第6話 妖精さんが精霊化について教えてくれた。

「ほぇ~~……お空に広がる国……」


 俺たちはリュインに、自分たちがどこから来たのかを話していた。


 だがやはり宇宙や星々、外星人といった概念は持ち合わせておらず、どこまで理解できているのかはあやしいところである。


「それで……マグナたちはこの船に乗って空から落ちてきたんだ? しかももう帰れないと」


「ああ。ここで生きていくと腹くくって、森を出ようとしていたんだけどよ。そしたらリュインやあの骸骨に出会ったってわけだ」


 まぁ理解できないものを丁寧に教える必要もないだろう。こことはちがう場所から来た人間だと認識してくれれば、それでいい。


「普通に聞かされたら到底信じられる話じゃないけど……。あんなすごい剣やアハトの武器、それにこの船を見たら。まぁたしかに、異世界から来た人と言われても納得かも」


「異世界て」


 もしかしたら翻訳機が、他星のことを異世界と翻訳してのかもしれない。


『そろそろいいか? 今度はこちらがリュインにいろいろ確認したいのだが……』


 リリアベルが球体ドローンを浮かせて近寄ってくる。ちなみにアハトは珍しく興味津々という様子で、俺たちの会話を聞いていた。


『確認したいことをこちらにまとめてみた』


 フロアにスクリーンが下りてくる。そこにはリリアベルが現時点で持っている疑問点が記されていた。


 といっても帝国言語だし。リュインは文字が読めないだろうけどな。


 しかし要点はまとめられている。リュインの種族や〈フェルン〉なるものについて。魔力や骸骨、精霊についても記載されている。


「なんでも聞いてちょうだい! お肉くれたし、あの腐れアンデッドも倒してくれたもの! できればお酒も欲しいわね!」


「お前、その見た目で飲むのかよ……」


『ではまずリュイン自身について話してもらおうか。この星にはお前のような者が普通に生息しているのか? 他に人間は? ここにはなにが目的でやってきたのだ?』


 リュインは小さな指を頬にあてつつ口を開く。


「んー……なにから話そうかな。わたしは風の聖地で生まれた〈フェルン〉なんだけど」


「はいストップ」


 そうそうに意味がわかんねぇよ! 


 まぁリュイン側の常識とこちらの常識がちがうのだ、仕方ないことではあるが。


「そもそもその〈フェルン〉ってのはなんなんだ?」


「え……? マグナたちの世界にはいないの?」


「いねぇよ!? なんなら魔力も魔術もねぇって!」


「え……ええぇぇぇぇぇぇ!?」


 この反応……やはりリュインは、魔力をあって当たり前のものだと認識しているな。なんなら精霊とやらも、他の世界にいて当然だと考えているだろう。


「本当になにも知らねぇんだ。わるいが細かく教えてくれ」


「あれだけすごい武器があるのに……魔力を使っていないなんて……? ま、まぁいいわ。コホン。いい? 〈フェルン〉というのはね……聖地で生まれた私たちのような精霊のことを言うのよ」


