第23話 ルシアちゃんたちと魔獣を狩りに行きました。

「〈アリアシアファミリー〉……。そうか、リュインが言っていた〈フェルン〉の冒険者か……」


 まさかファルクのマスターだったとは。そしてリュイン同様、四聖剣を探しているとは思わなかった。


「むむむぅ。まさかわたし以外にそんなフェルンがいるだなんて……!」


「なんで悔しがるんだ? 同族だし、話を聞きに行ってみればいろいろ教えてくれるかもしれないだろ?」


「そんなわけないでしょ! わたしが逆の立場なら、顔を見せたら最後! ライバルが増えるまえにさっさと潰しにいくわ!」


「妖精さん、物騒すぎない!?」


 どうやら同族で目的が同じでも、リュインからすれば協力するという話にはならないらしい。


 いったい四聖剣のなにがフェルンたちをそこまで駆り立てるんだ……。


「あ……でもそんな超大手ファルクがここで活動しているということは。四聖剣って、魔獣大陸のどこかにあるんじゃないのか?」


「…………! マグナ! あなたさては天才ね!?」


「おいおい、今ごろ気づいたのかよ」


『………………ハァ』


 すっげぇ久しぶりにリリアベルの声が聞こえてきた。そして特大のため息を吐かれた。


「四聖剣が実在するのかは知らないけど。〈アリアシアファミリー〉はそう考えているんじゃないかしら?」


「なにか根拠があるのか?」


「根拠……というほどでもないけど。あそこは他のファルクと比べると、どちらかと言えば未開拓エリアの探索と遺跡調査に熱心なのよ」


 ファルクにはそれぞれ特色があるらしい。主なのはもちろん魔獣を狩ることを生業としたファルクだ。


 だがそれ以外にも、他の町との間で輸送関連の仕事を中心に担うファルクや、自警団的な活動をしているファルクもいるらしい。


 そして〈アリアシアファミリー〉は、まだだれも踏み込んだことのない未開拓エリアの探索や、遺跡調査に多くの活動リソースを割く組織とのことだった。


 なんとなくリリアベルと気が合いそうだな。というか。


(それ……いいな……!)


 ここ魔獣大陸は人跡未踏の地が多く、人類最後の謎が眠る大陸だと言われている。


 謎の古代遺跡も多く、そこから見つかるものには摩訶不思議な物体も多いのだとか。


 魔獣を狩るのもいいが、どちらかといえば俺はこういう方面に冒険者としてのロマンを感じる。


 自ら地図を切り開く。うん……これぞ冒険者……!


「そのためだいたい大陸中心部で活動しているから、最北端に位置するマルセバーンではほぼ会うことはないんだけど。アリアシアが魔獣大陸で四聖剣を探しているというのは、けっこう有名な話なのよ」


「…………! ねぇねぇ、聞いた!? わたしたちも負けていられないわ! このまま大陸南部を目指しましょう!」


「ぶっとんでるねぇ」


 それもわるくないけどな! 


 とりあえず今はこの辺りで魔獣を狩るのが先だ。それに……と、俺はリュインに耳打ちをする。


「そっちはアリアシアに任せておこうや」


「え?」


「俺たちは他の大陸も含めて探すことができる。なにせあっという間に転移できるんだからな。で、もしアリアシアがここで四聖剣の1本を見つけたら……」


「奪えばいいのね! さすがマグナ!」


 いや……こっちで集めた分と合わせていろいろ交渉できるんじゃないか、と話そうとしたんだが。


 やはり辺境惑星の蛮族どもは思考が物騒だな。洗練された一級帝国人である俺とは大ちがいだ。


「…………前方に四つ足の魔獣を発見」


「え?」


 アハトが俺たちに警戒を促してくる。視界の端にアハトから送られてきた映像が映し出された。


 見るとたしかに、前方に魔獣が見える。


「本当だ。全部で3体か。これまでも狩ったことがあるやつだな」


「え? え?」


「どこだ……? まったく見えんが……」


「ああ、まだちょっと距離があるからな。ちょうどいい、ゆっくり近づこう。この位置からなら風下だし、気づかれずに接近できるだろ」





「ほ、本当にいた……!」


 俺たちは身をかがめて岩陰に隠れていた。正面には狼のような魔獣が3体確認できる。


「アルブ種だな。ルシア……冒険者としての実戦はこれが初めてだろう。準備はいいか……?」


 オボロが静かに問いかける。それに対し彼女は杖をギュッと握りしめた。


「だいじょうぶよ。まずわたしが一発決めるから。レッドとオボロは向かってくる魔獣を相手してちょうだい」


「おう。まかせろ、マスター。あの程度ならなにも心配いらねぇからよ」


 もともと俺たちは付き添いみたいな感じだからな。ここは3人に任せるとしよう。……気になる発言もあったけど。


「いくわよ……!」


 そう言うとルシアは杖を掲げる。するとその先端部に光球が生まれた。


「…………!」


 こうして近くで魔術が発動するところを見るのは初めてだな……! 


