第100話 信仰国の神殿会議
アンバルワーク信仰国。遥か古代から精霊信仰が盛んな地であり、四大精霊が生まれたと伝えられる〈聖地〉もある。
国土の7割が砂漠地帯であり、聖都リスタリスも砂漠にあった。
といっても水不足というわけではない。都市は広大なオアシスのほとりに広がっており、聖都近郊にはそれなりに緑もある。
また果樹園もあり、そこの果実を使用した果実酒もよく飲まれている。
夜は冷えるが、日中はカラッとした暑さであり、陽気な者が多い国としても知られていた。
だがこの国は今、精霊との戦争状態にあった。一部の知性ある精霊が多数の精霊を従え、領土の一部を占領したのだ。
アンバルワーク信仰国の王……〈聖王〉は当初、精霊たちと交渉を行おうとした。
しかし彼らは聖王の言葉に耳をかさない。そしてついには近隣を通る人種を襲撃するようになった。
これをきっかけに、両者で武力衝突が本格化していく。もう10年以上にわたって戦争が続いているが、未だに信仰国は、彼らから領土を取り戻せていなかった。
「むっふう。そろそろ時間か」
男性がでっぷりとした腹を揺らしながら、ベッドに沈み込んでいた上体を起こす。
その隣には褐色肌の女性が、汗まみれの肌をさらしながら寝転んでいた。
「んさてさて……おい! だれか!」
部屋に薄着の女性が2人入ってくる。彼女たちの肌も褐色であり、オイルを塗っているのかよくテカっていた。
また口元はフェイスベールと呼ばれる布で覆われており、エキゾチックさを増している。
「大神殿へ向かう。服を」
「はい、ローアン様」
2人の女性は慣れた手つきでローアンに服を着させていく。さっきまで裸だった男は、今は立派な法衣を身に着けていた。
「むっふ。では向かうかの」
■
アンバルワーク信仰国には四大精霊を奉る4つの神殿がある。ローアンは土の神殿の総責任者……神殿長を務めていた。
この国では〈聖王〉が4つの神殿を取りまとめる大神殿長を務めている。
大神殿が他国で言うところの「城」に相当しており、行政の中心地として機能していた。
「であるからして……」
「しかしそれでは……」
「最近だと……」
月に何度か、4人の神殿長も出席する会議が開かれる。国の基本方針を定めるような内容も話されており、神殿長は政治に直接介入できる立場でもあるのだ。
神殿長の任命権を持つのは大神殿長たる聖王だが、指名される者は古くから続く家柄……貴族が中心だった。
信仰国と言っているが、貴族中心の政治が敷かれている国でもあるのだ。
「では次。アンラス地方を占領している精霊どもについてだ」
「またその数を増やしているとか」
「いい加減、なんとかしないと奴らはさらに占領地を広げるぞ」
「だが精霊は全員が魔力を有している上に、高位精霊の存在も確認されている」
「やはり騎士たちによる大攻勢をしかけるべきなのでは?」
現在、聖都から見て西にあるアンラス地方は精霊によって占領されている。これまでも騎士団を派遣してきたが、領土奪回には至っていなかった。
単純に精霊の持つ戦闘力が高いのだ。全員が魔力を扱えるし、高位精霊が出てきたら対抗策が限られてくる。
その対抗策……高位魔術の使い手も限られているし、もし戦死でもされれば、それだけ国の戦力は大きく削られる。
「貴石の輸出産業は、わが国の重要な収入源だ。だがその貴石が最も採れるアンラス地方は、もう10年以上精霊どもに奪われたままだ。……やはり四聖騎士を送るべきだろう」
「な……」
「聖王……しかし……」
今の発言は聖王グリアジーンのものだった。彼の発言を受けて議論はますます活発になるが、ローアンは静かに考えをまとめていく。
(むっふう……火の神殿長の差し金……かの。ここで代替わりしたばかりの四聖騎士とは……むっふふぅ?)
