第68話 魔獣大陸 ルシアの移動

 マグナが聖竜国で教官補佐をしていた頃。ルシアはファルカーギルド本部の一室で、ギルド職員と面談をしていた。


「ではここに〈ルシアファミリー〉のファルクランク昇格を認めます」


「……ありがとうございます」


 ルシアはマグナたちと別れてからも、順調にファルクとしての活動を続けていた。基本の魔獣狩りはもちろん、ギルドに依頼された植物採取なども行う。


 こうした貢献と海賊聖女ヘルミーネが呼び出した大型魔獣、その体内にあった大きめの魔晶核を手に入れた実績が査定に響き、このたびファルクランクが2に上がったのだ。


 また最近では、たまにメリクファミリーとも共闘するようになっていた。


 前回いろいろあったが、ルシアとしても仕事を一緒するくらいならまぁいいか……と思えるようになったのだ。そうはいっても信用しているわけではないのだが。


「ルシアファミリーは、今後の予定などなにかございますか?」


「え? ……いつもどおり、マルセバーン近郊で魔獣を狩る予定だけれど……?」


 赤い瞳で職員を見ながら答える。予感がしたのだ。なにか仕事を振ってくるつもりだと。


「そうですか。実はとあるファルクから、ランク2以上が条件で仕事の依頼がきておりまして。話を聞きませんか?」


 やはりか……と思う。だがギルドや国からの依頼ではなく、ファルクがギルドを通して他のファルクに依頼を出す。この時点でどういう依頼内容かいくつか想像ができた。


「ええ。どういった依頼でしょう?」


 話は聞いてみるべきだろう。ギルドからの正式な依頼でない以上、話を聞いたうえで断ることもできるのだから。


「ゲルナファミリーはご存知でしょうか」


「ええ。町から町への物資輸送を中心に活動しているファルクですね」


 魔獣大陸にはいくつか町がある。大規模な都市は3つだけだが、それなり規模のものも合わせると、両手で数えられるくらいには存在しているのだ。


 そして各町間ではもちろん物資の輸送が行われている。


 都市にはギルドの支部もあるし、そこからマルセバーン本部へ、冒険者から買い取った魔獣素材を運んでほしいという依頼もファルクに出るのだ。


 もちろん魔獣素材だけではなく、食料品や娯楽品の輸送も行われている。それに大陸南部にしか自生していない木の実や植物もマルセバーンに流れてくる。


 こうした流通は魔獣大陸だけでなく、外大陸も含めた経済活動の起点である。


 そして流通業を生業なりわいの中心としたファルクも存在していた。ゲルナファミリーというのは、流通関連のエキスパートだと知られているファルクである。


「ゲルナファミリーは今、マルセバーンにいるのですが。5日後、デルメルセアに向かうのですよ」


「デルメルセア……」


 デルメルセアとは、マルセバーンから南に位置する都市である。


 そこからさらに南に行けば、最前線の町〈ニルスライン〉があるのだが、デルメルセアは大陸の玄関口であるマルセバーンとニルスラインを繋げる役割を果たしている。


 ある意味で魔獣大陸の要所となる町であった。デルメルセアを起点に西にも東にも行けるし、南に進めば冒険者の最前線に通じている。


 それにニルスラインを拠点にしているような高ランクのファルクが狩った魔獣や動植物は、必ずデルメルセアを通過するのだ。経済効果もそれなりに大きい。


「マスターのゲルナからの依頼という形になってはおりますが……その実態は若手ファルクマスターに対するお節介、でしょうか」


「お節介……?」


「はい。端的に申しますと、ランク2以上でデルメルセアに行きたいファルクを、船に乗せてやるというものです。その代わり道中の魔獣や海賊の相手をするように……と」


「………………! それって……!」


 ゲルナは魔獣大陸における流通の一端を担っている以上、船の整備や休息が終わればまた他の町を目指す。そしてマルセバーンを出て最初に寄る町はデルメルセアに絞られる。


 またファルクはランク3までであればマルセバーンを拠点にしていても到達できるが、4から上は大陸南部での活動実績が求められる。


 さらなる高みを目指すルシアからすれば、マルセバーンを出て南部へ向かうというのは、いつかしなければならないことだった。


 だがデルメルセアに行くのも簡単なことではない。


 〈ウェルボード〉は使い続けると魔力枯渇の危険性があるし、どこから飛び出てくるかわからない魔獣には常に気を払わなければならない。そもそも高額なため持っていないのだが。


 また南部へ向かうほど、強力な魔獣との遭遇確率が上がっていく。夜行性の魔獣も数多いので、野宿するにも注意点が無数に存在しているのだ。


 加えてデルメルセアまでの行程を考えて、荷物もそろえる必要がある。


(もしマグナたちがいれば、ゴリ押しもできなくはないのだけれど……)


