第97話 地下闘技場の乱入者

 そう言うとブレガンはハルトとそう変わらない動きで駆けてくる。


「っ!!?」


 そのまま距離を詰めてくると、流れるような動作で槍を振るってきた。

 ハルトは回避に専念しつつ、反撃の機会をうかがう。


「どうしたハルトよ! お前の本気はそんなものではあるまい……!」


「ぐ……!」


 ごくわずかなやり取りで、ブレガンという精霊の持つ戦士としての力量がわかった。


 槍もただ振るうだけではない。ハルトの動きをけん制するように連続突きも織り交ぜてきているのだ。


 あえてカタナを振りにくい位置に穂先を向けてきているため、距離を詰めて斬りにいく隙を見いだせないでいた。


「ふん!」


 ブレガンは大振りで槍を左から右へと振るう。これをハルトはしゃがみこんでかわした。


(いまだ……!)


 生まれた隙を勝利につなげるべく、一歩前へと進む。そしてブレガンをカタナの間合いに入れたときだった。


「がっ!?」


 右へ振り抜けたはずの槍が、なぜか再び左から迫ってきていた。


 意識外の方向からの攻撃に、ハルトはまともに攻撃を受けてしまう。そして横に飛ばされた。


(なにが……!?)


 槍が右へ降り抜けたのなら、次にその槍が姿を現すのは右からのはず。それがどうして左から迫ってきたのか。


 体を起こしながら視線を向けると、ブレガンは槍を持つ手を切り替えていた。


「精霊との戦闘経験は少ないのか? あるいは対人戦に慣れすぎているのか。精霊……とくに俺のような者が持つ可動域が、人と同じだと思わないことだ」


「………………!」


 甲冑の見た目をしているため、ハルトは人と戦っている気になっていた。


 だが相手は決して人ではない。精霊なのだ。甲冑の見た目をしていても、中身に関節などは存在しない。


(振りぬいた槍を……背後で持ち替えたのか……!)


 これも普通の甲冑では不可能な動きだ。持ち替えること自体はできても、戦闘中にミスなく素早く……というのはむずかしい。


 大振りに振ってきたときから、ハルトの動きを読んでいたのだろう。


 ハルトがダメージを受けたことで、少女はさらにステージに近づく。このまま長期戦を続けるわけにはいかない。ハルト自身の体力にも限界がある。


「ハルト。お前はここに来た時点で敗北が決定しているのだ」


「なに……」


「1つ。俺は〈空〉属性の魔力を持つ上に、人以上に自由自在に槍を扱える。2つ。数々の〈フェルン〉を食らい、この身はすでに物理攻撃を受けつけない」


「………………!」


 想像しうる中で、最悪の状況だった。つまりハルトがブレガンを倒せる可能性が、限りなくゼロに近いのだ。


「そして3つ。俺は〈月〉の魔力も有している」


「…………は?」


 ブレガンは右手を掲げる。するとそこに火球が生まれた。火球はそのままハルトの方へと飛んでくる。


「な……!?」


 かなりの速度ではあったが、横へ飛んでこれをかわす。


 だがかわした火球がハルトの後ろに着弾した瞬間、小規模の爆発が起こった。


「あがぁっ!?」


 背中から熱波が襲いかかり、さらに小石が飛んでくる。これにハルトは体勢を崩し、前に倒れこんだ。


「精霊や魔獣の中には、ときに2つ以上の魔力属性を持つ個体が存在している。俺は位を上げ、2つの属性を得るに至ったのだ」


「くぅ……!」


「だがこれほど短時間で、俺を闘技場に引っ張り出したのだ。誇ってもいい。お前は王都でも3本の指に入る実力者だろう。……人種の中では、な」


 ブレガンの見せたパフォーマンスに観客たちはドッとわく。ブレガンはそのままゆっくりハルトに向かって歩き出した。


「リンガリアに賭けていてよかったよ」


「あの少女ももうすこしだな」


「しかしさすがはブレガン様だ……すさまじいな……」


 ハルトは呼吸を整え、なんとか立ち上がる。そして向かってくるブレガンに対し、先制攻撃をしかけた。


「おおおおおお!」


「無駄だ」


 もはやブレガンは防御体勢すらとっていなかった。いくらハルトの剣撃を受けようとも、その甲冑が傷つくことがないとわかっているのだ。


 それでもハルトはあきらめない。ただただ愚直にカタナを振るう。これしかできないのだ。


「見苦しいぞ、ハルトよ……!」


「うぐぅっ!?」


 ブレガンはハルトの胴体に拳を突き入れる。そのまま身体を宙に浮かせ、槍をクラブのように振るった。


 これをまともに受けたハルトは、離れた場所まで吹き飛ばされる。


 さらに地面に倒れこんだハルトに向けて、ブレガンは再び火球を放った。


「がああああぁぁ!?」


 ハルトは倒れたまま、ぎりぎりのところで身体を転がして火球をかわす。


 しかしすぐそばに着弾した火球は爆発を起こし、ハルトの身体を焦がしつつ吹き飛ばした。


「おおおお!」


「すげぇ……!」


「ブレガン様、最強!」


 今ので残っていた体力もほとんど失ってしまった。左腕の感覚もまだ回復しない。立ち上がろうにも、腰に力が入らない。


 抵抗の意志を示すように、顔だけはしっかりと上げる。


 視界に入ってくるのは、悠然と立つブレガン。そしてもうすこしで、手を伸ばす男たちの指が触れそうな位置まで下がった少女だ。


(くそ……! お、俺は……! ここまで、なのか……!? 一度歪んだ俺の剣では……届かないのか……!)