四聖騎士とは、この国最強の騎士4人に与えられる称号である。全員が強い魔力を持つ女性であり、貴族家の生まれでもある。
だが「最強」と称されるのは、本人たちの素質……というよりは、契約している精霊に理由があった。
アンバルワーク信仰国はもともと自然現象由来の精霊が発現しやすい。その中には当然、地水火風の精霊もいる。
そして各神殿に設置されている巨大クリスタルには、強力な精霊が宿っていた。
四聖騎士とは、それらの精霊と契約を交わした騎士を指す。
他国と比較しても精霊と契約した者は多いが、その中でも四聖騎士は特級戦力に数えられており、アンバルワーク信仰国の実質的な武力を象徴していた。
(んさてさて……四聖騎士を出すというのは、これまでも論じてきたことでもあるが……なぜいまなのかの……)
これまでなぜ四聖騎士を戦場に出さなかったのか。ローアンはその理由をよく知っていた。
いや、ローアンだけではない。神殿長はだれもが知っている。
(もし最強たる四聖騎士が敗れれば……この国は大国の地位を維持するのがむずかしくなる。いや……正確にはその維持コストが跳ね上がる。そして過去に四聖騎士がかの精霊に敗れたことは、ごく一部の者だけが知っている)
国家戦力というのは、国際的な地位を維持するのに必要不可欠なものだ。
中にはラオデール六賢国のような例外もあるが、あの国もある意味研究産業を武器にしている。強力な魔道具はだいたい六賢国で生まれるからだ。
そしてアンバルワーク信仰国は、強力な精霊と契約を交わした者が特級戦力として存在している。とくに四聖騎士たちは他国に対して強いけん制にもなっているのだ。
そしてそれは負けたことのない「最強」だからこそ、けん制役が成り立っている。
もし四聖騎士が敗れたと他国に広まれば、信仰国には大した戦力がないとなめられかねない。強力な武力あっての大国なのだ。
そして大国の地位というのは、そのまま魔獣大陸における影響力に直結している。
(10年前に四聖騎士が敗北したことは伏せられている……この会議に参加している者の多くは知らないだろう。だが聖王は即位して日が浅いとはいえ、知らないはずがない……んさて……火の神殿長は……?)
聖王グリアジーンはまだ17才であり、若い王だった。まだ政務経験も少なく、神殿長をはじめとする官僚たちがサポートをしているかたちだ。
その一方で、神殿長たちはこの若い王をコントロールすべくいろいろ手を打っていた。
もちろんローアンも同様であり、これまで何度も土の神殿に招いては宴会を開き、美しい踊り子を抱かせている。
聖王の「四聖騎士を送るべきだ」という発言は、火の神殿長クンベルがさせた。ローアンはそう睨んでいた。
「よろしいのではないでしょうか。10年果たせなかった領土奪還を実現できれば、四聖騎士の名は大国中に轟くでしょう」
クンベルが聖王の意見に同調する。風の神殿長はニヤニヤと笑みを浮かべており、水の神殿長は無表情だった。
(やれやれ……1人は様子見、もう1人は私に発言させる気か。仕方ないの……)
このまま火の神殿長の意見を通すのもおもしろくないしの。そう考え、ローアンは会議に参加して初めて口を開く。
「よろしいのですかな? もし四聖騎士が敗れるなんてことになれば……我が国の威信が落ちかねませんぞ。それに最悪の場合、精霊も失うことになる」
「ローアン……そ、そうだな……」
威勢よく四聖騎士を送ると発言した聖王が、ローアンの意見に同調する。
やはり火の神殿長に言わされただけで、本心から思っているわけではないのだろう。
だがもちろんクンベルは黙っていなかった。
「国の威信をかける状況だと言っている。それともローアン。お前はこのまま精霊どもを好きにさせておいていいというのか? かの地で採れる貴石も貴重なのはわかっていよう?」
「もちろん。そこで代案だが……魔獣大陸から冒険者を呼ぶというのはどうだ? 彼らに依頼を出し、精霊たちと戦ってもらうのだ」
「ばかな!」
「ローアン殿、なにをおっしゃっておられるのです……!?」
