第51話 職場に足を運びました。
「なるほど……基本は1日に1回、平民生徒を対象に対人戦の指導を行う感じか……」
次の日。俺は貴族街東部にある軍学校〈セルビアン〉に来ていた。
出勤初日の今日は、アバンクスの屋敷まで迎えの馬車が来てくれたおかげで迷わずに済んだ。親切なことだ。
軍学校の敷地はかなりの広さがあった。どうやら平民生徒は全員寮暮らしであり、教官専用の寮もあるそうだ。
他にもさまざまな施設が併設されていることもあり、これだけ敷地面積が広いようだ。
建物自体はすこしお堅い感じがするが、やはり歴史は感じさせる。軍学校に到着した俺はさっそく学長であるルドウィンさんと面会をしていた。
ルドウィンさんは大人しそうな初老の男性という見た目だ。着ている服は派手さはないものの、高そうな生地が使用されている。
軍学校の学長だし、それなり以上の家格出身の貴族なのだろう。
そんなルドウィンさんから俺は資料を渡され、ここでの仕事内容を確認していた。
「ええ。また普通科の武術指導に関しては毎日行っているわけではありません。したがってマグナさんも、予定のない日は軍学校に来なくてだいじょうぶですよ」
そう言うとルドウィンさんは別の資料を差し出してくる。そこには軍学校の授業カリキュラムが記載されていた。
(ふーん……約1ヶ月単位で授業内容を決めているのか……)
日によっては武術指導の時間がない日もそこそこある。どうやらそういう日はフリーらしい。
「武術指導も基本的には午後からになりますからね。極端な話、それ以外は顔を見せなくても問題ないですよ」
「え……!? それって授業のある日以外はここに来なくてもいいってことですか……?」
俺としてはありがたいが。どれくらいの仕事量があるのかと身構えていただけに、なんだか拍子抜けだ。
「ええ。マグナさんは軍学校が正規雇用した教官ではございませんので」
正規雇用の教官は、担当授業以外にもいろいろ仕事を請け負っているらしい。
だが俺は言わばバイトのようなものなので、そこまで軍学校の仕事を振ることがないとのことだった。
そもそも平民担当の武術教官は長いこといなかったという話だし。あまり重要視されているポジションではないのだろう。
だからこそ身元不明な平民でも、そのポジションにねじ込めたというわけだ。
(青竜公からすれば、これで俺とアバンクスに、赤竜公に恥をかかせた褒美をくれてやったつもりなんだろうな……)
ま、いいけどね。飽きたらさっさと辞めるだけの話だし。その前に竜魔族というのを見ておきたいけど。
ここでルドウィンさんは一度咳払いをする。
「ここまでは学長として、マグナさんに対する軍学校のスタンスを話したまでですが……」
「うん?」
「ここからは青竜公の希望になります」
おお……俺を推薦した青竜公さんが、なにか要望を出しているようだ。
「青竜公はマグナさんに、空き時間は警備兵として働いてほしいとのことです」
「……警備兵、ですか」
「ええ」
軍学校は敷地面積が広く、生徒は貴族か金持ちの家に生まれた平民がほとんどだ。そして不審者が入ってこないように、警備兵も巡回している。
「この警備兵は軍とは直接関係がありません。あくまで軍学校側が雇った平民になります」
つまり必ずしも全員が戦い慣れしているというわけではない。
あくまで警備が主任務であり、本当に荒事や事件が起こった際には、すみやかに教官に伝える仕事のようだ。
その他、教官が現場に着くまでの一時対応を行う役割もあるとか。
まぁそもそもこんな場所でテロや事件なんてそうそう起きないだろうし。高いコストをかけて戦い慣れた平民を雇う必要もないのだろう。
「つまり授業のある日の午前中は警備兵をして、午後は武術教練を担当する……と」
「ええ。青竜公からはマグナさんが警備兵として働く際の予算も出してもらっております」
ちゃんと金は出すってことだな。仕事は増えるが……。
『いいのではないか? どうせ労働量はそう変わるまい。それに警備兵として動ければ、貴族生徒を観察できるかもしれん』
そうなると竜魔族の生徒も見られるかも……ってか。
ま、リリアベルもこう言っているし。しばらくは付き合うのもわるくねぇだろ。
「わかりました。では警備兵としても働きましょうか」
「ありがとうございます。警備兵にはまた別の制服がございますので、あらためてご用意させていただきますね」
しかし武術教官補佐以外に、警備兵としても働かせるとは……。これも青竜公なりの褒美なのかね。
普通の平民からすれば、とても栄誉な職に就かせてもらったという気持ちになるのかもしれないが。
まぁ俺もめんどうというよりは、楽しそうだという気の方が大きいし。しばらくはいろいろ見させてもらいますかね……!