 それでも夜間はやはり警戒し続ける必要があるし、満足のいく睡眠はとれないだろう。疲れているところを襲撃されるリスクもあるし、敵は魔獣だけとは限らない。海賊もいる。


 だがゲルナのお節介を受ければ、それらのリスクは大部分が解決するのだ。


 なにせ移動は陸上船になる。大荷物や野宿の必要はない。それに大型魔獣が襲撃でもしてこない限りは、安心して眠りにつくことができる。


 さらにゲルナは魔獣大陸を駆けるプロ……経験が豊富だ。デルメルセアまで迷うことなく、かつ安全な航路をとりながら進めるだろう。


(なにかあったときの護衛というていで依頼を出してはいるけど……なるほど。これはたしかにお節介だわ)


 昔と変わらず、面倒見がいいのだろう。なつかしさを感じつつも、ルシアは迷わなかった。


「ありがたい話だわ。でも……ルシアファミリーはランク2に上がったばかり。それに人数も3人に、助っ人が2人。それでも問題ないのかしら?」


「マスターゲルナからの条件は、ランクが2以上であること。将来有望でやる気があること。そしてデルメルセアでもやっていけそうな実力を有していることの3つです。ルシアファミリーはそのいずれも満たしているとギルドは判断していますよ」


 最初の2つは条件に合っている。3つ目に関しては、レッドとオボロの実力と評判が大きいだろうな、とルシアは考えた。


「ならその依頼、受けさせてもらうわ」


「かしこまりました。ゲルナファミリーにも伝えておきましょう」


「おねがいするわ。……ああ、それから。もしルシアファミリーの助っ人であるマグナとアハトがたずねてきたら……」


「はい。ルシアファミリーはデルメルセアへ拠点を移したとお伝えしておきます」





 事情を聞いたレッドとオボロの2人も、デルメルセアを拠点に活動することに賛成していた。


 ファルクを大きくしていくのに、いつまでもマルセバーンにいるわけにはいかないというのも大きい。


 それに2人とも、かつては大陸南部を中心に活動していたのだ。ここらの魔獣にはまだまだ遅れを取ることはない。


 そして3日後。マルセバーンの町を歩いていたルシアたちの正面で、1人の男性が殴られていた。


「お前はクビだ! ったく……! 肝心なところでやらかしやがって……!」


「す……すみません! でも俺……」


「うるさい! 二度とその面を見せるな!」


 男は殴られた頬を撫でながら、去っていく男を見ていた。遠巻きに見ていた者の中にはニヤついている者もいるが、そんな中ルシアはその男に向かって歩き出す。


「ルシア……?」


「今の、クライクファミリーの冒険者だわ。ちょっと事情を聞いてみましょう。……だいじょうぶかしら?」


「え?」


 頬を腫らした男がルシアに顔を向ける。去っていった男とちがい、見覚えのない男性だった。ルシアはそんな彼にハンカチを渡す。


「ありがとうございます……って、えぇ!? レッドさんにオボロさん……!? ま、まさか……」


 驚きで見開いた両目をルシアに向ける。自分の顔ではなく、2人を見てルシアだと判断されるのはすこし悔しかったが、まだ自分はマスターとしての一歩を踏み出したにすぎないと思い出す。


「さっきの、クライクファミリーのメンバーよね? クビって言われてたけど……」


「ああ……聞こえていましたか。お恥ずかしい。俺はザックといいます。クライクファミリーでは内務職として働いていました」


 道理で見覚えがないはずだ。クライクファミリーはマルセバーンではそれなりの規模を誇っているが、そのぶん内勤の者も多い。そうした者はなかなかルシアも顔を覚えていないのだ。


「俺、クライクファミリーではいろいろ仕事を任されていたんですが……最近あまりにも仕事が増えてしましまして……」


 聞けば経理関連から魔獣の解体、依頼に対する人員の振り分けや報酬の分配計算まで行っていたらしい。


 一定以上の規模があるファルクで、ある程度の内勤がこなせるということだ。


「え……でも1人でそんなにやっていたなんて……。クライクファミリーはそんなに内務職を雇っていないの? というか、そんな状態であなたをクビにしてだいじょうぶ?」


「いや……人は結構いるんですよ。でも俺、広く浅く仕事ができるから……手が足りないところにどんどん回されるようになっていって……」


 気づけば解体も手伝わされるくらい、各部門で便利屋扱いされていたらしい。


 これまでは浅い仕事内容が多かったので問題はなかったのだが、最近は専門的な仕事も回されるようになってきたとか。


 またザック自身、ある程度こなせてしまっていたため、どんどん仕事を雑に振られるようになったそうだ。


「でもクライクファミリーは所属している冒険者も多いですし……さすがに処理する仕事が増えすぎまして。頭がパンクしてしまったんです……」


「それで大きなミスをしてしまったのね」


「はい。1回だけならまだよかったのですが……最近は満足に休めていなかったせいか、何度かミスを繰り返してしまって……」


 そしてとうとう追い出されることになった。しかしここまで話を聞いていたルシアは、ある予感を覚えていた。


(クライクファミリーという、人員の多いファルクでの内務経験……そして魔獣の解体もできる……)


