第25話 帰り道にすごい船を見ました。

(…………!? な……なんだ……あの男は……!?)


 ユンは魔道具のレンズ越しに、遠方からルシアたちの様子を観察していた。彼はファルク〈ダインルードファミリー〉に所属する冒険者だ。


 〈ダインルードファミリー〉はいろいろわるいうわさが多いが、一方で高く評価されている面もある。


 その一つにマスターであるダインルードが、超一級の魔道具を作成できるというものがあった。


 彼が作成した魔道具があまりに便利すぎて、すでに冒険者たちの間で広まっているものもある。


 〈月〉属性の魔力を持っていなくても、すぐに火を起こせる魔道具なんかもそうだ。


 精霊であり強い魔力を持つ彼は、魔道具作成が趣味の一つでもあった。


 そんなマスターダインルードが最近、実験的に作成した魔道具がある。まだ名称もついていないが、それは笛状の形をしていた。


 これはいわば犬笛みたいなもので、吹けば周辺にいる魔獣を呼び寄せるというものだ。


 しかし範囲や再使用までの魔力チャージ期間を含め、まだまだ試作段階である。笛を吹いても必ず魔獣が現れるというわけでもない。


 そこで彼は部下を使い、さまざまなデータを収集していた。先日これを使って現れた魔獣に〈クライクファミリー〉の冒険者が殺されたところだ。


 ユンは自身と契約している風の精霊にこの笛を持たせ、ルシアたちの上空へと送りこんだ。精霊はそこで笛を吹いたのだ。


 この辺りは大陸北部ということもあり、そこまで凶暴な魔獣は出てこないだろう。そもそも現れない確率の方が高い。


 そう考えていたが、姿を見せたのは地中を這う魔獣〈ラブルド種〉だった。


(ラブルド種……あの場に現れたのは魔力持ちではないが……)


 もうすこし南に進むと、魔力を持つ個体もいる。だが魔力を持っていなくても、油断すればベテラン冒険者でも命を落とす。それくらいの警戒はされている魔獣だ。


 単純にその巨体がそのまま武器になるのだ。速度をつけて迫られたら、下手にガードするのも難しい。


 魔力を持っていなければ、ガードに掲げた盾ごと吹き飛ばされるだろう。


 この辺りでそんな〈ラブルド種〉が6匹も現れたことに対し、ユンは驚いていた。だがレッドとオボロの2人なら、やられることはないだろう。そう考えていた。


(あの2人はグランバルクファミリーでもエース級の冒険者だったからな……)


 しかしお荷物が……それも3人も抱えてとなると、むずかしい戦いを迫られるだろう。しかも囲まれているので、守りながら立ち回るにも限界がある。


 それでも勝つのは2人の方だろうと考えていた。どのラブルド種も魔力を持っていないからだ。


 多少のケガは負うかもしれないが、ルシアを守りとおすだろうとも思っていた。


 ところがその視界には、まったく予想していなかった光景が映っている。


(あの男……! たった一撃で……!)


 その男はどう見ても冒険者には見えなかった。


 まず装備がちがう。まともな防具など身につけていないし、服も見るからに一般人という装いだ。


 それに若い。冒険者として経験を積んできた類でもないのは一目瞭然だ。女と合わせて、最近魔獣大陸に来たばかりの新参者だろう。


 自分もカミラもあの男はまったくのノーマークだった。しかしその男が、10秒足らずで〈ラブルド種〉の4体を仕留めてしまったのだ。それも剣の一振りで。


(たった一撃で、ああも容易く真っ二つに……!? 動きもはやい! だというのに、魔力で身体能力を強化している様子もない……!?)


 〈空〉属性の魔力を持つ者は、身体能力の強化ができる。彼らはその際、全身が淡く輝くのだ。


 中には意図してその輝きを抑える者もいるが、そうした者も目は光るなど、なにかしらの変化は見られる。


  だがレンズに映る男からは、その片鱗がまったく観察できなかった。


(最後の1匹も仕留めたか……! 全部で30秒もかかっていない! これほどはやく、6匹仕留めてみせるとは……!)


 〈ラブルド〉種は、実力者ならともかく新米冒険者からすれば脅威となる魔獣である。


 倒すのに魔力は必須だし、どの属性を有しているかで対応の仕方も変わってくる。


 意外とやりづらいのが〈空〉属性の魔力を持つ者だ。身体能力を強化して武器を振るっても、粘度の高い体液によって刃を絡め取られてしまうときもある。


 そのため攻撃性の強い魔道具を使用するか、〈月〉属性の魔術で仕留めるのが最も面倒のない対処法だと知られていた。


(あの黒い剣……どういうことだ。まったく斬れ味が落ちていない……?)


