第95話 王都にできた組織 〈剣狼会〉

「お疲れ様です! ハルトさん!」


 マグナとアハトによって、ハルトが所属していた暴力組織は壊滅寸前まで追い詰められた。


 だが彼らの財布となることで、なんとかギルンは組織を存続させることができた。


 ハルトは来るべき日に備え、己の武を一から鍛えなおそうと決意する。しかしギルンは出ていかないでほしいと泣きついてきた。


 ハルトとてギルンにはいくらか恩がある。彼のおかげで、王都では何不自由のない生活を送れていたからだ。


 なので悪事に加担しないという条件付きで、しばらくギルンの組織で世話になろうと考えた。


 だが状況は目まぐるしく変わる。ギルンの組織が壊滅寸前まで追い詰められたと聞いた他の暴力組織が、縄張りを奪い取ろうと抗争をしかけてきたのだ。


 これにハルトは応戦する。その結果、いくつもの暴力組織がギルンの組織の傘下に降った。


 気づけばこの数ヶ月で、そこそこ立派な規模になっている。ハルトは武闘派の代表として、多くの者たちから恐れられていた。


「みなさんもうおそろいです! どうぞ!」


 拠点も場所が変わった。今では貴族街の近くに立派な屋敷を構えている。ハルトはその屋敷の大広間に通された。


 中にいるのは、全員ギルンの組織……〈剣狼会〉の幹部たちだ。


 ハルトはその活躍から〈剣狼〉と呼ばれるようになり、組織の規模拡大に伴い、その名にちなんだ名前がつけらえた。


「なぁ……もとはギルンの組織だろう? 剣狼会なんて言ったら、まるで俺が取り仕切っているかのようなんだが……」


「まぁまぁ! 実際、ハルトのおかげでここまで大きくなったんだ! この組織にだれがいるのか、他の組織連中にもわかりやすいだろ!?」


 豪快に笑っているのはギルンだ。彼はこの数ヶ月ででっぷりと太っていた。


 マグナとアハトに壊滅寸前まで追い詰められたストレスから過食気味になっていたのだが、その後自組織が急速に成長したことで、食欲に歯止めがかからなくなっているのだ。


 だが食は元気の源なのか、ギルンは以前よりも陽気な性格に変わっていた。


「まぁいい。俺もここまで〈剣狼会〉が大きくなった以上、放置する気もないからな」


 〈剣狼会〉は数ある暴力組織の中でも、かなりまっとうに運営されている方だ。


 禁制品には手を出さないし、暴力をちらつかせて庶民に絡むこともない。もしそんなことをすれば、ハルトが直々に成敗しにくるのだ。


 もう二度と、この剣を欲望で歪ませない。これはアハトと戦ったことで得たハルトの信念だった。


 〈剣狼会〉が大きくなった以上、これを放置して昔の暴力組織に戻させるわけにもいかない。ハルトという監視役が必要なのだ。


「ではそろったところで……定例会をはじめようか」


 ここにいる者たちは、もとは他組織のボスだったものが多い。


 彼らは自分の縄張りにおける商売の成果を報告していく。それらが一通り終わったところで、ギルンが別の資料を取り出した。


「ハルト。〈リンガリア〉からだ」


「……またか」


 〈リンガリア〉。王都に存在する組織であり、暗殺も行っている正真正銘の闇組織である。


 この組織は〈フェルン〉を献上すれば報酬を与えるという通知を出しており、以前ギルンはその話に乗った。


 だが今は接触を断っている。もともと関係が深かったわけでもないのだ。


 しかしこの組織がいま、大きくなった〈剣狼会〉に対して取引を持ちかけてきていた。


「地下闘技場の共同経営権を認めてやるかわりに、〈リンガリア〉の表の顔になれ……てか。ようするに傘下に降れということじゃねぇか」


 王都のどこかには金持ちや貴族のみが入れる地下闘技場がある。そんなうわさがあった。


 どうやらリンガリアは実際にこの地下闘技場を運営しているらしい。そこの共同経営権を認めてやるかわりに、支配下に入れと要求を突きつけてきていた。


「どうしますか、ボス」


「リンガリアは得たいがしれねぇ組織だ……」


「うわさでは貴族とのつながりも太いという」


「逆らうとどんな目にあうか……」


 実際、やり合うにはむずかしい相手だった。地下闘技場の件から見ても、貴族とつながりがある可能性は高い。


 そしてそっち方面から手を伸ばされると、騎士という公権力を用いて〈剣狼会〉を取り締まってくる可能性もあるのだ。


 だからといって、正面から抗争に持ち込むのもまたむずかしい。


 リンガリアは闇組織らしく、その拠点は知られていない。戦力の規模も明らかになっていないのだ。


