残そうとした……が。


「竜魔族にハーフはいない……!?」


「正確にはその力を強く継いでいる者がいない、という意味だ」


 他種族との間で生まれた子は、相手種族として生まれるか。あるいは竜魔族としての力をいくらか持った子として生まれるかだった。


 しかし竜魔族同士の間で生まれた子に比べると、その力はあまりにも弱かったとか。


 今の王家……〈聖竜公〉の血筋が、竜魔族としての血が最も濃いらしい。それでも家系をさかのぼると、多少は他種族の血が入っているとのことだった。


 どうにか竜魔族としての血と力を残すため、王の配偶者は竜公家の中でも最もその力が強い者が選ばれるようだ。そしてその傾向は竜公家も同様である。


 当主たちもなるべく竜魔族としての力が強い者を配偶者として迎え入れる。


「親類縁者で血が濃そうだな……」


『あるいはそれが竜魔族同士で子を成しづらくなった要因なのかもな』


 なんにせよ今は純粋な意味で竜魔族は存在していない……か。


 歴史ある国で緩やかに衰退する、高貴なる血筋……て感じなのかね。

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