 その男は武骨な長剣を持っていた。ただの剣であれば、ああもたやすく魔獣の胴体を真っ二つにはできなかっただろう。


 飾り気もなにもないが、相当な名剣であるのは間違いない。


「タダイマ! タダイマ!」


 笛を持った風の精霊が帰ってくる。ユンは精霊から笛を受け取ると、それを懐にしまった。


(予想外だったが……いろいろ面白いものが見られた。ルシアたちも全員無事……カミラ様にいい土産話ができたな)


 そもそも目的は彼女たちの命ではない。この笛状の魔道具のテストだ。今回の出来事は、マスターダインルードも関心を示すだろう。


 そんな満足感を得ながら、最後にもう一度レンズをのぞく。


「……………………っ!!?」


 ユンは軽くルシアたちの様子を確認し、それから帰還しようと考えていた。レンズを覗いたのも、撤収前のついでのようなものだ。


 そのユンと。薄紫の髪をした絶世の美女との間で、はっきりと目が合った。


「は…………!?」


 いや、そんなはずはない。ここから彼女たちがいる場所まで、かなり距離が離れている。


 向こうからすればここに自分が立っている姿など、まったく見えないだろう。


 仮に自分と同じく、遠見の魔道具を使用しているのなら、その様子を確認することができる。だが彼女はそうした魔道具を使用しているようには見えない。


 つまりどう考えても、こちらを視認できないはずなのだ。それなのに。


「い、いや……やはり……!? はっきりと……俺を、見ている……!?」


 レンズに映る女性は、ジッとユンに視線を向け続けていた。確証はない。だが彼女は自分に気づいているのではないか。


「く……!」


 ユンは即座に背負っていた板を下ろす。そこに足を乗せ、魔力をみなぎらせた。すると板は地面からやや浮かぶ。


 なんとも言えない不気味さを感じながら、ユンは板に乗せた右足に体重をかける。すると宙に浮く板は、彼を乗せたまままっすぐ北へと進んだ。





「……………………」


「どうかしたか? アハト」


「いえ……フフ」


「なんだその笑いは……」


 突然現れた魔獣どもだったが、ずいぶんとあっさり倒すことができた。それというのも、身体がめちゃくちゃ柔らかかったからだ。


 剣の一振りで面白いように寸断できたからな。俺はダッシュで駆けながら、順番に魔獣の胴体を切り離していった。


 リリアベル特製のグナ剣が汚れていないことも確認して鞘に納める。


「よかった……あのドロドロした体液がついていたら、鞘にいれるのも抵抗あったし」


『その辺の対策はしているに決まっているだろう。ちゃんと表面に汚れが付かない加工を施してある』


「え、マジ?」


 てっきり俺の剣を振る速度があまりにはやすぎて、体液が刀身に付着していないのだと思っていたのに……。


 言われてみれば森で魔獣を狩っていたときも、血が付いたことなかったけど!