 この星にはどこかに〈聖地〉と呼ばれる場所があるらしい。


 その地で育つ花が精霊化を果たすことで、〈フェルン〉……リュインのような妖精が生まれてくるとのことだ。


『精霊化というのは?』


「条件を満たした物体が、次のステージに昇華する現象のことよ。条件は物によっても異なるし、くわしいことは誰にもわかっていないんだけどね」


 この星は「精霊化」なる現象が起こる。


 骸は意思を持つアンデッドに、聖地に咲く花はリュインのような妖精に……要するに本来意思を持たないモノが、自意識を芽生えさせる現象を指すようだ。


『精霊化の頻度は? そもそもなぜそのような現象が起こる?』


「知らないわよ。昔からそうだもの。あ、でも……人間たちは四大精霊の御力がどうのとか言ってるけど。たぶん詳しいことは誰も知らないんじゃないかしら?」


 リュインの口ぶりだと、この星で文明を築いている知的生命体は俺と同じヒューマンタイプだろうな。


 しかし頻度不明ながら、ここでは死人がアンデッド化すんのか……。


 物騒だけどなぜかワクワクしてしまう。いやだって。まるでゲームやマンガのようなファンタジー世界に迷い込んだ気分にさせてくれるからな。


 リリアベルとは違う方向で、俺も大きく興味を持ってしまう。


 たぶんアハトも似たような興味を持っているだろう。彼女は静かにリュインに問いかける。


「リュイン。あなたはあのアンデッドを見て、こう言いましたね。位の高い精霊は、高位魔術でないと傷を負わない……と。リュインも物理攻撃が通用しないのですか?」


「通じるわよ。たしかにあの腐れアンデッドと同じく、精霊化を果たした身だけれど。〈フェルン〉は他の精霊とちがって、位は変動しないの」


 位というのは、要するにゲームで言うところのレベルに相当するものらしい。


 精霊化したての奴はレベル1だが、これを上げていくことでより強力な個体として成長していくというわけだ。


 ただし聖地に咲く花から精霊化した〈フェルン〉だけは、このレベルが固定されているらしい。おそらく精霊の中でも特別な存在なんだろう。


 だからこそ他の精霊とちがい、わざわざ〈フェルン〉なんて固有名詞が与えられているのだ。……と思う。


「時の流れと共に、いろんな魔術は使えるようになるんだけどね~」


「…………! そうだ、魔術! それも聞きたかったんだよ!」


『わたしも気になるが、それはもうすこしあとでだ。リュイン。お前はなぜあの骨に狙われていた? どうしてこの地にやってきたのだ?』


 そうだ、その謎もあった。あのアンデッド、明らかにリュインを狙っていたからな。


「精霊化を果たした者が、位を上げる方法はいくつかあるんだけど。わたしたち〈フェルン〉を仕留めることで、ものすごく効率よく位が上がるのよ」


「へぇ……?」


「かわいそうでしょー? わたしはここになにかが落ちてくるのを見ていたからー。気になって森に入ったの。そしたらわたしの匂いをかぎつけたあの腐れアンデッドたちが、穴倉から出てきたのよ!」


 リュインはシグニールが落下したところを見ていたらしい。まぁ目撃くらいはされているか。


 で、好奇心を刺激されて森に入ったところで、あのアンデッドどもに見つかったと。そこからしばらく追いかけられていたが、うまく巻いたらしい。


 しかしここにいるのがバレたために、いきなり攻撃を仕掛けられたというわけだ。


 アハトもうんうんと頷いている。


「なるほど。つまり精霊化を果たした者たちからすると、リュインは大量経験値ゲットのチャンスというわけなのですね」


「ああ……そう言われたら狙われていたのが、すげぇしっくりくるな」


 俺も昔、ゲーム中に特定の場所で、高経験値のモンスター狩りをよくしていたし。メタル的な。


「で、ここにたどり着いたというわけか」


「そうよ。もうびっくりしちゃった! こんな場所に人がいたんだもの! それもアハトみたいな、どこからどう見ても育ちのいい女の子が! ……ちょっと強すぎるけど」


 ああ……そういやアハトがアンドロイドだって話はしていなかったな。


 まぁしたところで理解できないだろうし、これもわざわざ説明しなくてもいいだろ。つか俺も育ちいいわ!


 リュインは警戒心よりも好奇心が勝ったらしく、ここで肉をもらっていろいろ見せてもらう生活を楽しんでいたようだ。


 まぁそうでなくては、わざわざこんな場所までやってきていないだろうからな。


『リュインがここに来た理由と、骨についてはおおよそ理解できたな』


「本当におおよそだけどな……」


 落下したシグニール目指して森に入ったら、高レア経験値稼ぎハンターどもに目をつけられたわけだ。で、ここを嗅ぎつけられたと。


 精霊化や聖地についてはわからいことが多いが、たぶんリュインに聞いても答えらえないものが多いだろう。


 精霊化や魔術について、存在していて当然のものだと認識している。なぜ存在しているのか……という部分については、疑問にすら感じていない。


 この辺りはリリアベルが興味を持ちそうなテーマだな。俺も興味あるけど。


「ではリュイン。魔力や魔術について教えてください」


 アハトがずいっと前に出てくる。わかるぞ……俺もすっげぇ気になっているし!


「うーん……魔術というのは、魔力を用いて発動させる術のことよ。ほら、腐れアンデッドたちも最初、この船に攻撃を仕掛けてきていたでしょう? でも障壁で防いでいたし……あれは魔術じゃなかったの?」