 シロムカ島の剣士で名を残している者は多い。その中には、精霊斬りの技能を有した者もいた。


 精霊斬り。これは剣士としての技量を極限まで高めた者が身につけられる奥義だと伝えられている。


 もしかしたら今の自分なら。さっきまでそう自惚れていた。だがなんど挑んでも、ブレガンの甲冑にはまったく傷をつけることができなかった。


(いやだ……あきらめたくない……! 俺は……俺は……!)


 武神の化身に見込まれたのに。ここで敗れては、彼女の見る目がなかったことになってしまう。それはやはり耐え難い。


 震える指で身体を支え、ゆっくりと身を起こしたその時だった。後方から別の男の声が響く。


「んぇ!? なんか変なところに出たんだけど……!?」


「…………!?」


 視線を向けると、ハルトが入ってきた扉が開いており、そこに1人の男が立っていた。


 その顔を忘れるはずがない。武神の化身と行動を共にしていた男……マグナだ。


「マグナ……!?」


「お!? ハルトじゃねぇか! ちょうど探してたんだよ……つかここ、どこだ?」


 突然の乱入者に、会場がざわめきだす。ハルトは側まで移動してきたマグナに話しかけた。


「なぜ……ここに……!?」


「いや……まぁ、いろいろあって……。お前はなにしてんの? なんかやばそうだけど……」


「ほう。ハルトの知り合いか?」


 ブレガンがゆっくりと歩いてくる。彼は余裕を感じさせる声で言葉を続けた。


「乱入は歓迎しないが……そういえばハルトには助っ人を呼んでもいいと言っていたな」


「あん……? おいハルト。あいつはなんだ。状況を簡潔に話せ」


「……奴は闇組織のボスで高位の精霊だ。俺が負ければギルンの組織は吸収され、特設ステージ上の少女がひどい目に合う」


「やべぇじゃん!?」


 正確にはたとえ勝っても、時間をかけすぎると少女がひどい目に合うのだが。


 だが2、3秒で簡潔に状況を伝えたことで、マグナは理解したような顔を見せていた。


「とりあえずあの精霊を倒して、つるされている少女を助ければいいんだな」


「あ、ああ……。だが……マグナ。お前……魔術を……?」


「いんや、使えねぇけど。まぁ倒すだけなら余裕だろ」


 そう言うとマグナは前へと出る。これにブレガンはククと笑った。


「ハルトの状態を見て、ずいぶんなことを言ってくれるではないか。この俺を余裕で倒せると?」


「ああ。あんま大勢に見られたくはねぇが……まぁ状況が状況だ。仕方ねえな」


「ふふは……では。その実力、どれほどのものか……見せてもらおう!」


 大地を踏み抜き、まだ剣を抜いていないマグナに一瞬で距離を詰める。

 ブレガンからすれば、わざわざマグナが剣を抜くまで待つ理由がないのだ。


「マグナ!」


 剛槍がマグナに襲いかかる。だがハルトは見た。いつの間にかマグナの両手に、それぞれ金属の筒が握られているのを。そして。


「………………っ!!?」


 一瞬だった。2つの金属の筒から光の刃が伸び、1秒にも満たない時間で複雑な軌道を描く。


 だが2秒経ったときには、すでに光の刃は姿を消しており、ただの金属筒に戻っていた。


「まぁこんなもんか」


 この場に現れたときから、その声にはいっさいの緊張感がなかった。マグナにとっては、本当に緊張する場面でもなんでもなかったのだろう。


 そしてブレガンは。甲冑の身体が細かく切断され、金属音を響かせながら地面に散らばっていた。フルフェイスの兜も両断されており、ピクリとも動かない。


「え……」


「ぶれ……がん、さま……?」


「なに……が……」


「まさか……」


 目の前で起こった出来事に、ハルトは思わず息をのむ。


(いまのは……なんだ……!? 高位精霊であるブレガンを……い、一瞬で切り刻んだのか……!?)


 マグナがなんらかの魔道具を用いたのはまちがいない。はやすぎてすべては見れなかったが、光の刃でブレガンを斬ったのはわかる。


 しかし会場にいる者たちからすれば、なにが起こったのか理解できなかっただろう。


 だが事実として、ブレガンは完全に物言わぬ甲冑の破片と化していた。


「う……」


「うああああぁぁぁ!?」


 ようやく状況を理解したかのように、会場の者たちが騒ぎ出す。そして蜘蛛の子を散らすように逃げ出していた。


 闇組織を支配していたブレガンが死んだという情報は、今晩のうちに拡散するだろう。


「今さらだけど。闇組織ってなに?」


「…………………」


 本当に今さらだなと思いながら、ハルトはゆっくりと立ち上がった。

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