第85話 地下四階に座すもの
ガコガコと細かなパーツがいくつも動き、地下へ続く階段を形成していく。実際に目の前で見ても、メイフォンにはどういう仕組みになっているのかが検討つかなかった。
「これは……いったい……?」
「こういうふうに続いているとはね……! 私もこの先に行くのは初めてだ。はは……楽しみだよ」
両手と眼球を袋にしまい、エンブレストは階段を下りていく。メイフォンもそれに続くかたちであとを追った。
「なぜ……大図書館にこのような仕掛けが……?」
「もともとここは、あるモノを保管するために建造されたのだよ。それを厳重に封印するように、後世になって上にどんどん別の階が増築されていった……」
階段と壁は水晶のようなものでできており、ほのかに輝いていた。おかげで足元も見やすい。
「あるモノ……それが2つ目の目的である……?」
「そうだ。言うなれば、そのオーパーツを保管するためのオーパーツなのだよ。大図書館にカムフラージュされてはいるが、ね」
「オーパーツを保管するためのオーパーツ……」
エンブレストがこの地に来た目的は2つ。1つは2000年前の記録の回収。もう一つが地下四階に保管されているオーパーツの回収である。
「これほどの設備を整えてまで……。いったいなにが保管……いや。封印されている……?」
「それは見てのお楽しみだ。といっても、わたしも詳細を知っているわけではないのだがね。おそらく見たことがあるのは、六賢者でもかなり限られた者だけだろう」
長い階段を下りると、また別の部屋へとたどり着く。だがこれまでの部屋とはちがい、それほど広くなかった。
「これは……!」
「おお……! これが……! 首都リヴディンを覆うクリアヴェールを生み出している魔道具……いや、オーパーツか……!」
その部屋の中心部では、柔らかな光を放つ大きめの球体が宙に浮いていた。
その球体を取り囲むように、いくつもの金属環が回っている。一番外側にある金属環は、床から支えが伸びていた。
また球体を中心に、6つの台座が設置されている。エンブレストはその中の1つへと移動した。
「ここだ……ここでこのオーパーツの管理権限者を書き換えることができるはず……」
そう言うと再び断たれた両腕を取り出し、手のひらを台座につける。そして伸びてきた赤い光に眼球を触れさせた。
『魔力が認識されません。管理者の変更を行う場合は10秒後に台座に両手を。行わない場合は魔力を供給してください』
「だれだっ!?」
急に響く声に、メイフォンは曲刀を抜く。これにエンブレストは感嘆の声を上げた。
「おお……! オーパーツに宿りし意志か……!? す、すばらしい……!」
「意志……!? オーパーツに……!?」
きっかり10秒後、台座が赤く光る。エンブレストはおお、と声をもらしながら赤く染まった台座に両手を置いた。
『新たな管理者候補を確認。このまま続ける場合は、続けて眼球情報を記録させてください』
台座から赤く細い光が伸びる。エンブレストは両目を見開き、その光に己の眼球を触れさせた。
『最後に魔力を供給してください』
「ふ……くはは……!」
エンブレストはそのまま両手から台座に魔力を流し込む。すると赤く染まっていた台座は元に戻った。
『新たな管理者を登録しました』
「おお……! なるほど……! こうやって管理者を変更してきていたのか……! しかし……なるほど! 歴代の六賢者は誰もが魔力を有していたが……これはたしかに、そうでなくては六賢者は務まらぬ!」
もう用はないとばかりに、エンブレストは両腕と眼球を床に捨てる。そして再び台座に両手をつけた。
「おい……だいじょうぶなのか……?」
「ああ、なにも心配はいらないとも! さて……ここからだよ、メイフォン殿!」
再び台座に魔力を流し込む。すると球体の光がわずかに増した。
「こうやってクリアヴェールを維持する魔力を確保しているのか……! おそらくこの球体は疑似魔晶核といったところだね。外から魔力をため込む性質を……いや、いかんいかん。考察はあとだ」
一瞬でさまざまな研究テーマを思いつくが、それらが持つ強力な誘惑を振り払う。この先にそれ以上の誘惑を放つ存在が待っているのだから。
「……コード入力。〈シュルマ・ルドニール〉」
『……管理者によるコード発行を確認』
球体の近くの床が円形に沈み込む。そしてカシュンと子気味のいい音をならしながら、さらに地下へと続く螺旋階段を形成していった。
「これが……地下四階への道……」
「すばらしい……! いよいよ秘匿領域の最下層へ行ける……! ふふ……やはりわたしが直接来てよかったよ……!」
台座から手を放し、エンブレストはさっそく階段を下りていく。メイフォンはさっきから戸惑いっぱなしだった。