 シグニールに実装されているシールドのことだな。たしかに見ようによっては、あれも魔法みたいに思えるか。


 魔力や魔術については、おおよそ俺やアハトが「おそらくこういうものだろう」と考えているものだった。要するにゲームの類に出てくるものと類似点が多いのだ。


「精霊化を果たした者は全員、魔力を得ているわ。人間だと一部の者が持っている感じね!」


「人間は一部なのか」


「ええ。でもわたしたち精霊とちがって、変わった属性の使い手もいるわ。あと貴族ほど魔力持ちが多いみたい」


『ほう……貴族、か。封建制度が成り立っているのかな?』


 その可能性は高いだろうな。文明レベルD~F相当だと、バリバリの封建社会&身分社会だったとしてもおかしくない。


 まぁ帝国もわりと血統と身分制度にうるさい国だけど。


『リュインのような〈フェルン〉はよくいるのか?』


「人間ほどは多くないわよ。わたしは風のフェルンだから、いろんな場所を行ったり来たりしているけど。地のフェルンなんかはあんまり動かないんじゃないかしら?」


 水のフェルンは水場の近く、火のフェルンは熱い場所を好む習性を持つらしい。だが群れることはほぼないとのことだ。


「変に一か所で集まっても、腐れアンデッドみたいな奴に目をつけられるだけだしねー」


「ああ……なるほど……」


『骸や花以外だと、どういうものが精霊化を果たすんだ?』


 リュインは視線を上に向けて考えだす。


「んー……よく聞くのはその2つなんだけど。あとはいわくつきの武具とかかしら? 竜なんかも、古代生物の骸が精霊化したものなんて言われてたっけ……?」


「り、竜……!」


 すげぇな……! そんなのまでいるのかよ……! 本当にファンタジー異世界に来たみたいだぜ……!


「ああ、あと代表的なのは四大精霊にも数えられている地水火風ね! 中には人間と契約を結んでいる高位精霊もいるって話よ」


「…………! そ、その話、くわしく……!」


 リュインいわく、この世界で最初に精霊化を果たしたのが〈地〉〈水〉〈火〉〈風〉の四つらしい。これらは四大精霊として数えられているが、今もその眷属が世界のどこかで精霊化を果たしているそうだ。


 骸とちがい、こうした自然現象が精霊化しても、最初期は自意識を持っていない。だが時と共に意識を持ち、やがて高位精霊として成長していく。


 人とコミュニケーションが取れるまでに成長した個体の中には、協力的な者もいるようだ。


『自然現象から生まれた精霊も、〈フェルン〉を狙ってくるのか?』


「全員ではないけど、狙ってくる奴もいると聞くわ。風の精霊は、わたしのような風のフェルンに襲いかかってはこないけど」


 同様に、火の精霊も火のフェルンは狙わないらしい。同族意識でもあんのかね……? さっぱりわかんねぇけど。


「しかしそうなると、〈フェルン〉って難儀だな。どこに発生するかわからない精霊によく狙われるんだろ?」


「そうなのよー。人間の中にも捕えようとしてくる奴はいるし。ね? わたしかわいそうでしょ?」


 精霊からは高レア経験値扱い、人間からは愛玩動物として狙われているのか……。たしかにかわいそうになってきた。


「でも長生きしている〈フェルン〉は、全員ものすごい魔術の使い手なのよ! 冒険者として名を馳せている〈フェルン〉もいるし!」


 また聞き逃せない単語が出てきた……! だが俺よりはやく食いついたのはアハトだった。


「ほう……! 冒険者、ですか。その話、くわしく……!」


 いつになくテンションたけぇ! すっげぇ食い気味! 


 ぜってぇアレだ。よく読んでいる本に出てくる冒険者を想像してやがんな……!


「冒険者というのはねぇ! 南にある魔獣大陸、そこで一旗あげようと野心を漲らせている者たちのことを言うのよ!」


『魔獣大陸……?』


「そうよ。なぜだか人間たちはそう呼んでいるわ」


 どうやら冒険者というのは、そんじょそこらに存在しているわけではなく、特定地域で活動している者たちを指す言葉らしい。


 どうしてその地で活動しているのか。それはリュインも知らないとのことだった。


「フ……。どうやらこの星光のアハトの名をどこで轟かせるか。それが決まったようですね……」


「いやいやアハトさんよ。一流冒険者として名を馳せるのは、この俺だ……!」


『まぁどこかの機会でその大陸を目指してみてもいいだろう。今は情報の整理が先だ』


 アハトがこの星に来て以来、一番ウキウキしてやがる。


 まぁ目標が見つかりそうでなによりだ……が。俺も冒険者してみてぇ! いや、いつかぜったいになってみせる!


「……ねぇ。マグナたちはここを出て、なにをするつもりなの?」


「ん……?」


 一通り話を終えたリュインが、今度は俺たちに質問をしてくる。


「まだ具体的な目標が見つかったわけでもねぇが……とりあえずここで後悔のない生を全うする。そう考えている。そのために森を出たらいろいろ見て回りたいと思っているぜ!」


 どこでどう生きていくか。それはこれから各地を回りながら見つけていくしかないだろう。


「ふーん……なるほどねぇ」


「なんだよ?」


「ねぇマグナ。よかったらなんだけど……わたしとパーティを組まない?」

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