 骸骨精霊が放ったときは、さっさと仕留めようと動いていたし。じっくりは見ていなかった。


「はあぁぁぁ……! 貫け、氷槍よ!」


 輝く白い光球から何本もの氷の槍が出現する。それらはすさまじい速度で、3体の魔獣に目がけて飛んでいった。


「グルァ!?」


 突然の不意打ちに、3体のうちの1体が胴体に直撃を受ける。その身体には5本の氷槍が突き刺さっていた。


(おお……! マジもんの魔法……! つかけっこうすごくない!?)


 至近距離で受けたら、俺でも回避しきれるか微妙なラインだろう。まぁそんな至近距離で受けることもないと思うけど。


「ガルルルァァアァ!」


 残りの2体がまっすぐに突っ込んでくる。前に出たのはレッドとオボロだった。


「うおおおおお!」


「ふん……!」


 動きを見ればわかる。この2人はかなり戦い慣れているな。


 レッドは魔獣の攻撃を斧で弾き、そのまま平らな面で頭を打つ。オボロは爪撃を避け、鞘に入ったままのカタナで魔獣の頭を打った。


 2人ともきっちりと一撃で仕留めている。それに仕留めかたを見ても、そうとう対魔獣戦を経験してきているのがわかる。


 魔獣は血の一滴まで素材になるからな。なるべく外傷をつけずに倒したんだ。


 オボロはそのまま氷槍が突き刺さった魔獣の側へと駆ける。そしてカタナを抜くと、その胴体にとどめの一撃を突き刺した。


「うし! 完全勝利だな!」


「ルシア。血が流れきるまえに止血を」


「わかったわ!」


 ルシアはそのままオボロがとどめを刺した魔獣へと近づく。そして再び杖を掲げ、魔術を発動させた。


「お……おお~……」


 刺さっていた氷槍が姿を消し、代わりに傷口が凍りはじめる。血も完全に止まっていた。


「すげぇな……魔術……」


「ええ。わたしも使えるようになりたいものです」


「まぁ〈クルシャス〉を転移してぶっ放せば、十分魔法に見えるだろうけどな」


 俺たちも3人の元まで歩く。じつに鮮やかな決着だった。


(レッドとオボロはたぶん冒険者としても長いんだろう。でもルシアは……これが初めての実戦だと言っていたな)


 さっきのオボロの言葉だ。だがこれが事実だとすれば、ラングの言っていたことと矛盾が生じる。


(ファルクを立ち上げられるのは、経験豊富で実績の認められた冒険者のみ……。これで実はルシアが有名な冒険者だった線は消えたわけだが……)


 それでもギルドがファルク結成に際して認可を出した。それができるだけの事情が彼女にはあるのだろう。


 ……ま、今日1日だけの付き合いなのに、それを聞くのも野暮ってもんか。


「おつかれ~! いやぁ、見事なもんだったな!」


「ふ、ふん。当然でしょ! だいたいこの辺りに生息する魔獣に手こずっているようじゃ、ファルクのマスターは務まらないもの!」


「そうですかい」


 そうだ……あくまでこのファルクのマスターはルシアになる。


 つまり実はレッドかオボロこそが、このファルクの結成者であるという線もない。


「で……こいつをどうやって町まで運ぶんだ?」


「簡単よ。レッド」


「あいよ!」


 レッドは持ってきていた荷物からいろいろ道具を取り出す。それらを組み立て、一枚の簡易な板ができた。


 さらにそこに、3体の魔獣を乗せていく。


「マスター、頼みます」


「ええ。…………〈フロントーマ〉」


「………………!?」


 ルシアがなにかを呟くと、板は空中に浮いた。魔獣の死体も上に乗っかったままだ。


「え……すげぇ……」


「……あきれた。本当に知らないのね?」


「ファルクにはだいたい、〈月〉属性の魔力持ちをチームに加えているんだ。こうやって魔獣の死体を運んだり、腐らないように凍らせることができるからな!」


 ルシア自身、〈月〉属性の魔力を持っているらしい。


 〈月〉属性持ちのだれもがこうした真似ができるわけではなく、ここまで完璧に氷の魔術が使える者はそう多くないようだ。


『なるほど。これを応用すれば、他にも大型かつ高速の移動手段を作れそうだな。案外すでにあるのではないか?』


 たしかに。キルヴィス大森林には、かなりの大型魔獣も生息していた。魔獣大陸にあのサイズの魔獣がいないとは考えにくい。


 きっとああした大型魔獣の運搬方法も、なにかしら確立されているのだろう。それに氷の魔術の使い手は、この地では重宝されるにちがいない。


「マグナたちみたいに、こうした運搬手段がない者くらいよ。荷車や馬車でゴロゴロと魔獣を運ぶのは」


「ぐ……!」


 つまりその時点で、どこのファルクにも所属していませんよ~……と言っているようなものだったのか。


 あと素人感も出ていたのかもしれない。なんとなくくやしい……!