 いろんな部署から便利屋扱いされていたとのことだが、それだけ器用にこなせるのだろう。


 そしてルシアファミリーにそうした人材は皆無かいむである。全員ゴリゴリの冒険者だからだ。


 またルシアファミリーはデルメルセアに出て、今まさに規模を大きくしていこうと考えている。


 いずれ大ファルクにしたいが、そのためには内勤職の者が必須。そしてこれが意外と見つけるのが難しい。


 読み書きはもちろん、計算や知識が求められるからだ。こうした教育を受けた者は育つまで時間がかかるし、決して多くはない。


 ファルクに所属する以上、花形の冒険者を希望する者も多いからだ。


「……ザックと言ったわね」


「は、はい」


「出身は? 魔獣大陸かしら?」


「いいえ。俺はディルバラン聖竜国の生まれになります。2年くらい前に魔獣大陸に来まして……」


「あら。そうなの……」


 つまりグランバルクが全盛期だった時代に、魔獣大陸にいなかったということだ。


 なぜ大国から流れてきたのか……という無粋ぶすいなことはわざわざ聞かない。必要なのは能力だ。


「ねぇザック。行くとこがないなら……ルシアファミリーにこない?」


「え……!?」


「いいでしょ、レッド。オボロ」


 2人もルシアを見ながらうなずきを返す。


「俺はマスターの判断に従うぜ!」


「本格的にデルメルセアで腰を据えるなら、ギルドとの折衝せっしょう業務を任せる者が1人いればなにかと楽になる。ましてやファルク業務にはそれなりに精通しているのだろう? いずれ必要になる人材なのはまちがいない」


「……ということよ。あ、でも。クライクファミリーほどの給料は渡せないけどね。まだ小さなファルクだし」


 ザックはその場で両ひざをつくと、あらためてルシアに頭を下げる。


「ありがとうございます……! 明日からどうやって生きていこうか、本当に焦っていました……! ぜひ俺をルシアファミリーで雇ってください!」


「え、ええ……。そんなに大げさな態度をとらなくてもいいわよ……」


 こうしてルシアは優秀な内勤職を手に入れた。そしてこの時の様子を、すこし離れたところからイルマが見ていた。





「なんであんたもいるのよ……」


「あぁん? もっとうれしそうにしたらどうだぁ? デルメルセアでも俺が手伝ってやろうってんだぜぇ?」


 そして旅立ちの日。船にはいくつかのファルクが乗り込んでいた。


 いずれも若者が多いファルクだ。その中の1つはメリクファミリーだった。


「相変わらず素直じゃないなぁ」


「憧れの大冒険者、その孫を手伝いたいのはメリクのほうだろ?」


「う、うるさいぞ! 適当なことを言うんじゃない!」


「はは。にぎやかだねぇ!」


 後ろから女性の声が聞こえる。振り向くとそこにはよく日に焼けた肌が特徴的な勇角族の女性が立っていた。


 年齢は40代半ば。しかし声の張りは10代の若者を思わせる。


「マスターゲルナ……」


「ふふ……ずいぶんと久しぶりじゃないか、ルシア。私のことは覚えているかい?」


「ええ。あの日……わたしをマルセバーンまで送ってくれたもの」


 グランバルクが亡くなり、魔獣大陸は一時期、ファルク同士の抗争が絶えない期間があった。


 ゲルナはその時、ルシアとレッド、オボロを秘密裏にマルセバーンまで運んだのだ。


 だがそれ以降、ゲルナからの接触は絶っていた。当時はルシアの身柄を狙う者も多かったので、自分が接触することでその居場所を特定されるリスクを減らしたかったのだ。


「まさかファルクを立ち上げ、短期間でランクも上げているとはね。……だがここでは私がヘッドだ。あんたはあくまで私の依頼を受けたファルクマスターの1人。特別扱いはしないから、そのつもりでいなよ!」


「…………! ええ! よろしくお願いするわ、マスターゲルナ!」


 2人は握手を交わす。この様子をメリクは熱い目で見ていた。


 こうしてルシアファミリーはデルメルセアへと向かった。


 マグナが様子を見に来たときはギルドによらなかったため、ルシアが移動したことに気づけなかったのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る