第20話 魔獣大陸につきました。

 この世界で唯一、全域に渡って魔獣が生息している大陸がある。オスラリア大陸……通称魔獣大陸だ。


 人類最後の謎が眠る地とも言われるこの大陸には、毎日各大陸から様々な者がやってきていた。


 魔獣は肉だけでなく骨や皮、血の一滴まで貴重な資源となる。


 リスクはあるが、そんな魔獣資源はどこの国も多く抱え込みたい。大国ならなおさら、他の国を出し抜きたいと考えるだろう。


 過去には魔獣大陸の利権を巡って、何度も戦争があった。しかし戦争が続くと、どうしても国力が疲弊する。


 金や食糧、物資の問題だけではない。若者が戦場に駆り出されると畑の収穫が難しくなるし、生産性が落ちて治安が乱れると数多くの賊が生まれる。


 そんな国内情勢を放置して戦争を継続すると、人心はどんどん離れていく。


 そこで五大国は、莫大な時間と金、人命を費やして一つの枠組みを作り上げた。すなわち魔獣大陸における条約である。


 一つ、いずれの国もかの大陸において占有権を主張できない。


 二つ、魔獣大陸で得られる魔獣資源は、原則ファルカーギルドを通して購入する。


 三つ、魔獣大陸で起こったことに対して、各国は関与しない。


 よく知られているのはこの三つだ。細かく言えばギルドの運営指針や運営費の拠出金、その割合に対する魔獣資源の買い取り優先権や人事権などに関する規定もあるのだが、冒険者には関係がない。


 とにかくこの条約を契機にして、魔獣大陸は冒険者が主役の地となった。


 無政府かつ無法地帯。とても治安がいいとも言えず、今日もどこかで人が死んでいる。そんな大陸なのに、毎日のように多くの者が乗り込んでくる。


 ある者は冒険者として生きることを夢見て。またある者は商人としての成功を目指して。


 生まれ故郷を捨てるしかなかった者。一攫千金に憧れる者。国から追われたお尋ね者。人種も抱える事情も本当にさまざまだ。


 そんな中において、その男はすこし特殊な立ち位置にあった。


「おらザック! 次はこっちだ! はやくしねぇか!」


「すみませんっ! すぐやります!」


 ザックと呼ばれた男性は、冒険者にどやされながら魔獣を解体していく。むせかえるような血の匂いや臓器の臭さにはもうすっかり慣れていた。


 くすんだ茶髪にすこし真面目そうな雰囲気。年齢は20代前半。若い者が多い魔獣大陸においては、とくに目立つ存在ではないだろう。


 ザックはとある冒険者チーム……ファルク〈クライクファミリー〉の一員だった。


 といっても彼自身は魔獣と戦う冒険者ではない。仲間が狩ってきた魔獣を解体したり、物品の管理をしたりと、いわゆる裏方の仕事を主に担当している。


 一定以上の規模を誇るファルクは、こうした裏方仕事をする者を数多く抱えていた。〈クライクファミリー〉もここではわりと名の知れた集団である。


「終わりました!」


「ザック! マスターが呼んでるぞ!」


「え!? は、はい、すぐ行きます!」





 魔獣大陸において、基本的に冒険者はチームを組んで活動する。ソロで活動するには限界があるからだ。


 たとえば狩った魔獣の運搬もそうだし、なにより冒険者というのはいつも危険と隣り合わせである。1人よりも2人の方が、対魔獣戦において生存確率が上がるのだ。


 そんな冒険者たちが複数人でチームを組み、ギルドから正式に認可された集団は〈ファルク〉と呼ばれていた。


 ファルクになるといくつかの義務も発生するが、それにより得られるメリットも多い。なにより魔獣狩り以外にも、仕事の幅を増やすことができる。


 ファルク〈クライクファミリー〉も、今や魔獣狩り以外にいくつもの仕事を抱えるようになっていた。稀にだが国からの指名依頼もある。


「ラデオール六賢国から……?」


「ああ。今度学者が来るらしくてなぁ。この間新発見された遺跡の調査をしたいそうだ。その案内と護衛に、うちからも何人か出すことになった」


 魔獣大陸は最北端に玄関口となる港町がある。そして南に行くほど危険な魔獣が生息しており、未だに人跡未踏の地が多い。


 またこの地では、いくつもの古代遺跡も見つかっていた。こうした遺跡や新種の魔獣、植物などのデータをあつめることも冒険者の仕事である。


 当然、各国は新発見のモノには強い関心を示す。中でもラデオール六賢国は学者が多く、五大国の中ではその傾向が顕著だ。


 今回も新たに発見された遺跡調査を巡り、ファルカーギルドとの間で調整が行われていた。


「え……? マスター、まさかその護衛任務に俺を……?」


「んなわけあるか。お前の方でだれが適任か、適当に選んでおけという話だ。ほれ、必要条件はこの資料に記載されている」


 マスターである獣人種のクライクから、ザックは資料を受け取る。そしてその中身にサッと目を通していった。


(複数のファルクから人が派遣される合同依頼か。ええと、条件は……魔獣大陸での活動歴が最低でも2年。魔力を持っていること。ちゃんと道案内できる者で、こうした護衛任務の経験者だとなおよし……か)


