第88話 やっぱり国としても騒ぎになっていたみたいです。

 長い螺旋階段を上がり、謎の球体が設置された地下三階へと戻る。そしてそこから地下二階を目指して階段を上がった。


「え……」


 階段を上りきれば、数多くの書棚が設置されている部屋につながる。


 しばらくここで、リリアベルが満足するまで資料漁りだな……と思っていたのだが。階段を上がったところで、武装した騎士たちが取り囲んでいた。


「動くな!」


「抵抗は無駄だ! 武器を下ろせ!」


 地下二階から三階に続く階段は、部屋の壁端にあった。そこを取り囲んでいるので、完全に包囲されたかたちだ。


 また騎士たちは全員剣を抜いていた。下手なことを言えば、襲いかかってきそうだ。


 なんでここに騎士たちが……? ここからどうする……? 


 など考えている間に、リュインが元気よく声を上げた。


「なんなのよ、あなたたち! いきなり失礼じゃない!」


「ほほ。六賢者の許可なくここへ立ち入ったお前たちも失礼よ」


 騎士たちの間をかきわけて、ローブを着た妙齢の女性が姿を見せる。


 まぁたしかに……! 勝手に忍び込んだのは俺たちだけどさ……!


 だが俺はこれに対し、完全無欠の言い訳を用意していた。


「ああ、許可を得ずに地下に入ったけどさ。エンブレストがなにかしようとしていたから、放っておけなかったんだよ」


「なに……」


「あ、あのエンブレストが……!?」


 エンブレストの名を聞き、騎士たちがざわめきだす。この国の人たちにとっちゃ、その名は十分に警戒に値するだろうしな。


 俺はお前たち側の人間で、あくまで大罪人を放っておけなかったんだというスタンスで話を進めていく。


「そうだ。エンブレストの配下だって男ともやり合ったし。なにか企んでいると思って、奴を追いかけたんだ。そしたらこの地下まで行くことになっちまって……」


 ボクは敵じゃないよ~、という雰囲気を出しつつ両手を上げる。ここで妙齢の女性がうなずきを見せた。


「ほほ……〈フェルン〉を連れておるところを見るに、お前がアハト殿の言っていたマグナか」


「……アハトを知っているのか?」


「ええ。そういえばまだ名乗ってなかったな。わたしはアウローネ。六賢者の1人よ」


「え……!?」


 この人が……! 六賢者……!