「やっぱり……従うしか……」


 だれかがそうつぶやいたときだった。ハルトは全身から殺気をみなぎらせる。


「…………あ? いま……なんて言った……?」


 シン……と場に静寂が訪れた。

 ハルトの殺気を正面からぶつけられ、幹部たちは額から汗を流す。そこをギルンは元気よく手を叩いた。


「落ち着け、ハルト」


「…………ふん。俺がいる以上、〈剣狼会〉に悪事の片棒をかつがせない。これはぜったいだ」


 やはり〈剣狼会〉は自分がコントロールしなくては……と、ハルトは考える。


 この程度の殺気に飲み込まれる連中が多いのだ。一度リンガリアに取り込まれたら、言いなりになるのは目に見えている。


「返事はどういう手筈になっている?」


「夕方に情報屋が訪ねてくる。そいつを経由して、リンガリアに返事がいくみたいだ」


「それじゃその情報屋に伝えてもらえ。出直してこい、と」





 その日の夜。ハルトは王都の裏通りを歩いていた。とある目的があったからなのだが、それが見事に果たされたと確信する。


「くく……本当に現れるとはな……」


 目の前に現れたのは、全身に古めかしい甲冑を着込んだ者だった。フルフェイスの兜の奥から、低い男性の声が響く。


「ほぉ……俺がだれか、わかっているような口ぶりだな……?」


「ああ。リンガリアの者だろう? そろそろ来ると思っていた。俺と直接話をつけるのが、一番はやいと理解していただろうからな」


 リンガリアが間接的に接触してきていたのは、今回が初めてというわけではない。

 とくに〈剣狼会〉となってからは、ハルトが矢面に立つ形でその誘いを蹴り続けてきた。


 そのリンガリアが〈剣狼会〉を諦めない場合。取ってくる手段は限られてくる。


 暴力を使った脅しか、貴族を使った遠回しな嫌がらせか。もしくはハルトを直接説得するかだ。


 もっとも説得の方法は一つではない。同時進行で脅しや嫌がらせをしてくる可能性も高かった。


「それで? お前がリンガリアの代役として、俺を説得しにきたのか?」


「ふ……ふふは……」


「…………?」


 男は両手でフルフェイスの兜をつかむと、そのまま上にあげて見せる。どんな顔が見られるか……と思いきや、そこにはなにもなかった。


「な……!」


 見間違いではない。顔が存在していないのだ。


 ハルトの驚く顔に満足したのか、再びフルフェイスの兜が装着された。


「精霊か……!」


「そのとおり。ここではブレガンと名乗っているが……まぁリンガリアのボスと言えばわかりやすいか?」


「………………っ!!?」


 つまり目の前の人物はリンガリアの代役でもなんでもなく、ボスその人だということだ。これにはハルトも驚きを隠せなかった。


「ボス自ら……俺に会いにきたというのかよ……!」


「そうだ。〈剣狼会〉は実質、お前がまとめているようなものだ。どのような人物なのか興味があったのと……お前の剣腕を評価して、直接対話をしようと思ったのだよ」


 リンガリアが〈フェルン〉を求めていたことを思い出す。つまり目の前の精霊……ブレガンの位を上げるためだったのだ。


 ブレガンがどの程度の位にいる精霊なのかはわからない。しかし高位の精霊には物理攻撃が通じないというのは、この世界の常識であった。


(ち……! 厄介な……!)


 それはすなわち、ハルトでは対抗手段がないということだ。


 優れた〈空〉属性の魔力を持っているものの、高位魔術は扱えない。それを顕現するための魔道具もないのだ。


「教えてくれ。この国に来たばかりの頃のお前は、暴力を是としていたはず。なぜ今になってその方針を変えた?」


「……お前には関係ないだろう」


「そうだな。だが興味はある。まずは対話を通してハルトという男を理解したいのだ」


 およそ裏組織のボスとは思えない発言に、ハルトはやや戸惑う。

 それに声と雰囲気から、強い理性のようなものを感じ取っていた。


「…………一度は堕落した俺の剣だが。ある方が目を覚まさせてくれた。俺は……二度と己に恥じることのない剣を振るうのだと決めた」


「それが暴力を否定することになると? なんと思おうが、剣を振るう以上、それは暴力に他ならない。我らの行いとなにがちがう?」


「ちがう。俺には剣を振るう理由と信念がある。享楽と欲望で振るう暴力とは別物だ」


「言葉遊びだな。力を振るうという行為は同じ。そこに意味を見出すのは自由だが……別物と言い切って自分の暴力は清いのだと言うのは、己を誤魔化す方便以外のなにものでもない」


