第28話 ルシアちゃんの過去を教えてもらいました。

「ルシアの……じいちゃんが!? そのグランバルク!?」


 そいつはまた……なんというか。なかなか因果な背景を持っているな……。


 魔獣大陸では冒険者という職に就いている者が数多い。そもそも職業として成り立つように制度も組まれているからな。


 それに本人のやる気次第で、未経験からでも挑戦できるというのも大きい。その上、過去や出身、種族も問われないという特殊性もある。


 要するに間口がとても広いのだ。そしてフリーの冒険者はほぼおらず、大半はどこかのファルクに所属している。


(つまり新参でもない限り、この地にグランバルクの影響を受けていた冒険者はかなり多い……)


 彼らの多くをまとめあげていたマスターグランバルク。その孫ともなれば、ここではかなりの注目を集めていることだろう。


「なるほどねぇ……ルシアがすこし特殊だということは理解したよ。それと3人でファルクを結成できたことが関係してんのか?」


「そうよ。といってもこれは私個人の事情もあるし。詳しくは話せないけど」


 複数の大国から人と金を集め、運営されているファルカーギルド……そこから認可を得て新たなファルクを結成したルシア。


 そのじいちゃんはかつて魔獣大陸で名を馳せ、大国も無視できない絶大な影響力を持っていたグランバルク……か。


 すっげぇ匂うな……! 確認したいことも多い。


「なぁ。グランバルクはどうして死んだんだ? 冒険者だし、危険な仕事というのはわかるんだが……」


「それは……」


「マスター自身は大型魔獣との戦闘の最中に、死亡が確認された」


 オボロが割り込んでくる。そういやオボロって、ルシアのことを一度もマスターと呼んでいないよな。


 いま話した「マスター」というのは、グランバルクのことだろう。


「俺とレッドはあの時、旗艦〈サイレイウス〉に乗り、マスターと共に遠征していたんだ」


 他にもいくつもの船を率いて、グランバルクは大陸を南下していたらしい。


 これまで冒険者が更新し続けていた最南端到達記録も、この時に更新されたそうだ。そしてそれはまだ破られていない。


「懐かしいな……あの時は未踏の地を切り開き、また新たな遺跡情報や魔獣を持ち帰るんだと興奮していたなぁ……」


「ああ。俺たちであれば、いつか大陸の南端までたどり着けると信じて疑わなかった」


 2人ともなにかを思い出すように目を細める。

 やはり人跡未踏の地を踏破することに、冒険者としてのやりがいを感じていたのだろう。


「だがあの日……ソレは突然現れた」


 大陸南部へ向かうには、現在3つのルートが検討されているらしい。

 そのまま真っすぐ南下するか、あるいは東回りか西回りで向かうルートだ。


 真っすぐ南下するルートは途中で崖が確認されており、あまり調査が進んでいないらしい。

 この時のグランバルクが選んだルートは、西回りで大陸南部を目指すというものだった。


 遠征は途中まで順調だった。何隻もの船を率い、物資も人材も十分。


 これまで冒険者が到達した最南部記録地点を通過し、いよいよこれから……というときだった。ソレは空から現れた。


「竜種……!?」


「ああ。それも外大陸や、魔獣大陸でこれまで確認されたような竜ではない。輝く羽を持つ竜だった」


 すっげぇ……! これぞファンタジーという感じだな……!


