第21話 魔獣大陸に来て5日がたちました。新たな出会いの予感がします。
次の日。俺たちは昼前から酒場に入り、これからの方針を話し合っていた。
「どうするよアハト。あんまり冒険者として名を馳せられそうにねぇけどよぉ」
「そうですね。ですが冒険者が多く集い、魔獣を軸として経済活動が成り立っている……そのこと自体には関心があります」
「……うん? そうなの?」
「ええ」
冒険者として活躍するのがむずかしいという現実の前に、落ち込んでいるかとも思ったんだが。どうやらアハトなりに興味があるらしい。
「我々がここに来て5日経ちましたが。その間、いろいろ面白い話も聞けました」
「…………? そんな話、あったっけ?」
「はい。最高ランクのファルクや、個人として知られている冒険者の話なんかがそうですね」
ここで暮らしていると毎日のように聞く名前というのがある。
いくつかあるが、中でも印象に残っているのは〈ダインルードファミリー〉というファルクだ。
「そういやダインルードファミリーってよ。幹部連中が全員精霊らしいな。リュイン、そいつらに見つかったらまたさらわれるんじゃね?」
「精霊が冒険者をしているなんて、何様のつもりなのかしら!」
「いや、お前も精霊だろ……」
つか前に〈フェルン〉の冒険者がいるとか言ってなかったか?
「まぁいいや。とりあえずアハトはもう少しここにいたいってわけだな?」
「ええ。それにそろそろではないかと思っているのですよ」
「ん? なにが?」
「わたしのような魅力的な存在に絡んでくる連中が現れるのが……です。毎日この酒場に来ていましたし」
こいつ……王都でできなかったイベントをここで起こすつもりかよ……! だがたしかにあの時とは環境がちがう。
ここは国の統治が及ばない地だし、貴族もいないからな。アハトに絡んでくる連中がいてもおかしくはない。現に今も、遠巻きに俺たちを見ている奴らがいるし。
やっぱりアハトの美貌はどこにいっても目を引くのだろう。髪色も特徴的だしな。あと服もちょっとエロいし。
「あんたら最近よく来るな」
ちょうどこのタイミングで、店の人が注文した料理を持ってきてくれた。
さすがに5日も通っていると覚えられるらしい。まぁ印象に残っているのはアハトの方だろうけど。
「ここらではあんまり見ない顔だな。魔獣大陸には最近来たのか?」
「ああ。いろいろあって、冒険者として生きていくかと思ってよ」
「なるほどな。その様子だとまだどこのファルクにも所属していないみたいだな?」
この言い方。やっぱり冒険者は、どこかのファルクに就職していて当たり前という感覚なんだろうな。
俺は運ばれてきた料理を食べながら、おっちゃんと話を続ける。
「そうなんだよ。まさかファルクに入らないと、冒険者としてこんなに働きにくいとは思わなかったぜ」
「はは。冒険者志望でここに来たばかりの奴はみんなそう言うな。ギルドに行ってみればどうだ? 人を募集しているファルクはそこに求人を出す」
話によると、やはり新米冒険者は最初、ファルカーギルドに行って求人案内を紹介してもらうものらしい。
そこで入りたいファルクに繋いでもらい、面接やら採用試験を行うそうだ。
「うへぇ……そういうのは勘弁だわ。めんどうくせぇ」
「フ……わたしも自分よりも弱い者に従うつもりはありませんので」
また無駄にかっこいいこと言いやがって……。つかさすがに俺の言うことは聞いてくれるよね!?
「なんだ姉ちゃん。ずいぶんと腕に自信があるようだな」
「さて……どうでしょうか」
「…………ふん? だがいくら腕に覚えがあっても、高ランクのファルクは下働き以外だとなかなか求人を出していないぞ」
魔獣と戦う冒険者だが、高ランクファルクは紹介や引き抜き以外だとなかなか採用していないらしい。
だが下働きや事務職はちょいちょい求人が出ているそうだ。やはりどこのファルクも、冒険者が一番花形なのだろう。
「いっそのこと俺たちでファルクを立ち上げるか?」
「ああ、それは無理だな」
「え? なんで?」
「ファルクってのはな。ギルドが認可するものだからだ」
ファルクにはいくつかの恩恵が与えられる。だがそれを目当てに、安易に少人数で作られたくはないらしい。
どうやらギルドは、ファルクという企業を通じて雇用を創出したいという考えがあるそうだ。
また人数がすくなければ、結局ファルクになっても普段とできることが変わらない。
ファルクを組むからにはそれなりの人数を擁し、遠征も行ってもらってギルドに利益をもたらして欲しい。そういう狙いもあるとのことだ。
「冒険者としての実績や、これまでどこのファルクで経験を積んできたか。初期メンバーは何人いるのか。ファルク結成時にはそういうところを含めて審査されるんだよ」
「はぁ!? マジかよ!?」
「マジだ。そもそも審査を通る冒険者が作ったファルクでなければ、だれも寄ってこない」
俺の思っていた自由が冒険者にない……! もっとこう、富と名声を求める自由野郎の集まりだと思っていたのに……!