 ザックは物覚えがよく、だいたいのことは器用にこなす。魔獣の解体の他、基本の読み書き計算に他部署との折衝とできることは多い。


 そのぶん、いろんな仕事が舞い込んでくるのだが。


「今の時期だとすこし厳しいですね。もうすこしあとでもよければ、何人か帰還するのですが……」


「だがやるしかねぇだろ? これもファルクとしての義務だからな」


「まぁ……そうですよね……」


 ファルクになればギルドからいくつもの恩恵を授かれる。その反面、こうした仕事はなかなか断れないという事情があった。


 今いる者から適切な者を出すしかないな。そう考えたときだった。他の参加ファルク名を見てザックは両目を大きく開く。


「…………! マスター……これ……」


「おう。うちは直接因縁はないが……ついこの間も戦いがあったと聞く。それも踏まえて人を選んでくれや」


「……………………」


 そこには魔獣大陸で知らぬ者は誰もいない名が記載されていた。


 ファルク〈ダインルードファミリー〉。幹部が全員精霊であり、マスター自身も精霊だという、話題性にことかかないファルクである。




 そして数日後。クライクファミリーから派遣された2人の冒険者は、護衛任務中に死んだという報せが届いた。深夜に魔獣に襲われたとのことだ。


 同行した他のファルクに所属する冒険者たち事情を伺ったが、彼らもその現場を見たとのことだった。


 ただザックは見ていた。そのとき、ダインルードファミリーの冒険者たちが笑っていたことを。





「なーんか思っていた冒険者とちがくね?」


 王都を出て数日後。俺たちは港町を経由し、とうとう魔獣大陸に到着していた……! 


 魔獣大陸にはいくつか町があるらしいが、最大規模を誇るのは各大陸との玄関口になっているここ〈マルセバーン〉になる。


 正直言ってノウルクレート王国の王都よりも広い。そしてごちゃついている。


 人種もかなり入り乱れているし、これまで見てきた町とはまったく活気の種類がちがう。


 こういう騒がしさもきらいではない。ここでいよいよ冒険者として名を馳せていくのだ……と思っていたのも束の間だった。


 俺は今、荷車に魔獣の死体を乗せて歩いているところだ。


『ふん。なにを期待していたのかはしらんが。堅実にやれている方ではないか』


「いやいやいやいや。もっとこう、なんというかだな……! えぇ!? まさかあの魔獣を!? みたいな展開を期待してんだっての!」


 荷車には3体の魔獣の死体が積み重なっている。だがいずれも大した魔獣ではない。魔力も持っていないし。


 聞くところによると、この大陸は南に行くほど討伐難易度の高い魔獣が生息しているらしい。つまり最北端に位置する町の近辺で狩れる魔獣は、ぜんぜん強くないのだ。


 だが遠出をするには限界がある。車や航空機なんてものはないし、一度に持ち帰れる魔獣の数も多くはない。


 こうして日帰りで帰れる範囲で魔獣を狩り、細々と小銭を稼ぐくらいしかできないのだ。


「これならシグニールにある魔晶核を売ったほうが、ぜんぜんいい生活できるじゃねぇか!」


「ですがそれをやると、どこにこんな高品質な魔晶核を持つ魔獣がいたんだ? ……となるわけですね」


『そしてまともに答えられなければ、お前の望むような展開にもならないということだ』


 そうなんだよな……。尻尾が2本あって足は6本ある魔獣を狩ったぜ! ……と言ったところで、ここにキルヴィス大森林にいた魔獣と同種が生息しているかはわからない。


 いや、気候や環境のちがいからして、いない確率の方が高いだろう。


 またどれだけ高品質な魔晶核を持ち込めたところで、魔獣の死体がなければ結局「うぉぉ! すげぇ!」……といった評価は得られないのだ。


 王都では魔晶核だけでも高値で取引ができたが、ここでは魔獣そのものにも価値がある。血抜きも簡単にできないほどだ。


「やっぱりファルクを作るしかないんじゃない? ほら、他の冒険者たちは大所帯でやっているみたいだしぃ」


 これもここに来てわかったことだ。冒険者は少人数だとできることが少ない。今の俺たちのように。


 大所帯の冒険者チームは〈ファルク〉と呼ばれており、いわば一つの会社みたいな存在だった。


 そこでは荷物持ちや実際に魔獣と戦う者など、役割分担もしっかりとわけられている。遠征を行うためのノウハウなんかも持っているみたいだしな。


 ここでアハトは悲し気に視線を下げる。


「冒険者といえばランク制度。わたしはこの地で、最低ランク冒険者なのに実は最強でした実力者ムーブをしようとしていたのに……」


「そりゃ俺もだよ!」


「え? マグナたちの世界では、冒険者個人にランクがあるの?」


『まともに受け取るな』


 そう。冒険者には個人別でランク分けはされていないのだ。それでも名が知れた冒険者というのは存在しているが。


 その代わり〈ファルク〉にそうしたランクがあった。どうやらこのランクに応じて、ギルドからさまざまな恩恵が受けられるらしい。


『どう考えても制度自体が、冒険者をファルクに所属させようと誘導したものだな。ここではファルクに所属していない冒険者は活動自体がしにくい』


 そうなんだよな……。どうせ魔獣を狩るなら、ファルクに所属していた方がメリットが多いのだ。


 ランクに応じた買取査定のボーナスもあるみたいだし。それに高ランクのファルクは、ギルドからの指名依頼なんかもあると聞いた。


 冒険者たちも、自分がどこのファルクに所属しているかでよくマウント合戦を行っている。つまり一流企業で働いています自慢をしているのだ。


「はぁ……なんか飽きてきたな。さっさとちがう大陸に行くか?」


「えぇ!? ここで四聖剣を探すんじゃないの!?」


「それ、実在してねぇんじゃね?」


「なんてこと言うのよ!?」


 こうしてぎゃいぎゃい言い合いながらも町に戻り、俺たちは魔獣をギルドに引き渡す。そして得た少額の金で食事を済ませたのだった。

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