 ……という俺の興奮をよそに、話は淡々と進む。その竜はこれまで戦ったどの魔獣よりも強く、いくつもの船が壊滅したそうだ。


 そしていよいよグランバルクが立ち上がる。撤退を指示するか……と思いきや、本人が前線に出て竜と戦うと言いだしたらしい。


「え……大部隊の長自ら、ヤバい竜と戦おうとしたのか……?」


 帝国宇宙軍で言い換えると、艦隊総司令である親父が身一つで連邦の惑星要塞に突っ込むようなものだろう。部隊の大混乱ぶりが目に浮かぶ。


「もちろん周囲は止めたが……マスターはそれでとまるような方ではなかったからな」


「だなぁ! だがたしかにマスターグランバルクなら、どんな絶望でもなんとかしてくれる……そんな希望があった」


 どうやらかなり慕われていたようだな。それに実力も十分だったことが伺える。

 そうでなくては、大人数の冒険者なんて束ねることができないだろうけど。


 実際グランバルクには、切り札があったらしい。それも単独で大型魔獣を相手にできるほどのものだとか。


 その準備にグランバルクは船のデッキから姿を消す。じきにグランバルクが外に出てくるだろう。だれもがそう思っていた。


「だがどれだけ待っても、マスターは姿を見せなかった。その間も仲間たちは死んでいき、船もどんどん潰されていく……」


 不信に思い、レッドは船内を探索したそうだ。そして船室の1つで、変わり果てたグランバルクの姿を発見した。


「マスターグランバルクは……全身から血を吹いて死んでいたんだ……」


「え……」


 突然の死を前に、だれもが混乱した。またかろうじて保てていた統率も崩れていく。

 竜と戦っていた冒険者たちが総崩れになるのは時間の問題だった。


 結局旗艦〈サイレイウス〉も動かせなくなり、乗組員は脱出を余儀なくされる。荒ぶる竜を前に、グランバルク率いるファルク艦隊は撤退をしたのだった。


「マスターの亡骸を持ち帰れなかったのは、俺の後悔の一つだ」


「いやいや、ちょっと待てよ。竜と戦っている最中にグランバルクが死んだのはわかった。それで撤退したのもな。でも結局、なんでグランバルクは死んだんだ?」


 グランバルクは竜と戦う気満々だった。そして外に出ようとして、船内でその死体が発見された。


 しかしなぜ死んだのか、そこがまったく見えてこない。


「それについては、今もわかっていないことが多いんだよ」


「え?」


「たしかに俺はマスターグランバルクが死んでいるのを見た。そのことを急いでみんなにも知らせたさ。だが死因まではわかっていないんだ」


 これがその後の〈グランバルクファミリー〉の未来を変えた。


 グランバルクの死因を巡って、組織内で大きな混乱が巻き起こる。そしてそれはやがて激しい内紛へと繋がった。


 当時からして決して仲がいい組織ではなかったらしい。

 数々のファルクが集合しているんだ、それだけ思惑もあるし、利益の分配などで不満を募らせる者もいる。


 また結果として遠征は大失敗に終わった。組織内部かは「お前がマスターを殺したんだろう」と、証拠もない罪と責任のなすりつけ合いが起こったそうだ。


「冒険者にはいろんな奴がいるが……それをまとめられていたのは、マスターがトップにいたからこそだ。旗頭を失ってから〈グランバルクファミリー〉が瓦解するまでは一瞬だった」


 グランバルクに従っていたファルクも、それぞれで抱えている事情が違う。


 ある者はグランバルクの在り方に冒険者としての希望を見て。またある者は、最大派閥に加わることで安定を得られることを願って。

 中には仕方なく従っているファルクもあった。


 それらがマスターを失ったことで、互いに争うようになる。

 ときにはファルク同士の抗争にもなっていたらしい。

 最大派閥が崩れたことによる影響は、しばらく続いていたそうだ。


 やがて〈グランバルクファミリー〉から独立していくファルクが増えはじめる。そうして冒険者たちの最大派閥は魔獣大陸から消えることになった。


(結局なぜグランバルクが死んだのかはわからずじまいか……)