「いったい……これほど厳重な地下に……なにがあるんだっていうんだ……?」
「さて……わたしもすべてを知るわけではないがね……。かつてこの世界に滅亡の危機が訪れたそうだよ」
「なに……?」
「その災害は遥かなる天空から降り立ったらしい。未曾有の危機に立ち向かうため、四大精霊は人種と共に戦ったそうだ」
メイフォンはフンッと鼻を鳴らす。
「聞いたことがないな。いったい何年前の話だ?」
「さて……私も総帥よりお聞きした話だからね。とにかくその時の災害は、魔人王などとは比べ物にならないものだったらしい。いや、正しくは……魔人王の眷属が中心となって、その災害に立ち向かった……だったかな?」
階段を下りるにつれ、だんだん気温が下がっていく。だがエンブレストは興奮で熱く感じていた。
「ここに保管されているのは、その当時に災害に立ち向かった力らしい」
「未曾有の災害に対抗するための……力……」
「ああ。……ついたね」
螺旋階段の最下層には扉があった。エンブレストは震える手で扉を開く。
「お……おお……! おおおお……! なんと……! こ、これ……は……!?」
「いったい……なんだっていうんだ……」
扉の先には天井が高い空間が広がっている。そしてその中心部には巨大な甲冑が存在していた。
「巨人の……甲冑……!?」
「いや……! 見た目はたしかに騎士を思わせる甲冑だが……! 中は空洞ではない……! まちがいない。これはオーパーツとして動かせるモノだ……!」
「………………っ!」
見た目は巨人が立派な甲冑を着こんでいるように見える。だがこの騎士を模した人形こそが、この地に長く封印されてきたオーパーツだった。
「しんじ……られない……。ほんとうに……こんな巨大なものを……動かせるのか……?」
「ああ、まちがいない……! はは……こいつはすごい……! 本当に……! そ、想像、以上だ……! おそらくは初代王がこの地に都市を建造する前から、ずっとこの地に存在し続けていたのだろう……!」
あまりにも巨大な騎士人形ではあったが、その輪郭はやや肉厚で重装備を思わせるものだ。そしてこの騎士人形は、そのサイズに見合う立派な椅子に座りこんでいた。
背もたれは長く天に向かって伸びており、まるで玉座のようだ。そこに座り込む騎士人形は、威厳のある王のようにも思えてくる。
また騎士人形の正面には、常識では考えられないサイズの剣が突き刺さっていた。騎士人形はその剣の柄に両手を置いている。
「これが……目的のものだとして。金海工房の魔道具で持って帰れるのか……?」
「その予定だ。総帥はそれも考えて、これを持たせてくれたのだろう」
そう言うとエンブレストは背中に右手を回す。次の瞬間、その手には剣の柄が握られていた。そのまま体を傾けつつ、剣をすべて引き抜く。
「ふぅ……。さて、さすがに失敗はできないからねぇ。久しぶりに緊張するよ。この緊張感は……ふふ。初めて学会発表に臨んだ時を思い出すね……!」
柄に魔力を込める。すると先ほど使用したナイフ同様、その刀身が青く輝きはじめた。
「さて……しばらく時間がかかる。メイフォン殿、だいじょうぶかとは思うが。邪魔者が入らないように、しっかり見張っていてくれたまえ」
「ああ……」
エンブレストは剣を持ったまま、巨大騎士人形の正面へと移動する。そして刀身の先端部を床につけた。
「使用回数は一度のみ……。ふふふ……心地よい緊張感、そしてやまぬ興奮……! ああ……たまらないねぇ……!」
そのまま足を動かす。すると床に触れる刀身から青いラインが引かれていった。
エンブレストは騎士人形の周囲を回るように移動し、青いラインを引き続ける。
「なんて……もんが存在しているんだ……」
暗殺組織〈アドヴィック〉の頂点に立つ最強の暗殺者。通称四剣四杖と呼ばれる者たちだが、メイフォンはその1人になる。
そのメイフォンをもってしても、目の前の光景はあまりに常識からかけ離れていた。
〈アドヴィック〉が玖聖会に取り込まれてからというもの、こういう不思議な現象は数多く見てきている……が。その中でもトップクラスにわけがわからなかった。
だから油断していたと……彼女は決して口には出さないが、そう言い訳をしていた。新たに表れた人物に気づけなかったということに。
「うぉ……!? なんだあれ!?」
「すっごーい! 巨人が鎧を着てる~!」
「…………っ!!?」
螺旋階段の入り口に視線を向ける。そこにはぱっとしない感じの男が驚いた表情で立っており、その頭上を〈フェルン〉が飛んでいた。
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