■
「途中経過としてはこんな感じになるぜ」
聖竜国王都ディルバラン某所。そこでは勇角族の男性とカタナを持つ黒髪の少女が会話をしていた。
周囲に人はおらず、昼間なのに閑散としている。
「ではやはり……」
「ああ。まちがいなくいる。まぁどこに……というのと、どうやってこれまで封印されてきたのかはわからねぇけど」
少女はそういえば、と口を開く。
「もう一つの方はどうなりました?」
「もう一つ……?」
「紫竜公の方ですよ」
紫竜公の名が出たことで男はああ、と頷く。
「あの爺さんか。そっちも進めてはいるぜ? しかし妙な依頼だよな……なにせ自国に争いの火種をまこうとしているんだからよ」
「いいではありませんか。おかげでわたしたちは例の秘薬を実験できるわけですし」
「それはそうだ。というか……お前さんだろ? 爺さんの頭をイカれさせたのは」
男性の言葉を聞き、少女はおや……と眉をひそめた。
「気づきましたか?」
「やっぱりか。竜魔族は抗魔力もなかなか強い種族のはずなんだが……よくああまで狂わせられたもんだ」
男性は感心しながら頷く。これに少女は笑みを浮かべた。
「ふふ……もともと素養はあったのですよ。わたしは内に秘めていた願望をすこし後押ししただけ……」
そう言いながら左手を上げる。その指先からは黒いモヤが溢れ出てきていた。
「さすがの適合率だな」
「あなたこそ。左腕は完璧に顕現できるのでしょう?」
「左腕だけ、な。とにかく爺さんの方は〈アドヴィック〉の奴に任せるさ」
〈アドヴィック〉の名を聞き、少女は興味深そうな視線を男に向ける。
「さっそく使ったのですか」
「ああ。1人、おもしろい奴がいてな。限定的ながら、顔と声をそっくり奪い取れるんだよ」
「ほう……」
「そいつは今、軍学校に侵入している。つまりいつでも動けるということだ」
状況を確認し、少女はあらためて紫竜公の依頼を思い出す。
「ではその者に……」
「ああ。タイミングを見て、青竜公の娘をさらわせる。万が一失敗しても、第二案があるしな」
「そして起きた騒動に乗じて、封印のありかを探し出す……ですか。わかりました。うまくいけば、そのときはわたしも協力しましょう」
■
レンベルト・リキアパープル。ディルバラン聖竜国において〈紫竜公〉と呼ばれている人物である。
彼は齢70ながら、鋭い眼光の持ち主だった。
(この国もずいぶんと腑抜けたものだ……)
ディルバラン聖竜国と言えば、五大大国の中では最も歴史がある国になる。
また領土も広く、抱えている人口も多い。他国よりも経済力と軍事力があり、国力もある。
それに長年に渡って厳格な身分制度を維持してきただけあり、高位貴族たちは誰もが強い魔力を有している。
その彼らをまとめるのが、栄光ある種族。竜魔族である。
(最強の種族が最大の国家を治める。これは当然だ。そして力ある者は、より多くの者たちをまとめ導く役割がある。この世界に我ら竜魔族の他にだれがその使命を全うできるというのか……!)
レンベルトは今の聖竜国の在り方をよく思っていない。
なぜ魔獣大陸に対する取り決めで、他国と足並みをそろえる必要があるのか。本来であれば聖竜国は、あの地に関しては他国を取りまとめる立場である。
それだというのに、今の聖竜公も。そして二大派閥を率いる青竜公と赤竜公も。この点に関しては意見を一致させている。
すなわち他国との協調路線を取ると。
(おかげで豊富な資源を大国同士、仲良しこよしでわけておるが……これに対する影響はあまりに大きい……!)
レンベルトからすれば、魔獣大陸に対する取り決めでメリットがあるのは、聖竜国以外の大国だった。
優れた強国が他国よりも資源を得るのは当たり前なのに、どうして足並みをそろえるのか。
おかげでどの国も、聖竜国を対等な国として見ている。勘違いをさせている。これがレンベルトには許せなかった。
(争いがいやだから、仲良く分けましょうなどと……! まさか聖竜公も本気で思っているわけではあるまいな……!?)
いつから聖竜国は他国の顔色を伺うほどに弱くなったのか。いや。だれがそんな弱い国にしたのか。
昔を……とくに他国との戦争を知るレンベルトからすれば、今の聖竜国の在り方には危機感を持っていた。
そもそも聖竜国が強力な国力を有していたからこそ、この世界は各国家間でバランスが取れていたのだ。
聖竜国が侮られれば、それは世界の調和を乱すことに繋がりかねない。
どうにか聖竜国を昔のような強国にしたい。誇りと実力を以て他国を導く立場を取り戻したい。
魔獣大陸における権益に見直しをかけたい。他の大国とは決して対等ではないのだと知らしめたい。
……だが自分には青竜公たちのような権力基盤がない。
そう考えていたある日のことだった。レンベルトの前に1人の少女が現れたのだ。
(思えばあの出会いは運命であった……)
ギンレイ皇国の剣士が使うというカタナを持った少女だった。
どう見ても少女が持つには違和感の強い武器だ。だがその少女を一目見た時、何故かただものではないとわかった。
少女と言葉を交わしたのはごくわずかな時間に過ぎない。だがそれ以降、自分の下には幾人もの協力者たちが集うようになった。
今では誰にも気づかれずに、第三の派閥を作りあげつつある。
自分たちの目指すものは一つ。再び強い聖竜国を取り戻すことだ。そのために必要なものはいくつかある。
(今の聖竜公ではだめだ……! より竜魔族の血が濃い者が必要だし、そのためにも我が血を残さねばならん……! そして……封印を……!)
城の地下深くにある封印。これを解くことが、理想の聖竜国の誕生に繋がる。
そこには古の竜魔族……完全なる純血種の竜魔族が封印されているからだ。
「闘争なくして発展なし。今の世代はあまりに戦いというものを知らなさすぎる……」
それが結果として、腑抜けた貴族を増やす。彼らはより争いごとに消極的になり、このままいけば数百年後には聖竜国の威信は地に落ちるだろう。
それは絶対に許せない。竜魔族も貴族も、争いを通して成長する必要がある。
そして思い出させるのだ。自分たちがいかに強大な力を持った存在であるかということを。他国に遠慮する必要などないということを。
「ああ……聖竜神よ。私は今こそ……この偉大なる国を、真の意味で目覚めさせてみせます……!」
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