 その死と遠征失敗の責任の所在を求めて内部抗争。トップダウン型大組織の典型的な壊滅の仕方って感じだな……。


 しかし気になることもある。それを口にするか悩んでいると、まさに俺が考えていたことをリュインが口に出した。


「でもでもぉ。ルシアのお父さんとお母さんは? 両親がマスターグランバルクの跡を継ぐという話にはならなかったの?」


 そうなんだよな。ファルクが世襲制でやっているものなのかはわからないが、それだけ多くの冒険者たちに注目されていた大組織だ。

 その子どもに跡を継いでほしいと考える者がいてもおかしくはない。


 リュインの言葉にレッドとオボロは曖昧な表情を作っていたが、ルシアはゆっくりと首を横に振った。


「お母さんはおじいさまの遠征前に亡くなっているわ。もともと病に身体を侵されていたの」


「……………………」


「お父さんは冒険者だったんだけど……遠征の途中で行方不明になったの。わたしが生まれてすぐの話よ」


 つまりグランバルク最後の遠征時にはすでに行方不明だったということか。


 行方不明というのも、死体が見つかっていないからそう言われているだけだろう。実際にはもう……。


「当時幼かったわたしは、町でずっとおじいさまたちが帰ってくるのを待っていたの。でもおじいさまも、船も戻ってこなかった……」


 しかもそれからすぐに内部抗争がはじまったのだ。中にはルシアの身柄を狙う者もいたらしい。


 彼女を自組織に抱え込み、自分のファルクこそが〈グランバルクファミリー〉の後継である……と名乗りたがる者がかなり多かったそうだ。


 また別のファルクの中には、巨大組織がなくなったことを歓迎している組織もあった。

 これでもう自分たちを支配する者はいない、これからは好きにできると。


 そんな者たちからすれば、ルシアは邪魔でしかない。旧グランバルク派閥の復活は阻止したいと考える。


 こうした事情もあり、唯一グランバルクの血を引くルシアは、いくつものファルクから狙われていたそうだ。

 だがその間、レッドとオボロが彼女に付き続けた。


「2人はわたしに、一度も強要しなかったわ。こうした方がいい、ああするべきだ……てね」


「俺はマスターに言葉では言い表せない大恩がある。それに報いるだけのことだ」


「俺もそうだな!」


 まだ幼いのに……ルシアも結構ハードな人生を歩んできているんだなぁ……。彼女は強い意思が宿った瞳を向けてくる。


「おじいさまの死に関しては今もわからないことが多いわ。それで根も葉もないうわさが広まっているのも事実よ。本当は竜に恐れて1人逃げ出したところ、殺されたんだとか。もともと部下から嫌われていて、混乱に乗じて裏切られたとかね」


 それだけ名が広まっていた大冒険者だ。そういうことはかなりあっただろうな。

 ルシアも肩身の狭い思いをしてきただろう。


「わたしは……この〈ルシアファミリー〉の名を広め、かつての〈グランバルクファミリー〉に負けないくらいに大きくする。そしておじいさまの死の謎を明かし、その名誉を回復させ。いずれおじいさまの成せなかった大陸南部への大遠征も成功させてみせるわ」


 年齢に見合わない、とても強い瞳をしている。なんだか……飲み込まれてしまいそうだ。


 ルシアにはルシアの、ファルクのマスターとして成し遂げたい思いがある。

 冒険者として駆け出しの彼女がマスターになるため、ファルカーギルドとなんらかの取引も行ったのだろう。


 そしてレッドとオボロの2人も、そんなルシアの助けになろうとしている。

 かつて仕えたマスターの孫だから……という以外にも、ルシアだからこそマスターとして仰ぎ、側に仕えることを選んだのだろう。


「今はまだ3人だけのファルクだけど……どんな困難があっても、それを乗り越えてみせる。その覚悟はもう済ませたもの」


 ルシアからすれば、どこのファルクが味方で敵なのか、その判断も難しい。

 とくにかつてグランバルク系列だったファルクには、距離を詰めにくいだろう。


 おそらくだがこれまでの言動からみて、彼女はグランバルクの死について他殺の線が濃厚だと考えている。

 旧グランバルク系列のファルクは、潜在的な敵である可能性もあるのだ。


 そうでなくても、彼女の血筋と名を利用しようとする者もいる。

 それにどこかの大手ファルクの庇護下に入るより、自らをマスターとするファルクでなければ、彼女の願望は叶えられない。


「だから……マグナ、アハト、リュイン。3人にも決して損はさせないわ。わたしのファルクに来ない?」


 再びルシアから勧誘を受ける。事情はわかったが……さて。どうしたものかな。

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