第96話 地下闘技場のハルト
次の日。ハルトは地下闘技場に来ていた。
(こんな場所にあったとは……)
いろいろ考えたが、地下闘技場に行くという結論は変わらなかったのだ。これにはブレガンが最後に吐いたセリフが影響していた。
(そうだ……拉致された姫がいると聞きながら、これを放置すれば……俺は二度と自分の剣に、意味と信念を持たせることができなくなるだろう)
以前までの自分とはちがうのだ。再び武に向き合うと決めたからこそ、この事態は見過ごせなかった。
地下闘技場に参加する。そう決めたハルトを情報屋はここまで案内した。
(王都南西部……古い時代の地下通路があるとは聞いていたが……)
このあたりは王都内でもかなり外れの方になり、地面もとくに舗装されていない。むき出しの土に木も生えており、王都内にありながら自然の中にいるような錯覚を覚える。
地下闘技場はこの地区の地下空間にあった。これからハルトは出場闘士として、観客たちの前で戦いを披露するのだ。
ハルトの前にある扉が開かれる。先に進むと、円形の舞台が広がっていた。舞台は高い壁に囲まれており、上を見ると観客たちの姿が見える。
(なるほどな……闘技場を中心に階段状に観覧席を作ることで、戦いぶりを見やすくしているのか)
ざっと見たかぎり、観覧している者はそこそこいる。ほとんどはリンガリア関連の組織に所属している者なのだろう。
だがごく一部に上等そうな衣服を着た人物もいた。
(貴族か……?)
疑問を抱きながらもハルトは闘技場の中心まで移動する。正面を見上げると、ブレガンの姿があった。
「よく来たな、ハルト。お前ならきっと来てくれるだろうと思っていた」
「はん……よく言うぜ。必要以上に客を盛り上げるつもりはねぇ。さっさとはじめろ」
「まぁまて。まずはルール説明からいこうではないか」
そういうとブレガンは指をさす。そちらに視線を向けると、観覧席の一部に特設のステージが作られていた。
「はじめろ」
ブレガンが合図を出す。すると特設ステージの上に複数の男たちが上がった。
彼らは下着を着ているのみであり、その全員が屈強な体を持っていた。
「なんだ……?」
なにが起こるのか……と思っていると、特設ステージの横にある歯車を別の男が回す。するとステージの上から縄で縛られた少女が下りてきた。
「…………!」
その少女は両目に涙を浮かべていた。両手を後ろ手に拘束された状態で吊り下げられており、口には布をかまされている。
あれでは抵抗もできないし、声をあげることすらできないだろう。
「吊り下げられた少女がだれなのか、今さら言うまでもないだろう。試合がはじまると、一定時間ごとに歯車を一回転させる。またハルトがダメージを負っても歯車を一回転させる。ステージにいる男たちは、下りてきた少女になにをしてもよい」
ブレガンは会場に聞こえるように声を発する。これに興奮したのはステージに上がっている男たちだった。
「やったぜ!」
「さすがブレガン様だ……!」
「かわいいなぁ~。はやく服を脱がしてあげたいなぁ~」
「先月の女はすぐにつぶれちまったからなぁ! 今回は長持ちするといいけど!」
男たちの反応を直に見た少女は、恐怖で顔を真っ青にする。ステージに下りてしまったが最後、どんな目に合うのか理解しているのだろう。
「試合は全部で5試合の勝ち抜き戦だ。無傷で、かつ素早く5人全員を倒せば、少女も無傷で済むだろう。リンガリアも〈剣狼会〉からは手を引く。わかりやすいだろう?」
「……こっちは1人なのに、そっちは5人がかりだってか?」
「不満か? だがたしかに、事前に教えてはいなかったな。ふむ……ならば今から最大で4人、助っ人を連れてきてもいいぞ。ただしその間も一定時間ごとに歯車を回させるがな」
「ふざけやがって……!」
そもそもここまで来た以上、今さら試合も終わらずに自分を外に出す気はないだろう。それくらいのことはハルトにも理解できていた。
「では……〈剣狼〉ハルトよ。はじめても構わないかね……?」
「速攻で終わらせてやる……! さっさとはじめろ!」
「では1人目をここに」
ハルトの正面にある扉が開かれる。そこに立っていたのは、両手にショートソードを持つ男だった。
「ひひ……お前が〈剣狼〉か。どの程度か……試してやるぜ……?」
「試合開始」
静かに開始の合図が告げられる。それと同時にハルトは身体を傾けつつ、両足に魔力を伝わらせていた。
絶影。シロムカ島の剣士に伝わる俊足の歩行術である。
会場にいる観客たちは、ハルトの姿が消えたように見えただろう。だがハルトはすでに相手の後ろに立っていた。
「んへ……?」
そのままためらいなく首を斬り飛ばす。切断面から勢いよく血が噴き出すが、一瞬で元の位置に戻ったハルトは返り血を浴びなかった。
「おお!」
「なんだ、今の動きは……!」
「すげぇ!」
「え? いつの間に……?」
血だまりの中心でビクつく胴体を見下ろしながら、ブレガンはハルトに声をかける。
「見事だな。さすがはシロムカ島の剣士だ」
「え……!?」
「シロムカ島の……!?」
「道理で……!」
やはり自分のことは調べていたか、とハルトは考える。
もともとカタナを使っているのだ、隠す気もない。ただ今は、剣士と名乗るにはすこしおこがましいと考えていた。
「それにしても……もうすこし盛り上がりを意識してほしいものなのだがな」
「協力する気はないといったぜ? さっさと帰りたいんだ。次の犠牲者を出せよ」
「ふふ……いいだろう」