「いやしかし……」
ローアンの発言により、会議に参加している者たちはざわめきだす。発言をしたローアン自身、本気で言っているわけではない。
そもそもよそから実力者を呼ぶ行為自体、「自分たちの戦力じゃむずかしいので助けてください」と言っているようなものだ。大国として相応しい行動ではないだろう。
(ま、このまま議論がうやむやになれば儲けもの……かの)
狙いは会議の時間ぎれで、四聖騎士派遣の話を流すことだ。
アンバルワーク信仰国の民はオンとオフの切り替えがはっきりしている者が多い。時間がきたら会議の延長などせず、さっさとオフの時間に入るだろうと考えていた。
「よろしいかしらん」
ここで手をあげたのは水の神殿長であるディアマンテだった。彼女は齢40になり、背後には4人の美少年が控えている。
「まだ四聖騎士は代替わりをしたばかりだしん。今すぐ全員戦場に行け……と言っても、あまり成果は期待できないのではないかしらん」
「我が国最強の戦力を疑うと……?」
「精霊の実力は疑っていないわん。でも彼女たちは戦場慣れしているわけでもないでしょん。もしその身に万が一のことでもあればん。ねぇん……いろいろ大変でしょん?」
神殿のクリスタルに宿る精霊。それらと契約するには、強い魔力を有していなければならない。そして魔力の強さには血縁の他に性差もある。
つまり高位貴族の生まれでなおかつ女性であれば、より強い魔力の素養を得やすいのだ。
こうしたこともあり、四聖騎士はアンバルワーク信仰国の高位貴族家、その娘が多かった。
「ではディアマンテ。なにか他にいい案でもあるのか? よそ者を呼ぶなんてことは言ってほしくないがな」
そう言いながらクンベルはローアンに視線を向ける。ローアンは肩をすくめた。
「そうねん。まずは実戦経験を多く積ませるのはどうかしらん。あとは……四聖騎士という身分を隠させて、ちょっと前線まで行ってもらうとかん?」
「それこそ四聖騎士を侮辱する行為だろう。我が国最強の戦力だ、正面から堂々と行かずしてどうする」
「わかってるわよん。ただちょっと前線の空気感を味わってもらうってだけよん」
と言いつつも、あわよくばそのまま領土奪還してくれないか……。そう考えているのはなんとなく伝わってきていた。
「ちょっといいすかー」
微妙な空気を入れかえるように、若い男が声を発する。その声の主は風の神殿長、ヴィルヴィスだった。
「僕、神殿長になってまだ1年くらいなんで。ちょっと教えてもらいたいんすよねー」
「……なにをだ?」
「そもそもなんで精霊はアンラス地方を占領してんすか。あとなんで話し合いに応じてくれないんですか」
要するに争うことになったそもそもの理由を知りたいのだろう。
たしかに全員がその詳しい経緯を知っているわけではない。
「……勉強不足だな、ヴィルヴィス。奴らは人ではない、そんな奴らの行動の理由など考えるだけ無駄だ。ただ楽しいからアンラス地方を占領し、我らにちょっかいをかけてきているにすぎん」
「…………そうすかねー」
実のところ、ローアンもはっきりとした経緯を知っているわけではなかった。
10年以上前に突如アンラス地方を占領し、また周囲を通る人種を襲撃したことに端を発し、争いが激化した……ここまではよく知られている。
だがこれは人と精霊の争いが本格化した経緯であって、なぜ精霊が特定の地を占領したのかの経緯や理由はわかっていないのだ。
(先代の聖王陛下なら、なにか知っておったかもしれんがの……あと知っていそうな人物と言えば……)
探るような視線を火の神殿長であるクンベルに向ける。先代聖王と一番距離が近かった男だ。
結局この日は四聖騎士派遣についての結論がまとまらず、時間がきたことで会議が終わったのだった。
【あとがき】
いつもご覧いただきまして、誠にありがとうございます。
次話日曜日に投稿予定です。
よろしくお願いいたひます。
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