「上の階ではブライアンも倒れておった。ほほ……マグナ。お前からここでなにがあったのか。くわしく話を聞かせてもらおうか」





 薄暗い空間の中止が青く輝く。次の瞬間、輝きがはじけて無数の光の粒子が中空を舞った。


 同時にそれまで存在していなかった巨大な椅子に座った騎士人形と剣、それに2人の人物が姿を現す。


「であるからして、この〈シャルマ・ルドニール〉は……」


「博士。着いたぞ」


「ん? ……おお! うまくいったか!」


 そこに現れたのは、エンブレストとメイフォンだった。エンブレストはあらためて巨大な騎士を見上げ、満足げにうなずく。


「ふふ……あっふふふふふふふふ……! くくは……六賢国に出向いた成果としては満点といったところだねぇ!」


「だがシグとハイスは……」


「んん? ……あぁ、あの2人か。被験体の中では比較的すばらしい出来だっただけに残念ではあるが、なぁに! 他にもっと優秀な作品もある! 気にすることではないさ」


「……そうかい」


 そういうとメイフォンは部屋の出口へと向かう。


「おや。もっとこの巨人を見ていかないのかい?」


「いい。博士もいつまでも見とれていないで、はやく報告に行ったらどうだ?」


「おお! そうだな、そうしよう。ふっふふふ……しかし……ふふ……! 六賢者はしばらく五賢者体制になりそうだねぇ……!」


 エンブレストは六賢者ノウゴンの後任として登録された。首都リヴディンを覆うクリアヴェールを生み出すオーパーツ、その管理者権限を有していることになる。


 管理者は常に6人。これまでは代々の六賢者がその役割を担ってきたが、その1人に六賢者でないエンブレストが入り込むかたちとなった。


「さて……では私は総帥に報告しに行くとしよう。ああ、金海工房の者たちにもフィードバックをしないとね」


 そういうとエンブレストは後ろに視線を向ける。そこには粉々に砕けた長剣があった。





 エンブレストとわかれたメイフォンは、暗殺組織〈アドヴィック〉に所属する者たちと会っていた。


 そこであらためて今回の任務内容とその報告をしているところになる。


「工房の不思議道具はともかく……そのマグナという男。気になるな」


「ああ。ただの素人だと油断すれば、間違いなくこちらがやられる。それくらいの実力はあった」


 マグナとの戦いを思い出す。剣の振り方はまるでなっていなかったが、バカみたいに高い身体能力と反射神経のみでメイフォンとやりあってみせた。


 マグナが振るう連撃はとてもではないが受け止めることができない。


 回避し続け、大振りな一撃を誘い出す。そこをうまく受け流し、こちらの攻撃を当てる。いわばカウンター狙いになってくる。


 ところがそのカウンターを当てても、マグナ本人を斬ることができなかった。どう見ても普通の服なのに、メイフォンの腕をもってしても斬り裂けなかったのだ。


 またマグナ自身、動きは素人でもセンスはあるのだろう。自分の服を斬ることができないと把握するや、今度は自ら腕を出して斬撃を食い止めてきた。


 服の防刃性によほどの信頼を置いていない限り、思ってもできる行動ではない。


「それに……」


「それに?」


「奴は戦いの途中で剣を収め、謎の筒を取り出していた。ここで博士が転移陣を完成させたが、結局その行動がなにをするつもりのものだったのかはわからず仕舞いだ」


 これも普通ではありえないことだ。戦いの最中に自ら剣を収めるなど、自殺行為に等しい。


 そもそも剣以外に武器を持っている様子もなかった。


「その筒……なにかの魔道具か?」


「さぁな。でもわたしとの戦いで、魔力を使用している様子は見当たらなかった。身体能力の強化もせずにこのわたしとやり合ったんだ。ノグとハイスを倒したという点といい……要注意だよ」


 メイフォンは詳細は知らないものの、ノグとハイスがただものでないということは知っていた。


 2人ともエンブレストの行った実験で生まれた戦士になる。ノグは頑健な身体に加え、より強化率に優れた〈空〉属性の魔力を持っていた。


 ハイスに至っては、〈空〉に加えて〈幻〉属性まで有していたのだ。


 その能力はそこまで戦闘向きではなかったものの、油断すればどんな強者でも操られてしまう。そういう意味では敵として相対した場合、とても油断ができる相手ではなかった。


「だがメイフォン。毒を使ったわけではないのだろう?」


「……ああ。とても使える状況じゃなかったからね」


「正面から戦うことになったとはいえ、お前には毒がある。次にそのマグナという男と会ったら……気づかれないうちに毒殺することだな」


 〈アドヴィック〉に所属している者は、大きく2つに分かれる。もとから〈アドヴィック〉の一員として育った者か、外部から加わった者か、だ。


 メイフォンは後者……もともと〈アドヴィック〉に所属する前から暗殺者として生計を立てていた。


 使用している毒も、〈アドヴィック〉加入前から使用していたものになる。その扱う毒も多岐にわたっていた。


「とにかくご苦労だった。お前の話は俺から玖聖会に上げておこう」


「……なぁ。玖聖会ってのは、結局なんなんだ? あんたなら知っているんだろう……ギラ」


 ギラと呼ばれたスキンヘッドの男性はメイフォンと同じく、〈アドヴィック〉の四剣四杖、その1人になる。


 彼は8人のまとめ役であり、実質〈アドヴィック〉のナンバー1のような立ち位置にいた。


 もともと〈アドヴィック〉が玖聖会の傘下につくと決めたのもギラである。


 その理由についてメイフォンたちはもちろん聞かされていたが、最近は他にも理由があったのだろうと考えていた。


「……あの者たちの力を見ただろう?」


「全員ではないけどね。たしか魔人王がどうのとか言っていたか……」


「そうだ。どこまで本当かはわからんが、我らにはない力を有しているのは事実。今ではエンブレストをはじめとする〈月魔の叡智〉の研究者たちと〈金海工房〉の職人たちも取り込んだ」


「わたしたち〈アドヴィック〉もね」


 暗殺組織〈アドヴィック〉、研究組織〈月魔の叡智〉、そして鍛冶や武具精製を行う〈金海工房〉。


 玖聖会は自組織内に、こうした専門性に特化した部門を有していた。


「小国に匹敵しうる力を得た玖聖会だが……総帥がなにを目指しているのか。それはわからん。しかし総帥は我らにはない知恵と知識を有し、それがあるからこそ本来であればありえないモノが玖聖会のものとなった」


「………………」


 金海工房はオーパーツまがいのモノを作れるようになったし、今回は謎の巨大騎士人形まで手に入った。


 たしかにこれらの成果は、総帥なくしてありえなかったものだ。


「玖聖会がなんなのか……その問いに答えるのはむずかしい。博士ではないが、知りたくば自分で暴くしかあるまい」


「ギラ……あんたは……」


「さて……な。だが我らは玖聖会そのものではなく、あくまで傘下に加わった一組織だ。今は大口から専属契約を受けたくらいに考えていた方が、気が楽だろう」


「……そうかい。わたしから言うことはもうないよ」


 そういうとメイフォンは部屋を去ったのだった。

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