2人目は〈月〉属性の魔力を持つ魔術師だった。だがハルトは一発も被弾することなく斬り捨てる。
3人目は〈無〉属性の魔力を持ち、いくつもの魔道具を操る男だった。しかしこれも魔道具を使用される前にさっさと斬り捨てる。
まさに電光石火。ここまで少女をつり下ろす歯車は一回転したのみだった。
「やれやれ。さすがに敵わんか」
「あと2人だな?」
「ああ。……では4人目。ここに」
続けて姿を現したのは、優男だった。
見た感じ武闘派には思えない。かといって魔術師でもない。セプターを持っていないからだ。
「あん……? こいつが……4人目……?」
「ああ。我がリンガリアの戦闘員の1人だ。前の3人とはわけがちがうぞ?」
「へぇ……?」
「では……はじめ」
ハルトはこれまでと同様に絶影で駆ける。だが相手は合図と同時に高く飛んでいた。
「な……」
常人のジャンプ力ではない。〈空〉属性の魔力で身体能力を強化し、高く舞い上がったのだろう。
だが落ちてきたところを斬ればそれで決着がつく。そう思考したときだった。
「グルアアアアァァァァァァ!!」
「…………!?」
空中で突如として、男の筋肉が異常に膨張を開始したのだ。服は内から裂け、あっという間に筋肉の塊のような見た目に変化していた。
「ルアアアアァァァァァ!!」
「っ!?」
怪物と化した男は、空中で器用に体勢を整えつつ、地面にいるハルトに拳を振るう。
まともにカタナで受けるには危険だと判断したハルトは、とっさに後方に飛びのいた。
「な……!」
男の拳は空振りになる。だがその拳が地面に激突した瞬間。大きくえぐれ、常人がパンチを繰り出してにしては異常な大穴が空いていた。
「シャアアアアアア!!」
「く……!」
その顔を見れば、自我が残っていないというのがわかった。口からよだれを垂らし、白目を剥いて襲いかかってくる。
だがその魔力量はバカにはできない。ハルトは目を見開き、男の拳をかわしていく。
「この……!」
大振りな一撃をかわし、伸びきった腕に斬撃を放つ。だがあまりに筋肉が硬く、斬り飛ばすには至らなかった。
「グルアアアアアァァァ!!」
「ぐっ!?」
カタナを振るったところで、今度はカウンターを受けてしまう。とっさに左腕でガードしたものの、鈍い痛みを感じながらハルトは飛ばされた。
(なんて強さだ……! い、いや……! なんだって急に筋肉があそこまで発達した……!? それだけじゃない、この魔力の強さも異常だ……!)
地面を転がりながら、体勢を整えつつ身体を起こす。視界にはだんだんステージに近づいていく少女の姿が映っていた。
(時間はかけていられない……! これ以上ダメージを負うことも許されないっ!)
自分の戦いぶりがそのまま少女の危機に直結しているのだ。5人抜きできても、少女が無事でなければ意味がない。
「ルシャアアアアアァァァァァ!!」
男が見た目どおり怪物のような奇声を発しながら、剛腕を振るってくる。
だがこの時には、ハルトは精神に落ち着きを取り戻していた。
(よく見ろ……相手は獣と同じ。ただ力が強いだけの野獣だ)
拳がハルトの胴体にあたる……というタイミングで、舞い落ちる葉のごとく体を回転させつつ足を前に進める。
そして怪物の眼球にカタナによる突きを放った。
「ギュリアアアアアアアアアアアア!?」
「うるさいぞ……」
目を突かれた怪物は、上半身をのけぞらせながら手で目を押さえる。すでに腕を引いていたハルトは、目を押さえたことで空いたわき腹に視線を向けていた。
「終わりだ」
そのまま柔らかい部分に狙いをさだめ、右手で刀を振るう。怪物はしばらくふらついていたが、わき腹から血と臓器を垂らしながらその場に倒れこんだ。
だがまだ生きている。ハルトは確実に息の根を止めるべく、倒れた怪物の首筋を斬った。
「おお……!」
「あの怪物まで……!」
「これがシロムカ島の剣士か……!」
観客たちがざわめきだす。これにハルトは妙な違和感を覚えていた。
(…………? なんだ……まるでこの怪物を、前にも見たことがあるかのような反応だ……)
結局怪物の正体はわからないままだ。そして今はそのことを追及している時間も惜しい。
「見事だ、ハルトよ」
「ブレガン。これで残りは……」
「ああ、1人だ。お前であれば、あるいは4人目も倒せるか……と思っていたが。ここまで素早く決着をつけるとは考えていなかった」
つらされた少女は、まだ下で待ち構えている男たちが手を伸ばしても届かない位置だ。この調子で5人目を倒せば、すべては解決する。
「だが……その左腕。しばらく使い物になるまい?」
「………………」
ブレガンの言うとおりだった。怪物の剛腕をガードしたときにかなりのダメージを負ってしまったのだ。
両手でカタナを振るうのがむずかしかったため、さっきは右手で柔らかい部位を狙った。
「さて……最後の5人目を出す前に、いま一度聞こうか。リンガリアと手を組む気はないか?」
「ない。〈剣狼会〉は悪事に加担しない。それが答えだ」
「ふふは……悪事、か。暴力に善悪の性格を付ける行為に理解はできんが……お前の答えはわかった。残念だよ」
そう言うとブレガンは大きめの槍を手に取る。そして甲冑とは思えない軽やかな動きで、闘技場へと舞い降りてきた。
「…………は?」
「なにを呆けている? 最後の相手はわたしだ。さぁハルト。5人抜きを果たし、囚われの姫を救いだすがいい」
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