俺なら腕っぷしだけで、成功者への道を駆けあがれると考えていたのに……!
「なるほど。わたしは冒険者のことを、無法地帯で好き勝手できる自由を愛する戦士で、この腕っぷし一つでいくらでも成り上がれる実力社会だと考えていました」
「俺とまったく同じこと考えているんじゃねぇか」
実際は冒険者として活動するにも、それなりに制度が敷かれている。だが考えてみれば当たり前かもしれないな。
なにせこの地は無政府地域だ。腕っぷし自慢の冒険者なんて、一歩間違えれば暴力事件を起こす犯罪者とそう変わらない。
彼らを無法の地で縛りつけるものはなにか。それはファルクとギルド、2つの組織だ。
この2つが絶妙な関係を維持しているからこそ、冒険者が職業として成り立っているのだろう。いわば統治者のいない地で、唯一の秩序を作り上げているのだ。
おっちゃんは魔獣大陸ビギナーである俺たちに、いろいろ教えてくれた。
リリアベルなんかは未だに未発見の遺跡があると聞き、とても興味を持っていたが。
「おっちゃんも親切だねぇ」
「こういう仕事をしているとな。ここに来たばかりの若造が、次の日に死ぬなんてことを何度も見てきているからなぁ。まぁお節介だよ」
「……そいつはどうも」
どうやら本当に親切心から教えてくれていたらしい。
「とにかくわるいことは言わん。ここで長生きしたければ、できるだけ評判のいいファルクに入れてもらえ。そこで下働きからはじめることだな」
「いや、どこが評判いいとか知らねぇし」
そもそも入る気もねぇし。
仮にアハトがどこかのファルクに入って、一から冒険者としてのキャリアを積んでいきたいというのなら。そのときは止めるつもりはないが。
だが彼女の求めている物語は、そういうものではないだろう。……たぶん。
「そうだな……まぁ小規模なファルクならどこでも大差ない。だが〈ダインルードファミリー〉だけはぜったいに近づくな」
「ん? それ、よく聞く名だよな。幹部連中が全員精霊だとかいう」
「ああ。これまで何度もギルドからペナルティを受けているし、問題行動が多いファルクだ」
どうやらあまり歓迎されていないようだな。だがファルクとしては数々の実績があり、ギルドとしても無視できない存在らしい。
もしそれほど悪評の立つファルクに所属する精霊どもに、リュインの存在が把握されてしまったら。そしてリュインで大量経験値ゲットしようと襲いかかってきたら。
……アハトがはりきってしまうことが目に浮かぶ。一夜を待たずして大手ファルクが潰されることとなるだろう。やはり近づかない方が吉だな。
「……ふむ。マグナ、いいことを考えました。うまくいけばわたしたちの名を一夜にして広めることができます」
「はっはっは。まさかリュインを餌に、元気そうな精霊さんたちをおびき寄せようとしてない?」
「…………………………おどろきました。これが以心伝心ですか」
「ちょっとアハト!?」
もしそのファルクが極悪な犯罪組織なら、それもいいかと思うけど。相手は冒険者としても実績があり、ギルドからも一定の評価を得ている組織だ。
その組織がなくなった時の影響がまだ見えないうちは、やはりへたなことはしない方がいいだろう。
「やれやれ。ビギナーはどいつもこいつも怖いもの知らずだな。それで死ぬ奴も多いというのに……」
「ラング!」
その時だった。入り口からやや幼い女の子の声が響く。
視線を向けると、そこには10代半ばに見える少女が立っており、おっちゃんにまっすぐ視線を向けていた。
(おや……かわいい……)
その少女は、赤い瞳が特徴的な子だった。紺色の髪は肩上で切りそろえており、肌はすこし日に焼けている。きっと野外で過ごすことが多いのだろう。
その後ろには2人の男が立っていた。彼らもおっちゃんを見ている。
注目の的となったおっちゃんは、驚きながらも口を開いた。
「……ルシア嬢ちゃん」
ルシアちゃんと呼ばれた女の子は、そのまま俺たちのテーブルまで移動してくる。そしておっちゃんを見上げて笑顔を見せた。
「聞いて、ラング! レッド、オボロと一緒にわたしはファルク〈ルシアファミリー〉を立ち上げたの!」
「…………! な……!?」
「まだ3人だけの小さなファルクだけど。ここからどんどん大きくしていくわ……! そしていつか必ずグランバルクの名を継承する……! その時はラング。またファルクの一員として、わたしに料理を作ってちょうだい」
声もかわいらしいねぇ。どうやら新たにファルクを立ち上げ、それをこのおっちゃん……ラングに報告に来たようだ。
……ん? ファルクって、ギルドの審査を通った奴じゃないと立ち上げられないんじゃなかったっけ……?
嬢ちゃんが3人で立ち上げたと聞くと、ものすごく違和感がある。
「ルシア嬢ちゃん……。そうか……その道を……選んだのか……」
ラングはと言うと、笑顔を見せるルシアに対して、それほどうれしそうな表情を向けていなかった。
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