「ま、こんなもんだろ」


 周囲にはきっちり6体のミミズ魔獣が死んでいた。全員きれいに身体をばっさり切断されている。


 ちょっと歩く先を考えてしまうくらいには、体液もそこかしこに飛び散っていた。


「マグナ……すげぇな! おいおい、こんな実力を持っていたのなら、もっとはやく言ってくれよ!」


 レッドたちもこちらに歩いてきた。ルシアも死んだ魔獣と、その切断部に視線を向けている。


「どういうこと……?」


「ん? なにがだ?」


「ここへは最近きたばかりなのよね? どこでこれほどの実力を……!? それにその剣。ただの剣じゃないでしょ……!?」


 あれ。俺の脳内シミュレーションだと、今ごろ「すごーい!」ともてはやされているところなのだが。ルシアは疑問をぶつけてきた。


「いやぁ……どういうことと言われてもな……」


 ここで元気よく飛んできたのはリュインだった。


「ふっふっふ……! マグナたちはね! 外の大陸で魔獣を狩っていた経験があるのよ! すんごい高品質な魔晶核だって持っているんだから!」


「またお前は簡単に情報をもらして……」


 しかも自分のことのように自慢げに話すのもいつもどおりだ。もういいけどね。


「ほう……。魔力持ちの魔獣との実戦経験があったのか……」


 ここで食いついてきたのはオボロだった。なんとなく口数の少ない奴だと思っていたけど、興味を持ったらしい。


「道理でこいつらを前にして、うろたえていなかったわけだぜ! 普通の新米なら、巨体魔獣が出てきた時点ですごく動揺するもんだからなぁ!」


 ああ……それはそうだろうな。俺もキルヴィス大森林でビックサイズ魔獣を見たときは驚いたし。


 先ほどのアハトの言葉が効いているのか、ルシアもそれ以上俺たちを追及してくることもなかった。


 だがなんとなく「実はただ者じゃなかった感」を出せてうれしい。


 たしかにこれはクセになるな……! アハトがマイブームとしてハマる理由もわかる……!


「しかし派手にやったなぁ。こりゃ死体を持ち帰るのも無理だな」


「まぁ……そりゃなぁ……」


 そもそも触るのも抵抗がある。こう……ドロドロすぎて。


 ギルドに持っていけば金になるんだろうけど、こいつはあきらめるしかないだろう。


「放置するならさっさとこの場を移動した方がいい」


「ん? なんで?」


「じきに死体の匂いにつられた魔獣が集まってくるだろう。だが今の俺たちに、この死体をエサにして魔獣を狩り、それを町まで運ぶだけの用意はない」


 なるほど。俺たちも金には困っていないし。無理してこの魔獣を持って帰る必要もないだろう。


「わかった。それじゃさっさと行こうぜ」


「倒したのはマグナだし、働き損をさせたようでわるいなぁ」


「いいって。気にすんなよ!」


 方針を固めたところで、俺たちは今日はもう帰還することに決めた。


 まだ日が沈むまで余裕があるので、のんびり歩きながら会話を続ける。


「なぁ。ああいう巨大な魔獣を倒したとき、どうやって町まで持って帰るんだ? やっぱり細かく切って、こいつみたいに宙に浮かして持ち帰るもんなのか?」


 そう言って後ろからついてきている、宙に浮く板を指さす。最初に仕留めた魔獣が乗っかっている板だ。


 答えてくれたのはルシアだった。


「……一流のファルクはね。自分たちの船を持っているの」


「船……?」


 声と顔に疑問の感情を乗せる。船って……海を渡る船のことだよな……?


「はっは! そうか、まだマグナは見たことがなかったか! ほれ、噂をすれば……だ。あれを見てみろよ!」


 先行していたレッドから声をかけられる。小高い丘を越えて視線を前に向けると、そこには想像していなかった光景があった。


「え……ええぇぇぇぇぇ!?」


 なんと地上を船が進んでいたのだ。


 見た目は完全に俺のイメージしていた、海を渡る船そのものだ。いや……底部は平らになっている……!?


「ふ……ふねが……地表を……!?」


「マグナったら、腕はたしかなのに本当になにも知らないのね! 一流のファルクは自分の拠点となる船を持っているものなのよ!」


 す……すげええぇぇぇぇ! まさか陸上を進む船があるなんて……!


「まぁ船が進める場所は限られているんだけどね。で、さっきの話だけど。大型魔獣の死体とかは、ああして船に積んで町まで持ち帰るのよ」


 船自体が高度な魔道具らしい。動かすには幾人もの魔力持ちと、魔獣の血を精製して作られる〈カイエンリキッド〉という液体が必要なのだとか。


『やはり宙に浮かせる魔術を活用した道具があったか。この星の知的生命体は、魔力という独自の能力を用いて、実に独創的なものを作り出しているな』


 リリアベルも強い興味を抱いたらしい。きっとどういう原理で動かしているのか、より優れた改良はできないのか、研究したくてうずうずしているのだろう。


(すげぇな……魔獣大陸の冒険者は……! あんな船を持って、魔獣を狩りながらいろんな場所を冒険してんのか……!)


 ここに来てまだ日は浅いが、あんな船を見たのは初めてだ。思えば王都でも見かけたことはないし、船自体が珍しい魔道具なんだろうな。


 船はけっこうな速度を維持したまま、まっすぐ北へ向かっている。きっとマルセバーンへ帰還するのだろう。


「わたしも……いつか。たくさん人を集めて、船を手にして。そしてかならず……」


 夕日が眩しい。そんななか、ルシアはジッと去っていく船を見ていた。

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