「……………………」


 話しながらハルトはまるで自問自答をしているような錯覚に陥っていた。

 ブレガンの言うことを正面から否定できない自分もいるのだ。


「俺は……」


「身につけた力で弱者を従わせる。これは自然の摂理であり、なにもおかしなことではない。現にお前もそうして今の〈剣狼会〉を築いた。暴力で成り上がったお前が、なぜ暴力の持つ意味を否定する? そこに清さを求める?」


 言葉が出ない。敵の前だというのに、両目をつぶってしまう。


 だがそのとき、瞼の裏に映ったのは、美しき武神の化身だった。


「ふ……はは……」


「………………」


「ああ……そうだな。どうやら俺はまだとらわれていたようだ……正しい力のありようというやつに」


 自分ではブレガンに正面から言い返せはしない。だがもはやそれもどうでもよかった。


「たしかにあんたの言うことも真実だろうよ。だがそういうあんたこそ、暴力というものにわざわざ意味を持たせている」


「ほう……」


「弱者を従わせる……これこそがあんたの考える暴力の神髄なんだろう。だがな。どんなに立派で納得できる理由をつけたところで、圧倒的な力の前には無力だ。俺もあんたも、あの方を前にすればただ蹂躙されるしかない」


 高位精霊に物理攻撃は通用しない。だがアハトにはそんなの関係ないだろうと、なぜだかハルトには確信があった。


 ブレガンにはブレガンなりの暴力に対する考えがある。より強い者が弱者を支配する。


 今回、リンガリアが〈剣狼会〉に従えと言ってきているのも、この考えに則ったものだろう。


「あの方……? この王都に、お前以上の強者がいると……?」


「ギルンの組織はたった2人によって、一度壊滅寸前まで追いつめられたんだ。大きくなった〈剣狼会〉ではあるが、あの方を敵に回せば粉微塵になるだろうぜ。そしてそれはリンガリアも同じだ」


「………………」


 甲冑の身体で、ブレガンは器用にため息を吐くような動作を見せる。


「どうやら見込みちがいだったようだ。お前は……そう。さしずめ、大型犬におびえる小型犬だ」


「なんとでも言えよ。だが俺から見れば、お前も小型犬だ。いや……俺たちは等しくアリにすぎない。お前もあの方を前にすれば、それをいやでも実感するだろう」


 妹をも超える、武の極致に住まう存在。武神の化身。


 ハルトから見れば、この存在を知らないことがブレガンにとっての悲劇だろうと思えていた。


「ハルト。お前を地下闘技場に招待しよう」


「…………あん?」


「そこで優勝すれば、リンガリアは〈剣狼会〉から手を引く。優勝できなければ、〈剣狼会〉はリンガリアに従う。わかりやすいだろう?」


「俺がその話を引き受ける理由がないな」


 くく……と笑いながら、ブレガンはうなずきを見せる。


「そうだな。ところで……この国の第二王子の妹が行方不明になっているのを知っているか?」


「は……?」


 ギルンはともかく、ハルトは貴族との付き合いはなく、事情にも精通していない。

 ブレガンの話したことも初めて聞いたことだった。


「とある方の依頼を受けて、リンガリアが拉致したのだよ」


「……………………」


「お前が優勝すれば、この姫を解放しよう。〈剣狼会〉も貴族とのパイプが作れるし、メリットが大きいだろう? この国でそれなりの規模の組織を長く存続させるには、貴族とのつながりは必要だ」


 ブレガンの言う意味を考える。〈剣狼会〉にとって貴族の後ろ盾は必ずしも必要というわけではない。一方でまったく役に立たないというわけでもない。


 とくに今みたいな状況のときは。リンガリアが貴族を活用できる以上、同じ土俵で戦えるカードを持っていないと、場合によっては不戦敗もあり得るのだ。


 しかしそれがわかった上で、それでも〈剣狼会〉と王族の繋がりがぜったいに必要だとは思えなかった。


「この話を聞いて、地下闘技場に来るか来ないかは自由だ。だがこなければ。姫君は少々乱暴な目に合うだろうな」


「……外道が」


「はは。精霊にそれを言うか? はじめから人種としての道など歩んでなどいない。さて……明日、夕刻にこの場に情報屋を送る。その気があるなら、その者に案内してもらうといい。ああ、もちろん他のだれにも話すなよ? 話せば……言わずともわかるだろう?」


 そういうとブレガンは背中を向ける。そして去りながらハルトに言葉をかけてきた。


「貴族とのつながりが欲しくなくとも、この話を聞いて無視すれば……己に恥じる剣とやらになるのではないか? ふふは……ハルト。お前が地下闘技場を盛り上げてくれることを期待しているぞ」

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