第24話 魔獣大陸には不思議がありそうです。

 しばらく南に向かって足を進めていたが、あれから魔獣は見当たらない。


 この辺りは大都市であるマルセバーンも近いし、あまり魔獣が群れていないのかもしれないな。


「そういやよぉ。魔獣大陸って、南に行くほど凶悪な魔獣がいるんだよな? あと未探索の領域もあると」


「そうよ。それがどうかした?」


「船で南側に回り込めねぇの?」


 魔獣大陸で港が建造されているのは、最北端の町マルセバーンのみ。他に大型船が接舷できる場所があるという話は聞いたことがない。


 そしてこの大陸は南部を中心に、まだまだわからないことが多い。ならば船で回り込めばいいのでは……と思ったのだ。


 これに対し、ルシアは再びあきれたような表情を向けてきていた。レッドも苦笑しながら口を開く。


「まぁこの大陸が発見されて、それなりに年数が経っているからなぁ。もちろん各国は当初、どこもそう考えて実際にチャレンジもしていたさ」


「その言い方だとうまくいかなかったみたいだな?」


「ああ。結論から言うと、魔獣大陸に上陸できるのは北部のみなんだ」


 魔獣大陸が発見された当初、どこの国もこの謎の地を調べるために調査団を立ち上げていた。だが北部以外から上陸しようとすると、3つの難関があるらしい。


「1つ。海流だ」


 大型船が接舷できる港の整備にはかなりの技術が必要になる。なにより場所も選ぶ必要がある。


 どうやら北部以外だと海流も激しく、港を建造できても安定的な運用は難しいらしい。


 莫大な時間と金を投資しなければならないのに、そのリターンが得られないのであれば、事業としては失敗だ。


 そこを維持するための費用と人件費諸々で、赤字を永久に垂れ流し続けることになる。


「2つ。地形だな」


 これはわかりやすい。要するに港を建造するのに向いた地形がないということだ。


 魔獣大陸沿岸部は、南に行くほど切り立った断崖絶壁になっているらしい。


 最南端にもなると、大陸の地表高度がかなり高くなる。これではそもそも港を建造できない。


「ん? でも港が建造できなくてもよ。一時的にそこに船をとめて、登山装備で崖を登ればいいんじゃね?」


 口で言うほど簡単なことではないだろう。補給が望めないので滞在期間に応じた食料の備蓄が必要だし、断崖絶壁を登る専用装備の開発や、それを十二分に使いこなすための訓練も積まなくてはならない。


 だが逆に言えば、金と時間次第で南から登ることもできると思うのだ。すくなくとも魔獣大陸にはそうするだけの価値はあるだろう。


 だがここでルシアは首を横に振った。


「3つ目の難関だけど。魔獣大陸の南部には、海の中にも水棲の魔獣がいるのよ」


「…………え?」


 なんと魔獣というのは、海中にもいるらしい。だがどういうわけか、魔獣大陸の南部にしか生息していないそうだ。


 まれに群れからはぐれた個体が、通りかかる船を襲うこともあるそうだが。


 とにかく魔獣大陸は、南部に行くほど航海期間が長くなり、海中の魔獣に襲われるリスクが高くなる。


 大昔の記録の中には、船よりも大きなヘビが大型船を沈没させたというものもあるとか。


「それは……なんというか……」


「そういうことだから。人は北からしかこの大陸に上陸できないし、南部には素直に大陸を横断しないとたどり着けないのよ」


 く……! シグニールが使えれば、飛んでいけるのに……! そんな秘境があると聞くと、無性に行きたくなっちまう……!


『むぅ。それがわかっていればこの星に墜落するまえに、衛星軌道から魔獣大陸南部の様子を記録していたというのに』


 どうやらリリアベルも気になっているようだ。わかる、わかるぞ……やっぱりこういうロマンはいいもんだよな!


「……ん? でもこの大陸、たまに謎の遺跡とかも見つかるんだよな?」


「そうよ。それがどうかした?」


「つまり大昔、ここに人が住んでいたのか? 魔獣があっちこっちにいるのに?」


 急に気になってきた。どうやら俺のインテリな部分が刺激されているらしい。


「そうじゃないかしら? どこかの学者は、魔獣大陸が人種発祥の地だとかも言っていた気がするし」


「え? そうなの?」


「うん。なんだっけ……むかしおじい様に仕えていた学者が言っていたのよね……」


 謎に5つもの種が栄えている星だが。それらが共通して魔獣大陸から発祥した……? 