「今から町に戻ってもまだはやいし。もうすこし狩っていくわよ!」


「やれやれ……。マスター、あんまり南には進みすぎないでくださいよ?」


「わかっているわ! ちゃんと暗くなる前に帰れる距離しか探索しないもの」


 初めての狩り、そして初めての成果。これにルシアはとても喜んでいる様子だった。


 ちなみに宙に浮いた板は、そのまま俺たちについてきている。便利……!


「なぁリュイン」


「なぁに?」


「お前もこの魔術、使えねぇの?」


「さぁ?」


「いやいや……さぁってなんだよ?」


 意味わからん。だがリュインは自信満々に答える。


「そのうち使えるようになるんじゃないかしら? なんたって〈フェルン〉は、長く生きるほど強力な魔術が使えるという、成長性しかない優れた種族ですもの!」


「どこからその自信がくるんだ……」


 とりあえずその将来性に期待しつつ、俺たちはさらに南へと進んだ。





「んっふっふぅ。ほぉんとにルシアちゃんじゃないのぉ」


「ええ。朝一でギルドから情報が回ってきましたからね。今日付けでルシアがファルクを立ち上げたって」


 マグナたちからかなり距離が離れたところで、2人の男性が立っていた。そのうちの1人は、親指と人差し指でわっかを作り、そこにレンズを持っている。


 男はそのレンズ越しに、遠方にいるルシアたちの姿を捉えていた。


「お供はレッドにオボロちゃん! あとはぁ……なぁに、あの貧相な男は。で・も。〈フェルン〉とあの女はイイわねぇ~!」


「……たしかに。あれほどの女、なかなかみませんね。どこかの国から流れてきた貴族でしょうか?」


「そうかもねぇ。行き場をなくした女騎士様が、魔獣大陸に流れてきたとかぁ? うん、いいわぁ! そういう話、わたしだぁい好きなのぉ!」


 長身の男は身体をくねくねと曲げながら声を漏らす。だがその目はずっとルシアたちを見ていた。


「いかがいたしますか、カミラ様」


「そうねぇ……マスターが開発した魔道具だけどぉ。まだテスト数が足りていなかったわよね?」


「……まさか」


「んふふぅ……ねぇユン。ここでぇ。試してみましょうよ」


 カミラと呼ばれた男の言葉に、ユンという男はややためらいがちに口を開く。


「よろしいのですか? ルシアは……」


「だぁいじょうぶよ。だってあのルシアちゃんだもの。ここで死ぬような運命にはないわ」


 なにも根拠がないことを、カミラは確信しているように言葉を続ける。


「たとえレッドやオボロちゃん、それに悲劇の女騎士様が死んでもぉ。ルシアちゃんなら生き残るわ。だぁってそうじゃなきゃ……物語の主人公にふさわしくないもの」


「主人公……ですか」


「ええ。なにもかもを失った少女が、やがて巨大ファルクグループを率いる盟主となり、かつての栄光……グランバルクの名を取り戻す。きっと彼女は今、そんな物語の中にいるのよ」


 どこまで本気で言っているのかはわからない。本心から言っているようにも聞こえるし、まったくのでたらめを話しているようにも聞こえる。


 カミラは真っ赤な舌で唇を舐めた。


「死んだらルシアちゃんの物語はここまでだったと……それだけの話よ。マスターダインルードにはわたしから話を通しておくから。ユンはそのまま例の魔道具を使いなさい」


「…………わかりました」


 そう答えると、ユンは懐から笛を取り出す。ただの笛ではない。魔道具の笛だ。


「問題ないわよね?」


「はい。最後に使用したのは7日前ですから」


「ああ……なんだっけ。どこかのファルクにけしかけたのよね?」


「〈クライクファミリー〉ですね」


 ユンが右腕を掲げると、そこにいつのまにか四枚の羽を持った鳥がとまっていた。ユンはその鳥に笛を渡す。


「……いけ。ターゲットはあそこにいる集団だ」


「リョーカイ!」


 鳥はすぐさまその場を立ち去る。それを見てカミラはユンに、先ほどまで使用していたレンズを渡した。


「風の精霊の契約者……便利ねぇ。それじゃユン。わたしは先に帰るわね。報告、楽しみにしてるわよ?」


「はい」

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