 普通に考えたらありえないな。ありえないが……この星に限っては、いろいろと常識があてにならねぇからなぁ……。


「たしか……うーんと。魔獣大陸南部にあるという、レアディンの地が……」


「え?」


 自信がないのか、ルシアはボソッとつぶやく。だがなんとなく、聞きなれた単語が聞こえた気がした。


 それを確認しようと口を開こうとしたところで、アハトから声が届く。


「異様な空気振動を検知」


「……はい?」


「発生源を特定。上空でなにかが特殊な音を発生させていますね」


 言われて俺とアハトは上空に視線を向ける。つられるようにルシアたちも顔を上に上げた。


「…………? アハトさん、どうかしたのかい? とくになにも見当たらないが……」


「普通の空よね……?」


 たしかに。鳥が飛んでいる以外は、いつもの見慣れた空模様だ。


 だがアハトが断言した以上、そこになにかがあるのは間違いない。


『シグニールのセンサーが使えるならともかく、今のわたしではなにも検知できんな』


 シグニールは森から動かせないからなぁ……。まぁなにも異常はなさそうだし、とりあえず気にする必要も……。


「………………!?」


「な、なんだ!?」


「地震……!?」


 なんの前ぶれもなく、急に周囲の地面が振動する。立っていられないほどではないが、まるで地下をなにかが蠢いているような感じだ。


 しかしこの振動にすぐ反応したのは、レッドとオボロだった。


「走れっ! 来た道を戻るぞ!」


「え!?」


 なんだ……!? と思う間もなかった。突然目の前の地面から、ぶっとい樹が生えてきたのだ。


「…………っ!!?」


 いや……樹じゃねぇ! ミミズ……!? ありえねぇサイズの超巨大ミミズだ!


「きゃああぁぁぁぁ!?」


「く……! やはりラブルド種! なぜここに!?」


 そのミミズはちょっとした2階立て建築物くらいの大きさがあった。


 横幅もその巨体を支えるくらいに太い。だが驚くのはまだはやかった。


「どぅええええぇぇぇ!?」


 なんと一匹だけではなかったのだ。巨大ミミズは俺たちを取り囲むように、六匹が地面から現れていた。


「シュルルルルルルルルル!!」


「うひぃ!?」


 きもちわるっ! ミミズは口を開くと、そこから粘液を垂れ流していた。


 つか完全に囲まれてんじゃねぇか! こいつらも俺たちを食う気満々だし!


 だが身体すべてが地面から出てきているわけではない。なぜだかその様子は見られない。


 身体の一部が地面に埋まっている以上、どうしても顔の可動範囲は限られる。


 レッドとオボロは真剣な表情のまま叫ぶ。


「オボロ!」


「ああ! お前たち! ルシアを連れて逃げろ! この魔獣は俺たちが仕留める!」


「ちょっと2人とも!? ここに残るつもり……!? わたしも……!」


「マスターは逃げろ! だいじょうぶだ、俺たちも本気を出す……!」


 3人はすっげぇシリアスな雰囲気を出していた。


 まぁこの状況だし、それはわかるのだが。しかし俺は2人の言葉を無視して、グナ剣を引き抜く。


 はっは……。どうやらきたみたいだなぁ……俺の見せ場が!


「っ!? おい、余計なことはするな! お前は……」


「なに言ってやがる! どうせ囲まれているんだ、逃げるにせよ戦わないといけねぇだろ!?」


「それは……!」


 ま、逃げる必要なんてないんだけどな! 


 俺の声に反応したのか、ミミズの一匹が身体をしならせて襲いかかってきた。


 口を開けて、きっちりと俺を捕食できる軌道で迫ってくる。このままではあのどでかい口に捕まるだろう。だが。


「えいやっ!」


 俺は迫りくるミミズの顔部分を、雑に蹴り上げた。並のヒューマンであれば質量差もあって、蹴ったところでどうにもならないだろう。


 速度の出たダンプカーに、正面から殴りにいったところでなにも影響はないからな。


 しかし俺の蹴りを受けたミミズは、真上へとその巨体が飛ばされていた。


「え…………」


 そのまま伸び切った胴体に、横一文字にグナ剣で斬り払う。するとミミズの太い胴体は、きれいな断面を作りながら真っ二つとなった。


「うへ! 体液が飛び散ってきもちわりぃ!」


 切り離されたミミズの巨体が、音を立てて地面へと落ちる。想像していたよりも柔らかかった。これなら楽に倒せそうだな。


 アハトもここで大活躍を見せたいんじゃないか……と思っていたが、彼女はハルバードを構えてすらいなかった。


「マグナ。わたしは服が汚れるのはいやなので、ここはお任せします」


「まさかの理由!?」


 だが気持ちはわからなくもない。ミミズの体液はどうみても粘度がすごい。


 こう……ドロォォ……というか。一度衣服に付着したら、なかなかとれなさそうだ。


 しかしグナ剣にはまったく付着していなかった。剣をはやく振り抜けばいいのかね。


「ま、そういうことなら……今日は俺がおいしいところをもらうとするか!」

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